夜。

 競技を終えた後は、バーベキューのお時間となった。つまり、飯である。

 クインが表彰式でいただいたミノタウロスの肉を、みんなで焼いて食べる。各々がフォローし合い、経験者がいないながらも勝ち取った美味い肉なので、それはもう気持ち良く咀嚼しながら歓談していた。

 不思議なもので、こういう時は普段から仲が良い人同士より、同じ場所で戦っていた人同士が一緒の席で食べていた。

 肩を並べて戦っただけあって、こういう時くらいは普段喋らない人ととも話してみよう、という気もあったのかもしれない。

 ……で、当然のように正臣はその中に混ざる事はできず、木の上から鉄板の上の食べ物を浮かせて盗むように皿の上に運んでいた。


「……はぁ」


 序盤で死んだので、事情を知らないメンバーからしたら戦犯も戦犯。リョウはコミュ力があるけど、正臣にはないので一人寂しくしていた。

 強いて言うならば、上から見ていると色んな人の様子が窺えるのが楽しい。

 リョウは何かが吹っ切れた様子で、バカみたいにはしゃいでいるし、その近くでボルトも一緒に何か話している。

 カエデは、相変わらずウメカと一緒。そして当然、クインも一緒にいる。

 しかし……と、マサオミは少し眉間に皺を寄せる。クインをこうしてベストプレイスから観察する機会は滅多にないので、ついまじまじと見てしまうのだが……なんかやっぱり、女の子なんだなと思う。

 笑顔でいる時間が、男子といる時より多い気がする。同性と一緒にいる方が、割と安心したりするものなのかもしれない。

 そうでなくても、焼肉中なのに食べ方は上品だし、ファッションの話題になれば少し羨ましそうに褒めるし……もしかして、本当は普通に女の子らしくありたいのではないだろうか?

 いや……でも、銃を手元でクルクルと回したりカッコ良い仕草にも興味があるみたいだし……気の所為?


「うーん……」


 なんか……あれはあれで生きづらそうだ。いや、そりゃそうと言えばそりゃそうなのだが、改めて少し思ってしまう。

 自分も杖を使わなくても魔法を使えるとか、エルフの母親のこととか、異世界出身とか隠し事は多い。最近は慣れてきたけど、最初はバレたらどうしよう、という緊張は大きかった。

 それよりも性別を隠すことの方がよほどやりづらそうだ。


「……いや、でもなぁ……」


 でも、自分にはどうすることもできない。だって隠さなければならないのは事実だから。……せめてこう……ストレスを発散出来る場とかを用意出来れば良いのだが……。

 ……いや、もしかしたらある意味ではストレス発散の場になっているのかもしれない。正臣にだけボロクソ言うし。


「……母さんと一緒に旅をした人なら、どうしてたかな……」


 エルフ……というより亜人種と一緒に旅をする、というのも苦労があったのだろう。隠し事があるという意味では、同じな気がするから。


「何悩んでんだ?」

「あ、うん……実は、オーキスくんのことで……」

「あ〜、あいつ性別隠してるしな。大変なんだろうなー色々。俺、男であることを隠して女の中にとか絶対混ざらねーし。股間が反応して」

「いやそんな具体例聞きたくないんですけど……まぁ、でもそんな感じで何とか負担を減らしてやらないと……俺また勝負アホほど挑まれて疲れさせられそう……」


 と、そこで「ん?」と声を漏らす。ていうか……自分は今、誰と話しているのか。

 そう思って声の主の方を見ると……隣にいるのは、アルバ先生だった。


「っ!? せ、先公!?」

「今なんつったクソガキ」

「い、いふぁふぁふぁ! 頬引っふぁるのはやふぇっ……や、てかあれ!? 俺いふぁどこふぁへしゃふぇっふぁ!?」

「何言ってんのか分かんねーよ。あいつの悩みをなんとかして自分も楽になりたいってとこまでだよ」

「聞こえふぇんじゃん!」


 頬を離してもらったが、そんなことよりも、だ。まずい、内緒にするって言ったのに、バレてしまった。かくなる上は……焼き肉の中に紛れ込ませて口を封じるか……なんて思っている時だった。


「何焦ってんのか知ってっけど、あいつの性別は俺元から知ってから大丈夫だぞ」

「そこは知らないって言うところでは!? え……てか、知ってるんですか!?」

「そりゃそうだろ。担任だぞ。俺と校長は知ってる」

「ま、マジですか……」


 取り越し苦労だった。危なかった、罪もない人を焼き殺してしまうところだった。


「オーキスの父親から聞かされてたんだよ。バレないように気を利かせてよろしくって頼まれてな」

「へ、へぇ……」


 流石は親バカ。そういうのはちゃんとしているらしい。


「い、良い人なんですね……?」

「なわけあるかバカ。オーキスの家柄を守るために娘を息子として育てるようなバカが良い人なわけねーだろ」


 意外と言い切った。学校の先生なのに、保護者に対してすごいこと言っていた。


「え……い、良いんですか? 先生が生徒の親に対して……」

「生徒の親とかカンケーあっかよ。クソな奴をクソっつって悪ィか?」


 自由だ……と、思ったが、でもそういう自分を貫く先生だから、モンスターペアレントには強そうだし、不思議と頼りになりそうな気がする。

 ……あれ、てことは? と、正臣は嫌な予感。授業中に、何故か自分とクインを夫婦にさせられたことを思い出す。あれもわざとだとしたら……。


「……あの、もしかして……俺と、オーキスさんを同じクラスにしたのって……」

「俺と校長」

「やっぱり! なんでそんな事したんですか!?」


 すぐにツッコミを入れてしまう。何せ、そのおかげで自分はクインと険悪にな……いや、それは自分の土下座が最初の原因だったのであながちそうとも言い切れないが……とにかく、それでも自分が知りたくないことを知ってしまったのもそのおかげだ。


「そりゃお前……お前の母ちゃんから色々聞いてたからな。絶対友達作り失敗するとか、何かきっかけがないと知らない間にオセロで取られない位置にいるとか」

「全ッッッ然信用されてない俺……」

「そりゃそうだろ、アンモナイト言われてたし」

「や、やめて下さい!」


 そのネタ、まだ言われるのだ。家帰ったら、親に愚痴る内容ナンバーワンのことを。

 ていうか、結局母親もそういう認識かよ、とさえ思ってしまう。それ故の手紙だったのかもしれない。

 まぁ……でも不安になるのも分かる。獲物の買取場でも、受付の人が若い人だと話せなくなる姿を何度も見られて来たし。

 そう思うと……この高校来て以来、何も変わっていないのかな……なんて少し涙が溢れそうになる中、アルバは続けて言った。


「ま、何より、だ。お前ならオーキスと上手くやれると、俺も校長も踏んだ」

「え……ど、どの辺が……?」

「お前の方が、オーキスより上手いからだよ、魔法」

「え……あ、あの……それがきっかけで……俺は……」

「あーあーもう分かってるから黙って聞け」


 黙らされてから、先生は続ける。


「あいつのことはな、校長も入学前から知ってた。この街じゃオーキスは有名だからな。入学してくるって分かってから、成績も実力も調べた」

「へ、へぇ〜……」

「けど……親父の趣味に付き合わされてるあいつが……なんだか哀れでな。その上、人間ってのは成長する度に人を見る目も良くなるもんだ。高校四年間で、性別を最後まで隠し通せるとも限らねェし、もしバレたら周囲から一番、いじめられんのはあいつだろ」

「そ、それは……確かに?」

「特に、成績トップだと妬みがある奴も増えるからな。……だから、身近にお前を置いた。オーキスも知らないし、あいつより成績が良いお前をな」


 要するに、偉くて強い奴より強い上に偉さに興味がない奴をぶつければ、今までとは違う生活が出来ると思ったのだろう。


「多分だけど、今のあいつはこれまでの学生生活で一番、はしゃいでるんじゃないか? こうして泊まりのイベントにも参加してるし」

「え、そ、そうなんですか……?」

「いや警備隊支部長の息子が一週間もしないで校則破ることがあるかよ」

「……そ、そうですね……」


 それはそう。全くその通り……と、考えると、本当にはしゃいでいるのかもしれない。……はしゃぎ方がマジギレばかりだが。


「そういうわけだから、仲良くしろってわけじゃねーけど、あいつがほんとの姿でいられる相手になってやれ。……ある種、親の前でも本音は話せねー奴なんだから」

「……」


 なるほど、そういうことか、となんとなく分かった気がする。性別も家柄も関係なく、とりあえず青春を一緒に味わえる友達が欲しいだけの正臣はまさに適任というわけだ。

 前の世界では、教員のくせにいじめをしたり、生徒のいじめは見逃したりと、正直教師に良い印象はなかったが、この世界では違うようだ。


「わ、分かりました……頑張ります!」

「おう。じゃあよろしく」


 それだけ話してから、先生と別れた。

 正直に言うと……めちゃくちゃ嬉しかった。なんていうか……秘密があり強がるしかない女の子の弱みを唯一、受け入れてあげられる存在という特殊なポジション。まるでカウンセラーも出来そうなアニメの主人公の心地だ。


「……よしっ!」


 そうと決まればとりあえず、クインが本当はどういう少女になりたいかを考えよう。

 そう決めて、とりあえず突撃してみることにした。女子達の隙を見つけ……クインが一人になった直後、とりあえず女の子が気にかけそうな点を言ってみることにした。


「お、オーキスくん!」

「? マサオミ? 何?」

「えっと……お、オーキスくんはヘアピンも似合いそうだよね!」

「〜っ!?」


 ビンタされた。


 ×××


 夕食の時間が終わり、肝試しの前のお風呂。それらが終わったら就寝である……が、正臣は悩んでいた。

 何故なら、クインを怒らせてしまったからだ。

 一体、自分は何を間違えたのか? クインはてっきり女の子のようになりたいものだと思っていたが……。

 今は、クインが先にお風呂に入っているので、その間に考え込んでいた。

 もしかして……やはり普通にカッコ良いものが好きなのかな? なんて思ってしまったり。

 そんな中、カラカラっ……と、お風呂の扉が開かれる。後ろでクインは身体を拭き始めているところだろう。


「……で、マサオミ」

「っ、は、はいっ……!」


 ヤバい、怒られるのかな……と、胸の奥がドギマギし始める。やはり基本的に親以外の人に怒られるのは苦手なので、ビクッと肩を震わせてしまう。

 そんなマサオミに、クインは背中を向けているのに恥ずかしそうな表情でいるんだろうな……と分かるような声音で聞いて来た。


「ほっ……ホントにヘアピン似合うと、思うか……?」

「えっ……」


 な、何その質問……と、冷や汗が浮かぶが……さっき怒られたばかりだ。

 ここは、ちゃんと反省を備えて言った方が良い。


「そ、そんな事ないよ! オーキスさんみたいなカッコイイ人にそんなの似合わない!」

「なんなんだよ!」

「ぶへっ!」


 今度は背中を蹴られた。分からない、人の気持ちってまったく理解できない。

 ヨロヨロと身体を起こしながら、薄らと目を開けると……下着をつけ終えたクインの姿が目に入る。見てはいけない……と、思って目を閉ざすが……ふとクインの顔が目に入る。

 最初は男だと思って見てきたからだろうか、イケメンだと思っていたが……湯上がりの色っぽい姿を見ると、なんだか綺麗に見えてしまう。

 もしかして……クールな顔立ちをしているってだけで、普通に可愛い人なのではないだろうか?


「……やっぱり似合うのかも……」


 そんな呟きをつい漏らしてしまった直後だ。服を着替え終えたクインが、ジロリと睨んでくる。


「……さっきからなんなんだ? 揶揄っているのか?」

「え? あ、いや……」

「僕の秘密をおちょくってそんなに楽しいか? ……大体、隠し事があるのはお互い様だろう」

「ひえっ?」


 ドキッと胸の奥を高鳴らせる。秘密って……なんでそれを知っているのか。確かにあるけど、まさか……色々とバレているのか?


「君はいつも、僕より一歩先を行く癖に、それでもまだ実力を隠している節がある。いつ、戦いを挑んでも適当にあしらってくれる。……それが、僕にとってどれほどの屈辱だか分かるのか?」

「え……そ、そんなつもりじゃ……」

「警備隊の支部長になるのなら、まず必要なのは実力だ。そうでなければ、市民を守れない。……僕は、学園を男のまま首席で卒業しなければならないんだ」

「……」


 それを聞いて「あっ」と理解した。先生が言っていたことが、ようやく理解できた。これはほとんど呪いだ。

 日本でも家族で家業を継ぐ、というのはあるのかもしれないが、警察にはそういうのはないと思う。基本的には、子がやりたい事をやらせるのが日本と言えるだろう。

 だけど……こっちの世界は思った以上に自由が利かない。性別さえも偽らなければならない程に。

 それを実感し、思わずまた口から出た。


「男のまましなければ、ならないんだ……」

「! 貴様……!」

「ひっ……!?」

「っ……失礼する!」


 そのままクインは出て行ってしまった。……なんか、ちょっと軽く見てしまっていた気がするが……思った以上に根深い。

 これの何処が、正臣からなんとか出来る案件なのか……と、少し思ってしまったり。

 男女間の壁の問題は日本でもあったことだし、家業についてどうのという話も正臣にはよく分からない。

 なのに……おちょくっていると思われるようなことをしてしまった、と正臣はため息が漏れた。

 次に顔を合わせたら謝らないといけない……と、少し考え込んでいる時だった。

 バンっ、と更衣室の扉が開かれた。


「っ!?」


 そこに立っていたのはクイン。相変わらず不機嫌そうな顔で自分を睨む。


「……髪、乾かしてなかった」

「……」


 いやそこはちゃんとするならやっぱ女の子で良いでしょ、なんて思ってしまった。


 ×××


 いよいよ二日目最後のイベント。肝試しの時間である。

 肝試しは池杉が生えている池の周りをぐるりと一周して戻って来るというイベント。……まぁ、ほとんど夜の散歩だ。

 ペアになって夜の森を慎重に進むわけだが……そのペアはくじ引きで決まる。

 で、そのくじの結果……。


「……なんで男子同士にもなるんだよ……」


 クインとのペアになった。クソほど気まずい。こういう時に限って、何故かアルバはいなくなっているし。

 しかも、一組目。中間地点である池の反対側で温度魔法を使って発光し、スタート地点の先生に来たことを知らせる必要がある。その後、二組目が出ていくからだ。

 さて、そんなわけで……正臣はクインと出発地点に立った。


「じゃあ一組目〜……お、いきなり目立ってる二人かー」

「こいつと一緒にしないで下さい」

「あ、あれ……喧嘩でもしたのー?」


 アイザックに言われると、不機嫌を隠そうともしないクインはそう突っぱねる。

 険悪な空気を察してか、アイザックは笑みを浮かべながら続けて言った。


「あ、そうだ。二人ともー。もし、ライトニング先生を見つけたら、連行して来てねー。どこかでサボってるみたいだからー」

「え……は、はい?」

「じゃ、いってらっしゃーい」


 そんなわけで、そのまま二人で歩きに行った。

 夜の山というのは本来なら恐ろしい場所のはずなのだが、魔法があればそうでもない。高く飛んでしまえばとりあえず帰れるからだ。

 ……いや、まぁそうやって飛んだ人間を殺しに来る動物もいるし、完全に安全とは言えないが。

 まぁそんなレアケースは置いといて、とにかく今、恐怖はない。

 ……でも、気まずかった。


「……あの、オーキスさん」

「聞きたくない」

「……うぐっ……」


 だめだ、聞いてもくれない。でも、アルバがしていた話が本当ならば、今後も高校生らしくはしゃげる相手を見つけるのも、クインにとっては必要なはずだ。

 もうこうなったら、やらないよりやった方が良い。何か興味を持ちそうな話題を持ちかけてみた。


「お、オーキスさん」

「……」

「じ、実は……俺が暮らしてた森にも朝に見つけたキングダンゴムシがいて、それ母さんに教わったんだけど美味しいんだよね。仕留める時に丸まった状態で倒しちゃうと食べられないんだけど、腹痛状態で殺して、焼きながら体を開いて背中側にパキッと折って、中身の白い腸みたいな部分にかぶり付くのが本当に……」

「マサオミ!」

「ひっ!? っ……し、醤油が合う……」

「冗談抜きで! 気持ちが悪いから聞きたくない!」

「ご、ごめんなさい……」


 怒られてしまった。ダメだ……別の話題……と、頭の中で模索し始める中、クインが小さくため息をついた。


「はぁ……もう、ホントなんなのキミは……」

「え……ご、ごめん……」

「特に今日は何なの? 慣れない会話を何度も試みてるけど」


 ……聞いてくれる、という事だろうか? 本当に優しいけど……プレッシャーもある。今度こそ上手に言いたいことを伝えなければ。

 今までに学んだ事を頭の中で反復させながら、慎重に対話を試みた。


「あの……もしかしたら、また怒らせちゃうかもしれないけど……」

「ん」

「本当は……オーキスくんも、可愛いものとか興味あるんじゃないかなって……」

「……」


 あ、目が細くなった、と思った時には正臣の頭は自動的に下がっていた。


「い、いややっぱり嘘ですごめんなさい!」

「っ……い、いや……いい。別に。ないこともないし」

「あ……そ、そうなの……?」

「一応、女だし……僕も」

「……そっか」


 それが聞けて良かった。お陰で、続きを話せる。


「じ、じゃあさ……俺と部屋にいる時とかは、少しだけ……女の子っぽいオシャレとか、してみたら? それだけでも、気が紛れるかもしれないから……」

「ダメだよ。女の身で男にしかいけない地位を取ろうとしているのに、そんな軟弱なことは……」

「でも……まだ、高校生だし……高校生なら、親が見てない空間で秘密を作ることくらい、普通にやると思わない?」


 自分はそうだった。親に内緒でスマホゲーの課金とかしていた。何故か「課金は悪」みたいな考え方をする親が多かったが、別に悪いことではないはずだ。

 でも、親の善悪の意識は変わらない。だから、自分が「別に良いんじゃないの?」と思うことは隠れてやってしまえば良いのだ。

 バレなければ良い、というのは本来、こういう時に使う言葉なのだろう。


「……そう、かな……」

「……ご、ごめん……分からない……」

「……なんだよ」


 でも断言は出来ない。勇気がなかった。

 そんなことを話しながらも……とりあえず、聞いてもらえたことにホッとしつつ歩いている時だった。

 耳に届いたのは、動物の断末魔だった。大きな声のものではなく、小さな悲鳴に近いもの。

 思わずハッとして森の方を見てしまう。


「? マサオミ?」

「……」


 密猟者か……と、今朝の動物の亡骸を思い出し、眉間に皺を寄せる。

 マサオミは、密猟者が嫌いだ。これはこっちの世界に転生してから思った事だ。

 動物の狩猟を手伝い、時に助け、時に殺されかけながらも思ったのは、動物達は必死に生きようとしているという事。

 猟師達が狩猟を許されているのも、それらの生態系を壊さない範囲且つ、獲物から取れる肉や骨が人間の生活に利があると判断されているもののみと決まっている。

 ……それらを守らず、自分の利益のみ……或いは腕を誇示するために、自然への二次被害さえ顧みずに好き勝手暴れる連中は大嫌いだ。


「……ごめん、オーキスさん。先に行ってて」

「は?」


 人間相手なら、自分でもなんとかなる。この後もどうせ他の生徒がこの道を通るし、見つけてしまったら口封じされるかもしれないし、もう放っては置けない。

 そう判断し、森の中に入っていった。


「ち、ちょっと待ってマサオミ!」

「……え、なんでついてくるの……」

「君が勝手な行動をし始めるからだ!」

「声落として声……っと、止まって!」

「いやマサオミの声の方が大きかった今」


 話しながら、足を止めて木陰に隠れる。足を止めたのは、魔力が目に入ったからだ。

 魔力が漂ってくる方向に目を向けると……そこにいたのは複数人の人影。そして、そのさらに前には、グリフォンの亡骸がある。

 グリフォンほどの化け物を、人間が倒せるわけがない。密猟なんてやっている奴らなら尚更だ。

 それを成功させた理由は……おそらく、真ん中にいるあの男だ。


「な、なぁ……マサオミ、あれって……」

「……」


 クインも思わず声を漏らす。

 シルエットでも分かる。頭部から生えた角、人間より遥かに発達した筋肉、そして2メートルは超えている身長、真横に置いてある巨大な武器……ドワーフだ。


「ハッハッハッ、ちょろいもんだぜグリフォン」

「流石っすねー、カバシの旦那」

「当たり前だろ。俺はドワーフだぜ、お前ら人間どもと違ってな」


 あからさまに見下すような発言をするドワーフは、カバシというらしい。人間の部下を連れてよく言えるものだ。


「でも……大丈夫なんすか? わざわざどっかの高校が校外学習に来てる時に密猟とか……」

「バッカお前、そこが狙い目なんだよ。生徒を守る必要がある教師どもは、ドワーフの俺に手出しなんてしねーで、仮に見つけてもスルーすんだろ? だから、実質取り放題ってわけよ」


 なるほど、と狙いを理解する。反吐が出るほど悪知恵が働いていやがるが……その通りだ。見てしまった自分達も、ここは退散するのが吉……なのかもしれない。


「っ……勝手なことを……!」

「お、抑えてオーキスさん……!」

「分かってるけど……」


 分かる。正臣も頭に来ているけど、ガキ二人では勝ち目が無さすぎる。

 とりあえず、ここは気付かれないように、慎重に引くことにする。


「でも……もし見つかってたらどうするんすか? カバシの旦那は目立ちますし……もしかしたら……」

「お前らなぁ……なんのために他にも密猟仲間を呼んでると思ってんだ」

「あ……あいつらに罪をなすりつけるつもりっすか?」

「この暗闇なら、密猟者がいたとしてもドワーフかどうかまでは分かんねーだろ」

「そ、そうっすかね……はは」


 いやモロわかる、なんて思いながらも、慎重に足を動かして音を立てないように移動する。


「ま、何より、だ。もし見つかったら、その場でブチ殺すつもりだしな。……こんな風に」


 その一言から放たれた殺気を、正臣は敏感に感じ取った。命のやり取りを三ヶ月とはいえ何度もして来たが故の直感。

 それにより、反射的にクインの頭に魔法をかけ、屈ませた。


「うわっ!? ま、マサオ……!」


 名前を言い切る前に、真上をドワーフの真横にあった武器が通り過ぎ、木々を薙ぎ倒して宙を突き進む。……そして、池の中に突っ込む水飛沫の音が耳まで響いた……というか、水飛沫は自分達の元まで飛んできた。

 なんという膂力。そしてなんという察知能力。決して近づき過ぎていたわけでもないのに、オーバーキル過ぎる威力の攻撃を正確に飛ばして来た。


「よォーウ、人間のクソガキども」


 そう静かに告げながら、カバシはゆったりと歩いてこちらに寄って来る。

 その趣味の悪い笑みからは「殺すぞ」というシンプルな殺気が漏れ出していた。


「何を見ちゃったのかな?」


 マサオミもクインも、後退りしながら必死にパニックにならないよう、頭の中を落ち着かせた。


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