男子高校生

 気まずい、と正臣はため息を漏らす。昨日の放課後、いなすので大変だったが、それだけブチギレさせてしまった。なんかデッドボールとか野球で乱闘になりかねないペナルティ投球の名前と被ってる事言っていたし。

 何でこう言う時に限って時間が経過する感覚は早いのか、とため息をついたように、今の時間はもう放課後の夜……つまり、夕食を終えて寝る前の時間だ。

 昨日の夜に一応「わざとじゃないんです、ルール知らなかったんです」と謝り倒して許してもらいはしたが……それでもやはり気まずい。


「……」

「何見てんの?」

「っ、ご、ごめんなさい……」


 謝ってしまう。謝り倒してしまう。見てたわけでは無……いや、見てはいた。気まずさのあまりチラチラと。

 ダメだ、この部屋にいると彼女をイライラさせるだけだ。一度、外の空気を吸いたい。


「あの……俺、ちょっと外出てくるね……」

「は? 消灯時間過ぎてるけど?」


 それを聞いた直後、布団に杖をつけて魔法を使った。変形魔法……といっても大袈裟なものではなく、布団の中央が膨らむ。人がいるような形で。


「お、俺は寝てるってことで……」

「君さ、風紀委員に入ることになってる自覚ある?」

「ちょっと屋根の上で星見てくるだけだから……」

「……あっそ」


 思ったより頭は固くなくて、出撃の許可をもらった。

 そのまま窓からフワフワと上がって、寮ではなく校舎の屋根に腰を下ろす。

 夜空を見上げると、星が点々と輝いている。東京を見てきた自分の目から見れば田舎っぽいところだが、この世界ではウェッジ市は都会らしい。

 前の世界の都会では、こんな星空は見られなかったな……。

 あの星々はまばらに散っているが……やはり、正臣の目に映るのは比較的、周囲に星がない孤立した星。

 星に限った話では無い。アリとか、電線の上の鳩とか、複数あるのに孤立している個体を見ると……やたらと感情移入してしまう。


「はぁ……」


 色々と努力してみたけど……やはり、世界が変わって優等生になれても、人間が変わらないと周囲の環境も変わらないものだ。

 せっかく異世界転生魔法学校入学ルームメイトはボクッ娘なんていうラノベみたいなことになっているのに、全然活かせていない。

 やっぱり……自分じゃダメなのかな、と少しナイーブになってきてしまった時だった。


「見事なものだろう?」


 やたらと渋い声が耳に届く。明らかに同年代では無いので、肩を震わせてしまった。

 先生、とすぐに分かり、謝りながら飛び上がってしまう。


「ごめんなさい寮戻ります!」

「いやいや、叱りにきたわけじゃない。私も学生時代はここでサボったものだからね」

「へ……?」


 ていうか、誰? と、小首を傾げながら振り返ると……そこにいたのは、何処かで見た髭面だった。

 あれ、ていうか……入学式にいた、確か……校長の……と、少しずつ思い出していく。


「あ……校長の……えと、スケット先生!」

「スコットだよ。校長なのにスケットとかないから」

「あっ、す、スミマセ……!」

「いやいや、気にしないで良い。……では、改めまして。スコット・バームシェル校長です」

「……あっ、えと……マサオミ・シルアです!」


 校長先生が、自分に何か用事だろうか? 少し緊張してしまう。


「ここは校内一の天体観測スポットなんだよ。……ま、私調べだけどね」

「そ、そうですか……」

「広々とした壮大なものを見ていると、私は悩みとか晴れる人種なんだが……君は逆のタチみたいだな?」


 ドキッ、と胸が高鳴る。という事は……悩んでいる事に気付かれているようだ。

 ……とはいえ、だ。校長先生なら別に悩みを隠す事も、悩んでいる事を隠す事もない。


「まぁ……その、少し……」

「いや、分かるとも。変わり者だとは分かっているからね」

「え……な、なんで……?」

「試験会場で見ていたんだよ。……君も、気付いていただろう?」


 そういえばそうだった、と思い出す。当日にいた人だ。入学式でこの人が校長だと紹介されて少し驚いたのを思い出す。


「私は、ここの入学試験で一度、大きな失敗をしていてね。まぁ……他の者より才能があった事もあり、それをひけらかしたかったんだ。変形魔法で校舎ごと巨大なドラゴンに変えて怒られたよ。スペル魔法も併用して空を飛ばせたものだから、それはもう入学前から怒られたさ」

「へ、へぇ〜……」


 ドン、引き、である。普通、やる前にそんなのダメだって分かると思うのだが……。


「当然、反省なんてしなかったからね。入学はして、その一週間は上級生に喧嘩を売って蹴散らして、荒くれ者になった。当然、恐れられ、友達なんて出来なかったとも。取巻きは出来たがね」


 取巻き……つまり、付き人のようなものだろうか? パンを買いに行かせたりとか?


「教員よりも強くなった私は、高校二年でいよいよ学外に強敵を求めるようになった。その途中で……とあるエルフと出会い、戦いを挑んだ。……ま、その時はボッコボコにやられてしまったがね」


 そりゃやられるだろう。自分の母親がエルフなのもあって、その強さは身に染みている。修行中、ありとあらゆる敵からの対策とか言われて、様々な攻撃で遠慮と容赦なく襲われたものだ。


「その際……私の取り巻きは誰も私を助けてくれなかった。私がやられたのを見て……いや、やられそう、と分かった時点で逃げ出してしまったよ。……その時に、初めて私は孤独を実感した」


 当時のスコット的には、取り巻きは友人だと思っていたのかもしれない。自分も前の世界で同じ騎空団に所属していた人を友達だと勘違いして遊びに誘って、騎空団から追い出されたものだ。


「その時に初めて理解したよ。このままじゃいけない事を。それで……まぁ、色々とやり直したさ。最初は勿論、上手くいかなかったが、友達や仲間を作ろうと必死にね。その結果……友人は出来たよ。そのうちの何人かの旅に出たりして、今でもたまに手紙でやり取りをしたり、彼らのお子さんを私の元で預かったりしている」


 やり直した、と聞いて少し胸が痛む。まるで、自分が諦めかけていたことをする必要がある、と言われているようで。

 そんなネガティブな感情が表に出ていたのだろう、すまなさそうに校長先生に頭を下げられた。


「おっと、すまない。話が長くなってしまったな。私の悪い癖だ」

「あ、い、いえ! 面白かったです!」

「いや面白い話をしたつもりはなかったんだが……まぁ、要するに、人はいつからやり直しても遅いということはない。スタートでしくじって、周りに悪いあだ名を呼ばれても、君の行動次第で周りは変わる。失敗を必要以上に恐れて動かなくなるのは、何も変えられないと言うことだ」


 それはその通りかもしれない……が、これでも行動して来たつもりだ。その結果でこうなっているのだ。これ以上、自主的に動いたところで……もっと酷い目に遭うかもしれない。そう考えると怖いのだ。


「……これ以上、悪くなるかもしれなくても?」

「そうだ。……勿論、最善を尽くすつもりの行動である、という前提だがね?」

「……」


 そうか……そう言われてみれば、その通りなのかもしれない。と言うか、考えてみれば自分に失うものなんて、もう何も無い。

 それならば、会話にしても行動にしても、もう少し勇気を持って踏み出した方が良いのかもしれない。

 昨日のテイクボールだって「魔法の世界のジャンプボールっぽいし、魔法らしく取るものなのだろう」なんて憶測で行動した結果がアレだ。聞けば良かったのに。


「……大丈夫、君には既に友人と仲良くするためのスキルがある。君次第だよ、青春を謳歌出来るか、というのはね」


 スキル……なんだろうか? もしかして……魔法がうまいとか? そういえば、校長も魔法が入学当初から上手かったと言う点では自分と一緒だ。

 だとしたら……それを教えてあげたりしたのだろうか? もしかしたら、そう言った助け合いが、この前の校長の話にも繋がっているのかもしれない。


「……はい!」


 よし、頑張ろう。その為にも……まずはリョウからだ。クインよりもリョウの方が友達になりやすい気がする。

 それにしても……この温厚そうな校長先生にも若気の至りのような時期があったとは驚いた。しかもエルフに喧嘩売るって……エルフを知っている身だからこそ、命知らずに拍車がかかって見えた。

 でも……そんな人でも、信頼されて学生時代の友達のお子さんを預けられる学校の最高責任者になっているんだから、本当に人は変われるのだろう。


「……よしっ、まずは部屋に戻ろう。すみません、ありがとうございま……あれ?」


 いつの間にか、校長はいなくなっていた。神出鬼没というかなんというか……でも、多分わざわざ気に掛けてくれたのだろう。

 ならいっそ、その言葉を信じる。入学式も思ったが、何となく言葉に重みのようなものを感じた。あのメッセージはもしかしたら、過去の自分の出来事をそのまま糧にして伝えてくれたのかもしれない。

 つまり……スコット校長は、学校では周りに自身が魔法を教えることで友達を作った……ということだろう。


「……よしっ」


 そうと決まれば、早速……と、ふわりと浮き上がって部屋に戻った。

 窓から中に入ると、部屋の中にはクインだけでなくリョウともう一人、知らない男子生徒がいた。


「あ……」

「おかえりー」

「……もう戻ってきた」

「どうもー」


 一気に嫌な汗が額から流れ落ちるが……いや、怖気付いてはいけない。友達を作るのだから、怖気ついている場合じゃない。


「……あ、あの……なんでいるの……でしょうか?」

「お菓子パーティーしようと思ってよ。……あ、こいつルームメイトのボルト・スピットファイア。光速部」

「どうも、アンモナイト」


 自分よりは背が高いが、他二人に比べたら背が低い爽やかな茶髪のショートヘアの少年に初対面から悪印象を抱くが、ひとまずスルーして気になったことを聞いた。


「コウソクブ?」

「浮遊魔法のレース」


 陸上競技みたいなものか、と理解。ただし、足ではなく魔法を使っての。中にはハードルとかもありそうだ。


「お、俺は……」

「知ってるからいい。マサオミでしょ?」

「は、はい……」


 そう返事をしつつ、自分のベッドの上に座る。その自分に、リョウがお菓子の袋を差し出してくれる。


「ほれ、お前も食え。一枚5,000Gな」

「高っ!?」

「冗談だよバカ」


 いや、まだ買い物もしたことがないので、高いのかどうかはわからないが……まぁ、5,000という数字で安いと言うことはないだろう。

 一枚、貰う。この前の歓迎会ぶりのこの世界のお菓子。意外と美味しかった。手はとても汚れるし、食べた感じとても喉は乾くのだが、その分インパクトある味だった。


「さて、じゃあ部屋主が揃ったところで本題に入るか」

「本題? 何か用事あったの?」

「ああ、エロ本を探す」

「……はぁ?」


 質問に答えられたクインが、眉間に皺を寄せて「理解できない」と言う声音を漏らすが、正臣も全く同意見だった。


「え……な、何エロ本って……」

「お前らも……男ならわかんだろ?」

「いや……俺もオーキス君も持ってないと思うけど……」

「嘘はいいから。この歳でエロ本持ってない男子なんて、キチンと300円以内のお菓子だけ遠足に持っていく小学生くらいあり得ないし」


 異世界の子供、ヤンチャ小僧しかいない。自分はちゃんと規則通り収めていた。ついでに言うなら、エロ本も持っていなかった。

 そして……まぁぶっちゃけ言うと、100の確率でクインも持っていないだろう。何で女の子が女性の肌色が多く載っている雑誌を欲しがるのか。

 要するに「まぁ、探したければどうぞ?」と言う感じであるのが本音だ。


「……」

「……」


 どうする? みたいな感覚でクインと顔を見合わせる……が、クインは自分と違って焦りを顔に出していた。


「どうし……あ」


 そうだった。彼女、部屋を物色されたら女性のあれこれが見つかる可能性があるんだった。褌はまだしも、サラシはマズいだろう。……男でもサラシを使う奴はいるだろうか?

 いや……これはクインにとって死活問題。女だと疑われるようなことがあることさえ許されないだろうから、サラシを見られるわけにはいかない。


「あ、あの……ないよ? そんな、エッチな本……」

「あー分かってる。お前はないよな?」

「え……な、なんで?」

「いやこの前の街での様子見て、エロ本買ってると思えないでしょ。あ、欲しくなったら言えよ? まずは貸してやる」


 当たってはいる。けど、後半は余計だ。ていうか……ぶっちゃけ、エロ本も買う気にならない。三ヶ月間、思春期の男子のことを考える事などまるでしなかった母親と過ごしていた事もあり、女性の肌に少し慣れてしまった感じはある。

 生で拝めるならともかく、今更写真だか何だかにうつつを抜かす事はない。


「で、クインは?」


 ボルトに聞かれても、クインは泳いだ視線を逸らしながら答える。


「ぼっ……僕も持っていないよ。そんな下劣なもの」

「いやいや、その態度でそれは無理だから」


 全くだ。無いけど払拭されたら困る、と言う様子がヒシヒシと伝わってきてしまっている。


「いやほんとにないから! だから探すのはダメ!」

「いや無いなら探したって良いだろ」

「大丈夫、俺らもエロ本持ってきてるから、君の性癖だけ把握みたいなことにはしないよ。等価交換だ」

「全然、等価じゃないし! 僕、君らの性癖なんか微塵も興味ないけど!?」

「でもほら、親元を離れて二人部屋を手に入れたんだぞ?」

「隠す必要ないわけじゃん、要するに」

「エロ本隠さなくて済むために通いより金がかかる寮暮らしなんて頼めるか! 本当に諦めろっつーの!」

「分かった、先に俺らの見せるから!」

「ほら俺の! 男のふりして男子寮に来た美少女を犯す奴!」

「にゃー! み、見たくない、見たくないから!」


 顔を真っ赤にして目を隠すクイン。というか……爽やかな外見して、ボルトはエゲツない性癖している。それをクインに見せている辺りはもはやギャグかと思ったほどだ。

 ……が、正臣もボケっとしている場合では無い。とりあえず、何か協力しなければ。


「ふ、二人とも……!」

「?」

「なんだよ?」


 後ろから声を掛けると、二人は怪訝な顔をして振り返る。その表情が割と怖くてコミュ障になったとこあるのだが……今は気にしている場合ではない。


「じ、実は……日記を、隠してるから……だから、二人に……その、部屋を見て回られると……困る、んだよね……」

「は? 日記?」

「今時の男子高校生が?」


 む、無理あっただろうか……? と、目を逸らすと、後ろのクインが口を挟んだ。


「そ、そうなんだ。親元を離れて生活する以上、日々だらしない生活をしていないか、父さんに記録をつけるよう言われてて。だから……それを出させてもらえないかな……?」

「あーなるほど」

「日記は……特に用事ないよね。超大変そうなんだな、警備隊の息子って」


 二人とも納得して顔を見合わせた。割と強引なとこあったが、それは「警備隊の息子ならでは」ということで押し込めたらしい。


「だから出て行って」

「いやなんでだよ。今、出せば良いだろ。その日記帳は俺ら見ないから」

「その辺は弁えないとだしね?」


 エロ本は良いけど日記はダメっていう謎の倫理観が気になるところだが、そんな場合では無い。何せ、日記帳なんてないのだから。

 むしろ追い込まれる形にしてしまったかも……と、冷や汗をかいていると、すぐにクインは押し込みにかかった。


「日記帳を隠してある所も知られたくないから出て行って!」

「なんでだよ……」

「もしかして、その日に抜いたオカズをまとめた日……」


 直後、ボルトの額にクインのペンが突き刺さった。そのまま真後ろにぶっ倒れ、ペンを抜くとブシューっと鮮血が溢れる。


「出て、行って」

「OK、分かった。悪かった」


 こ、怖っ……自分の母親と同じくらい……と、クインが身を震わせている間に、リョウはボルトを連れて出て行った。


「ふぅ……助かった。ありがとう、マサオミ」

「あ……い、いや……あまり役に立てなかったけど……」

「本当に役に立った時くらい、謙遜しない方が良いよ」


 まさか……クインの役に立てるとは……と、少し嬉しく思ってしまう。今まで散々、迷惑かけてきたから。


「……まったく、男子高校生ってみんなあんなんなのかな……」

「え……ど、どうだろう……まぁ、異性に興味出る年ではある、のかな……?」

「僕は男子の裸がたくさん載ってる本なんて持ってないよ」

「あ、アハハ……」


 誰得だその本、と思いつつも目を逸らして言ってみた。


「で、でも……オーキスさん、体育の時は……男子と一緒に着替えてた、んでしょ?」

「え? や、まぁ……体育あった日は制服の下に体操着着て行ってた」

「だから……その、見慣れてたり、してたのかも……なんて……」


 今の自分はそれだ。セレナの裸を見過ぎで、割とスタイル抜群のクインと同じ部屋で過ごしても、変に動揺したりはしない。……これはこれで大丈夫なのかな、と思わないでもないが。

 だが、クインはジロリと自分を睨む。


「は? 何それ。意味分かんない」

「だ、だよね! ごめんなさい……!」

「……」


 謝ってしまった。流石に今の説は類い稀なる例だったか。実際、幼馴染で昔はお風呂に一緒に入った仲なのに、身体が成長してからやたらとお互いを意識し始めるラブコメ漫画も結構あるし、異性の身体に慣れを感じている自分がおかしいのかもしれない。

 ……と、思ったのだが。クインは顎に手を当てて少し悩み始めている。そして、ふと思ったように呟いた。


「……そういうもの?」

「えっ、ど、どうだろう?」


 ちょっと信じてる! と目が点になる。この子、思ったより素直なのかもしれない

 ……なんか、男であろうとする女の子って少し可愛いかも……なんてほっこりする。

 でも、やはり男子であろうとしている以上、男子高校生らしい情報は必須なのだろう。次にまたああいうことされたときの対策を練るために。


「ほ、他の部屋を調べてみれば……良いんじゃない、かな……?」

「……覗きをしろっての?」

「あ……い、いや……えっと、あの様子だと……他の部屋でも、同じこと……その、やってそうだし……明日、他の部屋の子に『エロ本持ってるって聞かれた?』って、聞いてみたら……どうかなって」

「なるほど」


 これなら自然だろう。持っていれば「持ってる」と普通に言うだろうし。

 それはアリかも……と、言わんばかりにクインは頷く。


「……君、中々良いこと言うな」

「えっ、そ、そうかな……」

「明日、やってみよう」


 何か解決策が見つかると良いね、なんて他人事のように思いながら、とりあえず就寝の準備に入った。


 ×××


 翌日……クインは一大決心をした。どんな決心か? 聞くまでもない。……エロ本を購入する覚悟である。

 今日、学校で一日、自分が知っている寮生に聞いて回って分かったが……みんな一冊は持っているらしい。少なくとも、ガチのエロ本でなくとも水着や下着姿までが載っている雑誌を。

 ならば……ここは自分も、買うしかない。男子と思われる必要があるためには、周りの人間が持っているエロ本の所持は必要になる。


「こんな事に、お金は使いたくないけど……」


 でも仕方ない。自分の中で一番、バレてはいけないことだから。

 だが……購入しているところを見られるのは普通に恥ずかしい。特に、自分は何度か警備隊のお手伝いもしたことがあって、この街では顔は知られている。

 そんな自分がエロ本を買っている所を見られれば……。


「終わるよね」


 父親にバレれば、寮を叩き出されることになるだろう。

 さて、そんなわけで、まずは変装からだ。部屋に戻ると、クインは着替えを始めた。

 部屋に、万が一の潜入捜査に備えて用意した地味目の服がある。茶色のローブに、黒いスラックスと黒いTシャツ……そして、ニット帽とサングラス。完璧だ。


「よし……行こう」


 そう決めると、誰にも気づかれないように窓から出ていった。目立たないよう、万能型の杖で浮遊魔法を使って。

 ふわふわと学校から離れた場所に移動し、川の向こう側に着地。この学校から街に行くには、川を渡る必要がある。逆に言えば、川の奥なら学校の生徒とは思われないだろう。

 さて、そのままの足で本屋に向かうと、成人向け雑誌の前に来た。


「……」


 背が高くて良かった。この変装ならば、未成年には見られないだろう。

 ……さて、本題。どんな雑誌が良いのだろうか? 女性の肌が多いものなのだろうが……でも、中には水着とかまでで裸が載っているもので満足する人もいるらしい。……いや、満足ってよく分からないけど、とにかくそれをエロ本だと言う人もいる。

 自分もそっちで良いだろう。ちょっと裸が多いのは嫌だ。エロ本シェアの際に見せるものとはいえ、普通に恥ずかしい。


「こういうのかな……」


 綺麗な女性が載った雑誌を手にして、マジマジと眺める。……いや、まぁ実際、綺麗だ。この手の雑誌に載っている女性は。スタイルも抜群だし、男子がよく言う「ぼんっきゅっぼん」ってこう言うのなんだろうな、とは思う。

 でも……金を出して買ってまで見たいのだろうか?


「……分からない……」


 全く理解が出来ないが……まぁ、形だけでも持っておくしかない……なんて思っている時だ。


「あの……俺、ほんといらないんだけど……」

「だから、奢りだからそういうのいいから」

「そうだよ。大丈夫、寮長先生にバレなければ平気だから」


 なんか、聞き覚えある三人の声が耳まで届き、ビクッと背筋が伸びる。


「あの……そもそもの話、しても良い……ですか? 雑誌って……どうやって作る、のかな……?」

「記録魔法だよ。特化杖のカメラ型を使えば写真を印刷出来んじゃん」

「あ……な、なるほど……」

「田舎住みって聞いたけど……万能型しか知らんほど田舎だったんだね……」


 昨日、部屋に来たバカ二人と、同じ部屋の極バカ一人がやって来た! と、頭を抱えてしまう。

 いや、大丈夫……変装しているのだからバレっこない……と思いたいところだが、そもそも顔を合わせないに越したことはない。

 三人がいなくなるまで、一時退却することにした。


「おーほらここ、ここ」


 入れ替わるように三人とすれ違い、自分は近くの本棚で立ち読みするフリをした。


「うわ……すごいな、この世界の人……胸大きい人ばっか……」

「お、何。お前も巨乳が好み?」

「まぁ、男はみんなそうだよね。特に、イケメン女子の胸だけ女っぽい奴とか大好き」

「それはお前だけだ。何でお前そんな爽やかなツラして性癖歪んでんの?」

「姉が低身長貧乳だからかな」


 ……こうして外から聞いていると、正臣ってあまり会話に入れていないんだな、と思ってしまう。

 コミュニケーションが苦手だとは聞いていたけど、気が付いたら置いていかれている。……まぁ、そもそも自分から混ざりに行けよ、と思わないでもないが。


「で、どれにすんの? 巨乳?」

「いや、あの……やっぱり俺いらない……」

「だーかーらー、遠慮すんなっつーの。大丈夫だよ、どんなの選んでも誰にも言わないから!」

「そうそう。お前、エロ本奢りとか斬新だよお前。遠慮したらバチが当たるってもんだから」


 本当に斬新過ぎる。というか、わざわざエロ本プレゼントするために無理矢理、街まで引きずって来たのだろうか、このバカ二人。

 何にしても……やめていただきたい。あまり同室の子を変な道に落とそうとするのは。


「ちなみに、エロ本モデルの中でも俺のイチオシはこの『マタリ・ハリス』っていう人。ドワーフの人なんだけど、やばいよ。バストが100超えてんの」

「てか、やっぱドワーフはエロいよね。やたらと。俺は好みじゃないけど」

「……ドワーフ?」


 それを聞いて正臣が少し反応したような声を漏らす。オイコラ、と思わずクインも眉間に皺を寄せる。まさか、エロ本に興味を持ってしまったのだろうか?


「興味あんの? おら、これ」

「すっご……! ツノ生えてる!」

「いやそりゃ生えてるだろ……ドワーフだし」

「え、お前ツノフェチ……? 初めて聞いたそれ……」


 いや、フェチというより純粋に種族に感動している可能性がある。街に来ただけでも喜んでいた子だし、全然あり得る。


「うわ……でも、腕も足も太いし、腹筋も割れてる……これ、女の人なのほんとに?」

「そりゃドワーフだからな……」

「え、ていうか今度は筋肉フェチ?」


 やはりそうだ。

 ドワーフは肉体派の種族。ただでさえ人間やエルフに比べて頑丈且つ強靭な肉体をしている上、ドワーフしか覚えない魔法は自分や自分以外を強化する魔法。

 鍛え上げられたドワーフは、射撃特化杖の一撃も少し晴れる程度で済むこともあるらしい。

 ……その話、今度してあげたら喜ぶかも……なんて思っている間に、三人の話は進む。


「じゃあ、これで良いのか? エロ本」

「え、いや……あの、選んでも良い……?」

「好きなのにしなよ。その代わり、ちゃんと裸が載ってる奴ね」

「じ、じゃあ……あっちの『人類の体の不思議』っていうのが良いんだけど……!」

「「図鑑コーナー!?」」


 相変わらず、空気を読めているのか読めていないのか分からない男だが、まぁでも結局、彼はエロ本を買わなかった。

 そのことにホッと胸を撫で下ろし、三人が立ち去ったのを見計らってエロ本コーナーに戻ろうとした時だ。


「な……何してるの? そんな変な格好で……」

「ひゃわっ!?」


 後ろからお化けみたいな声をかけられ、ビクビクっと背筋が伸びてしまった。

 心臓がバクバクと音を立てるのを感じながらも、何とか振り返ったのが運の尽き、バランスを崩して背中を本棚に強打する。


「きゃうっ……っ、いったた……!」

「だ……大丈夫……?」


 マズい、と冷や汗を浮かべる。こいつさっきなんて言った? 「な……何してるの? そんな変な格好で……」と言った?

 つまり……バレてる? 正体が……だとしたら、周りにいるはずのバカ二人にもバレるかも……そう思い、目を逸らしながらも何とかとぼけて答えた。


「な、何がよ? というか、あなた誰なのかしら? こんな街中で知らない女性に気安く話しかけるなんて失礼じゃありませんこと?」

「えっ……あ、あれ? も、もしかしてオーキスさんじゃなかっむぎゅっ!」

「名前を呼ぶな!」


 騙せそうだったけど名前を呼ばれるのは困る。どう転んでもバレてた辺り、本当にどうかしているこの野郎。


「……べ、別に僕は何もしていない……! エロ本コーナーになんて用事はないから……!」


 やばい、余計なこと言った。いや、というかそれよりも、だ。聞くべきことがあったので、手を離しながら聞いた。


「ていうか……他の二人は?」

「さ、先に……図鑑コーナーに、行ってもらった……視線に気付いてるの、俺だけだったから……」

「……」


 迂闊だった。森で暮らしていたから、気配に敏感なのだ。目は向けていなかったが、意識だけ向けている状態でも気付かれてしまったのだろう。


「……そ、それで……な、何? その格好……」

「っ……こ、これは、その……」


 ……知られたくなかった、エロ本を買うことは。本当にこいつは息をするように人の秘密を明かしてくる奴だ。というか、変装してるのに何で自分だと分かるのか。

 なんにしても、バレた以上は素直に白状した方が良い。


「……次に昨日みたいな事があった時のために、その……僕も、エッチな本を買っておこうと思って……」

「? え、なんで……?」

「エッチな本をすぐに出せれば、部屋の中を荒らされることもないから。それで女性のアレコレが見つかることも無くなるっしょ」

「そ、それなら……普通に女性用の下着とか、魔法で隠せば良いんじゃ……?」

「……」


 全くその通りだった。お金なんて使わなくても、普通に隠せば良い。

 クインは基本的に女性であること以外の隠し事なんてしたことないし、親に内緒で何かを買うようなこともなかった為、その発想に至らなかった。

 お陰で、赤っ恥である。女の子なのに、女性の肌面積の多い本を買おうとしていた事に。


「っ〜!」


 ていうか、なんかもう全体的に恥ずかしい。完璧だと思ってた変装は看破されるし、近くで見張っていたこともバレるし、発想力でも負けちゃうし、挙げ句の果てにエロ本買おうとしてることをバラしてしまい……そして、その羞恥心から生まれた怒りが八つ当たり気味に正臣に向けられた。


「っ!」

「えっ……な、何……?」

「そうする! 帰る!」

「あ……う、うん……あの、ところでその格好は……」

「言わない!」


 さっさと帰って、さっさと隠し場所を考える事にした。

 なんか非常に悔しさが胸の中を渦巻く。どうやら、自分の中で正臣に負けられないと思う物は魔法のことだけでなく、いろいろな面で負けたくないと思っているようだ。

 さらに正臣への闘争心を燃やしつつ、そのまま本屋で「クロスワード」と書かれた本を購入してから寮に戻った。


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