田舎者

 その日の夜、クイン・オーキスは部屋のベッドに腰を下ろしていた。

 ちょっと色々とあり過ぎて疲れてしまったが……驚かされてしまったからだ。面喰らった、と言う感覚が強い。

 あの男か女かわからない顔をした、背が低いルームメイトも一緒になったことだ。

 あの男……強い。万能型の杖の二杖流にじょうりゅう……そもそも、それが異端だ。杖は基本的にいくつか持ち歩くが、特化型を複数と万能型を一本が普通だ。

 それも、万能型は日常生活として使う為、メインの武器に使うことはない。それを……正臣は平然と操っている。


「……っ」


 少ない魔力量を工夫して扱い……というか、使い方もテクニカルだ。猟師の息子、ということだが、その師匠となった親もかなりの使い手なのかもしれない。

 悔しい……あんな臆病で、弱虫で、いつもビクビクしているような男が、あんなアクロバティックに魔法を使って魔力量で言えば格上の三人を倒していた。

 いや……仮に実力が三人を圧倒できる程なかったとしても、だ。警備隊の息子である自分より先に守る行動に出られたことが悔しかった。

 ……いや、負けられない。警備隊支部長の息子だから、だけではない。とにかく、単純に悔しい。アンモナイトとか呼ばれている癖に強いのが。


「負けてられない、よな……」


 警備隊の息子だからとか、そんな事ではない。単純に負けたくない。今まで下だと思っていた奴が実は自分より強かった、なんて認めたくない。

 ……いや、現状は認めざるを得ないだろう。だが……これから追い越せば良い。

 そう決めて、一先ずトレーニングにでも行こうと思った時だ。ノックの音が響いた。


「どうぞー」


 声を掛けると、扉が開けられた。現れたのは、おそらく上級生と思われる生徒が2人が立っていた。


「クインと……アンモナイト、だっけ?」

「今から時間ある?」

「マサオミはいませんが……なんですか?」


 もう就寝時間まで二時間くらいだ。そこそこあるけど、そろそろ寝ないと、と思う時間でもあるが……。


「新入生の歓迎会やるから、自由参加だけど良かったら来てくれね?」

「女子寮と合同で食堂使うから、来れば彼女出来っかもよ?」


 彼女も何も自分は女……と、思っても口に出来ない。どうするか悩んでしまうが……まぁ、せっかくだ。こうして友達を作るのも将来は大事になるだろうし、参加することにした。


「分かりました。マサオミが戻って来たら参加します」

「あーそうしてあげて」

「じゃ、食堂でな」


 この寮は、男子寮の隣に女子寮があり、その寮の間に食堂がある。それぞれの寮の一階から食堂に繋がっており、食事は一緒に摂れるようになっている。

 さて、そんなわけでしばらく待機した。……というか、あの男は何しているのか? 暇そうに……していると、窓から入ってきた。


「あ、た、ただいま……!」

「っ、な、なんで窓から入って来るの一々!」

「あ、いや……空飛ぶの、気持ち良くて……」

「飛べるようになったばかりの子供か!」

「ご、ごめんなさい!?」


 本当に意味がわからない。こんな男が何故強いのか、と頭に来る。


「今から、新入生歓迎会だって。行くって返事しちゃったけど」

「あ……い、行きます!」


 まぁ、友達作りたがっていたし、当然と言えば当然だろう。


「じゃ、行くよ」

「は、はい……!」


 ……歓迎会の間は、こいつとはなるべく遠くにいよう……なんて思いながら、会場に向かった。


 ×××


「オーキスくん、私はローズ・ゾースガヤ! よろしくね」

「オーキス、俺は図書委員のリスト・ウェスタセダ。図書室使う時、言えよ」

「アタシ、リサ・シンスタージュク。同じクラスだから!」


 と、まぁプッシュが激しかった。ホント、名前が知られているのも考えものだ。

 だが、突っぱねるわけにも行かない。警備隊は市民を取り締まる立ち位置だからこそ、市民に嫌われてはならない。横柄だの、冤罪だの、傲慢だの、そういった評判が立てられるのは良くない。


「うん、よろしくね。ローズさん、リスト先輩、リサさん」


 全て笑顔で答えた。もう夕食は終えてので、机の上にはお菓子が並んでいるが、それらは全て先輩方の手作りか奢りらしい。

 そういう気持ちはとても嬉しいし、その気持ちがある場で悪い空気を作るわけにも行かない。友好的に接していた。

 特に女子生徒が多く周りにいるが……残念ながら、自分女子なんです、と思わないでもない。

 そんな中、また自分の机の近くに一人、寄ってきた。


「クイン」

「? ……あ、リョウ」


 リョウ・エイフール……ドッジボール部の部員だ。今日、悪く言えば正臣とドッジボール部員の、ケンカのきっかけになった男だ。


「大丈夫だった? 今日」

「ああ……悪かったな、変なことに巻き込んじまって」

「平気。僕はほとんど見てただけだから」

「でも、一緒に風紀委員に連行されてただろ?」

「気にしなくて良いよ」


 結果的に、風紀委員に入ることになったし、本当に気にしないでもらいたい。それよりも、こっちの方が気にしている。


「そっちは? ドッジボール部に、何か……」

「三ヶ月部活停止になったけど……正直、先輩達が悪いし、仕方ねえよ」

「そっか……また、何かあったら言って。僕、一応風紀委員会に入ることになったから」

「えー!? そうなのー?」

「一年生で風紀委員会とかすごーい!」


 周囲が盛り上がってしまった。だが……あまり嬉しくはない、むしろ少し不快だった。チヤホヤされたくて入ったとかではないから、元からあまり嬉しくはないのだが……そういう部類の不快さではなかった。

 何せ……自分が入る流れになったのは、正臣のおこぼれみたいなものだから。入部テストのようなものがあるわけでもなかったが、そんな物ですごいと言われたくなかった。


「そんなこと、ないよ」


 あの男には負けたくない、そんな思いが漏れた返事をしてしまった。

 その自分に、リョウがふと気になったように声を掛けてくる。


「そういや、マサオミは一緒じゃねえの? あいつにも詫び入れたいんだけど」

「知らない。どうせ何処かで……」


 と、言いかけて口を紡ぐ。あいつが何処かで何をしているか、なんて想像がつかない。ていうか、ほんと何処にいるのかな、と周囲を見渡すと……ほとんどの学生達が最初に座っていた席から動き、色んなところに集まっている中、一人だけオセロで取られない位置でひっそりとお菓子を食べている奴が目に入った。

 誰も近寄らない……本人も最初に座っていた位置から動いているので、何回か人の輪の中に入ろうとはしたのだろう。

 ……でも、今は一人である。無言でお菓子に手を伸ばし……なんかとにかくクッキーを貪っている。バリボリと。クッキーを鷲掴みして、強引に口の中に放り込んで。

 なんかもう……見ているだけで辛い。


「ああああもうっ!」

「急にどうしたの!?」

「すまない、失礼するよ!」


 そう言って、その場から浮き上がって移動した。万能型で浮くのは得意ではないが、このくらいの距離なら問題ない。そのまま浮き上がって、マサオミの隣に移動した。


「……マサオミ」

「あ……オーキスくん……はは、危ないよ……俺なんかと一緒にいると……」

「え?」


 何の話? と、思ったのも束の間、すぐに死んだ魚のような目で呟いた。


「……俺はどうやら、キレたら何をしでかすか分からないみたいで……その場合、死ぬほど姑息な手を使ってヤンキー三人を死ぬ一歩手前まで追い込む荒くれ者らしいから……」

「……」


 どんな噂が広まったらそうなるのだろうか? こんな見た目は人差し指一本で倒せそうなこの少年を。

 流石に気の毒になる。仮にも秘密を守ってもらっている身としては。

 ……とはいえ、だ。


「あれー? アンモナイトじゃんー」

「四年のヤンキーまとめて蹴散らしたヤンキーっしょー?」

「うわ、ヤバっ……何したらそんな真似できるわけ?」

「ていうか怖っ……」

「ね、オーキスくん。あっちで食べない? 殺されるかもよ?」


 ……顔を知られているのも考えものだ。取り巻きもついてきて、連行されてしまう。

 どうしようか、と考え込んでいると、一緒についてきていたリョウが声を掛けた。


「何してんだお前、こんな隅っこで」

「え?」

「そういや、ドッジボールに興味持ってたよなお前。ちょーど良いわ、色々教えてやる」

「え……あ、あの……」


 話しながら、リョウは正臣の前の席に腰を下ろす。


「い、良いの……? 俺、何するかわからない、らしいけど……」

「いや、この世で何するか先読み出来る人間がいるかよ。話してえこともあるし」


 そう言いながら、リョウはぐいぐいと話を進める。助けられた側だし、人間関係の作り方が病的に不器用なだけで悪い奴ではない事を理解しているのかもしれない。

 とりあえず、自分も三席ほど空けて近くに座る事にした。女である事は言わないと思うけど、何となくどんな話するのか気になって。


「オーキスくん、アンモナイトとどういう関係なの?」

「ルームメイトだよ」

「ふーん……」


 興味ないなら聞くなよ、と思いつつも、正直、噂だけで他人を評価するような人物との会話はどうでも良い。不快にさせない程度にレスポンスを返しつつ、正臣とリョウの会話にこっそりと耳を傾けた。


「まずは……今日、悪かったな」

「え……な、何が……でしょうか……」

「だからなんで敬語だよ」


 クインには「敬語使ったらビンタ」と言っておいたが、リョウには言われていないからだろうか? なんか普通に敬語を使っている。


「俺の所為で、風紀委員に連行されちまっただろ」

「あ……い、いえ! そんな事ないです……俺……僕が、勝手にやったことで……」

「……ペナルティあったんじゃねーの?」

「いや、今回は特に……」

「え、今回は? 前にペナルティもらったんか」

「は、はい……オーキスくんと追いかけっこして、怒られちゃって……」


 ブバッ、と、吹き出しそうになった。この野郎、あのこと言うのかよ、と眉間に皺を寄せてしまう。や、確かに不思議と噂にはならなかった最速魔封シール記録保持だったが、噂にならなかったのならソッとしておけば良い物を……。


「え……ペナルティって……」

「ま、魔封シール……ほら」


 杖に貼ってあるシールをご丁寧に見せていた。


「うわ……お、お前すげぇな……度胸あんのかないのかどっちだよ……」

「や、ヤンキーみたいでドキドキは、しました……!」

「知らねーしいらねードキドキだそれは」


 リョウに同意である。自分もあの時は正直「やってしまった」と思った。それくらいして女である事は隠さなければならない事実だし、後悔はしていないが。

 ……でも、やっぱり警備隊の息子が記念すべき今年度魔封シール第一号とか知られたくない。


「ちなみにだけどよ……やっぱ、クインももらってたん? シール」

「え? あ、あー……」


 言うな、言うなよ……と、思いながら周りの女子と談笑していると、正臣がとうとう口を開いた。


「そ、そんなことないです! その後、杖とかたくさん見学させてくれて、オーキスさん良い人なんですから!」

「……それシール貼るついでに持ってる杖見せてくれただけじゃね」

「あれっ? なんでバレ……」

「はいちょっと集合!」


 ダメだ、こいつバカだ、と思い、杖を抜いて魔法をかけて引き寄せた。


「ちょおっ……な、何……!?」

「ちょおーっと良いかなマサオミくん!?」

「い、良いけど……ど、どうしたの? ……あ、もしかして……バレた? 性べ……ぶっ!」

「黙ってて!」


 口を強引に塞いで、そのまま廊下に出た。こいつ今とんでもないこと言いかけた。

 外に出て、ガッと壁に追い込み、両サイドに手を置いて壁に着く。その間に、自分より背が低い少年を追い込むようにして。

 真上から睨み落とすように眼光をちらつかせると、それはもう思った通りに怯えた目で震えてくれる。


「お前……何でわざわざ言うの、捕まったとか!」

「え……いや、言わないようにしてたんだけど……不思議と勘付かれて……」

「そりゃ不自然の極みみたいな話題変換だったからね!?」

「そ、そうだったかな……」


 この子の国語力が非常に気になるところだった。この国では、義務教育は中学まで。それまでに文学、算数、社会などの魔法とあまり関係ない教科は学び終える。

 それを……果たして、どうやって卒業したのかとても気になる所だった。


「とにかく……あまり恥ずかしいことは言わないで。仮にも警備隊の息子が、魔封シールナンバー1とか笑えないから……!」

「え……あ、ご、ごめんなさい……」


 まぁ……わざとじゃない様子だし、これ以上問い詰めることはしないが……いや、もう一つあった。言うべきことが。


「……それと、さっき危うく口を滑らせかけてたこと。分かってるよね?」

「あ、う、うん。勿論。や、でもあれは滑らせたと言うか普通にその事だと思って……」

「なら、そうだと確定するまで口にするな。バレたら、もうこの学校には居られない」

「う、うん……そ、そんなに……?」

「そんなにだよ」

「でも……俺は正直、オーキスさんが男でも女でも……あんま大差ないけど……」

「……」


 確かにこの男はそうだ。普通、男女が一つ屋根の下だとすれば、もう少しドギマギするだろうに……別にどうでも良いけど、あまり女としての魅力がないのか……別にどうでも良いけど。


「……そんなのは君だけだよ。他の人は絶対に変わるし目立つ。とにかく、その辺、頼むよホント」

「は、はい……」

「まったく……」


 ため息をつきながら、食堂に戻る。とにかく、何にしてもこの男に関しては注意しておかなければならないことが分かった。

 明日から……改めて注意した方が良い。


 ×××


 翌朝、ふとクインはいつもより早く目を覚ました。正直、昨日はあまり眠れなかった。何せ……正臣が強いことが分かってしまったのだ。

 つまり、女とバレた今、襲われたら自分に対抗出来るかは分からない。

 ……まぁ、ホモなの? と思いたくなるほど、女とわかっても何も変わらない男だったので、普通にベッドに入るなり寝息を立て始めたので、安心はしたのだが……それでも、彼の朝は早い。それで着替えを覗かれた。

 つまり……朝早くに襲われる可能性もあるわけで。その不安から、つい早く目が覚めてしまった。

 布団の中から、恐る恐る反対側のベッドに視線を移すと……正臣は起きて上半身裸になっていた。


「ーっ、な、何で脱いでんの!?」

「はうっ!? え……き、着替えでっ、着替えだけど……?」


 慌てて起き上がって、机の上の杖を握りしめて先端を正臣に向ける。


「な、何するつもり!」

「や、だから着替え……」

「その後! ぼ、僕に何かする気だろう!?」

「え……何かって……あ、え、えっちなことって意味!?」

「そう!」

「し、しないよ……! せっかく、母さんが入学させてくれたのに、そんな退学になるようなこと……!」

「っ……!」


 ……マザコンなのだろうか? 真剣な眼差しでこっちを見てくるし、この常にオドオドした男がそれだけまっすぐ見据えてくるなら、嘘ではないのかもしれないが……。


「じゃあ……なんで、こんな早く起きてるの」

「え……そ、それはまぁ……朝練、的な……?」

「……朝練って、魔法の?」

「そ、そうだけど……?」

「……」


 ……意外と努力している。いや、むしろ努力しているからこそ、あれだけの腕前ということだろうか?

 何にしても……こいつに負けないためには、こいつ以上の努力は必須だ。


「僕も行く」

「え?」

「僕も朝練に行く」

「ど、どうぞ……え、一緒に?」

「いや、僕は僕で特訓するから別だけど?」

「あ……で、ですよね……」


 ……なんか少し肩を落とされてしまったが……まぁ、気にする余裕はない。

 そうと決まれば、自分も着替えを……と、思って服を脱ぎ始めた。


「え……あの、俺まだ部屋にいるんだけど……」

「! 見るな!」

「いや攻撃の前に隠したら!?」


 浮遊魔法の押し合いになった。


 ×××


 放課後、少しずつ学校での生活にも慣れてきたクインは、学校が終わるなりトレーニングすることにした。

 何せ、もう入る委員会を決めたし、掛け持ちするつもりはないから、放課後に色々と見に行くつもりはなかった。

 それに備え、自分も正臣に負けないくらいの実力をつける……!


「おーい、マサオミ。お前放課後暇?」

「ひえっ!? あ……は、はい……一応……」

「なら、ドッジボール教えてやるから付き合えや」

「えっ、よ、良いの……?」

「何で誘った側がダメだっつーんだよ。クインも行かねーか?」


 リョウが、自分と正臣に声を掛けてくれた。本当は鍛錬したかったが……誘われた以上は仕方ない。それに、ドッジボールもあれはあれで鍛錬になりそうだし、悪くない。


「分かった。……でも、部活停止中じゃないの?」

「だから、部活以外で練習すんだろ」

「あ、あの……なら、俺は邪魔になるんじゃ……」

「何言ってんだ、練習っつーより遊びがメインに決まってんだろ」

「え……あ、そ、そうなんだ?」

「ほら、いいから行くぞ」


 とのことで、放課後は三人で過ごすことになった。

 ボールはリョウの部屋にある物を使うことになり、一度寮に戻る。

 それを持って出てくると、ふと気になったのでクインがリョウに声をかけた。


「そういえば……昨日も思ったけど、寮暮らしだったんだね」

「ああ、家遠いから。ここのドッジボール部の監督が、今年から選手集めに力入れててな。声かけられて来てみた」

「そうなんだ……」


 道理で、あの四年生達はスポーツをやっている割に素行が悪いと思った。真摯に何かに打ち込んでいる人、と言うのは礼儀や作法も身につく物だ。

 逆に身についていない奴は、確実に「真摯」にはやっていない。結果は出ているかもしれないが、結果が出せなくなれば孤独になるだけだ。


「てか、そっちこそなんで?」

「え?」

「警備隊ウェッジ支部の支部長の息子だろお前? なんで地元にある高校に通って寮暮らしなんてやってんだ?」


 それは……まぁ、自分から志願したと言うのが本音か。一人暮らしくらい経験しておきたいのと、これから男世帯に一人、女として生きていく上で、男子寮での経験は活きると思ったから。

 とはいえ、それを言うわけにもいかないので、適当に返しておいた。


「……いつまでも親に頼っていたくなかったから。本当は食事も自分で用意する寮が良かったくらい」

「なるほどー」

「それより、早く行こう。何処でやんの?」

「確か近くに森公園ってあったよな?」

「ある」


 どうやら、ウェッジ市については割と下調べが済んでいるようだ。そのまま三人で公園に向かった。

 場所は割と近い。森公園は木々が多く生えていて、木製の遊具がついているアスレチックに近い公園。


「懐かしいなー。そこでよく遊んだよ」

「そこでやろうや。ドッジボールはバウンドを活かすから、こちらに帰ってくる可能性が高い場所が良い」

「え、木のバウンドでも出来るの? ドッジボール」

「むしろ、森の真ん中で行われていたのがこのスポーツの起源だから」


 なるほど……と、腕を組んで頷きながら、森公園に向かった。

 しかし、格段に難易度は上がるだろう。何せ、木にバウンドさせた上で動く人間に当てろと言うのだから。

 だからこそ、鍛錬に向いていると思える。

 まずは森公園といっても街に向かう必要がある。そういえば……正臣は街に来るの、初めてのような気が……と、思ってチラリと視線を移すと……それはもう、瞳をキラッキラに輝かせていた。まるで、初めて浮遊魔法で飛ぶことを覚えた子供のように。

 そんなに珍しいのだろうか?


「なんでそんな目をキラキラさせてんの?」

「だ、だって……空飛ぶ箒に、絨毯に……わ、あ、あれは何? かぼちゃのランプ? ……わっ、あれは……手紙が鳥になって飛んで……すごい! 手紙同士がぶつかりそうな時はちゃんと避けて挨拶してる! 可愛い!」


 いつになくテンションが高かった。

 何がそんなに珍しいのか分からない……森の中で住んでいたとは聞いていたが、どんな生活を送っていたのか。

 それは、リョウも同じことを思ったようで、クインの袖を横からチョイチョイと引いてきた。


「なぁ、どうしたのあいつ?」

「森の中で暮らしていたとは聞いたが……ここまで街に慣れていないとは……」

「あーなるほ……いや、せめて手紙くらい分かるだろ」

「来てなかったんじゃない? 猟師だって言うし……」


 それにしては、戦闘中は実にいろんな魔法を工夫して使っていた。あれだけの応用力を三対一で思いつくのなら、街を見たくらいで驚くこともないだろうに……よくわからない男だ。

 なんて思いながら再び目を移すと、正臣は瞳を輝かせたまま自分を見上げていた。


「ね、オーキスくん!」

「っ、な、なんだ?」

「あれ何!?」

「ど、どれ?」


 指差す先にあるのは、六芒星。おそらく何かしらの店の前の道路に巨大な筆型の杖を持った男が描いていた。


「あれはスペル魔法の応用のサークル魔法。スペルに図形を加える事で、人間では本来、不可能な魔法も出せる奴」

「ま、魔法陣的な!?」

「……どっかの地方の古い言い方なのかなそれは?」


 少なくとも自分は聞いたことがないが……何にしても、サークルからおそらく戦闘用の長い杖を生み出す男を見て、テンションは上がっている。

 色んなものに目移りして、様々な物に興味を抱き、今にも好き勝手に走り出しそうなその姿はまんま子供だった。

 ……アレが、自分より強い……と、思うと尚更、信じたくなくなるのに……不愉快な感じは何故かしなかった。むしろ、少しだけ好印象……。


「っ!」


 慌てて首を横に振るう。ダメだ、こいつに気を許しそうになっては。元々、弱みを握られている立場。秘密にしてくれているとはいえ、警戒はどうしても必要になってしまう男なのだ。

 改めて気を引き締めていると、リョウが正臣の首根っこを掴んだ。


「おい待て。いいから公園行くぞ。また今度案内してやるから」


 寮の門限があるから、あまり長くは遊べない。残念ながら、街をのんびり見て回る時間はないのだ。

 それを言われてようやくハッとしたのか、いつものおどおどした様子に戻った。


「っ……ご、ごめんなさい……」

「いや、謝んなくても良いけどよ……」

「また今度、案内してあげるから」

「は、はい……」


 なんで10か0かなのか、この子は。5とか4くらいにバランス良く収まってもらえないだろうか本当に。


「ほら、こっち」

「わ……良い匂い」

「ふらふらしない! 美味しいパン屋なら今度、教えてあげるから!」


 こいつ、危なかしいほんとに。

 さて、そのまま三人で目当ての森公園へ。遊具が少し置かれている場所から少し離れた地点にひらけた場所がある。そこで、ボールを地面に突きながらリョウが距離を取った。


「うしっ、やるかー」

「良いね」


 三人で、とりあえずキャッチボールを始めた。まずは目を慣らすためのキャッチボール。三角形に広がり、ボールを魔法で飛ばし合う。


「そういえばさー、もう入学したけどお前ら好きな子とか出来た?」


 そんな会話がリョウから投げ掛けられるが、自分を誰だと思っているのか。いや、男だと思っているからこそ聞いてきたのだろうが。


「出来るわけないだろ?」

「あー、お前はそんな感じするよな。マサオミは?」

「え? え、えっと……俺もない、かな……?」

「えー勿体ねえ。結構、うちのクラス可愛い子多いのに」


 なんでクインは良いけど正臣はダメなのか気になるが、これも友人との雑談だと思って耳を傾ける。


「お、俺は……そういうの、興味ないから……」

「そんな男子高校生がいてたまるかよ。俺だってお前、ドッジボール部の誘いに乗ったの、二割くらいは『スポーツ推薦って女子からモテそう』みたいな感じあったし」

「不純な奴……」

「うるせーぞ、クイン。……てか、お前だってモテたいとかねーの?」

「ないよ」


 こう見えて女だし、レズでもないし、そんな願望はない。


「ホントかー? だってお前、オーキスの息子だろー? モテるの期待してたりしてねーの?」

「……」


 まぁ……もしかしたら、こういうのが男子高校生のノリなのかも……と、思わないでも無い。中学の時も、学校で結構、その手の話はあったし。

 なら、ここは「本当はモテたい」くらい言っておいた方が良いのだろうか?


「……まぁ、少しは?」

「ほら見ろー!」

「……ぷふっ」


 空気読まずに笑いを吐いたバカにイラッとしたので、リョウから回ってきたボールを加速してプレゼントする。


「うわっ、き、聞こえた!? ごめんて!」

「うるさいバカ」

「お、もうそう言う感じになる?」


 クインが速度を上げたことにより、正臣からボールを渡されたリョウは、クインに速球を飛ばす。

 流石、ドッジボール部に推薦で呼ばれただけあって、それを見事にキャッチングし、また正臣に速く飛ばす。


「も、もうごめんって。そんな怒らないでよ……!」

「おら、マサオミ! テメェも速球来いや!」

「え、いやいいよ……操作するならともかく、あんまり飛ばすの得意じゃないし……」

「つまり、僕はその得意じゃない分野でこの前してやられたってことかい? 煽るねぇ」

「いやそんなつもりじゃ……!」


 あたふたし始める。本当にこっちがストレス溜まっている時に見るとムカつく男だ。

 ひとまず、そんなに速くない球でリョウに渡した後、また速球で自分に飛んできて、クインもぶっ飛ばすつもりでマサオミに飛ばす。

 が、それをあっさりキャッチされてしまった。ムカつく。

 そんな自分の気など知らず、リョウは投げる前の正臣に大声を出す。


「オラ来い!」

「わ、分かったよ……」


 とうとう、観念して正臣はボールを強く射出した。だが、射出の速度自体は自分達と大差ない。本気を出していないのか、それともこれが本気なのか。

 後者だとしたら……やはり、自分でも追いつくことは出来る。

 差があるとしたら、精度と速度。そこを埋めるのに、やはりスポーツは良いかもしれない。

 さて、そこから先はほぼMAXスピードによる投げ合いとなった。三つ巴なだけあって、目でボールの流れを追わないとキャッチ出来ない……が、問題ない。

 そのまましばらく続けていると、リョウがそれを止めた。


「よーし、じゃあやるか。アレ」

「? 何?」

「ここから先は、バウンドボールアリ。……あ、あとボールを投げる方向を変えるのもあり。例えば……今俺は正臣にボールを貰ってたけど、逆に正臣に投げ返すのもアリだ」

「へぇ……」

「あと、お前ら足元に円を書け。そこから出ちゃダメだから」

「え……それ、かなり大変じゃない?」


 限られた範囲内で、取って投げて……というのを繰り返さないといけないわけだ。ビビったら負け、とも取れる。


「これ、ドッジボールの基礎練だから。キャッチに失敗で負けから避けてもダメだかんな」

「え、それ絶対取れないボール投げられたら?」

「だから、目安の代わりに足元に円書かせたんだろうが。投げ手はその円の上にかぶる軌道のボール以外投げちゃダメってルールだ」


 なるほど……面白い。ドッジボールは投げないと勝てないから、まずはやはりキャッチングが必要になるのだろう。


「マサオミも、それで良いか?」

「あ……う、うん……手加減してね?」

「お前に一番必要ないだろ」

「ブッ飛ばす」

「あの……なんで、オーキスくんはそんなに殺気立ってるの……?」


 決まっている。憎たらしいからだ。絶対にあのバカには負けない……と、メラメラと闘争心を燃やす。

 そんな中、相変わらず何も分かっていないリョウが呑気に提案した。


「うーし、じゃあ負けた奴は帰りにポテチ奢りな」


 ……負けたら奢り、のノリは好きではないのだが……これも、男子高校生らしさだ、と受け入れる。


「良いよ。やろっか」

「お、俺も……?」

「当然でしょ」

「なんでオーキスくんが答えるの……?」


 負かすからだ。コオオォォォ……と、息を吸い込んで精神的に戦闘体制に入る。


「うし、じゃあ始めるぞー」


 ゴクリ、と喉を鳴らす。最初の一投目というのは有利な気がしないでも無い。何故なら、自分は安全だから。投げる本人が当てられるなんてことはあり得ない。

 そう思って身構えたが……リョウは山形の緩いボールを寄越してきた。


「何のつもり?」

「いや俺経験者だし。流石に物を賭けてて先手有利で始めるわけにゃいかんわ」

「……」


 理屈はもっともだが、気に入らない点はそこでは無い。


「何で僕に寄越した?」

「そりゃあ……まぁ、マサオミのが強そうだし?」

「ふざけるな! 僕とそいつは同じ立場だから、対等にやらせろ!」

「え……お前が有利になるんだけど」

「それが気に入らないっての!」


 何で自分が下の前提で話が進むのか。それでは例え勝った時「あの時、先手を譲られたから」と言われてしまう。そんなのは納得がいかない。


「じゃあ……マサオミから」

「なんでよ!?」

「お前がなんでよ!?」

「なんで僕が不利を被らないといけないの!?」

「あーもううるせーな! お前思ったより面倒クセーのな!」


 そう言われても、負けたくないものは仕方ない。公平に戦いたいが、負けたくないなんて当たり前である。

 ……そうだ、先手有利なんて実際のドッジボールでも同じだろうし、その時のルールを適用してくれれば良い。


「試合ではどうしてるの?」

「試合じゃ、テイクボール」

「ならそれで」


 とのことで、テイクボールをやる事になった。

 テイクボールとは、真ん中で審判がボールを真上に放って、ボールが最高到達点に達したとき、それを先に取りに行ったチームが先手となる。

 当然のことながら、確保したボールは一度、お互いに陣地に着地してからじゃないと投げられない。目の前にいると瞬殺されてしまうからだ。

 リョウは何にしても先手を譲ってくれるみたいで、自分の陣地と言えるサークルの中に戻ると、クインと正臣の間にボールを置く。とりあえず……正臣より先にボールを取る……!

 浮遊魔法をかけ、真上に放った。

 最高到達点になった時点で取る……! と、身構えつつ、自身へ浮遊魔法をかける準備を終え……そして。


「ここ……!」


 飛び出した。浮き上がり、一気にボールに向かって手を伸ばした……その時だった。正面にいた正臣は動かず、代わりに杖から魔力を放っていた。


「は?」


 本人を飛ばすより、当たり前ながら魔力が何かを浮かせに突き進む方が早い。

 自分が掴むより先に魔力がボールをキャッチ。そして、目の前に的が飛んできたことにより、正臣は魔力で掴んだボールの唐突に方向を変える。

 ボフッ、と頭にボールがヒットした。その軽くヒットしたボールは、綺麗にクインの怒りスイッチを程良い強さで押し込んだ。


「あ、ごめん。まさか頭に当たるとは……」

「そこじゃねえだろおおおおお!」

「えっ、な、何……? ボール取るんでしょ……? むしろ何であの子、突撃してんの……?」

「おまっ、ルール知らねえなら言えよ! 何て真似してんだ……!」

「もういいよ、リョウ」


 ツッコミを畳み掛けるリョウを、後ろから止めた。着地してから肩の上に手を置き、それと同時に地面に転がっているボールを浮かせて引き寄せる。

 手に取りながら、変形魔法で硬度を上げた。


「……いいの、そいつホントもうそいつ……うん、いいの……」

「え、いや何が?」

「良いんだよー、マサオミ? そっちがそういう気なら、こっちはこういう態度で出ますよって話」

「ちょっと待て。もしかしてブチギレておられる?」

「退いて。そいつと引き続きデッドボールする」

「そんな物騒な遊び最初からしてませんが!? ちょっ、マサオミ謝れ!」

「ごめんなさい! まさか頭に当たると思いませんでした!」

「煽るなっつってんだお前は!?」


 戦争を始め、当然のように門限に間に合わなかった。


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