一日目

 現地に到着した。無駄に疲れたクインは肩で息をしていたが、とりあえずお昼。

 お昼を食べる施設は存在して、その中には布団や食材なども用意してあり、風呂場やトイレなどが備えついている。

 そこでお昼を終えたあと、いよいよ建築の時間となった。

 使って良い木材は決められていて、去年の先輩方の再利用をしないといけない。この時点で、割と繊細なコントロールは必要なかった。


「適当に作れ、って事なのかな……」


 本当に昨日、わざわざ作っていた石の蝶番とかは使えなくなったので、ちょっと正臣はショックそうにしている。


「よーし、じゃあさっさとやっちゃおーう」

「ね。てか中の方凝りたいし。うち、芳香剤持って来た」


 芳香剤、と聞いて少しだけクインはピクッと反応してしまう。正直、そう言うのは女の子であるだけあって少し興味がある。

 ……だが、今は男の子。反応してはいけない。その為には、話題を逸らして仕事の話をするのが一番だ。


「待って待って。まずは土台から作らないと。寝てる時に穴空いたら嫌でしょ?」

「あ、そっか」

「僕と正臣で板を作るから、二人はそれをスペルで補強して」

「えー、じゃあオーキスくんも補強しようよー」


 その提案をしたのはウメカ。少し予想外のことがあり固まってしまう。……本当にモテると言うのは大変だ。顔の良さと家柄と成績だけで群がって来る女子はあまりにも多い。

 だが、気持ちは分かる。女性にとって社会に出た後も良い職に就くより良い結婚相手に付く事の方が周りからの評判は高くなるのだ。

 そういう考えが子供にまで浸透しているから、中身よりもまずはステータスを見るようになる。

 逆に大してイケメンでもなく成績も良くない男と付き合うと「どうせ財布として見てるんでしょ?」と思われる。

 早い話しが、周りの目を気にしてそう言う行動に走るのだ。


「……はぁ、分かった」


 ……少しは家柄も周囲の人の目線も見ないで、友達をつくるためにアンモナイトをしたバカを見習えば……いや、アンモナイトは見習わなくても良いが。

 とはいえ、了承はした。たまに授業で絡む機会があるから知っているが、あの子達は優等生でもないし。


「ごめんね、マサオミ。そっちよろしく」

「うん」


 一旦、別れてカエデやウメカと待機。まずは板が来ない事には始まらない。

 そのため、先にどう言ったスペルを刻むか考える事にした。


「どうしよっか。とりあえず、底抜けなければ良いかな?」

「良いんじゃない? ……あ、寝る前にカードやるスペースは欲しい!」

「あー良いねそれ。あと枕投げとか?」


 やはりと言うか何と言うか……割と適当なことを普通に言ってくるものだ。


「いや、言っておくけど男女の境に壁作るよ」

「えー!? なんで!」

「いや、先生の話聞いてたでしょ……過ちなんて無いとは思うけど、そういうのは責任者の教員にも態度で示さないと……」

「大丈夫っしょー。だって向こうが同室で良いって言ったんだし」


 いや、だからこっちはこっちで「何もしない」と言うことを誠意で示したいと言っているのだが……この子達、人の話を聞いているのだろうか?

 しないといけないと思っているんじゃない。した方が良いと思っている。その辺のニュアンスをしっかり理解してほしいが……。


「てかウメちゃん、あれホントに持って来たん? サワー」

「いやいや、今言えないっしょー」

「うーわ、その反応……ガチじゃん。アタシ知らないかんねー」


 ……無理そうだ。いや、普段なら言ってやるところだが、下手に機嫌を損ねて、嫌がらせに鞄の中を覗かれてサラシでも見つかったら最悪だ。

 ここは向こうにもデメリットがあるようなことを言おう。


「でも、壁がないと着替えとかどうするんだ?」

「うちら早起きすっからヘーキ。何にしても、オーキスくんにだらしない顔見られたくないし?」


 ウメカが平然と答える。正臣の言っていたことが当たっていたのに少し驚きつつも別のリスクを返す。


「それに、男子と同室では下着とか見られるかもしれないだろう?」

「パンツくらいなら別に良いケド?」


 ウメカはなんて子なのか。もしかして処女ではない? 何でこっちの顔が赤くなる。


「ぎ、逆に僕が見られたくないんだ」

「大丈夫。見ないから」


 それを信じろと言うのか、となんかもうああ言えばこう言う感じに少しイラついてきた時だ。

 カエデが隣から口を挟んだ。


「でもウメちゃん。マサオミくんにも見られるかもだけど良いん?」

「壁作るわ」


 なんか難しく考え過ぎていた自分がバカみたいに思えてくるほどの速度だった……反面、ちょっと正臣の嫌われっぷりに少し引く。……まぁ、ギャルはああ言うオドオドした男は嫌いだろうけど。


「てか、そのシルアはまだなん?」

「あー、アタシちょい見てくるわ」

「え、あ、うん。よろしく」


 行かれてしまった。この子と二人きりなの少し嫌なんだけど……と、思いながらもしばらく待った。


 ×××


「……」


 もはや職人の貫禄だった。板を選ぶ正臣は。

 木から矢を作る方法とかも習ったことがあったので、木材の分析に関してはお手のもの。

 倉庫を見に行ってから、ようやく使える自前の杖を手にして板を浮かせ、厚みが同じものと土台に適しているものを選ぶ。

 さらっと浮かせて一度外に運んだ後、コンコンと板にノックして音を聞いたり、触れてみて硬さを見たり……。

 なんてやっている時だった。


「お前……随分、真剣に選んでんな」


 そんな声が耳まで届く。立っていたのはリョウ。友達のように接してくれるドッジボール部の生徒だ。


「あ……り、リョウさん……」

「呼び捨てにしろっつーの……何、なんか選ぶ基準があんの?」

「いや……そういうわけじゃないんだけど……」


 言うか言うまいか悩んだが……まぁ、校長先生も入学式の時に「出来るやつは出来ないやつを助けてやれ」と言っていたし、教えてあげた方が良いだろう。

 それに、その……リョウは、友達っぽく接してくれている人で、遊びとかも誘ってくれるし。


「えっと……強いて言うなら……その、木も生き物だから、魔力が含まれてるんだよ。それも、有機物なのに温度魔法や変形魔法、スペル魔法を受け入れる都合が良い程度の魔力量がね。あ、生物に温度魔法と変形魔法、スペル魔法が効かないのは体内の仕組みにまで通じちゃう魔法に対し身体の魔力が無意識に抵抗して弾いちゃうからで、逆に体の周囲にまとわりついて浮かせるだけの浮遊魔法だけは通用するから。で、魔法抵抗力が少ない……所謂、魔力が少ない木の方が魔法は通りやすくて加工しやすいんだけど、そう言った木は温度魔法を何度もかけると火がついちゃうんだよね。だから、床に使う木は魔力量が少なめなもの、そして天井で明かりの役割も併用して使う木は魔力が比較的多い方が良いんだ。で、天然記念物を調べたついでにキリサメ山の木の種類について調べてきたから、それを探してて……」


 と、そこで気がつく。喋り過ぎた。ぺらぺらと。しかも、母親に教わっただけの事を少し自慢げに。

 コミュ障特有の癖を生まれて初めて出してしまったことで、一気に頬が赤く染まった。


「っ、ご、ごめん……なんでもないです……」

「いや、続けろよ」

「ふぇっ?」

「いや、ふぇっ? じゃなくて。で、魔力少なめな木とか分かんの?」

「……聞いてくれてたの?」

「いや聞いてるけど? てか俺から聞いたし?」

「……」


 長く語り過ぎると普通ならドン引きされると言うのに……まさか、普通に耳を傾けてくれていたとは。

 それなら、もう言うしかない。思う存分、講釈を垂れるしかない。

 ……まぁ、あと少しで肝心なところに入るので終わりだが。


「そ、それで……まぁその木って言っても、見て分かる通りみんな切られてるから、基本的には魔力なんて残ってないはずなんだよ。……でも、先生達が多分、魔力を込めてくれてる。だからどれも使いやすいし、3日くらいは余裕で保つと思うんだけど……どうせなら良いものを選びたいから、今選んでたんだ」

「どうやってわかんの?」

「それは軽く……」


 魔力で触れればわかる、と言おうとしたところで口が止まる。魔力と言っても、温度魔法か変化魔法かスペル魔法のどれかで触れてみる感じなのだが……今、タップを素手でしていた。

 どうせ他の人なんか自分の行動に興味ないだろうし、なにをしているかだって分からないだろうから、人前で堂々と加減して指先で魔法を使っていた。杖がもう一本しかないから。

 しかし……それを言えば、素手で魔法が使えることがバレてしまう。


「ま、魔法で触れてみるんだけど……なんか音で分かったりしないかなーってノックしてました……」

「? いや浮遊魔法で浮かせてんじゃん」

「あっ……」


 そ、そうですよね、まずはそこツッコミ入れますよね、と頬が赤く染まる。

 誤魔化すように疑問に答えた。


「ふ、浮遊魔法じゃダメ。外部を包むだけだから。やるなら、中身に干渉する温度か変化かスペル。変化にしちゃうと変化とか温度にしちゃうと後で使いづらくなるから、スペルで文字を残してみて上手く書けたりしたらとりあえず良いんじゃない? って感じ……」

「なるほどなー……おしっ、俺もやるから塩梅教えて」

「あ……う、うん」


 とりあえず誤魔化せた、とほっとしておく。

 まずは浮遊魔法の解除。杖が一本しかないから、併用して魔法を使うことが出来ない。

 そのまま並んだ板に杖を当てがい「大体こんな感じじゃない?」というのを教えながら二人で倉庫に戻って、改めて色々選び始めた。


「これは?」

「そ、それは、天井が良いかも」

「こっち」

「そ、それ屋根用って書いてあるから……」

「そっちのは?」

「あー……それは床かな……」

「……違いが分かんねーよ」

「お、大きな差じゃないからね……」


 元々、先生が調整してくれていただけあって、当然と言えば当然のことだった。

 正直、どれを選んでもあんま変わらないかも……なんて思いながら選んでいる時だった。


「あ、いた! マサオミくん!」


 そんな声が背後から聞こえてくる。振り向くと、立っていたのはカエデだった。


「っ、ら、ラクーンさん……!?」

「遅いし! 早く板取って来てよ! みんな待ってっから!」

「あ、ご、ごめんなさ……!」


 と、謝りかけた時だった。ガッ、と隣から腕を掴まれる。もちろん、リョウである。

 そのリョウは、耳元でヒソヒソ声を作って聞いてきた。


「え、お前カエデさんと知り合いなの?」

「え? う、うん……前に、ちょっと授業で色々あって……その縁とオーキスくんで、同じ班に……」

「……クラスでトップ3に入る男子に人気の女子と?」

「えっ、そ、そんな人気な子なの……?」


 驚いた……いや、驚きはしない。可愛いしスタイルも良い。友達になろう、と言われた時なんでかと思ったくらいだ。なんなら今も思っている。

 さて、隣のリョウはジロリと正臣を見る。……そして、全力で頭を下げられた。


「俺ら、親友だよな?」

「し、親友……!? 頭下げてるのに!?」


 なんで急に!? なんて少し喜んでいる間に、カエデは正臣の反対側の腕を掴み、引き摺る。


「ほらほら、良いから早く!」

「あ、ま、待って! リョウ様が……!」

「呼び捨てで良いっつってんだろ。てかなんだ様って」

「悪いけど時間ないから。この子返してもらうよ」


 そのまま引き摺られながらとりあえずさっきまで選んでいた板に魔法をかけて運んでいると……視界に入ったのはリョウの顔。なんか「後で話があるから」と言わんばかりの目をしていた。

 どいつもこいつもそんなにモテたいのかこの野郎、と思いながら元の場所に戻る。

 その途中……カエデが自分を運びながら聞いてきた。


「ねぇ、マサオミくん」

「っ、は、はい……?」

「……オーキスくんと仲良いんだよね?」

「え? あ……ま、まぁ……」


 仲良いと言うか、まぁ一緒にいる機会が多いだけだが。


「ちょっと……後で、お話しない?」

「えっ……」


 ま、まさか……カツアゲでもされるのだろうか? 少し怖くなるが、いつの間にかもう戻って来てしまっていた。

 ツリーハウスを建てる予定の木の前では、正臣の顔を見るなり不満げな顔をしたウメカと、少し引き攣った顔のクインが待機していた。


「げっ、もう来た……」

「遅いよ、マサオミ」

「ご、ごめんなさい……」


 真逆の反応にどういう顔をすれば良いのか分からなかった。……というか、クインがそう言う言い方をするのは珍しい。何かあったのだろうか?


「ごめんねー。リョウと二人でお喋りしながら選んでたからさー」

「はー? 超呑気過ぎでしょ」

「い、一応良い板とか選んできたから……」

「? 選び方とかあるの?」


 クインに聞かれ、説明するかどうか悩んだが……さっきリョウに「違いが分かんねーよ」と言われた通り、大きな差はないのだ。

 しかも、絶対に木材とか興味がなさそうな女子が二人。下手に言わない方が良い。


「……どうせ言っても分かんないから……」

「バカにしてるのかー!」

「ちょーっ、落ち着いてオーキスくん!」

「謝れしシルア!」


 杖を抜いて襲い掛かろうとするクインをカエデが止めて、ウメカが謝罪を要求してくる中、マサオミは一歩下がって謝っておいた。

 相変わらず、自分のコミュニケーション能力の無さが憎たらしい。


 ×××


 気に入らない、とウメカはため息を漏らす。

 いや、前々から言い方とか最悪だと思っていたし、行動もやたらと極端だし「こいつ病気なんじゃないの?」と思っていた奴だ。

 だが……それはおそらく表向きの理由。本当の理由と言えば……こっちだ。


「……すんなり建ったね。魔法の効きがやたらと良かった気がする」

「ねー。超やりやすかったし」


 木の上に建てるツリーハウスなだけあって、難易度は高いけどこの辺の木々はしっかりしているものが多いため、落ちる心配は要らなさそうなものだった。

 その上、床には若干の浮遊魔法をスペルにしてかけておくし、それで三日保たせるのは四人がかりならば難しくなかった。

 ……それにしても、この後の予定と比べるとやたらと時間が余るほど早く終わった。


「……マサオミが板を選んだから?」

「……そ、そんな事ないよ。オーキスくんの腕が良いからじゃないかな……」

「嫌味かー!」

「な、なんでさ!?」


 一々、クインに襲い掛かられる正臣が、とっても気に入らない。

 やたらとクインに褒められるし、それを皮肉で返すし、その結果さらにクインに構ってもらっているし……で、その時のクインも、少し楽しそうだし。

 ルームメイトとはいえ、羨ましいくらい仲良しに見えた。

 まさか、男に嫉妬することになるとは……と、むすっとする。

 だが、そんな少し複雑なウメカの心境など知る由もなく、話は進む。


「で、内装か。布団だし、ベッドはいらないよね」


 クインがそう呟いたのを聞いて、慌てて提案した。ここはボケた方が良い。クインはよく正臣にツッコミを入れているし。


「うちあれ欲しい! コーヒーメーカー!」

「じゃあアタシは洗面台!」

「無理だよ」


 当然だろ、と言うようにクインがバッサリと切り捨てる。

 確かに、前にもアルバから言われたが、基本的には寝るかレポートをまとめるだけの場所らしい。だから、そんなもん用意出来ないのも分かっている。でも、同じことを正臣が言ったら「アホか!」くらい言いそうなのがまた気に入らない。


「とりあえず、机……というかちゃぶ台だけで良いんじゃない? どうせ真ん中に仕切り置くし。書くことをまとめる時は、どちらかのスペースによれば良いから」

「えー、つまんないー」

「他に何置くの逆に……そもそも木材しかないのに」


 それはそうだし、特に本当は置きたいものがあるわけでもない。……ただ、会議という形をとっておけば、一先ず正臣は入って来れない。

 チラリと視線を移すと、退屈そうにあくびをしていた。

 好機だ。こいつはしゃべらせなければ、とりあえずクインからも無視される。


「ね、オーキスくん。じゃああれは? 夜中、トランプやる時のチップとか」

「賭けごとでもするつもりなのかよ。お金は僕かけないよ」

「いや金じゃなくてもなんか賭けてた方が面白くない? 罰ゲームとか」

「……」


 言われたクインは、顎に手を当てて少し悩み始めた。

 所詮は男子高校生。女の子と罰ゲームと言えば、少しは乗ってくるだろう……と、思っていると、クインは正臣を見た。


「それって……彼とタイマンとかでも良いの?」

「えっ、なんで俺……」


 チッ、と心の中で舌打ち。そこからそいつに行くのか、と強く思うが、もう遅い。


「君に負けたまま警備隊になんて入れないからだよ! どんな事でもまだ一回も勝ててないって言うのに……!」

「そ、そんなことないよ……身長とか、フィジカルとか……あ、あと友達の多さもオーキスくんの方が……」

「魔法勝負に決まってるだろーっ!」

「いだだだ! 鼻捥げる、鼻捥げるって!」


 クッソ、仲良くしやがって……と、思いつつも、だ。なんで男子なのにそういう時の制裁は鼻とか頬を抓るだけなのだろうか? 他の男子はヘッドロックとか関節技とかよくしているのに……と、ちょっと気にならないでもなくて。

 そんな中、ふと思いついたようにカエデが言った。


「あ……じゃあ、罰ゲームこれは? 優勝した人以外全員罰ゲームで、番号が書いてあるくじを引くの。……で、勝った人が番号で二人選んで言うこと聞かせる罰ゲーム」


 王様ゲームじゃん、と思った直後にクインが言った。


「王様ゲームじゃん」

「そう。だから……王位を奪って勝ち取る王様ゲーム」

「……面白い」


 まるでカエルを睨む蛇のようなクインの視線の先には正臣がいる。そんなにあの男を恥かかせたいのだろうか? と気になってしまうレベルだ。

 で、その正臣は。


「じ、じゃあ俺……その時間は外出てるね……邪魔だと思うし……」

「ふざけるな! お前を負かすためにやるゲームだから!」


 逃げられなかった。……いや、これは案外チャンスなのかもしれない。この男への制裁も同時に出来る。

 そう思うと……少しワクワクしてきた。


「よーっし、じゃあチップ作ろう!」

「いらなくない?」

「そうかもね」


 結局、内装を凝ることはなかった。


 ×××


 さて、その日のイベントはもう終わり。食事を終えて、強いて言うならお風呂だろうか?

 だが、そのお風呂が問題だ。班ごとで施設の風呂に入るのだが、どうやって入るのか? と、思ったらこの施設、風呂場がたくさんあった。


「え……なんでこんなにお風呂あるの? 大浴場みたいなのはないのかな……?」

「それ温泉じゃん……ないから、そんなの」

「えっ、な、ないの?」

「ないよ?」


 どうやら、文化の違いらしい。まぁ、大衆浴場という文化が日本特有の可能性もあるし、そこはあまり触れないでおく。


「で……でも、わざわざ班ごとのお風呂を作るなんて……か、変わってるよね?」

「まぁ、競技と肝試し以外はあくまでも班行動がメインだから」

「ふーん……」


 でも、これで問題はほぼ消えたと言って良いだろう。

 そういうことならば、順番に入るだけだ。


「じ……じゃあ、いつも通りに俺ここで待ってるから、先にオーキスさん入っておいで」

「ん」


 流石に慣れたらしい。普段、扉越しとはいえ同じ部屋の中で毎日お風呂に入っているからだろう。

 そう考えると、一度も覗かなかった事がこういう時の信頼につながっているのかも……と、少し嬉しくなる。

 クインの方へ背中を向けて、鏡にも目を向けないように廊下につながる扉の方を眺めながら待機。お風呂場の扉が開く音がしたらクインが入った事になるだろうし、その音が開くまではジッとしていないといけない。

 その間は、明日の朝のことを考えておくことにした。山道の散歩だが、その間に天然記念物を探さないといけない。

 図鑑は結局、置いてきてしまったが、しおりに学校側が載せてくれた簡易的なものがあるし、仕方ないのでそっちで我慢しよう。

 ……実を言うと、少し楽しみなのだ。何故なら、この世界にもカブトムシがいるから。

 色々と種類がいたが、その中でもキリサメカブトというカブトムシはこのキリサメ山にしかいない天然記念物である。

 まぁ、夜行性らしいし見つからないとは思うけど……見つかったらラッキー程度に思う中……ふと気が付いた。全然、後がしない。


「あの……お、オーキスさん? 何してるの?」

「っ!? な、なにが!?」

「い、いや……扉開ける音全然しないから……まだ入ってないのかなって……」

「うっ、ううううるさい! セクハラ!」

「えっ、ご、ごめん……?」


 なんか……動揺している。何でも良いけど、時間は限られているから早くしていただきたい……なんて思っている時だった。


「あ、あの……マサオミ」

「な、何……?」

「やっぱり先に入ってくれないかな……?」

「え? 良いけど……なんで?」

「い、良いから!」


 との事で、先に入る事になった。


 ×××


「っ……はぁ、情けない……」


 そんな風に呟くのは、脱衣所で待機しているクイン。普段から、正臣は自分の着替えを覗かない。遭遇はすることがたまーにあっても、覗き見するようなことはない。

 だから信用している……つもりだったのだが。

 ちゃんとこちらに背中を向けていて、いつもと違うなと言ったら壁がないことくらいなのに、男子の後ろで服を脱ぐことに大きな抵抗があった。


「いや……それが普通、だよね……普通じゃダメだ、慣れないと……」


 警備隊ウェッジ支部長になるには、女のままではいられない。男として生きると決めたのだから。

 なんか同じ部屋の女子達が爪やメイクをしているのを見て、何か思うところがあってはならないのだ。

 ……マニキュアとか、別に興味なんてない。


「っ……あー、ま、マサオミ」

「っ、な、なんですかっ?」


 思わず声をかけてしまった。今、何か考え込んだりしていると良くない気がしたから。


「そういえばだけど……今日のレポートはどうしよっか?」

「え……い、今話す……? あいっだ! シャンプー目に入った!」

「いや、今じゃないと二人で話せないでしょ。あの子達の前で、マサオミ意見言えるの?」

「染みる〜……」

「聞いてる?」


 子供かよ、とため息をつきながら、話を進める。


「今のうちに教えてよ」

「え……と、特にないよ……今日俺なにもしてないし……」

「板、選んでたでしょ」

「それはまぁ……」

「あの板、使いやすかった。そう言う基準、教えてよ」

「う、うーん……そう言われても……さっきも言ったけど、言って分かるか……リョウさんに説明した時は、結局分からなかったって言ってたから……」


 本人なりに経験からそう言うことを言っていたらしい。それを聞くと言いづらいが、そもそもそう言う話じゃない。


「そうじゃなくて。理解したいんじゃなくて、レポートに書きたいって言ってるの。僕達に分からないことでも、先生方には分かるかもしれないから」

「あ……そ、そう……おぉえっ、口にシャンプー入った……!」

「シャンプー下手くそか!」


 聞いているのか聞いていないのかわからなかった……いや、これ喋らせながらシャンプーしているからかも? ちょっと自重するか……いや、というかそもそも、シャンプー中と言うことは当然ながら、相手は裸なわけで。

 裸の男の子と壁一枚隔てておしゃべり……あ、ダメだ。なんか意識するとこれまた照れ臭くなる。


「ふぅ……お腹ビチビチになってないかな……あ、で、なんだっけ?」

「何でもない! お風呂で喋らせるな! デリカシーない!」

「ええ〜……?」


 とりあえず、もう両耳を塞いで体育座りをして黙り込むことにした。


 ×××


 お風呂も終わって、いよいよレポートの時間……も、終わった。結局、正臣は自分の意見が言えないので、事前に板を選んだ理屈をクインに伝えておいてなんとか班長がレポートをまとめてくれた。

 で、いよいよ就寝時間……なのだが、なんかトランプやるとか色々話していたのだが、そもそもの話が目立つ女子二人にクインがいる建物に、人が集まらないわけがなくて。


「人狼、ウメちゃんじゃね?」

「いやうちじゃないし。むしろボルトっしょ」

「ああ、俺だ」

「いや言うなや!」


 なんてトランプを利用して人狼ゲームが大人数で始まり、罰ゲームがどうこう以前の問題。

 ハミられていづらくなって、ヒッソリと森の中に来て、魔法で木の上まで浮かび上がって枝の上で腰を下ろしていた。


「……はぁ」


 結局、みんなの輪に入れないな……と、少しため息。つい逃げてきてしまったわけだが、誰も人狼に入れてくれるとかなかったし、なんならいないものとして扱われていた。

 クインはクインで気を利かせてくれようとはしていたけど、他の女子に話しかけられてそれどころではなさそうだった。

 まぁ……でも、やはり環境が変わっても本人が変わらないと何一つ変化がないことは分かっていた事だ。

 もしかしたら同じ班になったし女子とも仲良くなれるかも……なんて全く思っていなかったわけでもないが、そんなことは全くなかった。

 ……にしても、ここまでの疎外感ならもう帰りたい……と、思った時だった。


「……んっ?」


 目に入ったのは、自分達が作った集合住宅から少し離れた場所。何かが動いた気がした。

 ……いや、まぁ森だし動物がいてもおかしくはないが……ちょっとなんか気になった。体格からして肉食だろうが、そういうのって先生達があらかじめ奥に払っておいてくれるものではないだろうか?

 ……誰も自分のことなんて見ていないだろうし、少し様子を見に……と、思った時だ。


「一人でセンチメンタルごっこか?」

「ヒャンデルセン!?」


 変な悲鳴を漏らしながら肩を振るわせ、枝から落ちそうになるのを慌てて抑えた。

 後ろを振り返ると、そこで箒になったまま滞空しているのはリョウ。さっきまで自分達の部屋で人狼をやっていたはずだ。


「り、リョウ殿……?」

「リョウで良いっつってんだろなんだよ殿って」


 いや呼び捨てってなんかちょっと慣れなくて……と、目を逸らしながらも、だ。

 わざわざ自分の横にまできてくれて、どうしたのだろうか?


「あ、あの……何か?」

「や、お前が一人でなんか出て行くの見えたからよ」

「え……?」


 もしかして、気を利かせてくれた、のだろうか……? 気持ちは嬉しいけど……いや普通に嬉しい。まさか、自分に対してわざわざ女子の輪から抜け出して来てくれる男子がいるとは……。

 ちょっと……明日の競技とか、可能な限りリョウと行動を共にしようかな……なんて思っている中、リョウは自分の隣に腰を下ろし、気さくに肩を組みながら言った。


「で、お前カエデとどういう関係? 仲良いの?」

「何の話!?」

「いやまずは情報収集だから」

「し、知らないよ! 仲良くもないよ別に!」


 なんでそんなグイグイ来るのか。いや、というか、だ。


「え……何? も、もしかして……ラクーンさんのこと好きなの……?」

「ちょっ、おまっ……な、何ストレートに言ってんだコラ!? で、でりっ……デリケートってもんはねーのか!」

「で、デリケートに扱わないといけないのはそっちな気もするけど……」


 どうやら好きらしい。正臣と友達になってくれたけど、なんか割と自分よりクインに夢中な女性のことを。


「そ、そう……頑張ってね……」

「や、待てや。だから情報。今日、一日同じ班でいたんだからなんかあんだろ」

「え、ええ〜……」


 言われて少し悩む。まぁないこともないけど……でも、割と今日は冷たかったし、ネガティヴな情報しかない。

 そんな話をしている時だった。


「二人で何の話してるんー?」

「っ!? か、カエデ……!?」

「こんばんはー」


 カエデが更に飛んできた。何なのか、次から次に。


「え……あ、あの……人狼やってたんじゃ……」

「人増えて来たから抜けてきちゃったし」


 意外とドライなんだな……と、思ったが、ただでさえあの部屋は真ん中に壁があるし、狭いと割と苦しいのだろう。

 なんて思っている間に、枝の上のリョウがすぐに浮かび上がった。


「そっ、そそそうか! じ、じゃあ俺、自分の部屋に戻るから!」

「えっ」

「じゃあ、マサオミ! おやすみ!」


 そのまま枝から落ちるように消え去って……というか、実際落ちていた。背中を地面に強打して悶えているが……それでも部屋に向かって歩いているし、なんか大丈夫そうなのでスルー。


「……邪魔しちゃったかな」

「そ、そんなことないと……思いマス……」


 あの話は聞きたくなかったので正直助かったが、それでもここまでギャルギャルしいギャルが隣に来ると、それはそれで緊張する。


「てか、今日ごめんねー、マサオミくん」

「? な、なにが……?」

「いや、色々と楽しくなかったでしょ。ウメちゃんとかチョー当たり強くて」


 意外にも……その辺を気にしていたらしい。そういうところは、やはり前の世界で自分が見てきた女子とは違う。自分さえ楽しければ良いあの変な連中は、遊んでいる最中に人にぶつかった時でさえ「そこにいる方が悪い」と言い放つから。


「あの子、イケメン以外の男嫌いだからさー。後二日、我慢してくれる?」

「あ……は、はい……別に、全然……」


 何一つ問題はないです、と言う意味を込めて答えてみた……のだが、カエデは少し申し訳なさそうな顔になってしまう。


「うっ……やっぱ嫌?」

「え……いや、だから全然……」

「ま、まぁでもほら、明日はクラス行動の方がメインになるしさ」

「え、あの……全然、平気ですけど……」

「え? あ、平気なん? なら良いけど……」


 母親からは手紙で勇気付けられたし、この三日くらいは頑張れる。

 ……さて、そこで少し話題が止まる。何か話した方が良いだろうか? とも思ったのだが、残念ながらそんなコミュニケーション能力はない。

 いや……だからせっかく友達になってくれた女子が隣にいるわけだし……何か話した方が良いだろうか?


「あ……あのっ」

「ん、何?」

「……」


 ……どんな話題が良いか分からない。な、何か話さないと……と、頭の中がぐるぐる回る中、テンパった挙句に余計なことを抜かしてしまった。


「そ、そそそういえば、もし万が一仮に宇宙から目薬並みの可能性として聞くけどラクーンさんのこと好きな人がいたとしたら……ど、どうする?」


 聞いてから頭の中でリョウに土下座した。いや、本当に思う。なんで人と話すとすぐにテンパってしまうのか。女子がいくら恋バナ好きって言っても、あんまりな方向転換に不自然さが際立っている。

 聞かれたカエデは、全力でドン引きした様子で「ええ〜……」と、声を漏らす。


「アタシ……そんなにモテなさそうに見えるわけ?」

「……あっ」


 確かにそう言う意味にも取れてしまう……いや、というか、だ。今のタイミングで「あっ」はマズさに上書きしている。誤魔化さなければ。


「そっ、そそそんなことないです! めっちゃモテそうです!」

「いやそんな訂正しなくても良いけど……えっ、もしかして何……あんたアタシのこと好きなの?」

「えっ……」


 ……た、確かにそう捉えられてもおかしくないくらいの質問だった。自分の頭の悪さが本当に憎たらしい。


「い、いやいやいや! それは無いです!」

「ごめんね、アタシとりあえず今はオーキスくんよりカッコ良い人以外と付き合うつもりないから」


 しかもフラれた。ダメだ……やはり、自分に雑談はハードルが高すぎる。

 ……にしても、別に好きだったわけでもないし告白したわけでもないが、フラれると思ったより辛い……。

 少しため息を漏らしていると、今度はカエデが声を漏らした。


「……あ、そだ。てか、あんたに用あったんだった」

「え? あ、あー……そういえばそんなこと……」


 さっき言われた気がする。……なんかあんまり聞きたくないけど。


「てか、そう! あんたさ、オーキスくんと仲良いっしょ?」

「え? あ……いえ、そうでもないと思いますけど……嫌われてるし……」

「いやいや、側から見たら仲良しだから。ホモかってくらい」


 いや、残念ながらこのホモは成立しない。だって本当は女だし。


「でさ、お願いあんだけど……」

「えっ……な、何を……?」

「出来たらで良いからさ、オーキスくんとアタシのー……あれ、キューピット的な? やってくんね?」

「え……む、無理……」

「は?」

「やります!」


 マジギレするかのような視線を向けられてしまって反射で承諾してしまった。やらかした、だってそれ絶対無理だから。

 何せ、クインは女。しかも、男の裸とかを見て照れるあたり、恐らくはレズとかではない。

 せめて、カエデの性欲が男女共用ならいけなくもないが……いや無理。何にしても無理。


「マジー!? サンキュー!」

「あ、いや……あのぅ……!」

「じゃ、もう部屋戻っから! じゃね!」


 そのまま帰られてしまった。

 やっぱり学生なんてみんな勝手なもんだ。ていうか、ハッキリわかったが自分と友達になったのだって十中八九、クインと友達になるためなのだろう。

 なんか……話せる人が増えると言うのも大変だな……と、思いながら、その日は部屋に戻った。


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