速さ

 魔法学校の授業は、どれも正臣にとっては新鮮だ。どのくらい新鮮かと言うと、今までポケットサイズのモンスターを育成するゲームばかりやっていた小学生が、最後の1パーティを目指すFPSをやるくらい。

 だから、もう学校が始まって二週間が経過したけど、未だに授業に飽きることはなかった。

 現在、第五校庭。魔法は座学よりも実習の方が多いため、校庭の数もかなり多い。

 だが、どの校庭も基本的に変わり映えはしない。何故なら……用途によって、教員が魔法具で地形を変えるからだ。

 目の前にいるふわふわの茶髪をサイドポニーに纏めた女性教員は、ベクトルの勉強で出てきそうな三方向に棒が伸びている魔法具を四つ放った。

 放たれたそれは、皇帝を囲むように上空四ヶ所に留まる。

 直後、白く透明な膜の壁と天井が出てくる。

 その後で、地面に杖を置くと、地表から岩石がモコッといくつかの障害物を作るように出現する。大きさはマチマチだが、物によっては天井まで高くなるものもあった。

 こういう景色を見ると「ああ、魔法の世界だな……」としみじみと実感する。


「はい、全員集合。飛行魔法の授業始めるからな」


 まず、自分を浮遊魔法で飛ばせることを飛行魔法と呼ぶことを知った。

 ライト・イハートという飛行魔法担当の女性教員がパンパンと手を叩く。


「まずは、準備体操。終わったら、今日はドロケイをするから」


 この世界にもあるらしい。警察じゃなくても「ケイ」ってつくの? と思ったが、警備隊にも「ケイ」がつくし当然と言えば当然だ。

 さて、体育委員が指揮を執っての準備体操を終えたあと、いよいよドロケイの時間だ。


「範囲は、この中。警備隊役は出席番号偶数の子、泥棒役は奇数の子。危険な真似はしないように」


 範囲が決められた中での鬼ごっこ。これが中々、面白い。何せ魔法を使っても良いのだから。魔法の使い方次第でガンガン逃げられる。

 運動が好きじゃない人でも、魔法さえ巧みにできれば逃げられる。

 だから、まぁ楽なのだ。速度は出ないけど小回りが利く万能型なので、サクサク逃げられる。

 さて、自分は逃走側。なので、先に先生が作った森のフィールドに入った。

 ルームメイトのクインも、知り合いのリョウ、ボルトは三人揃って追う側なので、ボッチエスケープである。


「……ふぅ」


 そんなわけで、スタート地点から見えない場所に来ると、生えている木に杖を当てた。

 そこに変形魔法で小部屋を作り、その中に入って目の前を塞ぐ。とりあえず、体力がないのだから最後まで逃げ切るには、序盤は体を休めないといけない。

 のんびりと木の中でボンヤリする。覗き穴も作っておいたので、外の様子は逐一見ていられる。


「……」


 暇だ。せっかくなので、この中で杖なしの魔法を練習しておこう。


 ×××


「なぁ、クイン……マサオミ以外も探せよ」

「うるさい」


 クインは作られた森の中で、周囲を全力でサーチしていた。目標は勿論、あの腹立つルームメイトだ。

 あのガキには負けたくない、と強く思いながら、森の中で杖に跨ったまま捜索していた。

 後ろでぼやいているのはリョウだが、別について来いなんて言ってないのだから、文句言うなら来なければ良いのに。


「僕はあいつにだけは負けたくないんだ。絶対に今日の授業全部では、あいつを仕留めてやる」

「んな子供みてーなことほざいてねーでさ、他の奴を捕まえたりしろよ。……おら、見ろよあれ」


 そう言いながら指差すリョウの先では、ボルトが普段の歪んだ性癖を忘れさせる勢いで泥棒を捕まえまくっていた。


「流石は光速部……化け物だな」

「じゃあ、あいつが捕まえる前に早くマサオミを探し出さないと」

「なんでそんな対抗心燃やしてんの……?」

「憎たらしいから!」


 自分でも子供じみたことを言っている自覚はあった。少なくとも、目の前のリョウが苦笑いを浮かべてしまう程度には。

 だが……それでもダメだ。特に、あのオドオドした態度で自分よりすごい魔法を繰り出すのが本当に我慢ならない。

 今日こそ捕らえてやる。あのアホンダラ。


「はぁ……なら、尚更まずは泥棒を減らしたらどうだ?」

「え?」


 すると、後ろのリョウがため息をつきながら提案して来た。


「泥棒の数は限られてんだから、減らしてりゃそのうち会えるだろ」

「だから、その間にマサオミが捕まっちゃったら……」

「大丈夫大丈夫。マサオミだぜ? うちの四年三人でも捕まえられなかった野郎だし、全然平気だろ」

「……そっか」


 それもそうなのかもしれない。ならば、数を減らす事から始めることにした。

 そんな風に思っている中、ちょうど見えたのは泥棒の女子生徒。金髪の長い髪を靡かせた眉毛がたくあんみたいになっている一人が、呑気に友達二人と一緒に飛んでいるのが見えた。


「! いた!」

「俺、回り込むわ」

「了解」

「げっ、お、オーキスくん……!」

「逃げろ!」


 気付かれたが、そもそもクインは優等生だ。オーキスの息子として恥じない実力はしっかりと付けている。

 そして、それはスポーツ推薦で来たリョウも同様だ。


「一人目……!」


 逃げ出した一人にさっくり追いつき、肩をタッチする。


「ぎゃー! ……でもオーキスくんに捕まるならアリ……」


 流石にタッチする時は減速せざるを得ず、残り二人には距離を少し離されてしまった……が、全然余裕で追い付ける。

 そのままさらに追いかけた直後だ。その二人の前にある木の影から、回り込んでいたリョウが飛び出した。


「ギャー! 先回りされた!」

「ごめん、ウメちゃん〜!」

「あ、に、逃げたー!」


 先頭を飛んでいた女子生徒がリョウに捕まり、残り一人。金髪の女子生徒だ。派手な見た目……ギャルという奴だろうか?

 何にしても、とりあえず捕まえる。挟み討ちしていたはずだが、その女子生徒は真下に降下してから真横に逃げた。中々、逃げ慣れている。

 だが、そもそもの地力が低い。すぐに捕まえてやる、と後を追った。

 そんな時だった。その女子生徒がステージの中でも一番、大きな木の横に曲がった。

 こちらの視界の外に逃げる作戦のようだが、あまり意味はない。

 すぐに自分もコーナーを曲がって後を追った……が、思わず動きを止めた。その女子生徒の姿がない。


「は……?」


 なんで……と、思い、まさか垂直に駆け上がって行ったのかと上を見たが、いない。

 完全に姿が消えてしまった。


「……ど、何処に……!」

「クイン、残り一人は?」

「……消えた」

「はぁ?」

「探そう」

「お、おう」


 そのまま散開して探し始めた。あの子を捕まえられないようでは、マサオミを捕まえるなんて夢のまた夢だ。


 ×××


「え……え? ここ、どこ……?」


 半分、パニックになっているのは、金髪の女子生徒のカエデ・ラクーンだ。

 正直に言うと、あのイケメン長身のオーキスに捕まるのなら悪くないとか思っていたのだが……何故か、飛んでたら急に魔法で引っ張られ、木の中に吸い込まれてしまったわけだが……何だろうか? ここは。

 だが、悩んでいるのも束の間、すぐに木の扉が開かれた。


「あれ……?」


 これもしかして……変化魔法、だろうか? それで木の中に部屋を作り、隠れていた?

 自分がそんな魔法を使った覚えはないので、多分近くに魔法を使った奴がいたはず……と、周囲を見渡すと、自分が入っていた木の小部屋の足元に穴が空いていた。小柄な生徒なら潜り込めそうな程の穴が。


「……?」


 誰だろ、と思い、後を追ってみることにした。中に潜り、後を追う。この穴……全部、変化魔法で作られたものだ。地中を移動して逃げている……ということ? 賢いけど、簡単に出来ることではない。

 何故なら、変化魔法とは表面的な形や質を変えられるだけで、体積は変わらない。物体に空洞を作ったら、その隙間の分大きくしないといけないのだ。

 だが、ずっと地上にいた自分も他の生徒も、それに気付いた様子はない。

 余程、巧みに魔法を使ったのだろう……と、思いながら中を這って進んでいくと、一人の小さなお尻が見えた。あれは確か……。


「アンモナイト?」

「ぴゃー! やっぱバレたー! 助けなきゃよかったー!」


 今のセリフで、速攻で助けてくれたのがこいつであることを理解した。

 こいつは……あのクインと、なんだかんだ教室で一番、仲良くしているように見える男だ。

 こんなところで何をしているのか気になるところだが、とりあえずはお礼をしないといけない。


「君が助けてくれたんだ」

「っ……い、いや……その、ま、まぁ……」

「ありがとう。私、カエデ・ラクーン。よろしくね」

「よ、よろしく……です。……あっ、俺は……」

「マサオミ・シルアでしょ? 有名だし、知ってるよ。名前くらい」

「あ、あはは……」


 実を言うと……前々から彼には興味があった。アンモナイトとかではなく……単純に、察していたからだ。自分と同じ田舎者であることを。それも、頭に「ド」がつくほどの。

 そんな彼が、オーキスと仲良くしているのをよく見かける。……つまり、これはチャンスかもしれない。

 良い機会だ。少しこのままお喋りさせてもらおう。


「マサオミくん、何してんの? こんなとこで」

「あ……穴を、掘っているのですが……」

「や、だから何で穴掘ってんのって」

「そ、その……移動のために……」


 これ、元々は飛行魔法の授業であることに気が付いていないのだろうか? 真逆を貫くスタイルに、普通にドン引きした。


「な、何で地中……?」

「え、み、見つからないですし……そ、それに……捕まった人達も、助けられますし……」

「捕まった人って……あ、も、もしかして……このまま牢屋まで行くの?」

「は、はい……そ、それで友達を……あ、いえ別に……」


 ……分かりやすくて可愛い子なのかもしれない。友達が欲しい、ということだろうか? その気持ちもわからないでもない。自分も田舎から一人で出て来た時は不安だった。

 入学試験の日、学校内で迷子になりかけて、親もいないし周りに教員の姿もなくて、不安で涙目になりかけた時だった。

 そんな自分に声をかけてくれたのはクインだった。単純と思われるかもしれないが、そんな簡単な理由で好きになってしまった。

 目の前にいる少年は……そのクインと仲良くなるきっかけになり得る……!

 聞いた話では、少し魔法が上手いからって高飛車になっている男……と聞いているが……なんかそんな感じはしないし……せっかくだ。お近づきにならせてもらおう。


「じゃあさ、マサオミくん」

「っ、は、はい……?」

「私と、友達にならない?」

「え……お、俺と……ラクーンさん、が……?」

「そう」

「……」


 ……すっっっごい無言で瞳を輝かせている。まぁ、こんな女っぽい顔をして背も低い男の子が、女の子と絡んでいるところとか想像出来ないから気持ちは分かる。

 でも……そこまで喜ばれると……本当は、自分はクインと仲良くしたいんです、とは言いづらいし普通に良心が痛む……。


「と、友達……!」

「う、うん……」

「よ、よろしくお願いします……! じ、じゃあ……みんな、助けてあげましょう!」

「そ、そうだね……」


 なんか、軽はずみにとんでもない約束をしてしまったのかもしれない……と、嫌な予感を胸の奥からどよめかせた。


 ×××


 モコッ、という地面が膨れ上がる音は意外と響かなかった。おかげで見張り役の生徒たちに気付かれることなく、牢屋の目の前に接近できた。

 カエデがそこから顔を出すと牢屋の中にいる生徒達と目が合った。

 しーっ、と人差し指を立てて、そのまま浮遊魔法をかけて無音のまま浮かび上がった。箒は穴の中の鈴之助に持っててもらって、万能型での移動だ。

 そして、その無音のままスィーっと移動し……。


「はい。タッチ! 逃げろ!」

「おーっし!」

「ナァーイス! ……でもなんで地中から? モグラなの?」

「むしろ忍者?」

「良いから!」


 一斉に騒ぎが大きくなったことで、見張りにいた警備隊側メンバーも流石に気がつく。


「うわやっば! 逃げられる!」

「追え! 殺せ!」

「ちょっ、てか地中はズルだろ!」


 と、蜂の巣を突いたような大騒ぎ。ほとんどパニックのようになっていた。

 そんな中でも、ちゃんとカエデは逃走ルートを確保していた。さっきの穴である。この穴がどこに繋がっているか知られなければ、安全に戻れる。

 そんなわけで穴の中に戻って、マサオミに声を掛けた。


「成功! 戻って!」

「は、はい……!」


 そのまま地中を這って移動……し始めたのだが。メコメコメコッと根っこを引き抜くような音と同時に、真上の土が崩れてくる。

 何事? と顔を挙げると、クインが浮遊魔法で地中の道を引っ剥がしてくれていた。


「見ぃ〜つけた……!」


 そう言うクインの眼光は、あまりにも好戦的に光り輝いており、思わずゾッとするほどのものだ。

 サディスティックに見えるその笑みを見て、思わずカエデは……。


「さ、流石オーキスくん……! 私のほんの一瞬の隙も見逃さないなんて……!」


 普通にときめいてしまった。ヤバい、超真面目な優等生だと思っていたのに、あんな顔もするんだ……と、ギャップ萌えを敏感に感じ取った。

 その自分の横で、軽く引いた様子のマサオミが呟く。


「い、いや……喜んでる場合じゃない、ですよこれ……?」


 それはその通りかもしれない。捕まってしまう……が、クインに捕まるならそれもありかも……なんて思ってしまった。

 そのため、思わず両手を広げて待機してしまった……のだが。


「見つけたぞマサオミィィイイイイ!!!!」

「うっわ、やっぱ俺だ……!」

「えっ?」


 自分には目もくれず、一直線でマサオミを強襲しに来て、それを読んでいたように回避したマサオミを見て一気にモヤっとした。あの野郎……なんで自分よりクインにモテているのか、と。

 そのまま二人による追いかけっこが始まり、ぼんやりしてしまったのが運の尽きだろう。


「お前は逃げなくて良いのか!?」

「は? ……あ、やばっ……!」


 こっちにリョウが迫って来ているのが見えて慌てて飛ぼうとしたが、自分の手元に箒はない。そういえば、マサオミが持っていってしまっている。

 終わった……と、思ったのも束の間だった。自分に、白い魔力がまとわりつき、引っ張られる。


「うぇっ!?」

「何っ!」


 引っ張られた先にいるのは、クインに追われている正臣だった。


「他人の世話しながら、僕から逃げられるつもりかマサオミ!?」

「た、他人じゃないもん! 友達だもん!」

「男が『もん!』とか言うな、気持ち悪い!」


 それは正直、助けられている側のカエデも思ったが、ちょっと恥ずかしい。何が恥ずかしいって、万能型の杖でマサオミ自身とカエデを両方浮かせて逃げ始めているものだから、スカートが捲れる。

 よりにもよって、クインの前で。


「ちょっ、お、おろして良いから!」

「だ、大丈夫……なんとか逃げ切れるから」

「そういう問題じゃなくて……!」

「ナメんなクソガキがー!」

「何であの人は怒ってるの!?」


 そのまま箒に跨ったまま迫ってくるクインと、逃げるマサオミと運ばれるカエデ。というか、自分で飛んでいないとこんなに怖いものなのか。

 ……怖いと言えば、マサオミを追いかけているクインの迫力も相当なものだが……この人達、仲良いわけでもないのだろうか?


「待てマサオミ! 逃げるな!」

「そりゃ逃げるでしょ!」


 しかし、カエデに対しては何故か敬語のマサオミがタメ口を使っているし……やはり仲が良いのかもしれない?


「……さん、ラクーンさん」

「っ、な、何?」

「そ、その……目を閉じていた方が、良いかと……」

「なんで……」


 と、言いかけたのも束の間、マサオミは木を中心にグルグルと回りながら急上昇し始めた。

 箒と万能型のレースなので分が悪い……はずなのに、こうして小回りを効かせまくる事で、差を離している。

 ……そして、割と目を閉じていようが酔ってきた。


「……ま、マサオミくん、マサオミくん……」

「は、はい?」

「気持ち悪い……」

「えっ……じ、じゃあ急ぎます……!」

「ちょっ……え、速度上げるの?」


 回転をやめて一気に真上を突き抜けられた。目を閉じているから、何がどうなっているのかさっぱりわからないが、ガサガサと音がするのは葉っぱの中に突っ込んでいるのだろうか?

 そして……ズボッと何かを突破するような音を最後に無音になり、その2秒後ほどで停止した。


「あ、あの……目を、開けて下さい……」

「えっ……う、うん……?」


 言われて薄らと目を開くと……そこは、ステージの森の上だった。魔法によって生えた木々の奥には学校の校舎が見えて、そのさらに奥には川が見える。中々の景色だ。……まさか、この景色を見て酔いを覚ますために、わざわざ逃げながら連れて来てくれたのだろうか?

 なんか……意外とロマンチストなとこあるんだ……なんて思った直後だ。空から木の横に置かれ、変形魔法で括り付けられた。


「えっ」

「そ、その……酔いが覚めたら呼んで、下さい……」

「待って! このまま置いて行く気!?」

「え……だ、だって……逃げてる時、もっと酔うかもだから……」

「落ちたらどうすんの!?」

「あ……じゃあ、杖一本ポケットに入れておきますね……」

「そうじゃなくて……!」

「では」


 本当に杖をポケットに入れて、逃げられてしまった。何というか……あの男、どうかしている。ただの人間の癖に、よくもまぁコケにしてくれるものだ。

 これは、クインがやたらと対抗心燃やすのも頷ける。

 何より……そのクインを狙う上で一番、邪魔になるのがマサオミのようだ。ならば、やはり奪うしかない。

 その為にも、まずはクインとマサオミ達のグループに入って、あらゆる情報を聞き出す……!

 そう決めて、とりあえず借りた杖で巻きついている木を解除した。


 ×××


「ぜぇ、はぁ……」


 なんか、やたらと疲れた気がする……と、マサオミは肩で息をするしかない。

 授業が終わって昼休みになったのだが……疲労が酷くて正直、食べる気にならない。

 と、いうのも、さっきの飛行魔法の授業、クインとリョウにやたらと追いかけられた上に、何故か友達になったはずのカエデでさえ自力で拘束から脱出された上に「オーキスくん、ここ!」「こっちにいたよ、マサオミくん!」などとスパイみたいな事をされ、回し者のような活躍をされた。


「疲れた……」


 なんか……この学園生活、敵ばかり増えているような気がする。知りたくもない秘密を知ってしまって狙われたり、入りたかったわけでもない風紀委員に入ってしまったり……。

 いや、まぁこの疲労も前の世界では味わえなかったものだから、永遠に一人でいるよりはマシだが……なんか、思っていた学生生活と違う。

 さて、そんな自分の元に「おーい」と声をかけてくる影。


「マサオミ、飯食った?」

「あ……え、エイフールくん……」

「リョウで良いっつーの」


 なんだかんだ一番、好意的に接してくれるリョウだ。隣には、不服そうな顔のクインが立っている。


「まだ、食べてない、けど……」

「じゃあ食いに行こうぜ」

「……オーキスくんも?」


 意外だ……いや、そうでもないか。なんだかんだこの三人で遊ぶことも多いし、エロ本事件以外では割と二人とも友好的だ。

 だが、そのつぶやきはクインにとって不愉快だったそうだ。眉間に皺を寄せられてしまった。


「僕がいたら不都合かい?」

「い、いや別に……ただ、早食い勝負とか挑まれたら、嫌だなって……」

「そんな勝負は流石に挑まないから!」

「え、でも……どっちが先に委員会に着くかでは競って来たのに?」

「お前言うなよ他人に!」


 いや、でもそれくらい子供みたいな勝負は挑んできている。

 案の定、隣のリョウは割と引いた様子でつぶやいた。


「お前ガキかよ……」

「う、ううううるさい! この男の方がガキっぽい!」

「見た目はな。てか、良いから行こう。腹減った」

「ぐっ、ぐぬぬっ……!」


 誘われた以上は行くしかないが、なんかもう自分を仲間外れにして二人で盛り上がっている。

 こういう時も……会話に混ざらないから、自分はいつまでも上手く会話できないのかもしれない。

 せっかく友達になってくれたカエデとも、あまり上手く話せなかったし……ここは一つ、クインをフォローする形で言った方が良いのかもしれない。

 席を立ちながら、二人に声をかけた。ガキだガキじゃないだの話は、みんなガキになれば解決する。


「あ……じ、じゃあ二人とも……誰が一番に食堂に着くか……競争する?」

「マァァサァァオォォミィィィィ!!」

「いだだだだだ! なんでなんでなんで!?」

「今のはお前が悪い」

「なして!?」


 コメカミをグリグリと攻められている時だった。そんな自分達の元に、新たな人影が入って来る。


「マーサオーミくんっ、お昼ご飯みんなで行くの?」

「いだだっ……あ、ラクーンさん……そうだけど……」

「私も一緒に行っても良い?」


 問われた事で、一時的にクインから解放される。頭痛を抑えるようにこめかみを抑えながら「良い?」と、二人に視線で問うと、二人とも頷いてくれた。

 元の世界の高校生は閉鎖意識が強過ぎて断られてもおかしくないのに……やはり、異世界の人は基本的に良い人である。


「は、はい……どうぞ?」

「じゃあ、四人で食べよっか」

「よろしくね、ラクーンさん」

「で、お前マサオミとどういう関係? まさか付き合ってんの?」

「ふふ、殺すよ? エイフールくん」


 そんな話をしながら、お昼を食べに行った。

 この学校の食堂は、前の世界と同じで食券制だ。券売機という名前の魔法具で食券を購入。購入した券にはスペル魔法が刻まれていて、それをカウンターにある魔法具の差し込み口に入れると、料理が作られる。

 正直、マサオミはまだこの料理を注文するタイミングが楽しくて仕方ない。カウンターの奥で食券の文字を読み取って、魔法具が自動でうどんやそばを作る様子を眺めるのは、なんだかとても少年心をくすぐられる。


「超お腹すいたね〜。みんな何食べんの?」


 聞いたのはカエデ。それに対し、まず最初に答えたのがリョウだった。


「俺はうどん」

「あー、安いし良いよねー。私もそれで良いや」


 こっちの世界でも、ほとんど学生のお昼ご飯の価値観など同じのようだ。かくいうマサオミも、普通にうどんにする予定ではあるが。

 同じように食券の列に並んでいるクインが、少し悩んだ様子で答えた。


「僕は焼きサバ定食かな。昨日、ミノタウロスの生姜焼きで肉を食べたし、今日は魚が良い」

「オーキスくんは色々と考えて食べるもの決めてるんだね」

「魔力量を増やすには身体を成長させないといけないからね」

「なるほど……じゃあ、私も鯖定食食べよう」

「え、うどんじゃねーの?」

「うどんも」


 うどん「も」ってなんだろうと思いながら、自分の食事も考える。正直、うどんで良いと思っていたが……確かにクインの言う通り、体の成長が魔力量になるわけだし、自分も背が伸びるものが良いかもしれない。


「マサオミはどれにするんだ?」

「えっ?」


 聞いて来たのはクイン。そういえば自分だけ答えていなかった……というか、答えていないのに聞かれなかったあたり、本当はマサオミの答えなどどうでも良くて、クインとリョウの食事を知りたかっただけの可能性も……いや、それは流石に悪く捉え過ぎだろうか?

 何てモヤモヤしながらも、とりあえず会話に混ぜてくれたクインに感謝の念に似たようなものを向けようと顔を見ると、やたらとジト目だった。

 これは……ライバルの情報を聞き出すような目だ。なんかこの学校、変な人しかいなくない? なんて思いながらも、とりあえず答えた。

 栄養があって背が伸びそうなもの……と、頭の中で思ったが、勉強出来ないので分からない。

 ちゃんと勉強しておけばよかった……と、後悔しながら、適当に答えてしまった。


「お、俺は……えと、チキンパエリアとフライドポテトセットかな……」

「随分とジャンクなもの食べるんだね? 今の魔力量で十分、僕の相手は務まるということかな?」

「え、ええ!? 別にそこまで考えて……!」

「つまり、僕なんか元から眼中にないと?」

「そ、そんなつもりも……!」

「おい、クイン。お前少しめんどくせえぞ」


 いやホントに面倒臭い。流石にリョウに言われれば黙り込むクイン。

 そんな中、カエデが真剣な表情でつぶやいた。


「うーん……パエリアも美味しそうだな……それも食べよう」

「お前全部食う気かよ!? ケルベロスか何か!」

「そ、育ち盛りなだけだし!」


 流石にツッコミを入れたリョウだが、カエデがツッコミを返す。しかし、実際食べ過ぎな気がするが……それでも胸とお尻以外痩せているのだから、まぁ良いのだろう。

 さて、そんなわけで、いよいよ自分達が券売機で券を買う番になった。各々、お目当ての食券を購入し、本当にカエデは3枚購入して料理釜に並ぶ。

 だが、まだすんなり食べられると決まったわけではない。何せ……学食なら必ず起こり得る事件があるから。

 前からカエデ、リョウ、クイン、マサオミで並んでいる中、カエデの前に大きな影が三人ほど割り込んできた。


「きゃっ……ち、ちょっと……!」

「悪いな、精神的に三時間前から並んでたから」

「俺もだわそれ」

「あー俺も」


 そう……上級生の横入りである。やっぱりイキった学生はどの世界でも変わんないな、と思いながらも、正直三人分遅くなるくらい何でもないマサオミは、ため息だけ漏らしてスルー……したかったのだが。


「おい、ざけんなよ先輩。精神的にとか知らねーから!」

「そうですよ。順番は守ってもらえます?」


 リョウとクインが食い下がってしまった。えー……と、マサオミは苦笑いを浮かべる。当然、そんな真似をする上級生が逆ギレしないわけがない。


「いや精神的だろうが何だろうが、並んでたことに変わりはないから」

「じゃあそれ言うなら、俺らだって精神的に四時間前から並んでるんで」

「じゃあ俺らは五時間」

「なら俺らは七時間」

「実は昨日から」

「俺ら一年前から」

「何年前でも同じことです。だからくだらないところで争うな、リョウ」


 クインがリョウを制して前に出る。

 少しずつ列は前に進み、マサオミ達の前との差が開き始めてしまう。

 このままでは、後ろの人達が迷惑を被ってしまう。仕方ないので、マサオミは後ろからクインの肩を突いた。


「も、もういいって……こんなの相手にしたって、時間食うだけだよ……。さ、先に行かせた方が……その、揉める時間もなくなるし、早く食べられると思うよ……?」

「ふざけるな。先に食べられるとか揉めずに済むとか、そういう問題じゃない。こういう輩を『相手にしない』なんて理屈で逃げたりすると、無理が通れば道理がひっこむ世の中になるだけだよ。間違っているものは間違っている、と黙らせる事が世の中の為になる」

「……」


 それはその通りかもしれない……というか、流石は警備隊の息子、というべきか。少しむしろ共感してしまった。

 確かにその通りだ。いじめられても相手にするな、とか、殴られた奴に殴り返すと同じレベル、とか、そんな聞こえの良い言葉はマサオミにも覚えがある……が、そもそも何で被害者がそんなこと言われないといけないのか。

 それ結局、本音は「自分の身内が面倒ごと起こすのやめてほしい」だろう。


「……そ、そうだね……」

「とにかく、列があれば並ぶくらいのルールは守っていただきたい」


 その堂々とした物言い……本当にすごいと思う。自分はどんなに正しい主張であっても、そんな風に言い切ることはできない。

 というか……よくよく見ると、周囲の生徒達も「うるせーな」「いいから早く引っ込めよ」という視線を上級生のみに向けていた。すごいな……と、少し感心。

 前の世界の学校なら、立場が弱い方にその手の視線が向けられるから。何故なら、騒ぎが一番早く治る方法が、年下が譲る事だから。

 要するに騒ぎが収まればそれで良い、自分達が早く飯を食えればそれで良い、という感覚でしかないのだろう。

 だが、この世界の学生はあくまでもルールを破る奴らにその視線が送られている。

 それが、少しすごいと思う。


「それでも我々より上級生の生徒でしょうか? 育って来た環境の程度が知れますね」


 あれ? そこまで言っちゃうの? と、流れが変わった気がして冷や汗をかく。案の定、先輩方は眉間に皺を寄せる。


「……おい、あんま先輩に舐めた口聞くもんじゃねえぜ」

「痛い目見たくねえだろ?」

「舐めてんのも痛いこと言ってんのもあんたらだろ」


 リョウがさらに言い返したことで、いよいよ先輩達は杖を抜いた。

 マズイ、と理解した。このままじゃ喧嘩になる。なっても良いけど……カエデとリョウは風紀委員じゃないのでまずい事になる。

 そう判断し、マサオミは一番先頭でオドオドしていたカエデと風紀委員じゃないリョウに魔法を掛け、自分の真横に引き込む。

 そして、それと同時に自分はクインの前に出て杖を上級生に向けた。


「お? 一番、ビビってたお前がやんのか?」


 ついマズイと思って前に出てしまったが……いや、口でのやり取りよりも杖での殴り合いになってくれた方が話は早い。

 いや……殴り合いはやめよう。自分もクインを見習い、口で何とかしてみないと……委員長に怒られる。

 そう思い、深呼吸してから声をかけた。


「あ、あの……杖を引っ込めて下さった方が、お互いのためと思われますが……」

「ふざけんな、雑魚は引っ込ん」

「そ、それなら……俺も、オーキスくんも……委員長に怒られずに済むので……」


 そう言いながら、クインに視線を向けつつ、制服の裾を引っ張り、襟を見せつける。そこにあるのは、風紀委員のバッジ。

 意図を理解したのか、クインも同じように杖を向けたまま襟を見せた。そこには、やはり風紀委員のバッジがある。


「そうですね、仮にあなた方が我々に勝利し、列の優先権を手にしたとしても、後悔されることになると思いますが?」

「っ……ちっ」

「ガキどもが……!」


 すると三人とも杖を引っ込め、背中を向けて退散した。風紀委員のバッジ程度でびびるとは……ヤンキーを気取っているだけだった。

 とはいえ……ビビりまくっていた自分の言えた話ではない。胸に手を当てて、ヘナヘナと腰を落とした。


「ふぃ〜……こ、怖かった……」

「「だからなんで怖かったんだよ!」」

「ひえっ!?」


 その自分にクインとリョウからツッコミが炸裂する。いや、そんな風に怒られても怖かったものは仕方ない。


「し、仕方ないじゃないですか! あんな怖い顔の人達、怖くないわけがないじゃん!」

「お前の方が強いでしょ!」

「てか、風紀委員のバッジ使う案最初に言ってよ!」

「ご、ごめんなさい!?」


 怒られてしまい、ビビってヒヨってしまった。やっぱり大きな声とか出されると怖い……なんて思っていると、横からカエデが口を挟んだ。


「二人とも、風紀委員だったんだね?」

「そうだよ」

「……オーキスくんはわかるけど……マサオミくんもなんだ?」

「っ、は、はい……あの、それより料理を……」

「あ、そ、そっか。ごめんね」


 ただでさえ他の人も待たせてしまっているし、話は食事が始まってからだ。

 さて、食券を入れて料理を受け取り、四人で席に座った……のだが。

 忘れていたが、カエデの目の前には大量の料理が並んでいて。うどんと定食とパエリアが勢揃いしていた。


「……凄まじいな」

「掃除機?」

「む、むしろ残飯入れなんじゃ……」

「あんたら言いたい放題か!」


 なんて話しながら食べ始めつつ、改まった様子でカエデが口を開いた。


「で、風紀委員なんだ、マサオミくん」

「は、はい……その、なんか流れで……」

「とか言ってるけど、スカウトされたのは彼の方だよ。僕もついでに誘われたけど、メインで誘われたのはマサオミだよ」

「え……そ、そうなの?」

「そ、そんなことないです! 本当は俺の方がおまけだったと……」

「マサオミの謙遜は人を腹立たせるよね」

「いふぁふぁふぁ!」


 グイーッと頬を抓られてしまう。そんなつもりはないのだが……なんていうか、強者や優等生の位置にいるのが初めてだから、ちょっとどう振る舞えば良いのか分からないのだ。

 これは異世界転生したインキャが「僕何かやっちゃいました?」とか思ってもないことを言い出すのも頷ける。

 そんなマサオミとクインのやりとりを眺めながら……カエデがリョウに聞いた。


「ね、リョウくん」

「何?」

「あの二人って……仲良いん?」

「そりゃ……良いんじゃね? ルームメイトだし。でも本人に言ったらクインはキレるから言わない方が良いぞ」

「……ふーん」


 なんか……意味深な「ふーん」が聞こえたけど……と、マサオミは冷や汗をかく。友達にはなったけど……なんか、ちょっと別の狙いもあるような気がして冷や汗が止まらない。

 もっと疲れることになりそうだな……なんて思いながら、とりあえず食事を続けた。


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