二日目

 二日目になった。予想通りというべきか、女子組は早起きしてメイクとか寝癖とかを直していた……が、なんだかんだここ最近はクインも早起きしているので、それより早く起きて着替えを終えた。

 理由は単純。正臣が毎朝、朝練しているのを知ってから、クインも負けていられないと朝練を始めたからだ。

 で、現在は朝食が終わった後。つまり、次の日程である朝の山中散歩をしなければならない。


「うーわ、歩きづら〜……」

「まぁ、舗装されている道路じゃないからね……足元、気をつけて」

「ありがとー」


 クインの両サイドには、女の子が二人ついているが……ちょっと歩きにくい。こういう時、自由に歩き回っているマサオミが羨ましかった。

 何か見て回っては、頭に杖を当てて記憶魔法で映像を出し、手元のしおりと見比べている。

 ああやって真面目に課題を進めてくれているのに……ちょっとだけ後ろめたさがある。

 それは、なんだかんだ班の中でも彼は孤立してしまっていることだ。

 本当なら仲間に入れてあげたいところだが、女子……特にウメカからの拒絶オーラが凄過ぎてそうもいかない。というか……なんかカエデとも少し微妙な感じあるし。

 ハッキリとは拒絶していないギリギリの態度を示しているから、こちらも少し言いづらいのだ。

 でも……正臣からはなに一つ不満そうな態度がないどころか……その空気に慣れて様子でいることが、ちょっと気になってしまって。


「あ……これだ」

「何かいたの?」


 何か見つけたみたいで、声を掛けたのはクイン。三人で歩み寄ると、正臣が杖で浮かせて見せて来たのは、ダンゴムシだった。全長70〜80ミリはありそうな。


「「「〜〜〜っ!?」」」


 思わず鳥肌を立たせながら後ろにズゾゾゾっと三人揃って下がってしまう。小さければ可愛いそれも、大きいとただの気色が悪い何かである。

 自分達の手の指と同じくらいの太さの脚が14本、触角が2本、ウネウネと動いていて、もう悲鳴を上げる寸前である。


「見せつけんなし! 早く捨てろそれ!」

「なんで浮かせるんだ!? なんで浮かせるんだ!?」

「え、でも天然記念物……」

「チョイス!」

「わさわさしてる足見せんなマジで!」

「……」

「ああああ! カエデが失神した!」


 ……こういうところは完全に正臣が悪いわけだが。まぁ森で暮らしていたのだから感覚が変わってしまうのもわからなくはないが、やめていただきたい……なんて思っている間に、正臣は不思議そうな顔で聞いてきた。


「え……ていうか、オーキスくんも虫ダメなの?」

「っ……せ、せめて足6本までにして……」

「……へぇ」

「何その目!?」


 これでも男の子らしく虫にも慣れるように努力はしたが、ダンゴムシやムカデ、クモ……あと6本だけどゴキブリは無理だ。それでも頑張って克服できた虫もいるのだから、褒めて欲しいくらいである。


「……そ、そっか……」

「ちょっと、シルア! どうすんの、カエデ!」

「えっ? あ、あー……じ、じゃあ俺が運びます……」


 そう言いながら、杖で浮遊魔法を放つためにカエデに向けたが、それを慌ててウメカが止めに入った。


「いや魔法で運ぶのはどうなん!?」

「えっ……だ、ダメなの……?」

「それ逮捕されてる人扱いじゃん!」


 それはその通り。警備隊が犯人を逮捕して連行するときは杖を没収した上で手錠をかけ、浮遊魔法で運ぶ。

 中々、デリカシーというものが欠如している男だ。もしかして、山の中で暮らしているとそう言うのも鈍くなるのだろうか?


「え……じ、じゃあ……」


 チラリとクインの方を見てくる。おんぶしてあげて、という事だろうか? まぁ構わないが。


「僕がおんぶするよ」

「えっ!? マジ!?」

「起きてるじゃないか!」


 速攻で覚醒したカエデに思わずツッコミを入れてしまった。


「やったー! オーキスくんのおんぶ!」

「いや起きてるなら自分で……!」

「えー、ずるいし! うちもおんぶが良い!」

「君は元々関係ないだろ!」

「じゃあ30分ずつ交代で良いから!」

「いや意味が分からない悪いけど! 起きている人をなんで僕がおんぶする必要が!?」


 というか、この子達そもそもなんで自分にそんなハートマークを浮かべて迫って来るのか。家柄とか顔とか成績とか色々あるかもしれないけれど、思いっきり面食いであることをアピールしていることに気が付かないのだろうか?

 しかし……冷たくすればやはり部屋で変な嫌がらせを受けそうだし……せめて10分くらいにさせてもらおうか……と、思った時だ。

 そうだ、正臣に助けてもらおう、と顔を向ける。そもそも事の発端はこいつのダンゴムシだ。


「ちょっ、マサオミ……!」


 と、声を掛けたのだが……マサオミは、大きな傷のある木に手を当ててぼんやりと眺めていた。もう完全に他人事のような態度だった。

 あんのやろう……と、奥歯を噛み締めながら、後ろからツカツカと歩いて肩に手を置いた。


「ごめんちょっと。マサオミ、君……!」

「……」


 直後、フリーズした。何故なら、正臣が見ていた木の色が部分的に濃かったから。それも、穴を中心に飛沫が飛び散るような模様で。……そう、まるで血の痕のようだった。

 その上、周囲から悪臭も漂って来る。


「え……な、何これ……?」


 間違いなく致死量の出血だ。しかも、乾いていないので新しく見える。……人の血、だろうか……?

 一方で、正臣はその場でしゃがんで木の根元にあるものを拾った。

 白いのに、茶色っぽい何かが付着したもの……乾いた枝に血が付いた、とか?


「お、オーキスくん……」

「ん?」


 その視線の先には、後ろで待っている女子二人。見せない方が良い、と言うことだろう。


「カエデ、ウメカ。別の道行こう」

「なんかあったん?」

「デッカい虫をまたマサオミが探してる」

「な、なんでそんな言い方するの!?」


 喧しい。仕返しである。

 それに、そろそろ天然記念物も探さないといけない。


「さ、二人とも。とにかく今は他のを探そう。虫以外のものをね」

「はーあ、しんどいわー」

「てか、虫多いしー。もう最悪ー」


 話しながら、奥に進んだ。……しかし、正臣の表情……一瞬だけ、何かすごく怒っているように見えたのは気の所為だろうか?


 ×××


 密猟者だ、と正臣はすぐに分かった。あくまでも素人目の分析だけど、さっき拾った角はキリサメ山くらい綺麗な空気でないと生存出来ない鹿、スカイホーンのものだ。

 つまり、希少種なのだが、その上で角から空気を得て喉を膨らませ、ぷかぷかと浮きながら空を飛ぶことも出来るこいつの内蔵は高値で売られる。遺体がなかった点を見ると、身体だけ持っていかれたのだろう。

 だが、まさか校外学習の日と被るとは。

 もしかしたら、昨日の夜に目に入った動く影は、密猟者のものだったのかもしれない。


「……先生に言った方が良い、かなぁ……?」


 言えば、肝試しは中止になるだろう。密猟者が動き出すのは夜のため、競技はおそらくやることになるが。

 だが、言わなければ普通に生徒が危険だ。……まぁ、密猟者をやる人間なんて、言い換えれば普通に仕事が出来なくて一発逆転を狙うような猟師なので、喧嘩になっても生徒二人がかりなら倒せるかもしれないが。


「……ミ、マサオミ!」


 声をかけられ、ハッとする。身体を揺さぶってきてきたのは、クイン。現在、もう散歩の時間は終わり、見つけた天然記念物をレポートにしてまとめる時間だ。


「な、何……?」

「や、だからレポート。少しでも精度あげたいし、見つけた……ほら、池杉とかイコイとかの細かい情報教えて」


 会議に混ぜてくれる、と言う話だろうか? 今日ばっかりは女子二人も少し興味ありそうな顔で正臣を見てくる。……まぁ、楽して成績を上げられる機会だからだと思うが……。

 何にしても、求められているのなら応える他ない。


「い、池杉っていうのは……池の周りに生えている杉の種類で……」

「あー、あのめっちゃ綺麗だった池?」

「あれやばかったよねー。なんだっけ、げ、ゲンショー的? ての?」

「幻想的だろう、それを言うなら……」


 そう、池杉が近くにある池は白と緑の抹茶ラテのような色合いになって、その上で透明度が高い不思議な水になる。


「あ、あれは……池杉花粉の影響で……白と緑の特殊な色をしてるから、近くの水は変色して……」

「え、あれ花粉なの?」

「きったな……」


 いや、汚くはない。まずあの花粉で花粉症にはならない。というか、香り以外で何のメリットもデメリットもない花粉なのだ。


「そ、それで……その池杉の近くの池に住んでいる鯉がイコイって言って……常に、綺麗な水でぼんやりと休憩している鯉だから、イコイって名前で……」


 この二つが揃っている池は全国でもキリサメ山にしかなく、それでここの池杉と憩鯉天然記念物になっている。

 自分もついさっき見た景色だが、記憶魔法で保存して母親に見せようと思っているのだが……女子二人にはお気に召さなかったらしい。


「てか……今思うと緑色の池って苔が浮いてるみたいじゃない?」

「知らなきゃ良かったやつでしょこれ……」

「……」


 何故、自分の話は常にこうも滑るのだろうか、と目線を逸らしてしまう。

 流石に同情されたのか、クインからは何か責めるような言葉は飛んでこなかった。


「……ありがとう。書いておくよ」

「い、いや別に……」


 なんか、クインも女子達にはあまり当たりが強くない。正臣には言いたい放題言うくせに、意外と女の子に弱いとかだろうか?

 ……いや、多分冷たくして逆ギレされてカバンの中を漁られることを恐れているのだろう。お気に入りの男子のスペックの高さとプライドは比例するものだ。

 まぁ、もうボロクソ言われるのも伝えたいことをうまく伝えられなくて嫌われるのも慣れたものだ。

 それに……正直、今は嫌われているくらいの方が気が楽にさえ思える。


「早く午後になんねーかなー。まだ生き物探すとかよりは競技してた方が良いわー」

「あ、分かる。……あ、てか見て。今日のために射特新調したんだよねー。チョー可愛くない?」

「うっわ、そのデザインマジ神!」


 ピンクと黒の射特(射撃特化の略)を見せるカエデと、それを見て羨むウメカ。どうやら通称「銃」と呼ばれる杖も、人や世代によって呼び方が違うようだ。

 こう言う文化の違いはあるけど、割とそういうさりげない人の質的な所は変わっていなさそうな気がする。

 なんて、ちょっと面白いなーなんて思いながらも、そろそろ真面目にやらないとクインが怒るんじゃ……なんて思いながらチラリと視線を向ける。


「っ……」


 ちょっとだけ不機嫌そうだけど……なんか怒っている感じではなかった。

 なんていうか、こう……複雑そうな顔。もしかして……ああいう銃も欲しかったりするのだろうか? 正直、銃なら渋い色……なんならグリップは木製の方が良いと正臣は思うのだが、そこは人それぞれ。

 だが、キャラ的にクインからは聞けないのだろう。何せ男の子の設定だから。

 ここは一つ……昨日は朝から迷惑かけたし、そのお礼だ。ああ言うオシャレな銃がどこで売っているのか、さりげなく聞いてみよう。


「……」

「でさー、これ見て。チャームついてんの。アリクイさんの」

「うわっ、良いなー。てか何、じゃあこれアリクイさんショップで買ったん?」

「いやこれは後からアタシが買ったヤツ。……あ、アリクイさんって言えば、知ってる? 今度、限定モデル出るらしいよ」

「マ!?」


 ……さりげなく、リョウあたりに聞いてみることにした。ていうか、アリクイさんって何なのだろうか? この世界のマスコットキャラクター的な?

 少し唸っていると、コホンッとわざとらしい咳が唐突に聞こえてきた。主はもちろん、クイン。

 気づいた女子二人に続いていった。


「……そろそろ先に進めても良いかな?」

「あ、う、うん。ごめんね」

「オーキスくんはアリクイさん好き?」

「別に」

「えー、可愛いのに。密猟者をアリのように食い殺すマスコットキャラ」

「良いから先に進めるよ。終わらせないと成績悪くなるんだから。その話は後で」


 そんな話をしながら課題を進めた。

 ……ていうか、密猟者で思い出した。まぁ……さっきはてっきりまだ森に潜んでいるのかも、と思ったが……もしかしたら、昨日のうちに抜けたのかもしれない。

 というか、密猟なんて危険な橋を渡っておきながら、いつまでも森に残っているとは思えない。

 そんなわけで、ぼんやりしつつも一応は警戒しておくことにした。


 ×××


 さて、お昼も終えて……いよいよ午後の競技の時間。……つまり、バーベキューの良い肉を獲得するための時間だ。

 こう見えて、良い肉が食いたいだけのアルバの指揮のお陰でクラス練習はしっかりとしてきた。

 フラグゲッターは基本的には12人か7人か3人と人数ごとに階級が分かれているゲームなのだが、今回はクラス全員でやるので30人以上。

 当然、1ポジションの人数も変わる。……まぁ、基本的には自由なので「このポジションは何人じゃなければいけない」と言うルールはないが。

 で、まぁ……先手必勝のゲームというわけでもない。ペイントを当てられたら退場の上に、杖は銃しか使えない。

 つまり……大人数が陣地の旗を守り、少人数で敵地に忍び込むのが定石である。

 生徒達はジャージを着込み、待機している。


『そんなわけで、オフェンスは三人だ。シルア、エイフール、ラクーンの三人だけな』


 と、いうわけで、何故か正臣、リョウ、カエデが選ばれた。まぁ、隠密作戦だから人数も少なめなのはわからなくもない。

 その上、正臣は悪目またはしたものの背が低いので向いているし、リョウは戦闘員。ドッジボール部で銃は使わないものの、狙う腕前は見事なものだ。


「……で、なんでアタシもなの……?」


 試合の前に配られた銃を腰に下げて、試合前に三人で打ち合わせをする。自分が買った銃を使えなくて少しご立腹なカエデだ。

 正直に言ってしまうと……正臣はこのゲームの戦い方がなんとなくわかった。

 守りが固い敵地に踏み込むのに大人数で行けば、敵にも味方にも被害が多く出る。1チーム対1チームなら悪くもないが、他にもチームがあることもあるこの競技では、勝ったとしてもその後に削り殺されて終了だ。

 だからこそ、敵に見つかりにくい少数精鋭。敵の配置を可能な限り把握し、少数でそれ以上の兵士を倒す。それが、隠密作戦の利点だろう。そんなのを戦略ゲームでやった。

 早い話が、少数で少しずつ削ってもずっとは暴れられないと言うことだ。

 もし姿を見られれば最後、人数は負けているのだから、蜂の巣にされるだけだ。今回はペイント弾なので正確に言えばペンキ塗れだが。

 また、何度も通用する手ではない。一度、見つかれば警戒は間違いなく濃くなる。

 理想は、敵を4人以上削った上で誰にも気付かれずに生還できること。

 最悪は、誰も落とさずに見つかって全滅すること。

 けど、先生の計画はおそらく、帰れるのはまさおみかリョウのどちらかだけ。そいつらを確実に帰すために、目立つカエデを囮役として入れた。人でなしである。

 ……なのだが。


「で、作戦どうするー?」

「よ、よし、俺に任せろ! 三人で強行突破して、速攻で旗とって帰ろうぜ!」

「嫌だしそんなん……アタシ、ペイントで汚れんのとかマジ絶対嫌」


 好きな子と同じパーティに入れてウキウキの男の子と特攻且つ囮役をやらされていることに微塵も気付いていない女の子がチームメンバーだ。

 ……ハッキリ申し上げて、希望を微塵も感じない。作戦失敗が目に見えるようだ。


「はぁ……まぁ、どうでもいいや……」


 正直、このアホな状況を覆してまで肉を食いたいとは思わない。絶対、労力に見合わない。

 ぼんやりと空を見上げながら小さくため息をついた。

 そんな時だった。


「アタシ、ちょっとトイレ」

「いってらー」


 その場からカエデが離れたことにより、一気にリョウの顔は変わる。早い話が、本気モードみたいになった。


「……で、おいどうする? せっかくだし、良いとこ見せたいんだけど」

「そ、そうなんだ……頑張ってね?」

「お前に案を聞いてんだよ! ハッキリ言ってこんなん鉄砲玉だろうが俺ら!?」

「あ、気付いてたの?」

「気付いてるわ! フラグゲッターは俺も好きだから! 四年に一度のWFGCも一回は観に行ってる!」


 意外だった。なんでそれを言わないのか……と、思ったが、まぁ鉄砲玉であることも見抜いているのなら、言えない理由も分かるというものだ。

 女の子を囮にする作戦なのだが、言えるはずもない。


「とにかく……あのアホ教師の言うことを聞くにしても聞かねーにしても、チャンスだと思うんだよ。せっかく同じポジションに入れたし」

「そ、それはそうかもだけど……」

「なら、ここでカッコイイとこ見せて、一気に彼女にしちまいてーんだよ」

「いやそんなサヨナラ逆転満塁ホームランみたいな言い方されても……」


 なんか……自分も恋愛について知っているわけではないので人のこと言えないが……なんか、前の世界で言う体育祭や球技大会みたいなイベントごとの時に限ってはしゃぐモテない男子を見ているのと同じ感覚だった。


「おい、なんだその目はコラ」

「い、いやべつに……」

「言いたいことあんなら言え」

「な……ないよ?」

「嘘つけコラァッ!?」

「ほ、ほんとだから……!」


 十中八九上手くいかないのはわかっているが……まぁ、でもそれも決して間違いではないかもしれない。特に、クインに群がる奴らとかなら効果はあるだろう。


「……じ、じゃあ……頑張ろっか?」

「おうよ! ……で、どうする?」

「どうするって言っても……セオリーは分かる?」

「分かってる。隠密に徹して可能な限り姿を出さない。……で、最低四人は減らす」


 ならば……まぁ、安直で申し訳ないが、正臣に思いつくのはこれくらいしかない。


「な、なら……その方針でリーダーやって……で、ラクーンさんに色々と教えてあげるのは……どうかな」

「あ、あー……なるほどな。確かにカエデはその辺弱そうだもんな。うしっ、それでいくわ」

「が、頑張ってね……」


 とりあえずこれで良かった……と、ほっと胸を撫で下ろしておく。良かった、こんなんで納得してくれて。


「うしっ、俺も今のうちトイレ行っとこう」

「う、うん……」

「となると、やっぱうまく行くように作戦考えとかねえとな……」


 そのまま立ち去っていくリョウを後ろから眺めながら、なんか今のやりとり友達っぽくて良いかも、なんて思ってしまったり。

 今度、また次の学校イベントがあるときは、リョウと同じ班になりたいなーなんて考えている時だった。


「おっまたせーってリョウくんは?」

「っ、ぁ……ぇ、えと……トイレです……」

「ふーん」


 カエデが戻って来てしまって、また気が休まらなくなった。

 今の話……聞かれてないよね? と冷や汗。

 というか……正直、最初から思っていたけど、結構いづらい。片思いの関係が成立しているこの空間。……そして、そのカエデは正臣にクインと付き合えるように手伝うことを強要して来ているわけであって。


「あ、じゃあさ……今のうちに作戦考えてくんねポジション違うけど……オーキスくんに褒められたいし……何か、上手くミッションを遂行する方法ない?」

「……」


 やっぱりこうなる……と、小さくため息。いや、本当に困る。だって二人とも……ハッキリ言って仕舞えば、成就する見込みのない恋愛であり、そのことを正臣は知っている。

 にも関わらず手伝うと言うのは……なんか、騙しているみたいで気がひける。

 特に、カエデのそれは絶対に上手くいかない。……そう言う意味では、リョウとくっつけてしまうのも一つの手な気がして来た。


「な、なら……リョウくんの言うこと聞いてれば……とりあえず、大丈夫じゃないでしょうか……?」

「えー、なんであいつ?」

「え? あ……え、えと……なんか、フラグゲッター得意らしいので……」


 ちょっと適当なことを言ってしまったが、まぁ良いだろう。リップサービスというやつだ……と、少し勘違いしたことを思っている正臣に、カエデは続けて聞く。


「えっ、あいつドッジボール部じゃなかった?」

「え? あ、あー……あれ、四年に一回試合見に行ってるとかなんとか……」

「……それ好きの範囲なの?」


 いや、分からない。そもそもこの世界のスポーツがどう言う立ち位置なのかもわからないし。ワールドカップのようなものなのだろうか? だとしたらすごい気もするけど。


「そいつの言うこと聞いて大丈夫なんー? なーんか、球場で監督気取りで騒がしいジジィみたいになんないのー?」

「えっ……ど、どうだろ……」

「そんならむしろアタシ、マサオミくんの言うこと聞いた方がマシだし。なんかオーキスくんのアドバイスとか聞いてそうじゃん?」

「そ、そんなの聞いてないから!」


 マズイ流れだ。結局クインの意見が中心に回っているらしい。

 何にしても……クインはどのみち諦めさせるしかないわけだし、何とかしなくては。


「あ、あー……えっと、実はリョウくんって、このゲームに関しては超詳しいみたいで……その、聞くところによると『名人』とさえ呼ばれていたくらいの知将で、別名をリョウ六段と呼ばれているらしくて……」

「いやっしょそれ」

「………はい」


 見抜かれるのがあまりにも早過ぎた。コミュニケーション能力がないのに嘘なんてつけるはずがなかった。


「え……てか、何? なんでそんなリョウくんのこと持ち上げてんの? ……何かいじめられてんの?」

「ええっ!? そ、そうなる!?」

「いやそうっしょ。なんか妙に上げるし……」


 しまった、アシストのつもりが嫌われる要素を生み出してしまった。

 どうにかして誤解を解かないと……と、色々考えた結果、正臣は良い根拠を見つけたので提示した。


「そ、そんなことないから! 俺、リョウくんよりも強いから! あ、えと……そ、そう、オーキスくんよりも強いから実際!?」

「……へー、やっぱそういう認識なんだ」

「えぇへっ?」


 後ろから、今一番聞いてはいけない声。振り返るとそこにいたのは、クイン・オーキス。マジギレ寸前、と言わんばかりに頬をヒクヒクと引き攣らせ、眉間に皺を避けて立っている。


「果たしてそれが本当に正しいのか、試させてもらっても良いよね」

「いやっ……あのっ、全然っ……良くな」

「良いよね」

「……」


 追いかけっこが始まってしまった。


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