悪目立ち②
体育館の中は、なんか思っていたのと違った。コートのようなものはある。ドッジボールのように二つの陣地に分かれていて、そのコートがさらに二つあって二か所で試合できるようになっている。
二つのコートの間に下がっているのが緑色のネット。学校にある物と酷似しているが、やたらとピン張りされていて、多分ボールが当たればバウンドするって感じ。
正臣が知っているドッジボールには外野が必要なのだが、外野を置くスペースが狭い。ルールが違うのだろうか?
いや、そんな事よりもなんか違うのは……壁がついていたり、空中に人が乗れるくらいの板が浮いていることだ。いや……板というよりむしろ足場な気がする。
それが、両コートに三つずつ。壁が三つに足場が三つ……少年漫画の修行場のようだ。
「ど、ドッジボールって……どうやるの……?」
「お前ルール知らんの?」
「あ、ああ。マサオミは田舎暮らしだから、その辺疎いんだよ」
リョウが半眼になって聞いてきたが、代わりにクインが答えてくれた。
「団体か個人かにもよるけど、基本はお互いにボールを浮遊魔法で射出し合い、身体に当てた方の勝ち。投げられた側は、回避したボールが壁や床、天井に着いてからじゃないとキャッチは禁止ってルールだ」
「へぇ……」
面白そうだ。ボールを直接キャッチにしてしまうと簡単に取れてしまうからだろう。
「楽しそうだな……」
「ちょうど見学期間だし、見てみりゃ良いだろ。俺はもう練習に参加するけど」
「あ……そ、そうなんだ。頑張って……!」
「どうも」
それだけ話すと、リョウは既にいる部員に軽く挨拶して輪に入っていった。
「ドッジボール部か……楽しそうだな」
「意外と体動かすの好きなの?」
「えっ? あ……いやそうでもないんだけど……」
独り言にクインが反応してしまい、少し申し訳なさが出る。実際、別に運動は好きではない。好きだったら、前の世界で引きこもりなんてやってないし。
「ゲーム自体は楽しそうなんだけど……でも、なるべく疲れないなら、かな……」
「お前……なんで運動部にきたの?」
それはそうかもしれないけど……なんかもっとこう、大学のサークルのような緩い感じの部活が良い。
「そ、それより、オーキスくんこそ好きなの? ドッジボール」
「いや、そう言うわけでもないんだけど……リョウが付き合ってって言うから来たんだ」
「え……ど、どうして?」
「さぁ……」
そんな話をしていると、上級生らしき人が部員を集めた。
「よーし、じゃあ始めんぞ」
「うっす」
恐らく、これから始まるのは本当の練習ではなく、デモンストレーション用の見栄え重視の練習だろう。まずは一年生に興味を持ってもらうところからだろうから。
予想通り、部員達は準備体操とキャッチボールだけしてから、派手な練習を始めた。
おそらく、上級生……3〜4年生と推薦組の1年と2年生に別れている。その中にはリョウもいた。
さて、3〜4年生が1〜2年生に向かってボールを投げる練習のようだ。
「……おお……」
ボールを杖の上につけたままコートの中で軽くジャンプし、上にある台座に着地してからジャンプし、杖を向けて発射。ボールは、受け手の下級生が構えている方向とは違う、空中に浮かんでいる台座に向かう。
「あれ、全然違う方向に行った」
「正面から狙っても避けられるでしょ」
「え?」
2秒後には、クインの言わんとしていることがわかった。
台座上に当たってバウンドしたボールは、壁に二度バウンドしたあと、下級生の後ろから背中にヒットした。
「おお……すっご……!」
「バウンドは基礎だよ」
「そ、そうなんだ……詳しいね……?」
「体育でもやるから、この球技」
なるほど、と理解する。つまり、三次元的なドッジボールということか、と理解する。面白そうだ。壁や足場がある理由も頷ける。
その隣から、クインが解説を続けてくれた。
「ちなみに、ルールでは温度魔法の使用も許可されてるよ。光を発して相手の目を眩ませたりも出来るから、サングラスをしたままゲームに臨むことも多い」
「へー……え、それ危なくない、かな……熱々のボールが後ろから迫って……」
「ただし、ボールを発光するのは禁止」
「あ、なるほど」
つまり、壁や床などのみで発光して目をくらませたりするのだろう。
そのまましばらく練習が続いていた時だった。並んで見ていたクインと正臣の間を割って入るように、後ろからドンっと肩をぶつけて入ってくる影。
「うーっす」
「痛っ……!」
金髪をオールバックにした男が、後ろに柄が悪い男二人を引き連れて現れた。如何にもヤンキーといった見た目の人だ。
声を漏らしたクインに目も向けず、その男達は悠々と練習中の輪の中に入っていく。
一応、クインも女の子だし、気にかけておこうと思い、駆け寄って声をかけた。
「だ、大丈夫……?」
「平気だよ。少し肩がぶつかっただけ」
それよりも、とジロリとクインは男達を見上げる。
「あいつらは……」
「や、ヤンキー……ですかね?」
「ああ。ビリー・フォスター……この部の主将だ。あまり良い噂を聞かない男だよ」
「え、知ってるの?」
「入学前に学校のことを調べるのは当然だから」
全然調べてませんでした。なんなら、前の世界で高校を選んだ時も全部親に頼ってました、なんて口が裂けても言えなかった。
その間に、リーダーっぽいオールバックのヤンキー……ビリー・フォスター達は部員に声を掛ける。
「なァんなのこのギャラリー」
「部活見学です。フォスター先輩」
「あー……そォいや今日とか言ってたっけ……メンドくせェ」
目の前で言っちゃうんだ、とドン引きする。4年生、ということは今年で19歳だろうに、とても大人には見えなかった。
こういう身体の成長と心の成長が比例していない奴もいるあたり、前の世界と同じだな、と思わないでもない。そもそも、遅れてきておいて謝罪の一つもないのか。
ビリーは一年生達をジロリと見た後、にやりとほくそ笑む。
もうこの時点で、割とこの部活に入りたいとは全く思っていない正臣だったが、一緒に見て回る、と言ってしまった以上は、クインが動くまで待っていることにした。
「よし、なら今日の練習、前半は軽く入部テストみたいなもんでもするか。見学の一年にも混ざってもらう」
なんか怖いこと言っていた。ボールは前の世界で言うバレーボールと同程度の大きさとはいえ、魔法の勢いで飛んでくる物だ。
入部テスト……全くもって良い予感がしない。
それは元々練習していた先輩達も同じのようで、慌てた様子で声をかける。
「主将、そんな勝手に良いんですか? 顧問の先生に知られたら……」
「良いんだよ。こちとら最後の一年だってのに、ズブの素人に入って来られちゃ迷惑だろ」
すごいこと言っていた。日本の部活は未経験者も歓迎してくれていたと思う。まぁスカウトとかしてる部活らしいし、こういうとこもないわけでもないかもしれないが。
どうする? と言うように、正臣とクインが目を合わせたときだ。
リョウが口を挟んだ。
「待って下さい、先輩。どんな試験にするつもりですか?」
「そォだな……俺とタイマンでドッジボールして、一本でも取れたら許可だ」
「そ、そんなの無理ッスよ! ていうか、素人にやらせたら大怪我するでしょ!」
「怪我くらいでビビるような奴ァ、運動部に向いてねェだろ」
何となく色々と分かってきた気がする。リョウは、このビリーとか言う先輩と他二人が、ヤンキーであることと粗暴であることは分かっていた。
だから、警備隊の息子という肩書きのあるクインに見に来てもらい、友達であることをアピールした。これで、今後の練習が少なくとも理不尽な物でなくなるように……と、こんな所だろうか?
……だが、誤算があった。ビリーが、見学の一年も巻き込み始めたことだ。
流石に自分な勝手な理由で付き合ってもらって怪我させるのは申し訳ないと思い、口を挟んだ……そんなところだろうか?
しかし、それは四年生のヤンキーにとっては地雷でしかない。
「つーか、何お前。俺に意見してんの? スポーツ推薦で来たからって調子こいてんの?」
「っ、い、いえ……」
「あー分かったわ。お前、他に一年がいるからって安全だとでも思ったんか」
これは、もう何度も森の中で味わった感覚。肉食動物が獲物を見つけたときに放つ、不確かなそれの名前は、前の世界では一切、感じることのなかった奴だ。
……そう、殺気だ。それに伴い、反射的に杖が出た。ビリーが杖から浮遊魔法をリョウに放つのとほぼ同時、正臣も杖から浮遊魔法を出し、リョウに向かう白い魔力のオーラにぶつけ、相殺した。
「……あ?」
「あ……」
「ちょっ、何してんだお前!?」
反応したのはリョウ。自分でも何をしたのか分からない。けど……やってしまった。
「あ……いや、えと……!」
「オマエ、何した? 俺の邪魔したか? ん?」
「ひえっ!? こ、怖っ!?」
もう普通に怖いって言ってしまったが、いやでも本当に怖いのだから仕方ない。縮み上がる自分の方へ、ズカズカと歩いてくるビリー。
が、その前にクインが立ち塞がった。
「よせ。練習の邪魔をした非礼なら詫びるよ。……でも、何か良くないことをしようとしていた先輩にも問題があると思いますが?」
「お前……どっかで見たことあるツラだと思ったらオーキスか?」
「僕が誰かなどどうでも良いでしょう。まるで見学者を追い出したい、と言うような言種でしたが、仮にも見学期間にそれはあんまりなのではないでしょうか?」
「オイオイ、相変わらず良いとこで育ってるお坊ちゃんは分かってねーな。……理屈なんざどォでもいいわ。殺すぞ」
そう言いながら、ビリーは今度は物理攻撃できた。距離感的には拳のほうが早かったのだろう。目の前のクインに拳を振るうが……正臣がクインごと魔法で後ろに下がって避ける。
「むおっ……ま、マサオミ……!」
「だ、ダメだよ……オーキスさ、くん……あの人、頭悪そうだから……その、口で言って止まるタイプじゃ……」
小声で言ったつもりだった。しかし、ゴォっと眉間に皺を寄せて殺気をアホほど放ったビリーを見て「やば」と反射的に理解した。
「聞こえてんぞクソガキコラァッ!!」
「ひぃっ!?」
「挑発してどうするの……!」
「そ、そんなつもりなかったんだけど……」
て言うか、何でいちいち大きい声を出すのか。
正直に申し上げるなら……脅してる暇があるなら、さっさと暴力に出てくれた方が、こちらも正当防衛にしやすいというものだ。
とはいえ、もう手は出された。ビリーは足元に転がっているボールを蹴り上げると、杖の先端につけ、温度魔法と同時に浮遊魔法を放ってきた。
それに合わせて、正臣も前にいるクインを横に退かし、杖を抜いた。
真横に浮遊魔法を振るってボールを打ち払い、その場で浮かび上がって、空中の台座の上に乗った。
「ゴウ、キッド! あのガキ殺せ!」
「おうよ!」
さらにヤンキー二人が浮いてきて、合計で三人が掛かってきた。
「! 下級生相手に三対一とか……ふざけるな!」
浮かび上がろうとするクインが見えたが、喧嘩の人数を増やせば被害も増える。
マズイ、とすぐに思い、足元の台座に変形魔法を掛け、ロープの形にする。
「余所見してる場合じゃねェぞ!」
真下から飛んでくるのはボールの流星群。一々、温度魔法で加熱しているお陰で殺傷力は高そうだが、当たらなければどうと言うことはない。
それらを回避しながら、空中でロープ状にした板にスペル魔法をかけ、そして浮遊魔法で飛ばした。クインに。
「ちょっ……!? な、何して……!」
「だ、大丈夫……!」
このくらいなら、イエティの方が強い。三人がかりで来る弾幕を回避し続ける。浮遊魔法は狩人として生きる中で一番、重要な魔法だから、攻撃の回避は一番、磨いた。
「ちっ、野郎……化け物かよ!」
「ちゃんと狙え!」
「分かってるわ!」
怒号が聞こえるが、キマイラとかの咆哮の方が耳にくるものだ。
この狭い空間、囲まれないように立ち回るのは簡単だ。バウンドによる奇襲が面倒だが、一度バウンドすれば威力は落ちる。
そのボールを捕らえた。それにスペルを記し、そして……放った。
向こうはおそらくドッジボール部のクセで投擲しかして来なかった。……お陰で、こちらのスペル魔法に気が付かなかったらしい。
「なっ……!?」
向かった直後、変形魔法と浮遊魔法で後を追われた上にロープ状に変化し、体に巻き付いた。最後に、身動きが取れなくなったところで近くのボールを手首に当て、杖を手放させる。
「! キッド!?」
「気を付けろ、あいつスペルも使ってくんぞ!?」
「チッ、その上、書くのも速いか……こっちも本気だ、さっさと片付けんぞ!」
「おうよ!」
やる気になったのは良いけど、やる気を出すほど恥をかくだけだ。
左右を挟まれ、浮遊魔法を飛ばされるので、こちらは魔法を切って床に自由落下。それを読んでいたように、二人とも落下して後を追いつつ、再びボールを武器にする。
二人ともボールを放つ。迫ってくるのは一つだけ。
それを回避すると、背後からバウンドする音が聞こえ、真上に避ける。
が、その先に片方が別のボールを放ってくる。そのボールに、別のボールに魔法をかけてぶつけて弾いた。
直後、床に杖をつけているビリーが目に入った。
「!」
これはまずい、と真上を向いて浮き上がった。だが、発光しない。フェイント、とすぐに理解した直後、ボールを飛ばされた。
タイミング的に避けられず、浮遊魔法をボールに向けて放ってガード。
「そこだ!」
その直後、ビリーが直接こちらに魔法を放った。こちらもそっちにもう一本の杖で魔法を放ち、押し合いになる。
杖なしで魔法を使えることをバレてはまずいため、自身にかけていた浮遊魔法を切った。地上にいる二人の上級生と浮遊魔法の押し合いになった為、体は浮いてしまう。
「ははっ、どォしたよ。押されてんぞ!?」
「謝んなら今のうちだぞ、一年坊主!」
「っ……!」
そう言う通り、浮遊魔法と浮遊魔法の衝突点は、少しずつ正臣の方へ押し込まれてしまう。ただでさえ年齢差がある上に、体格にも差があって二対一のため、勝てる道理がない。
「……仕方ない」
ため息をついた。博打ではあるのだが、やってみないと分からない。
片方の杖の中継点にはボールがある。これを利用する。
少しずつ、左右の押し合いを内側に逸らしていった。幸いにも、こちらが押される側なので、狙いを達成させるのに苦労はしなかった。
横からボールの中継点を何も挟んでいないビリーとの中継点にぶつけた。
これにより、合計四本の杖からの浮遊魔法がバレーボールに加わり、破裂する。力を加えられていた物体が破裂した事により、魔法が一瞬だけ途切れた隙に、押し合いから脱した。
「何っ……!?」
「よしっ……!」
その隙に、正臣は自分に浮遊魔法をかけながら、浮いている板に魔法をかけ、落とされた先にいるのは、ヤンキーの二人目。
「うおっ……!」
落とす、というよりそれで殴った感じだ。気絶させ、残りはビリー一人。床に降りて見据えると、ビリーも負けじと睨み返してくる。
「テメェ……!」
すぐにボールをこちらに飛ばしてきた。それをキャッチしつつ、杖の先端で触れ、変形魔法をかける。ロープ状にしつつ、片方の先端に錘を作るように丸く膨らませ、もう片方は輪っかを作り、そのまま弾き返した。
魔法で迎撃しようとされたが、こちらは浮かせたまま相手に近寄らせているので、その魔力を避けさせ、ビリーの腕ごとを巻きつけ、先端の輪っかに反対側の先端の錘を入れて縛り上げた。
そして最後の仕上げ。近くのボールで杖を離させた、
「ふ、ふぅ……終わった……」
対人戦は、修行時のセレナを除くと初めて。逆に言えば、セレナとはもうガンガン戦っているし、学生三人程度ならどうとでもなる。
杖をポケットにしまい、軽く一息つく。ふと周囲を見ると、いつの間に避難していたのか、ドッジボール部の面々は出口に集まっていた……それは、身体にロープを巻かれているクインもだ。……あ、あれ解かないと。
「ご、ごめん! オーキスくん……今、それ解くね」
「あ、ああ……」
慌てて駆け寄って、杖を当て、紐から元の板に戻して拘束を解除させる。
「き、君……何なんだ?」
「え……あ、ご……ごめっ……じゃない、えと……同級生、です……」
「……」
……暴れ過ぎ、だろうか? ドッジボール部の面々でさえ、少し恐れた表情で自分から距離を置いている。
よくよく考えれば、ヤンキー三人を蹴散らした一年生……ルーキーとルビを振ればカッコ良いかもしれないが、それで満足するのは正臣だけ……。
「テメッ、これ解け! 殺すぞコラァッ!?」
「ひぃっ!?」
そんな中、怒号が耳まで届いて、思わず肩を震わせ、そのままクインの背中に隠れてしまう。
「なんでだよ! あれだけ打ち負かして何処にビビる要素が!?」
「全くだぞテメェ! ビビってるふりして煽ってんのかコラァッ!」
クインとビリーの両方から怒られるが……怖いものは怖い。
「だ……だって……あの人、顔怖いし声大きいし厳ついし……ビックリするから……」
「お前おかしいよ」
「な、何その直球のセリフ……ていうか、もう行こうよ……俺、ここにいたくない……」
「っ……そ、そう……」
ちらりとクインはリョウを見る。リョウが頷いたので、そのまま出て行くことにした。
「では、僕らはこの辺で……」
なんて話している時だった。体育館の入り口に風紀委員のバッジをつけた生徒が何人か入ってきた。その先頭には、グレイス・マグナスの姿がある。
「動くな。喧嘩の通報があって来た」
「げっ」
「……またお前らか?」
そう言ったグレイスは、まずクインを見た後、正臣に視線を向け、そして最後に拘束されている二人と板の下敷きになっている一人を見る。
マズイ、と思ったので、慌てて正臣は窓を指差した。
「は、犯人は窓から逃げました!」
「よし、連行だ。二人とも」
「僕もですか!?」
連行された。
×××
「正直に言うと、初めてだぞ。入学一週間以内、二日連続でここに連れて来られる奴は」
「うっ……」
「もしかして、ここ気に入ったのか?」
「す……スミマセン……」
酷く怒られていた。その横から、クインが口を挟む。
「違うんです、グレイス先輩。彼は、攻撃されようとしていたドッジボール部の友人を助けようとしたのです」
「ああ……大体、察しはついている。あの部活の四年は素行の悪さで俺達も手を焼いてたからな」
ついてるんだ、とホッとしてしまう……が、すぐにグレイスは厳しい表情のまま続けた。
「……とはいえ、昨日の今日で手を出す喧嘩っ早さはいただけないのは分かるな?」
「は、はい……」
「その上、一人は病院に搬送された。三人がかりだから加減が効かなくなるのは分かるし、お前から手を出したわけでもないし、その他諸々の事情を考慮した上で不問にするが……反省する事は忘れんなよ」
怒られてしまった……と、肩を落とす。……でも、もっと硬い人だと思ったのに、意外と不問になったのはありがたかった。
「じ、じゃあ……俺もう行きますね!」
「いや、もう少し待て」
「えっ」
「オーキスもだ」
「僕もですか?」
「一応聞くけど、お前ら二人であの三人を倒した、で間違いねえな?」
「あ、いえ。僕は何もしていません。やったのは彼一人です」
「……何?」
尚更、キュッと目を細められる。そして、何を思ったのか、静かに語り始めた。
「……これは、別に強制するわけじゃねぇ。だが、敢えて勧誘させてもらうぞ。お前ら、風紀委員に入らない?」
「え、ぼ、僕もですか?」
「お前もだよ。コミュニケーション苦手っぽいし、知ってる奴もいた方が良いだろ」
「え……あ、あの……」
風紀委員……と、冷や汗をかく。なんか……大変そうだ。
「な、なんで俺達……?」
「強いからだ。お前ほどの実力者なら、学校の風紀を保つのに力になってくれると踏んだ」
「えー……」
委員会……いや、それも友達作り的にはありか、と一瞬、思ったが……ダメだ。何せ昨日も連行されているのだから。グレイスはともかく、他の委員の人達には、また浮かされてハミられる気がする。
お断りしようかな……なんて思っている時だ。
「僕は良いですよ」
「えっ!?」
「この男には借りがあるので」
借り……ああ、女子であることを隠すことだろうか? それを除いても、警備隊の仕事に就く上で、それっぽい経験はしてみたいという事だろうか?
まぁ……クインがいてくれるなら、自分も入っても良いけど……根本的なことを聞きたい。
「ふ、風紀委員って……どんな事をするとこなんですか?」
「……ん、そうか。そういえば、まだ委員会について説明してなかったな」
そう言うと、奥にあるホワイトボードを魔法で引き寄せ、杖で書き始めた。
「風紀委員会は、校内の風紀を正す委員会だ。その為、権限がいくつかある。それが、この前お前らの杖にも貼った魔封シール。それと、ケンカに介入できる権限も得られる」
「す、すごい権限ですね……」
出た、アニメや漫画特有の生徒会や風紀委員が持つ謎権力。まぁ、異世界だから常識も教育も違うんだろうけど、にしてもすごいなーと思う。
「別に、普通だろ? 先生達にだって手が回らない問題児もいるし、生徒の中でも余裕ある奴が助けてやんねーと」
「え……で、でも……そういうのって、生徒は悪用するんじゃ……」
「記録魔法があんだろ。自分が見た物を具現化して出す奴。シールを貼られて意義がある奴が来たら、それを責任者の風紀委員にさせれば良い。拒否されりゃ、何かやましい事があると踏んでアウトだ」
なるほど……と、記録魔法の使い方を何となく理解した。そう考えると、目撃者さえいれば逮捕は簡単になるので、犯罪を犯す人間は基本的に頭の良い奴しかいなさそうだな、と思わないでもない。
「そもそも、委員会というものが、大昔に学生が考えたもんらしい。学生が教員の手助けをするために創られて、それが学校に組織として認められたんだよ」
「……それに何の得が?」
「損得の問題じゃねんだよ。お前が教員に世話になってると思うかどうか、だ」
「でも……その、クラスで……何人かが、選出されるんじゃない、んですか……?」
「違う。部活と同じで、入りたいと思った奴が委員会に来るようになっている」
すごいな、と少し感動する。そんな風に自主的に動く文化が今でも根付いているなんて。
多分、先輩方がちゃんとどういう伝統なのか、どういう組織なのかを継承し、後輩が理解して引き継いでいったからこそだろう。
……まぁ、そもそも目的が違うと言うのもあるが、強制的にやらせている上に「内申点」などという餌をぶら下げている元の世界とはえらい違いだ。
「話を戻すぞ。具体的に校内の風紀をどう正すかだが、具体的な活動はない。学祭や体育祭などのイベントがある日にパトロールはするが、後は自由だ」
「え……そ、そんなものなんですか?」
「風紀委員会五か条、と言う指標はあるが、それに背かない限り、俺達風紀委員だって一般生徒だ。あまり大きな顔をすべきじゃない」
それはその通りだけど……と、ガツガツ行く割に弁えていて驚いた。
「俺達にあるのは喧嘩を仲裁する権利と、魔封シールを貼る権利だけだ。最初に行っておくが、やりすぎれば風紀委員にもペナルティはある」
「……ち、ちなみに……もし、今回の件……俺が、風紀委員だったら……」
「セーフ……と言いたいところだが、正解は応援を呼ぶことだな」
「な、なるほど……」
理解した。要するに、喧嘩を見つけたら、やり過ぎなければ介入し、裁く権利が与えられる、と言うところか。
前の世界であれば怪我でもすれば秒で問題になるところだが、この世界は怪我に関してはドライのようだ。じゃないと、そんな割と危ない真似はなかなか出来ない。
「で……どうする?」
「え?」
「お前は、やるのか? やらないのか?」
「……え、えと……」
要するに、いつも通り。仕事をするもしないも自分次第、おそらくだが教員からの評価はない。時間は取られるかもしれないけど……でも、せっかく通わせてもらった高校だ。楽しむために努力しないと、セレナ申し訳ない。
「や、やります……!」
「……うし、分かった。じゃあ部活の見学期間が終わったあと、ここに来い。顧問の先生に話しておいてやる」
と、いうわけで、二人で風紀委員会に所属することになった。
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