委員会
風紀委員に所属する事になったクイン・オーキスは、少しソワソワしていた。どちらにせよ、自分は風紀委員に所属するつもりではあった為、この前は良い機会だったといえるだろう。
今日は風紀委員会一日目。早速、風紀委員会本部に到着した。
「こんにちは」
「お、きたか」
「あ……ど、どうも……」
中では、既に正臣が来ていた。隣にはグレイスもいる。……自分はトイレで少し髪型を整えていたとはいえ……自分より先に、この男が。
「……」
「まだ顧問の先生来てないから、もう少し待ってて」
「やり直しだ」
「は?」
ガッ、と正臣の肩に手を置いた。
「え、な、何が?」
「もう一度、教室に戻って、どっちが先にここに来るか競争しよう」
「子供!?」
「うるさい! いいから来て!」
「い、いいよじゃあ俺が後から来たことにするから……」
「ダメ!」
正直、この男にはムカつかされっぱなしなのだ。必要以上に目立ちたくないと思っていたら、入学初日にアンモナイトさせられ、翌日には女であることを暴かれ、こちらの一方的な思い込みとはいえ追跡を悉く躱され、その後は「俺が戦うから君は大人しくしてて」と言わんばかりに縛られて、実際一人で倒してしまって、エロ本を買う必要がないことも指摘されて……腹立たしい。
どんなに小さいことでも良い。何かで勝ちたい。
「とにかく、一回教室まで戻るよ」
「ほ、本当にやるの……?」
「いや好きにすりゃ良いけど……廊下を走ったり飛んだりするなよお前ら。校則は守れ」
「は、はい……」
「グレイス先輩、審判お願いします」
「……お、おう……」
グレイスに注意されながらも、強引に正臣を連れて本部を出て行った。
わざわざ、歩いて教室棟から離れて委員会棟に向かう。歩いて5〜7分かかるのだが、この時のクインは気にならなかった。負けっぱなしの方が気になる。
さて、教室。中に入って各々の席……といっても、クインが後ろで正臣が前なのだが。
クインは後ろから正臣に声を掛ける。
「先に言っておくよ」
「うん?」
「手を抜いたら怒るから」
「えっ……で、でも走るなって……」
「だから、走らない範囲で勝つ気でやって」
「……は、はぁ……」
そうは言ったが、モチベーションが上がっていないみたいだ。実に面倒臭そうな顔で半眼になっている。
「……僕に勝てたら、街を案内してあげる。穴場とか」
「勝つよ、悪いけど」
この子、大変ちょろい。友達に憧れを持つのは結構だが、利用されないか心配だ。
まぁ、何にしても、今は勝負に集中する。杖を出し、近くに落ちていた丸められた紙を浮かせる。
「マサオミ、目を閉じて」
「え……な、なんでですか? サプライズ?」
「違う。今から丸めた紙を落とす。それが床についた音がスタートの合図だよ」
「あ、はい」
そう言って、自分も目を閉じる。公平な勝負にしたい。
さて、目を閉ざしたまま、適当な高さに紙を上げる。そして、魔法の力を抜いた。
……カサッ、という音がした直後、自分は目を開き、椅子を倒して立ち上がり、教室から飛び出した……が、そこで気がつく。隣にあの男がついてきていない。
「まさか……!」
あの野郎、怒るって言ったのに手を抜いたのか? と思い、教室に戻って中を見ると……ご丁寧に自分が倒した椅子を起こしてくれていた。
「良い子かお前はああああああ!!」
「ひゃうっ!? え、な、何……!?」
「競走中に何で競争相手の椅子を直してんの!」
「だ、だって……もう、向こうに行ったら……戻って来ないと、思ったから……」
「それはそうだけども!」
「……て、ていうか……そもそも椅子を倒さなければ、俺は起こしたりなんてしなかったし……」
「悪かったね! 勝ち気になってました!」
「い、いえ冗談ですごめんなさい!?」
ついカッとなって言うと、ビクッと肩を震わせてしまう。……なんで、弱々しいのか。あれだけの技術を持っていて。そういうところが腹立たしい。
「……とにかく、もっかい。今度は気をつけるから」
「い、いえ……あの、そろそろ先生来ちゃってるんじゃ……」
「……」
確かに……先生を待たせるわけにはいかない……と、小さくため息をつく。
「分かったよ……その代わり、また後で決着つけるからね」
「べ、別にどっちが先に教室に着くか、とか……どっちでも良い気が……」
「ほ、他の事で!」
それは正直、自分も少しずつそうかもと思ってきたけど、それはそれとして正臣に何か一つでも良いから勝ちたいのは変わらない。
勝負の内容を考えつつ……とりあえず、二人で教室に戻る。
「あ……そ、そうだ」
「何?」
「街の案内は……し、してもらえる……?」
「……空いてる時ね」
「や、やった……!」
そんなに喜ぶなよ、となんか同級生というより年下の親戚が出来た気分のまま本部に戻った。
×××
「で、お前ら良い身分だな、ん〜? 目上の人を待たせて、二人揃ってイチャコラか?」
「イチャイチャしてません!」
怒られていた。温度魔法筆記担当、アルバ・ライトニング教員に。
どうやらこの人が風紀委員会担当らしいのだが……ぬぼーっとした顔のまま口を開き始める。
「そもそも、遅刻ってのは規律の緩みを意味すんだよ。約束の時間に来ない、つまりその集まりを甘く見ていることの表れになんだよ。そういういい加減な心構えは周囲の人間に『何で俺は時間通りに来たのにあいつは許されるんだ』ってなんだよ。で、少しずつ遅刻する生徒が増えていって……」
言っていることは間違っていないので聞くしかない……のだが、お前もさっき遅れて来てただろ、と思わないでもない。
「……で、まぁ風紀委員に入るって?」
「はい」
「じゃあ、入部届やるから、それ書け。……おい、グレイス」
「用意してあるぜ」
「流石」
そう言って、クインと正臣の前に入部届が並べられる。
「これは部活か?」
「括りで言えばな」
課外活動という意味ではそうなのかも、と思いながら、サインする。そして最後に「印」と書かれた場所に杖の先端を押し付けた。スペル魔法で「オーキス」と書いて丸で囲む。
「あ……あの、オーキスさ……くん」
「何?」
いい加減「くん」で呼ぶのに慣れて欲しいものだ。
「……俺、印鑑持ってきてないんだけど……どうしたら良いのかなって……」
「スペル魔法で苗字を書いて丸で囲めば良い。……何でそんなことも知らないの」
「え……そ、そんなんで良いの?」
「魔力はみんな同じ色に見えるかもしれないけど、人によって違うから契約書とかでよく使われる。……逆に言えば、やたらとスペルでサインさせたがる奴は詐欺師だから、気をつけて」
「は、はいっ……!」
何となく騙されやすそうで心配だったので忠告しておいた。消すことも可能ではあるのだが、魔力の余韻は残る。
正臣もサインを終えて、提出した。
「よーしよしっ、じゃあこれ読んどけよ……っと、あれ。書類どこ行ったか……」
「ここにある」
「あーどうも。ほれ、これだ」
グレイスが用意したそれを手渡される。……この教員、大丈夫だろうか? ボーッとしすぎではないだろうか?
「分かってると思うけど……あれだ、なんだっけ。あー……そうそう、風紀委員としてー……なんだ、なんだっけ?」
「先生、まずは風紀委員会五か条を読み上げろ」
「あーそれそれ。お前ら、その紙見ろ」
……大丈夫だろうか、本当に。今の所「お前に言われたくない」という説教しかされていない。他は全部、グレイスが進行している気がしないでもない。
一先ず、配られた資料を開いた。風紀委員会五か条……これだろうか?
『風紀委員会五か条』
一、校則に従います。
一、自分に出来ること以上のことはしません。
一、過剰な裁きは控えます。
一、記録魔法を躊躇いません。
一、校内での活動に限ります。
だ、そうだ。校則に従うのは風紀委員だから当たり前。むしろお手本にならなければならないまである。
二つ目も分かる。一人で複数を相手にするようなことはダメ、と言うことだろう。
三つ目、これも当たり前だ。相手を怪我までならまだしも殺してしまったら最悪だ。怪我も後遺症になるようなことは控えなければならないだろう。
四つ目は証拠の話だろう。もし「やり過ぎだろ!」と言われたときは、状況整理のために目で見たもの、耳で聞いたものが証拠になる。
そして最後、これも当たり前だ。外で警備隊ごっこなんてしたら、警備隊本職も良い顔をしないのは明白だから。
何となく理解していると、すぐにアルバが言った。
「じゃーこれ、とりあえず読み上げるぞー。俺の後に続けー?」
との事で、読み上げが始まった。
「風紀委員会五か条、一つ……あー、えー……相手より先に背中を地につけません」
「全然違うわ! あんたなんなんですかさっきから!? 何も話進んでないですが!」
驚くほど頭に入っていなかった。何だろう、この男は本当に顧問なのか?
思わず出たツッコミに対し、アルバは実に面倒臭そうに爪を切りながら言い返してくる。
「うーるせーなー、良いだろ別に。一々、五か条だかゲル状だか工場だか知らねーけど、覚えてどうすんなそんなもん。言っとくけど、筆記のテストには出ねーぞそれ」
「分かってるわ! でも覚えとけや!」
「はい、2つ目〜」
「聞いてる!?」
身勝手に話は進められる。と言っても、1つ目も覚えていないなら当然、2つ目も……。
「あー、えー……2つ目はー……アレだ、壁に追い込まれてからが喧嘩」
「さっきから何で喧嘩の心意気みたいなことほざいてんだあんたは!?」
「馬鹿野郎、最後の最後は気力の勝負だぞオイ」
「知るか!」
それはその通りだが! と思っても口にはしない。正直、この先は聞く気もなかったが、勝手に語り始めた。
「ちなみに、3、4、5個目は明るく仲良く元気よく」
「もはやスポーツの教訓みたいになってるじゃないか!」
適当にも程がある。……というか、正臣にも何とか言ってほしい。そう思って、隣を見ると……正臣は笑いを堪えていた。
「お前も笑っている場合か! お前はほんとに何なんだ一体!?」
「ふふっ……ごめっ、ぷはっ……!」
「うし、じゃあそういうことで……」
「まだ結局、何も聞けてないんだけど!?」
実に身勝手、実に自由気ままに出ていった。出鱈目にも程がある男である。
「何なんだあいつは……」
「悪いけど、ああ言う男なんだよ。何考えているのか分かんねーけどそもそも何も考えてねーし、あんま生徒と関わり合うタイプでもねー。……けど、生徒を全く見てないわけでもねー」
「な、なるほど……」
よく分からないけど……でも、見た目の割に真面目な委員長を見るに、それなりに信頼は置いているみたいだ。
まぁ、今はそれはどうでも良い。それより、話を続けてもらいたい。
「で、だ。まぁ大体のことはこれに書いてある。各自、読んでおけよ」
「あ、はい」
「委員会のルール等も色々、書かれているが、風紀委員の動きは基本、自由という点を見て勘違いする輩も多いから先に言っておく。個人が自由で動けても、俺達は集団だ。お前らの動き、一つ一つが風紀委員の評判に関わると思えよ」
それは分かる。自分も警備隊支部長の息子として死ぬほど評判には気をつけてきた。
とりあえず、ザッとその場で三人で資料に目を通した。心構えやら何やらはあまりなく、行動については詳しく書いてあった。
ま、何にしても……だ。これは後でゆっくり読み込むとしよう。
「うし……なら、渡すもんがある」
「なんですか?」
「こいつだ」
言いながら手渡されたのは……バッジだった。風紀委員の。
「校内にいる間はつけておけよ。それつけないで風紀活動をしたら、むしろお前らが罰則を受けるからな」
「分かりました」
「は、はい……!」
……あまりカッコ良いデザインというわけでもないのに、こういうのをもらうと不思議とテンションが上がる……。
思わず口角が上がりそうになったが、正臣が全力で瞳を輝かせていたのが見えて、すぐに堪えた。
目を逸らすと、その先にいたグレイスがニヤニヤとコチラを見ている。
「お前も、嬉しかったんなら素直に喜んで良いんだぞー?」
「う、嬉しくありません!」
「俺だって、こいつを初めて手にした時はテンション上がったもんだけどな?」
「一緒にしないで下さい!」
自分はそんな子供ではない。さっさと黙って胸にバッジをつけた。
「風紀委員会本部についても冊子に書いてあるが、気になるなら今日見ていけ。聞きたいことがあるなら俺に言え。その辺は自由だ」
「分かりました」
「じ、じゃあ……俺は、これで……」
話を終えるなり、すぐに立ち上がった正臣は、そそくさと帰ろうとする。その肩を慌てて掴んだ。
「い、いやいや……まずちゃんと見て回らないと。君もこの組織に所属したんたぞ?」
「え……や、あの……その辺はおいおい……」
一体、何を言っているのか。確かに自由ではあるが……やはり、そういうのは早めに把握しておくべきだ。
「ダメだよ。可能な限り早目に反応した方が良いに決まってるでしょ。どんなものがあるのか知らないけど、仕事をした時『知らなかったから』じゃ済まないから」
「……わ、分かった……」
意外と素直だ。そのまま二人で風紀委員会内部を見て回った。
机と椅子、それから本棚があった。その本棚に入っているのはファイル。「聴取表-001」と書かれていた。
その本棚はスカスカで、ファイル自体もスカスカ……というか、本棚の一番上に「今年度」の文字がある。
「……てことは」
中を開くと、クインと正臣が捕まった時のことが書かれている。
「……まだ今年度で捕まったの、僕らだけってことか……」
「え、な、なにが……?」
「これ、こまめに聴取表取ってるみたい」
あの時、書いている様子は見られなかったから、多分あの後に書いたのだろう。
ファイルを正臣に手渡すと「おお〜……」と声を漏らした。
「これ……母さんに見せたら怒られそうだなぁ……す、捨てちゃったり……」
「ダメに決まってるだろ、バカ」
一応、いつ質問をされても良いようにか、後をついてきていたグレイスが間に入ってファイルを没収する。
「ひっ……ご、ごめんなさい……」
「何をビクビクしてんだ。あんた、強いんだろ?」
「そ、それはそうなんですけど……あまり、人と話すの……得意じゃなくて……」
「はぁ?」
「あー、マサオミは本当に少し前まで母親としか話していなかったんで、同年代の学生は苦手らしいんですよ」
少し、気持ちは分からないでもない。クインも生真面目さから空気を悪くしてしまったことも割とあるし、そういうのにビビってしまうタイプなのだろう。
でも……ああいうの、空気を悪くされた側は案外、気にならないものだ。翌日には忘れていたりするし。
「はーん……まぁ良いけどよ」
話しながら、他の本棚も眺めつつ歩く。他にも、魔法での戦闘術と書かれた本や、あとあまり関係なさそうな漫画雑誌、お菓子の袋もある。
ふと気が付いたのは、窓際に置いてあるポストだ。
「あれは?」
「通報者の手紙を受け取る為のものだ」
「なるほど……実際の警備隊と似たような物ですか」
「あっ……あ、あのっ……通報って……どうやるんですか?」
「え、お前そんなことも知らないの? 授業中にも何度かやったりしてたじゃん」
「え……あ、スペル魔法の手紙か……」
スペル魔法で手紙を届けることだ。そのスペル魔法に、近くにある警備隊支部を示す数字を入れれば終わりだ。
この子……何処まで僻地に住んでいたのか? と、少し頭を悩ませる。
他にあるのはホワイトボードくらいだ。
「あんまり……変わり映えしないんですね。普通の部室と」
「まぁな。俺らの活動は学内だけどこの部屋に限らんねーから」
「……ほ、他の部員は……」
「外回ってたり、今日は遊びに行ってるか掛け持ちしてる部活かで忙しいんだろ」
本当に自由度が高い場所だ。しかし、それは信頼できる生徒が多い事を指している気がする。
「そういや、お前ら一年は校外学習あんだろ。その時にゃ、風紀委員にも仕事あると思うぞ」
「そうですか」
「気を付けろよー? 結構、女子のとこに行く男子とか、夜中に抜け出して勝手なことをする馬鹿とかいるからよ」
「は、はい……」
それは……腕が鳴りそうだ。少しずつ楽しみになってきた。
見学も終わったし……後は、自由時間だ。が、まぁせっかくだし、今日は風紀委員として何かしたい。
……少なくとも、正臣よりは。
「じゃあ、僕は見回りしてきます」
「やる気だな、新入生」
「初日ですから」
初日でなくともやる気はある。風紀委員会を全う出来なくて、将来警備隊が務まるわけがないから。
さて、一方で正臣は……、
「じ、じゃあ……俺も……」
「おー、お前もか」
意外、さっき帰るとか言ってたくせに……と、一瞬思ったが、まぁ同時期に入った新入生が見て回ると言った以上、もう一人も行かないわけにはいかなかったのだろう。
相変わらず主体性のない奴、と思っていると、そこでグレイスが立ち上がった。
「うしっ、じゃあ俺もいくか。お前ら、よく考えたらまだ学校に慣れてねえだろうしな」
えっ、と少し冷や汗。このままでは、結局正臣と同程度の活躍しか見せられない気がする。
「いえ、自分の足で色々見て回りたいので、僕は一人で大丈夫です」
「そうか?」
「えっ、てことは俺この人と二人?」
その言い方は良くない、とドン引きしてしまう。反射的に出た言葉だろうが、おそらく言いたいことを言うタイプのグレイスなら必ず反感を抱く。
「ほほーう? お前、俺と二人は嫌だってのか?」
「え……い、いや、その……」
「こんな美人と二人で学園デート出来んだぜ?」
「……ソウデスネ」
「なんでカタコトだコラ!?」
問い詰められてはいるが、実際美人ではある。ヤンキーっぽいとはいえ、この人から「俺」なんて一人称が飛ぶのは不自然極まりないくらい。
だが……正臣はそういうので喜ぶタイプではないのだ。
何にしても、このままでは二人は揉めそうだ。挨拶だけして、自分はさっさと表に出る。
「じゃあ、僕はこの辺で失礼します」
「おう。どーいう意味だったんだー? んー?」
「い、いえ、あの……俺も一人で……」
「ダメだ。なんか腹立ったからお前は俺が連れ回す」
「えー……」
二人のやりとりを聞き流して、さっさと外出した。
×××
正臣は、困っていた。まさか、風紀委員長の女性と二人で校内を見て回るなんて……。
「あの、風紀委員本部に誰かいないとまずいのでは?」
「安心しろ、副委員長を呼び出してある」
いつの間に……スペル魔法で呼んだのだろうが、全く気がつかなかった。
というか、スペル魔法というのも便利なものだ。メールの代わりになるのが大きい。これでこの世界の人は連絡を取り合っているのだろう。
いや、そんな事よりも……とにかく、この状況を打破したい。
「あの……俺、朝から具合悪くて……」
「嘘つくな。てか、どんだけ来たくないんだよお前」
だって、緊張するから。あまり居心地が良くないのは苦手なのだ。
「なぁ、せっかくだし聞かせろよ。お前、この学校来る前はどんなとこで暮らしてたんだ?」
「え……ま、まぁ……森で、親の仕事の手伝いを……」
「へぇー、何の? 狩猟とか?」
「は、はい……」
あまり地元のことは話したくない。あまり会話の中での駆け引きとか得意じゃない……というかやったことも無いので、ボロが出るかもしれないから。
従って、ここは話を逸らした方が良い。ナンパ野郎、と思われるかもしれないが、グレイスの話を聞くべきだ。
「あ、あの……委員長は、何故風紀委員に……?」
「あん? ……あー、ヤンキーっぽいのにって話か?」
「あ、いやそんなつもりは……」
「いいんだよ、実際二年まではヤンキーだったしな。女子にしちゃ背も高いから、魔力量も男子と遜色ねえし……ていうか、お前は男子にしちゃチビだよな」
……今の言う必要あったのだろうか? どうせチビだ、自分は。これでも森の中の生活で伸びた方ではある。
「俺のことはいいですから……」
「ああ、そうだな。で、まぁ色々あって風紀委員になったわ」
「……」
「……」
「……えっ、終わり?」
「おう?」
実質、何の情報も得られてないんですけど……と、思ったが、言いたくないことなのかも、と思ったのでスルーした。
代わりに、何となく思ったので聞いてみた。
「あの……じゃあ、その……風紀委員長って事ですけど……マグナス先輩って……」
「グレイスで良いぜ。そんなかしこまんなよ」
マジか……まぁ、確かに外国人や異世界人はファーストネームで呼び合うイメージはある。
なので、今回はそれに合わせて……でも、女性を名前で呼ぶのは、やはりちょっと抵抗あって……。
「え、いやあの……えっと……ま、マグナス先輩は……」
「おい」
ヒヨってしまい、ジロリと睨まれる。超怖い。
「ぐ、グレイス先輩!」
「うむ」
ようやく満足げに頷かれてしまった。
あんまり下の名前で呼ばれたくないのだろうか? マグナスって超カッコ良いと思うんだけど……と、思いつつも、とりあえず本題に入った。
「あの……シンプルに思ったんですけど……この学校で、一番強い人って……誰なのかなって……」
「そりゃ校長だろ」
「いやそうじゃなくて……あ、やっぱり強いんですね、あの方……」
生徒の中で、という意味で聞こうと思ったのだが、少し気になったので食いついてしまった。
「あの人、ヤバいぞ。噂じゃ、エルフやらドワーフやらビーストやらの連合軍百人相手にして一人フルボッコしたって話だし」
「えっ」
何それ怖い、と冷や汗をかく。人間の魔法は他の種族の魔法に大きく劣る。何せ、他の種族は人間の魔法は全部使える上に、各々でしか使えない固有の魔法もある。
それなのに勝てるって……まず間違いなく、杖を使わなくても魔法を使えるのだろう。
「ていうか……やっぱり教員はみんな強ぇな。生徒を守ることが第一だから」
「へぇ〜……」
魔法学校の教員が強い、というのはやはり定番らしい。ちょっと嬉しい。
そして……やはり生徒もそれは同じことであると願いたいものだ。三巨頭、四天王、七人しかいない超能力者、十傑……などなど。数字があるとなお良し。
「せ、生徒では……?」
「生徒なら俺か生徒会長だろ」
「え……」
「なんだよ。意外か? ……まさか、自分だとでも言う気か?」
「い、いえいえ!」
そうじゃなくて、と。や、確かに生徒会長か風紀委員、あるいは武道部の主将が最強というのもある。
が、そう言ったメンバーを引っくるめた、三巨頭のような、こう……何か呼び名のようなものはないのだろうか?
「あ、あの……肩書きのようなものは……四天王的な……」
「んなもんねーよ。ただ、生徒会長は四年で成績トップだし、喧嘩の経験なら俺が一番多いってだけだ」
魔法の巧みさが強さに直結すると言っても過言ではない、この世界ならではの観点と、その上で戦闘経験を加味した分析に何も言えないが……肩書き、ないのか……と、少し肩を落としてしまう。
「そ、そうですか……」
「何ガッカリしたんだよ。女が最強候補で不満か?」
「いえ……」
将来、自分もそれを目指す、みたいな展開を期待してました、と思っても口に出来ないので目を逸らすしかなかった。
「でも、最強候補なんかなるもんじゃねえぞ?」
「? 何でですか?」
「いや、なんつーか……」
話している時だった。通り掛かったのは体育館裏。そこにいたのは……リーゼントやらパンチパーマの男達だった。
制服は着崩し、タバコを摘んでいる生徒が7人ほどうんこ座りをして、ジロリと自分達を見上げる。直後、目を見開いた。
「お前ら! 風紀委員長サマがおいでなすったぜ!」
「ここで会ったが百年目!」
「首を獲れ!」
「えっ、えっ……?」
一斉に杖を抜いて襲い掛かってきて、あまりに唐突な展開に狼狽えてしまった。
が、隣のグレイスは慣れた様子……というより、飽きた様子でため息をついて立ち上がる。
そして、杖を抜いた。グリップがついていて、杖の先端に穴があり、半径5センチ程に広がっている杖だ。万能型……なのだろうが、若干浮遊魔法に特化されたものなのだろうか?
「毎度毎度少しは飽きろガキどもがアアアアアア!!」
そこから放たれたのは浮遊魔法……なのだが、発された白い魔力は、自分が持っている万能型の杖から放たれるものより太い。
それが、左端にいる奴に直撃し、放たれている白いオーラを右へずらしていく事で捕獲していく。
捕まえたのは四人。少し遅れて出遅れた三人も杖を抜いたが、その三人に向かって四人を吹っ飛ばす。
七人まとめて後ろに叩き付けられた。
「……」
強い。簡単に七人のした。何より、魔法の発動する速度が速い。後から抜いて先に捕らえていた。
「……」
「……こうやって、歩いてるだけで喧嘩売られんのもしょっちゅうだ」
確かに大変かもしれない。
さて、グレイスは仕事に掛かる。吹っ飛ばした連中の処遇を決めないといけない。
「お前ら、魔封シール貼るからな。あとタバコはやめろ」
「ま、まだだ!」
「俺らはまだやれんぞコラァッ!」
元気なものだ。立ち上がりながら杖を向けようとする。先輩に働かせっぱなしなのも悪い気がしたので、今度は自分が動いた。
しゃがんで地面に杖をつき、変形魔法を使用する。地面が盛り上がって壁を形成し、七人からの攻撃をガード。
その壁にスペル魔法で文字を記す。
スペル魔法とは、条件を満たす事で自動的に魔法を繰り出せるようにすること。
だが、当然ながら出来ないことを記しても効果は発動しない。エルフが炎魔法の発動を記せば、スペルを書かれたものも炎魔法を使えるが、人間が炎魔法を書いても無理だ。人間にしか使えない魔法のみである。
しかし……だからこそ、便利な点もある。何せ、温度魔法や変形魔法は杖で着かないと使えない。スペル魔法を介せば、遠隔での発動も可能だ。
「よっ、と」
スペルを書き終え、発動する。発動するのは変形魔法、条件は向こうの魔法が当たった直後。命令の内容は、弾力があるよう柔らかくなった直後、グローブ状の拳でカウンターを発動すること。
「ぶべっ!?」
「ぐおっ!」
「まごっ……!」
そのまま敵にカウンターを叩き込んでいった。拳を繰り出した壁の面積は少しずつ減っていく。
「……あ、カウンターの後、壁に戻る指示出すの忘れた」
「よくあの速さで書いて、ちゃんと機能するな。お前のスペル魔法」
「え……ま、まぁ……」
スペル魔法で一番重要なのは、途中で発動させる魔法……今回なら変形魔法を記す部分で、しっかりと変形魔法を発動する魔力とスペル魔法を記す魔力を融合させなければならない。
これが難しく、自分も苦労した。母親がエルフでなければ……そして、杖を使う前に素手で魔法を使えなければ、とても三ヶ月で習得なんて不可能だっただろう。
「でも、万能型じゃやりづらくないか?」
「い、いえ別に……」
そもそも杖を使うこと自体がやりづらいのは黙っておく。他の杖を使ったこともないから比較しようがないし。
「良かったら、風紀委員会本部に色々、杖あるから、使ってみるか?」
「え……い、良いんですか!?」
「お、おう……食いついたな……」
いや、気になる。特化型杖……正直、自分の物にするのは諦めていたが、使わせてもらえるなら願ってもない話だ。
せっかくの異世界……それも、世界の基盤となっている「魔法」の道具……使うしかない、そんなの。
「なら、まずはこいつらの連行……あれ」
話しながらさっきのヤンキー達の方へ顔を向けると、七人とも空を飛んで逃げていた。
「やべぇよ、あいつよく見たらドッジボール部の四年ぶっ飛ばした奴だよ!」
「バッジしてたし……風紀委員入ったんかあいつ!?」
「逃げろ! ドラゴンとフェンリルが手を組みやがった!」
「……」
散々失礼なこと言われたよりも「ドラゴンとフェンリルっているんだ……」とワクワクしてしまった。見てみたいけど、会いたくはない。
とにかく、逃げられた。というか、飛行魔法の速度はなかなかなものだ。
「は、速いですね……万能型なのに……」
「俺が追いかけている間に、全然ケンカは弱いままの癖に逃げ足ばっか早くなんだ、あいつら」
「……」
良い見方をすれば、飛行魔法の才能が強いということだろう。悪い見方をすれば、ヤンキー向いてない。
「それで、その……追いますか?」
「いや、いい。あいつら、俺の前じゃないと悪さしなくなったし」
「えっ」
「何なんだろうな一体」
それ、ただのかまってちゃんなんじゃ……まるで真面目な幼馴染の前だけバカやる男子みたいな感じだろうか?
何にしても……言わないでおく。言う勇気もないし。
それより、確かに風紀委員長は学生最強候補に自分を入れる程度には強そうだ。この人には逆らわないでおこう、と密かに思いつつ、とりあえず校内を見て回った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます