旅行当日

 校外学習は、高校初めてのイベント。従って、これを機に友達グループが出来たり、友達との仲が深まると言っても過言ではない。

 今夜は、その前日。何故かルームメイトから荷物をボロクソにダメ出しされ、ようやっと準備万端となった。

 夕食も終えて、あとはお風呂に入って寝るだけ……のお風呂タイムである。


「ふぃ〜……温まったぁ……」

「お風呂のお湯抜いた?」

「あ……ご、ごめん抜いてくる」


 クインに言われ、慌てて湯船の栓を抜きに行った。森の中では湖の池、前の世界ではお風呂のお湯は割と何日か使ったりしていた為、いまだに栓を抜いて水を流すことに慣れていない。

 改めて水を流してから部屋に戻る。


「ご、ごめんね……」

「そろそろ慣れてよ……もうっ」

「うっ……ご、ごめんなさい……」

「いや、そんなに謝らなくて良いけど」


 基本的にはやはりダメ人間なのだ。三ヶ月で転生前よりはマシになれたと思うけど、それでも覚えは悪いし、気を抜くと楽したがるし、身勝手な面もあると思う。

 ……親元を離れて一ヶ月くらい経過したけど……なんかようやくホームシックというものを体感しつつある時だった。


「あれ、なんだろ」


 トントントン、という窓を叩く音で顔を向ける。紙が鳩の形に折られて窓を叩いていた。


「手紙じゃん。どっちにだろ?」

「お、オーキスさんにじゃないかな……母さん、俺にいつも『甘ったれるな』って厳しいこと言うから、手紙なんて送らないと思うし」

「とりあえず入れるよ」

「あ、うん」


 クインが窓を開けると、鳩の紙は飛びながら正臣の膝の上にきた。


「マサオミのじゃん」

「あ、あれ……ほんとだね……」


 すぐに紙は広がったので、それを読む。なんかこういう感じの手紙も魔法の世界って感じがして最高である。


「なぁ、マサオミ。実を言うと僕、君の親に興味があるんだけど……手紙、読ませてくれないかな?」

「えっ……あ、ま、待ってね。検閲するから」

「ああ、構わないよ」


 何せエルフ関係の何かが書いてあったら困る。見せられる内容かは自分で見てから出なくては。


『マサオミへ。

 一ヶ月経過しましたが、お元気ですか? こちらは狭い小屋から一人ヒヨッコがいなくなり、広くなって良い気分です。』


 相変わらずの毒舌っぷりに、少し涙が出そうになるが……まぁ、暴言を言うためだけにわざわざ手紙を出す人じゃないくらい分かっているので、続きを読む。


『そちらでは様々な授業があるでしょうが、私に鍛えられたマサオミならば苦労することなく好成績をおさめられる事でしょう。……なので、補修などになった暁には殺しますのでご了承下さい。』


 殺すのかよ、と冷や汗が流れる。でも……まぁ自信を持て、と言ってくれているのだろう。

 生憎、その心配はしていない。もう結構、暴れてしまっているし、風紀委員会にも入れた。……中々、組織と絡む勇気が出なくて行けてはいないけど。


『もし、未だに友達ができていないのでしたら、自信を持ちなさい。あなたの魔法の腕をひけらかせば、成績目当ての子が釣れるでしょう。丁寧に接してあげなさい。』


 あ、この人もやっぱり友達作れたことないんだな、とすぐに分かった。まぁ過去の話は聞いたし、そういう利用するような事がまず浮かぶのも分からなくはない。

 でも、そもそも心配いらない。友達のような人も出来たし、ルームメイトとも話せる間柄になれている。

 続きを読んだ。


『それでも友達が出来なくて孤独が辛く、どうしても嫌になったり、いるだけでも心苦しいということがあれば、遠慮なく言いなさい。学校を壊してでも私があなたを連れ戻しに行きます。』


 本当に出来そうだからこそ怖いことが書いてあった。でも……なんだかんだ心配はしてくれているみたいで嬉しい。……でも、こういう所がツンデレと言われる所以なんだよな……ともちらっと思ったり。


『最後になりますが、校外学習が近くあると聞きました。怪我や病気、トラブルに気をつけてちゃんと無事に帰ってくるようにしてください。いざという時は、自身の力を発揮することもちゃんと考えておくようにしなさい。では、お気をつけて。セレナより』


 ……やっぱり、ツンデレだ。でも、ただのツンデレではない。子を甘やかさないための厳しさの中に隠した、それでも心配はしてくれている優しさ……そういうツンデレだ。

 だから、素直に嬉しい。この手紙は、ちゃんと保管しておこうと心に決めた……。


『PS.』


 まだ何か書いてあることに気がついた。危なかった。読み終えてしまうところだった。

 何かな、と少しウキウキしながら読み返す。


『PS.母親から先に安否報告を送らせるとは良い度胸だな。帰って来たら覚えておけ。』


 ゾワっと背筋が逆立った。いやそんな約束も契りも交わしてないでしょ……と、思ったところで遅い。一度怒ったら最後まで怒り通すのだ、この人は。


「へ、返事書かなきゃ……!」

「え、読ませてよ」

「あ、ど、どうぞ」


 慌てて紙を一枚、手に取って机の上に置き、杖を構える。

 さて……なんて書こうか? いや、なんて書いても良いんだろうけど……でも、ここまで長文書いてくれているし、心配もしてくれている。

 可能な限り、近況報告を含めよう。


「ぷっ……ふふっ……!」


 そんな中、笑い声が聞こえてくる。ハッとして顔を向けると、クインが笑いをこぼしていた。


「えっ、な、何……?」

「なんか……厳しい人なのかと思ったら、過保護で心配性で……優しくて可愛い人なんだね」

「う、うん……そうだね……」


 あの文章だけで的確に何もかも見抜かれていた。確かに、可愛い母親ではある。

 いや、そんなことよりも返事だ。手紙なんて前の世界で年賀状をおばあちゃんに出したことくらいしかない。

 でも、なんか怒っていたし、今日中に送らないと怖い事になる。


「な、なんて送ろうかな……」


 友達の有無を一番、心配していたし、そこが一番大事だろう。

 とりあえず……ここは夏休みの読書感想文と同じ理屈でいこう。書きたいことを箇条書きし、後から文章に組み上げる。


「……僕も手伝おうか?」


 気を利かせてくれた。普段の口下手さから、正臣のためというよりこの母親のために気を利かせてくれたのだろう。

 気持ちはありがたい。その方が早く終わるだろう。……でも、ここまで心配してくれている人には、自分が考えた内容を、自分の言葉で伝えたい。


「だ、大丈夫……先に寝てて?」

「……そう。分かった」


 思ったよりあっさり引き下がられたことが少し意外に感じたが、まぁお袋からの手紙を揶揄うような悪趣味はないのだろう。ちょっとしたガキっぽい負けず嫌いを置いておけば、基本的には真面目な人なのだ。

 さて、母親への手紙を仕上げなくては。そう思い、明日の朝が早いことも忘れて手紙を綴った。


 ×××


 まぁ、こうなるよね、と、翌朝に起きていたクインは小さくため息を漏らす。


「おーきーろー!」

「Zzz……」


 書く内容を考えるために夜更かししたのだろう。手紙そのものは無くなっているので、昨日のうちに送ったのかもしれない。……お陰で、ベッドではなく床で寝ている正臣は微動だにしない。


「もう、朝だぞ! 着替えて準備しろってば!」

「Zzzzz……」

「どんだけ安眠してんだよ!」


 本当は叩き起こしたいところではあるのだが……事情が事情だけにそれはできない。

 母親から送られてきた心が込められた手紙を読み、すぐに取り掛かったところを見るあたり、最後の脅迫文が怖かったから、とかではないのだろう。

 手伝おうともしたが、その時に断られた時の表情を察するに自分で書きたいと言う気概も見受けられた。

 だから……悩みに悩んで夜更かしした時くらいはそっとしておいてあげたいものだが……よりにもよって校外学習でいつもより早い集合なのだ。


「ったくも〜……仕方ない」


 こうなれば、一先ず準備を進めてあげるだけだ。

 ……実を言うと、他の生徒のうちのほとんどが正臣の実力を認めていないことが、ちょっとだけ悔しかったりする。

 みんながみんな「マサオミはクインのおまけで風紀委員に入った」と思っているが、本当は逆なのだ。

 その事が、クインとしては割と屈辱であって。今日は同じ班に派手めな女子が二人いるし、正臣の実力を周囲に広める良い機会だと思っている。


「……一つ貸しだからな」


 その時のためにも、今は可能な限り寝させてやりたい。だから、代わりに朝の準備をしてやることにした。

 まぁ……そうは言っても、昨日のうちに準備はほとんど出来ている。

 まずはタンスから今日着て行く私服を(勝手に)チョイスして用意してあげることに……というか、私服がダサい。


「……もう少しオシャレしなよまったく……背が低くてもやりようあるのに」


 小さく呆れながら、次に何かやることを探すと、机の上が目に入った。

 昨日手紙を書く際に使っていた杖が目に入る。これも入れてあげなくては。

 と、まぁこんな具合で世話を焼いている時だった。

 むくっ、とぬぼーっとした顔で正臣が身体を起こした。


「……」

「あ、起きた? 早く準備してくれるか?」

「………え、いま、なんじ……」

「6時45分。集合時間まであと15分だよ」

「………えっ」

「はい、着替え」


 ジャージさえ持っていけば私服OKの校外学習だから、後はTPOを弁えた服装を選んであげた。多分、持っている中ではマシな組み合わせになったと思われる。

 ……が、本人はクインよりテンパっていて。


「っ、あ、ありがと! 着替えなきゃ……!」

「えっ、ちょっ……」


 慌ててパジャマを脱ぎ始め、一気にパンイチになられてしまって。

 一気に頬が赤く染まるのとほぼ同時。手に持っていた杖で反射的に魔法をかまそうとしてしまう。


「今ここで脱ぐなー!」

「え? あっ、ごめっ……!」


 が、魔法は途切れる。何故なら……バギッと杖が砕け散ったからだ。


「「えっ」」


 そんな声音が漏れる。折れた。杖が。真ん中でボギッと。

 え、なんで? と、小首を傾げてしばらく思考が停止した。というかこれ……今、しまおうとした正臣の杖だ。

 ていうか……この杖、ボロボロだ。しかも旧式である。これで今までこの子戦ってたの……? と、思ったのも束の間。正臣が大声を漏らした。


「あ、ああああ! それ俺の……!」

「あっ……す、すまない。まさか、魔力を込めただけで壊れるほど古くなっているとは……!」

「え、杖って壊れるの?」

「そ、それはそうだが……メンテとかしていないのか?」


 使えば使うほど脆くなってしまうので、基本的には使い捨てである。もしくは定期的にメンテナンスするか。

 まぁ、どんなに安いものでも使い方次第で5〜10年は保つので、使い捨てと言うほどではないかもしれないが。


「せ、せっかく母さんにもらった杖が……メンテナンスなんて必要だったんだ……」

「す、すまない……ていうか、知らなかったんだ……」


 この子の杖に対する知識は今更ながら酷く拙い。普通は小学校で杖のことを習い、中学でメンテナンスの授業が出てくるのだが……。

 いや、そんな理由はただの言い訳だ。壊したのは自分なのだし、ひとまず今日の責任は取らないといけない。


「か、代わりと言ってはアレだが……僕の杖を使ってくれ」

「いや……いいよ。もう一本あるし……」

「いや、それももう古いだろう。壊れたらどうするんだ?」

「あ、そ、そっか……」


 今日からの三日間、魔法が使えなくなったらその時点で割ときついものになるだろう。


「とにかく、使って。箒、二本あるから」

「箒借りて良いの!?」

「えっ? う、うん……?」

「借りる!」


 すごく嬉しそうだ……万能型しか知らないからだろうか? 普段からこれくらい素直なら可愛いのに……と、ちょっと困る。

 なんか基本ベース言いたいこととか可能な限り言わない子だから、こう言う時のギャップは正直嫌いじゃない。


「何処にあるの!? 箒!」

「あー待って。今出すから……」


 と、言いかけたところで改めて気がつく。こいつ、まだパンイチだ。

 再度、意識して少し頬が赤く染まってしまうにも関わらず、このバカはこちらに詰め寄ってくる。


「ち、ちなみに、どんな箒? どれくらいの速さで飛べる!?」

「そ、その前に服着ろよ! 元はと言えばそれがことの発端だろうが!」

「え? ……あっ、ご、ごめん……」


 顔を真っ赤にされてしまったが、真っ赤にしたいのはこっちの方だ。

 そのまま箒を探している間に着替えさせた。

 ほんと、ちょっと見直すとこれだから困ると言うものだ。

 ため息をつきながらしまってあるスペアの箒を取り出し、振り返る。……ていうか、今更だけど顔も髪も寝癖だらけだ。


「一応出したけど……」

「よし、乗ろう!」

「その前に、寝癖直しなよ!」

「えっ、いいよ。別に。時間ないんでしょ?」

「それ身嗜みを整えない言い訳にならないから!」


 全く分かっていない。たまに「俺別にモテたいわけじゃないからオシャレとかしない」と言う奴はいるが、そういう問題ではない。一緒にいる周囲の人まで恥ずかしい思いをするか否かだ。

 ダメだ、とにかく時間がない。置いて行くのもアレだし……やってあげる事にした。


「ほら、もう……こっち来て」

「え? な、何……?」


 腕を掴んで洗面所に入り、鏡の前に立たせた後に櫛を手に取る。梳かしてやらないと時間が食われるだけだ。

 軽く水を含めた後、頭に振りかけて寝癖の上から櫛で轢いていく。


「痛っ……て、な、何で急に……?」

「痛くない。人間、中身じゃないとは言うけど、印象は外見で決まるから。そう言うところから友達が出来づらくなるの」

「い、良いよ自分でやるから……!」

「ダメ。どうせ出来ないでしょ」

「はっ、恥ずかしいんだけど……」

「その恥ずかしさを肝に銘じて次から自分で出来るようになって」


 顔を赤くしているが、今はどちらかと言うと可愛いと言うより腹が立つ。このくらい、高校生なら出来ていて欲しいものだ。


 ×××


「で、朝からゆっくり寝こけた挙句に重役出勤か。良いご身分だなぁ、風紀委員二人。見事に風紀を乱す行動、ご苦労なこった」


 で、遅刻して怒られていた。アルバから言いたい放題言われ、2人とも為すすべなく怒られる。

 既に生徒たちは集合・整列してクラスごとに座っている状況。完全に待たせていた。


「「す、すみませんでした……」」

「俺にじゃねーよ。出発が遅れたクラスメートに謝れ」


 との事で、クラスメート達に謝罪した。言い訳? 出来るわけない。母親の手紙で夜更かしして寝坊した上、寝癖を直してもらっていました、とは口が裂けても言えない。


「……まぁ良いわ。発足式始まるから早く座れ」


 との事で、列の一番後ろに座る。

 やっちゃったな……と、肩を落としながらもとりあえず一番、迷惑をかけた相手に謝罪をする。


「ご、ごめんね……オーキスくん」

「気にしないで良い。僕もやらかしたし」


 それにしても……杖が折れてしまったのはやはりショックだ。母親であるセレナから貰ったものは可能な限り大事にしてきたのに。

 まぁ、セレナも杖なんて使わないから知らなかったのだろう。二本杖がないと浮いている状態で魔法が使えないので、今度また調達しなければならない。

 ちなみに、そのセレナへの手紙は無事に魔法をかけて贈ることができた。明日の朝には到着しているだろう。

 さて、発足式。校長と学年主任の挨拶が終わった後、1組から順番に出発。縦に四列になって、担任と副担任が前後を挟んで飛んでいく。

 続いて2組。つまり、自分達だ。


「行くぞー」


 先生の挨拶で1班から順番に前から飛んでいく。そういえば、怒られたから忘れていたが、箒は借りたもの。初めてこれに乗ることができる。


「お、オーキスくん、これどうやって使うの……? 普通に?」

「うん」

「あれ、シルアくん箒? 珍しいじゃん」


 言ってきたのは同じ班のカエデ。普段の授業から箒を使わないのは知られている。……何せ、万能型以外の杖を持っていないから。


「う、うん……色々あって……」


 クインに買わされました、とは言わない。

 さて、そんなわけでいざ飛行。跨った箒に飛行魔法を掛けた直後だった。バビュンっと箒が急速に発進し、正臣の身体は下半身を持っていかれて後ろにひっくり返り、頭を地面に打ちつけた。

 ひとりで発信した箒は前を飛び始めていたリョウの背中に強打し、見事に撃ち落とす。


「いっだ……! これいっだ! 頭いっだ!」

「何してるんだお前!?」


 その正臣の元に、飛ぼうとしていたクインが寄ってくる。


「いっ、痛いぃ〜……絶対、脳みそ出てる〜……」

「出てないから!」

「ちょっ、大丈夫!?」

「ダッサ」


 一人だけ暴言を吐かれたが、クインとカエデは心配してくれている。


「お、オーキスく……さん。これ、どういう仕組み……?」

「箒の飛行魔法は箒にだけかかるんだよ。刻まれたスペル魔法が使った飛行魔法に反応して、高速で飛行する代わりに乗っている人は落ちないようにする必要があるの」

「そ、そんな高度な真似をする必要が……」

「高度じゃないよ。みんな小学校の一から三年生くらいから親と一緒に練習し始めるから」


 自転車かよ、と思いながら、とりあえず落ちている箒に自前の杖で手元に引き寄せる。

 もう一回跨るが……これ、普通に練習して上手くいくものだろうか? ……浮遊魔法を素手で箒にかけて飛んだ方が良い気も……と、思っている時だ。

 さっき、何食わぬ顔で「ダッサ」と言ったウメカが冷たい目で言う。


「ねぇ、早くしてくんない?」

「ごめんね、シルアくん。時間ないから……」


 副担任のミカ・ロウキに優しく諭される。もう一度、母親に手紙を送りたくなるほど。

 そんな中、ミカが提案して来た。


「あ、そ、そうだ。オーキスくん、後ろ乗せてあげてくれない?」

「えっ」

「箒は先生が持つから。……で、自由時間に向こうで練習したら?」


 言われて、クインを見上げる。ため息をつきながら、仕方なさそうに頷いた。


「どーぞ」

「ご、ごめんね……」


 ……女子二人が羨ましそうな目で正臣を睨む。本当にクインってモテるんだな、となんかちょっといづらく思いながら、改めて箒に跨り、クインの後ろに座る。

 これでようやく行ける……と、思ったのだが、クインが中々、発信しない。どうしたの? と視線を向けると、何してんの? と言う視線を向けられる。


「……ねぇ、ちょっと」

「は、はい……」

「ちゃんとしがみついて。危ないよ?」

「え……あ、ご、ごめん……」


 言われるがまま、脇腹のあたりの服を握る。……女の子とこんな至近距離になることは中々なくて緊張してしまう。

 セレナと暮らしていたときも、裸を見せられたことはあっても身体を触れる機会はなかった。マッサージされたことならあるけど。


「いや、だから」

「え?」

「お腹の前まで手を回して抱き締めて」

「え……え? や、そんな事……!」

「……気にしないから。仕方ないの分かってるから……! 周りに怪しまれるでしょ……!」


 いや気にする以前にそこまでしないといけないのか、と冷や汗をかくが……まぁ、確かに安全を考慮するならしがみついた方が確実だろう。

 ……仕方ない。いや、ある種こんな風に女の子の身体に触れる機会があるのはちょっと嬉しいが……どちらかと言うと申し訳なさの方が勝りつつある中、恐る恐るしがみついた。


「じゃあ行くよ?」

「あ……う、うん」


 そのまま飛び始めた。思った以上のスピードに、しがみついている両腕にギュッと力が込められる……というか、怖い。これ、自分は魔法を杖なしでも使えるから良いけど、箒で飛んでいる人は落ちるリスクが十分過ぎるほどある。

 ……いや、残念ながら自分も危ない。杖なしで魔法を使うわけにはいかないから。


「あ、あの……オーキスくん……」

「良いから、気にしなくて。それより、速過ぎたりとかしたら言って」

「あ、ありがと……」


 ……自分だって恥ずかしいだろうに、そんな風に言ってくれるあたり、ありがたい。

 というか……そもそもの話が、杖なんてなくても飛んでいけるのだから、今の状況だって本当は正臣の都合で付き合わせている形になっているのだ。

 それなのに身体にしがみついて後ろに乗せてもらうなんて……なんだか、性別を隠している事も利用してセクハラしているような気がして、少しずつ罪悪感が芽生えてくる。


「……ごめん」

「だからいいって。次謝ったら落とすから」

「えっ!? ごめんなさ……あ、いやありがとうございます……?」

「え、なんでお礼言われたの」


 絶対に謝れなくなってしまった。事こうなった以上、杖がなくても魔法が使えることは死んでもバレてはいけない。

 そんな中、隣を飛んでいる女子二人が横から声を掛けてきた。


「良いなーオーキスくんの後ろ」

「どう? 腹筋とかやっぱ硬い?」


 言われて、思わず反射的に意識してしまった。指先に力が入り、ツンツンと腹筋を突っついてしまう。

 あ、硬い。ちゃんとフィジカルも鍛えているらしい。……なんて感心している場合ではない。


「ひゃんっ!」

「えっ」

「「えっ?」」


 急に女の子みたいな声が女の子から漏れる。いや女の子だけど。


「ちょっ、マサオミ……! くすぐったら危ない……!」

「えっ? あっ……ごめっ……」


 そんなつもりはなかったが、これは自分が悪い。謝ろうと思ったが……さっき謝ったら落とすと言われたことを思い出してしまった。

 だが、もう「ごめん」の「め」まで言ってしまった。謝られたと認識される前に、何か言って誤魔化さなければならない。


「で、でも……腹筋は硬いよ」

「「本当に!?」」


 サイドの女子の熱が上がったのと、自分が抱き締めている女子の怒りが上がったのがほぼ同時だった。

 いらん事を普通に言ってしまった事により、クインは箒をさらに加速させながら蛇行を始める。


「お〜ま〜え〜は〜! 謝る前に感想かセクハラ男〜〜〜!」

「あばばばば! だっ、だだだってさっきっ、あやあやあや謝るなってええええ!」

「今のは謝れっつーのー!」


 そんな風に先生に怒られるまで暴れ回る二人の姿を眺めながら……カエデとウメカはゆったり飛びながら顔を見合わせた。


「……なんか、男同士なのにイチャイチャして見えない?」

「分かる。ていうか……なんか女の子みたいな声聞こえなかった?」


 そんな呟きを漏らしながら、飛行を続けた。


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