授業

 記念すべき最初の授業。2組の授業は、物体浮遊の授業だった。

 基本的にこの世界の学校は実習授業が多いようだ。まぁ当然と言えば当然なのだが、日常生活を便利にするような発明をするには、エルフやドワーフなど誰でも使えるわけではない魔法を使える面々でないと無理、という風潮にあるようだ。

 それが事実か否かは分からないが、実習ばかりの授業が示している気がする。働くには、まず使える魔法を完璧にしなければ、という教育方針を感じる。

 今日の物体浮遊も、校庭での実習だ。浮遊魔法を使った授業も三種類あり、物体浮遊と飛行浮遊と防御浮遊の三つ。早い話が、自分以外を浮かせるか、自分を浮かせるか、自身に襲い来る危機を浮かせるかのどれかということだ。


「えー、では皆さん。はじめましてー。物体浮遊担当、アイザック・アップルです」


 そう言うのは女性教員。年齢は30代前半くらいだろうか? 地毛っぽい茶色の天然パーマの女性だ。なんかこう……ホワホワした空気を纏った人だ。

 それより、手に持っている馬鹿でかい杖の方が気になる。上に向けている方が太く、クリスタルのようなものが埋め込まれている。

 自分が買ってもらった枝みたいな杖より、あのタイプの杖の方がゲームに出てきそうな見た目だ。


「本日より皆さんの授業を受け持つ事になりましたー。自己紹介……は、名簿あるんでいいや。とりあえずざっくり授業について説明しまーす。その後、早速授業に入りたいと思いまーす」


 との事だ。その方がありがたい。

 そんなわけで、耳を傾ける。基本、どの授業も試験中間と期末試験で成績は決まる。赤点は50点未満だが、一年生のうちはどちらか片方が赤点だった時点で夏休みに補習らしい。

 魔法がそれなりに使えないと人権なんてない世界にさえ見えているので、それくらい厳しいのは当然と言えば当然だろう。

 さて、何にしても一年前期の試験くらいどうって事ない。


「じゃあ、授業始めるねー」


 とのことで、アイザックは手に握っていた杖で、トンッと地面をつく。直後、地面が盛り上がった。浮遊魔法を地面に真下へ向かって放つと、逆に土は盛り上がるらしい。

 盛り上がった土は、かなりの大きさだ。運動会の大玉転がしに使う大玉くらいのもの。

 それを、15個作り出した。


「みんなには、これからこのデッカい土の塊でキャッチボールをしてもらいまーす」


 キャッチボール……こちらの世界のキャッチボールはルールが違い、魔法で行われるものだ。これはセレナともトレーニングの代わりでやった。

 飛んでくるものに対し、手……或いは杖で受け止めた後、浮遊魔法で跳ね返した直後、魔法を解除する。物体にかかる勢いだけで相手に飛ばすのだ。

 早い話が、浮遊魔法で投げ合うこれは、慣れるまで割と簡単では無かったりする。

 ちなみに、後半からは7〜8メートルくらいある丸太5本とかで自分と浮きながらやっていたので、こんな土の塊くらい割と余裕だったりしたが。


「今、先生が出した土ボールのサイズは、全て把握していまーす。今から好きな人同士で組んでキャッチボールをした際、そのサイズを少しでも減らさないようにすることー」


 なるほど、と理解。大きいものが空中から降りて来るのを防ぐと共に、受け止めるものを崩さないようにする繊細さも大事らしい。

 浮遊魔法をかけたものは、可能な限り魔力で包まなければ崩れてしまうことも多いから。


「じゃあ、まずは誰かと組んでねー」


 そう先生が言った直後、思わずハッとした。あれ……そこ自由なの? と。いや、冷静に考えればわざわざ強制される必要はないわけだが。

 なんにしても……アンモナイトなんてあだ名をつけられてしまっているし、自分を噛んでくれる人なんて……。


「シルア」

「っ!?」


 そんな中、声を掛けられる。顔を向けた先にいるのはクイン。引き攣ってこそいるものの、自分に声を掛けてくれていた。


「僕と組まないか?」

「え……い、良いですけど……」


 なんで……? と、小首をかしげる。嫌われていたはずなのに……と、少し怪訝に思っている中、肩をガッと掴まれる。


「な?」

「え、あ、は、はい……」


 いや良いって言ったじゃん、と思いながらも、従って岩を浮かせて距離を離す。周囲からも「あ、アンモナイトとオーキス君が?」「もしかして、友達になったのかな」「それとも弱みでも握られてたり……」なんて声が聞こえる。

 弱みなんて握ってないよ……と、思いながら、キャッチボールを始めた。


「じ、じゃあ……い、いきます……!」

「うん、来い」


 声をかけて岩を放ると、それを綺麗にキャッチする。上手い。

 そのまま今度はこっちに返ってきてキャッチした時だ。岩に文字が浮かんだ。


『性別のこと、誰かに言った?』


 ……そうだった、握ってしまっていた。弱み。あの後、ぶっ飛ばされた後は戻るのに手間取って会話する隙がないままこの時間になったが、この人は女性だったのだ。

 わざわざ自分が女であることを隠しているあたり、何となく闇の深さを感じないでもない。

 とりあえず、返事を書かないと。相手が泡を受け止めた時を条件とするスペル魔法、この程度なら簡単に作れる。


『言ってません』


 シンプルにそれだけ書いて送った。その直後、また返ってくるので、杖を当てて受け止める。


『嘘をつくな。男子寮に女子がいて誰にも言わない学生いないから』


 疑われている……少し目を逸らす。だが、冷静に考えて欲しい。自分には言う相手がいない。


『ついてないです。言う友達がいないので』


 こういう時、ボッチなのはありがた……いやありがたくねえよ、とすぐに自身の意見に反旗を翻す。


『それをネタに友達を作ろうとしてたかもしれないよね』


 酷い、とまた肩をすくめる。とはいえ、反論の余地はない。自分も同じ立場なら疑って掛かっていた事だろう。

 何か返事をしないと……と、思いながらも、現状は弁解するしかやることはない。


『してません』


 その直後、またすぐに返ってきた。心なしか、威力が上がった気がする。


『正直に答えないと、今日一日付き纏うよ』


 なんだろう、そのストーカー宣言。……いや、けどそれはチャンスなのではないだろうか? 何せ、ずっと付き纏われるということは、友達になれるかもしれないと言うことだから。

 つまり……ここは、特に詳しいことは言わず「してない」の一点張りがベストだろう。


『話してません』


 返すと、すぐにまた返ってくる。心なしではない、明らかに威力が上がって帰ってきている。


『良いよ、そっちがそのつもりなら、こっちにも考えがあるから』


 付き纏ってくれる! と、少し嬉しくなる。母さん、今日こそ友達作るよ、とウキウキしてしまった。

 もしかしたら……一緒に食堂に行くとか、廊下を歩きながら次の授業の確認とか、トイレに立ち寄るとか、そういうイベントがあるかもしれない。

 ここは一つ……その時が来た時のために、親切心を表に出しておこう。


『男子トイレの入り方分からなかったら教えてあげますよ!』


 それを送った直後だ。これでもかというほどの豪速球が飛んできた。イエティの木の投擲ほどの威力ではないので、楽に受け止められた。


『ブッ飛ばす』


 あ、あれ、怒らせてしまっただろうか? 流石にトイレはデリカシーなかったかもしれない。

 謝らないと……それと、他の代案も考えよう。それと、もう今日の予定を一緒に立てているようなものなのだから、マイルドに顔文字とか使った方がフランクかもしれない。


『すみません! じゃあ、男子更衣室で目立たずに着替えられそうな場所、一緒に探します(^^)』


 さらに前の投球を超えた一撃が飛んで来た。杖で受け止める方が慣れていない正臣としては、事前に杖での魔法の使い方も予習していなかったら危なかったかもしれない。


『ブッ殺す』


 なんか……さっきから悪化しているような……土の塊が大きくてクインの顔は見えないが、どんな顔して投げてきているのだろう? と、恐る恐る土をどかして顔を見ると、それはもうブチギレておられていた。

 普段のイケメンフェイスなど何処にもなく、眉間にシワを寄せ、目を大きく見開き、額や頬に青筋が浮かんでいる。


『あの……もしかして怒ってます?( ^ω^ )?』


 こっちはあくまでも緩やかに放物線を描いているような軌道で返しているのだが、向こうに着いた直後、ストレートで帰ってくる。まるでピッチャーとキャッチャーの投球練習だ。


『次、その顔みたいなのを入れて来たら部屋で覚えとけよ』


 お気に召してなかった! と、冷や汗をかきながら、慌てて返事をした。何か謝らないと……怒らせてしまった。


『すみませんでした。怒らないで下さい』


 その一言は、端的に言って地雷だったのかもしれない。何が悪かったのかわからないけど、向こうの怒りは頂点に達した。

 ボッ、と加減というものを失った土の塊が放たれた。が、見てわかった。全体を囲む魔力のオーラが甘い。

 浮遊魔法で物を持ち上げる際、大きな物を持つ必要がある時ほど、魔力で物を満遍なく包む必要がある。逆に軽いものの場合は一部でも良かったりするが、目の前の土の塊は巨大だ。

 にも関わらず、まだ包みきっていないのに全速力で飛ばしたら間違いなく砕ける……。


「あっ」


 案の定、土の塊は崩れる。土の塊は三つに分かれてこちらへ飛んでくる。細かい破片をカウントしたらキリがないが、とりあえずこの三つを受け取ればそこまでサイズは落ちないだろう。

 杖で浮遊魔法を使う時は、非常に不便なことに杖一本につき動かせるものは一つだけなのだ。

 正臣も素手で魔法を使うわけにはいかない今、三つが飛んできた場合の対処策は一つしかない。


「よっ、と……!」


 その為にも、飛んできた中で一番右側の物に魔法をかけ、真横に移動させた。他の土と重ねて改めて魔法をかけ直す。

 動かせるものは一つ、という範囲は、物と物がくっ付いていれば一つとしてカウントされる。早い話が魔力で括れるなら問題ないのだ。

 三つの土の破片をくっつけた状態で浮かせた。


「ふぅ、セーフ……」


 授業中の態度や評価は成績に響かない……とはいえ、この手の遊びで失敗するのは嫌だ。

 何とか土の塊をキャッチを完了しつつ、投げ返そうとした時だ。


「君、やるねー」

「えっ? あ……ど、どうも?」


 後ろから声をかけてくれたのはアイザック先生。というか、アイザックって名前で女性なのすごいな、と思わないでもない。

 ……というか、だ。気がつけば他の生徒達の注目も集めてしまっていた。


「え……な、なにこれ……」

「名前はー?」


 思わず漏れた呟きにも反応せず、アイザックは間伸びした声で聞いてきた。

 だが、さっき自己紹介飛ばしたし、名前くらい分かるのではないだろうか?


「え……め、名簿があるのでは……?」

「ほほう? そうやって皮肉な返事するー?」

「あ、いやそんなつもりは……すみません。マサオミ・シルアです」

「……君がシルアくん、か」


 そう言われ、少しだけキョトンとする。自分のこと、知っているのだろうか?


「あの、俺のことを?」

「うん。……ここだけの話、入学時の魔法試験、トップなんだって?」


 わざわざ耳元で囁くように言われたが、初耳だ。


「え、そうなんですか? でも、新入生代表の挨拶、他の人でしたよね」

「うん。家柄の問題でね」


 それは何となく理解出来た。文化のことはよく分からないけど、もしかしたら家柄のいざこざが成績とかに反映してきたり、というのも十分あり得た。

 ……とはいえ入学式であんな挨拶をしていた校長先生らしくない気もしたが……いや、この高校にはセレナの知り合いもいるらしいし、正体がバレるのを気にしてそのようにしたのかも。


「とりあえず、今日の授業はみんなの力が見たいだけだし、その割れたボールで遊ぶのは無しね。危ない」

「あ」


 トン、と杖で突かれ、そのまま崩れ落ちてしまう。


「終わりかー……」

「ふふ、君みたいな教えることが無い生徒がたまに来るんだよねー。お陰で私も楽出来るさー」

「え?」


 なんて話し終えた直後だった。ワッ、と周囲で見ていた生徒が集まって来た。

 え、え……何事? と、周囲を見渡す。クラスメート達が声を掛けてきた。


「アンモナイト! お前、魔法上手いんだな」

「どうやったの最後の。教えてよ」

「ていうか、オーキスくんの豪速球全部取ってなかった!?」

「マンガネフティスマンガネフティス」


 な、何事!? と、狼狽えてしまう……ていうか最後の、何の呪文? と眉間に皺を寄せる。

 そんなにすごいことをしたのだろうか? いや、もしかしたらしたのかもしれない。何せ、セレナから事前に聞いていた。自分の魔法は入学したての学生レベルではない、と。

 疑っていたわけではないが、こうして周りに人が集まって来ると本当であったと実感する。

 つまり、これは……あれを言う絶好の機会……!


「……あ、あの……お、俺何かやっちゃいました……?」

「何、すごいこと自覚してないの!?」

「簡単に出来ることじゃないから!」

「気のせいかな、なんかやたらと白々しかった気がする……」

「マンガネフトゥリアマンガネフトゥリア」


 こ、これは確かに気持ちが良い……! と、感動した。自分で努力して得た力が、褒めちぎられるのは最高だ。

 そして、自覚してないフリをする気持ちもよく分かってしまった。自分で得た力だからこそ、謙遜してあまりオープンに「すごいだろ!」とは言えないのだ。

 これはしばらくクセになりそう……というか、異世界の人達はすごいと思ったものには素直に賞賛してくれることも少し嬉しかった。

 前の世界だと、嫉妬されてボロクソ言われるのが目に見えているから。


「ね、それでどうやったの?」

「なんかコツとかあんの? あの勢いの魔法受け止めるの」

「えっ? あ、そ、その……」


 何か言わないと……と、頭の中で言葉を模索するが……しかし、コツなんて考えたこともない。

 いや、ないこともないが、自分の場合は素手で魔法を使った時を参考にしている。

 素手で浮遊魔法を使うのは、手から魔力を出すのに慣れた後は、腕が伸びて手が巨大化しているのを想像し、本当に掴む感覚だ。それでも隙間は出るわけだが、その隙間は魔力で補強するだけ。これにも慣れれば、腕を伸ばす想像さえ必要なく、普通に出せるようになる。

 杖の場合はそれを応用し、杖の先端から手が出る想像をし、掴み、隙間を埋める。それを瞬時にやるだけだ。

 だから、手で掴むような感覚が出来ないと厳しい。従って、こう言うしかなかった。


「れ……練習あるのみ、かな……」

「「「……」」」


 言った直後、一気に周囲がシンっと静まり返る。言ってから自分も思った。今の……少し、嫌味ったらしい言い方だったかもしれない。「人に聞く前に練習しろ」みたいな。

 案の定、周囲の人間は一気に白けている。


「はぁ……教える気ないって」

「何今の言い方」

「遠回しに言うなっつーの」

「エロイムエッサイムエロイムエッサイム」


 一気に解散された。

 ポツン……と、一人残されるしかなくて。これって、みんなから殴られるよりキツいよね、としみじみ思った。


 ×××


 次の授業は温度魔法。この魔法の授業は筆記授業になる。

 温度魔法はシンプルな効果だからだ。触れたものを熱するか、冷やすか。杖でやる場合は、杖の先端で触れた物。

 だからこそ、魔法そのものより「何を冷やすか」「何を温めるか」が授業の本題となる。

 それでも一応、実習の授業もあるが、今日は筆記だった。


「温度魔法筆記担当教員、アルバ・ライトニングだ」


 立っているのは若い白衣の男。白髪のボサボサな髪と、半開きの目。アイザックと比べるとホワホワしたというより単純に粗暴に見える。これが異性の差か、と思う。


「じゃ、出席取るぞー」


 だが、同じズボラでもこっちの人は比較的、真面目のようだ。ちゃんと出席から始まる。

 クラスメートが返事をする中、自分の番になったら同じように返事をする……ちなみに、後ろの席にはクインが座っている。


「……」


 視線を感じる……ジトーっとした視線。着替えシーンを見てしまった事もあり、性別の偽装に気が付いたからだろう。キャッチボール中もやたらと問い詰められたし。

 だが、本当に自分は何も言っていない。そもそも、いきなり「ねぇ、オーキスさんのルームメイトなんだけど、あの人女の子だったよ」なんて言って信用されるわけがない。今の自分はアンモナイトとか呼ばれているのだから。

 いや、むしろ、だ……。


「オーキスくん、アンモナイトと同じ部屋なんだって……」

「ね……なんか可哀想……」

「ていうか、なんなら守ってもらえると思ってんじゃないの? ルームメイトだからって」


 むしろ嫌われていた……少し泣きそうなくらいボロカスに言われていた。そんな奴が何か言ったって、そもそも信用さらされないどころか「人気者の評判を落として自分が人気になろうとしてる」と思われそうだ。


「……はぁ」


 ……高校デビュー失敗する奴ってこんな気持ちなのかな……と、肩を落とす中……後ろからヒラヒラと紙のツルが飛んできた。


「?」


 自分の机の上に降りてくると、紙は開かれた。なにかと思って中を見ると、文字が綴られている。


『で、誰に言ったの?』


 まだ聞いてくるか! と、半眼になってしまう。自分もだいぶやらかした自覚はあるけど、こいつもかなりしつこい気がする。


『誰にも言ってないです』


 そう書いて、同じように戻す。が、すぐに戻ってきた。


『嘘はいい。さっさと言ったほうが楽になる』

『ほんとに言ってません』

『まだ惚ける気?』

『惚けるも何もないんですけど……』


 そんなに自分という人間は何で周りに言いふらす男に見えるのだろうか?

 というか、いい加減にしないと、追っていた紙がシワシワになってしまう。スペル魔法は書いて条件を満たせば消えるからスペース的には問題ないが、それでもくしゃくしゃになり過ぎて文字を書いている間に避けてしまうかもしれない。

 ……でも、こうして近い席で手紙の回し合いとか少し憧れていた。前の世界では、手紙のやり取りには混ぜてもらえなかったけど、手紙の内容には名前が出ていたらしいから……主に、嫌いなクラスメートランキングで……おっと。死にたくなってしまった。思い出すのはやめよう。

 そんな中、また手紙が手元に来た。中を開いた直後だ。その紙に、ズボッと高熱を帯びた燃えた石のような物体が直撃し、燃やしてしまった。


「このように、コソコソと筆談をしている奴の紙を燃やすことが可能だ。高熱を与えすぎると、素材によっては火がつく」


 そう言うように、手紙は燃え尽きた。飛んでてきたのは、石ではなくあまり見覚えのない四角い何かだった。

 赤く発光していてそれなりに熱く、反射的に素手で魔法を使おうとしてしまった。熱を覚ます為だ。

 が、ハッとしてそれをやめ、杖を出して先端を四角いものに当てて冷まして行く。


「ふぅ……」


 おそらく、温めたものを浮遊魔法で射出……したのだろうが、随分と危ない真似をしてくれた物だ。

 というか、この射出されたものも凄い。紙を一撃で燃やし尽くす程の熱を帯びているのに、かけらの変形も見えない。

 少し関心していると、手元からその四角い物が浮かび上がり、アルバの手元に引き寄せられる。


「そして、そのために魔法をかけるに適した道具も、この授業で教える。今のこれは、警備隊がたまに使う投擲装備だ。硬度、耐熱性に優れた物体で、様々な用途で使われる。……身に染みたな、シルア?」

「あ……は、はい……」


 俺から手紙とか出したんじゃないのに……と、少し涙目になりながらも、一先ず説教を聞き入れた。


「それと、オーキスもだ」

「はい。申し訳ありません……」

「家柄的に、お前は授業をサボればナンボ、みたいに思う奴とは思ってなかったんだが?」


 授業中にもイジられるとは……何だか、少し気の毒だ。そんなに有名な家なのだろうか? セレナにその辺の事情を聞いてくればよかったかも……いや、杖の使い方も知らない人だし、情報はどちらにせよ得られなかっただろう。

 そのまま授業は再開し、それ以降は後ろから手紙が来ることはなかった。


 ×××


 正直な所、それから先は友達を作るとかそんな場合じゃなかった。

 何せ、どの授業の時も集中なんて出来なかった。実習だろうと座学だろうと、後ろのオーキスさんはかなり付き纏ってくる。

 まぁ性別詐称なんてしているわけだし、知られたくないのはわかるけど、それでも割と鬱陶しい。

 そして……いよいよ後5分で、お昼休みである。何をされるか、すぐに分かった。……また付きまとわれて、今度は直接、尋問だ。

 今まで直接、尋問されて来なかったのは、周囲の耳を警戒してのことだろう。だから遠回しに筆談という手を取ってきたわけだが、昼休みとなればそうもいかない。

 おそらく、人目のつかないところに連れ込まれ、そこで追い込まれる。

 野生動物に追いかけられて追い込まれるならどうとでもなるが、人間に精神的に追い込まれるとちょっとどうしようもない。

 その為にも、逃げるしかない……!

 逃走ルートはシンプルだ。幸いにも、席は窓側。ならば、バレないように浮遊魔法を教室内の全員の死角から通し、鍵を開ける。

 日直の号令が終わった直後、一気に窓に躍り出て逃走。当然、相手はバカじゃなければ食堂か購買で貼るだろうし……仕方ない。今日は川で魚を取って焼いて食おう。


「はぁ……」


 初日から学食を食えないなんて……と、肩を落としてしまうが仕方ない。尋問とかやだ。

 そう決め、とりあえず窓を開け終えた直後だ。先生の言葉が響いた。


「じゃあ、今日はここまで。日直号令」

「あ、はい。起立」


 前の世界でもおなじみの掛け声で立ち上がった。そのまま「礼」の掛け声で頭を下げて解散……の直後、動いたのはほぼ同時だった。

 杖を二本、使って自身の体を浮かしながら窓を開けて飛び出した正臣の真後ろを、クインの魔力が通り過ぎた。


「チッ……!」

「危なかったぁ……!」

「逃すか!」

「コラ、休み時間中において人に向けた魔法の使用は校則違反です!」


 そんな先生からの声が耳に届くが無視。正臣は逃げ、その後を浮遊魔法の軌道を曲げて追わせる。

 が、すでにベランダから空中に出た正臣は、その空中から片方の杖でその浮遊魔法に浮遊魔法をかけて相殺し、明後日の方向に軌道をそらした上で逃げる。


「チッ……この!」


 悔しげな声が聞こえたが、無視して自分は逃げる。どうせすぐに追ってくる。今のうちに逃げてしまおうと思うのだが……すぐに飛び出してくる気配はない。逃げたのだろうか……と、思っていた直後だった。

 ギュンッと窓から飛び出てきたのは、箒に跨ったクインだった。


「箒!?」

「逃すか!」


 そんな魔法アイテムずるい! なんて思っている場合ではない。その速度は杖で浮いている自分よりも速い。


「そこだ!」

「ぬおっ……!」


 箒に乗ったまま浮遊魔法を放って来たが、それを避けながら移動する。後ろから来る浮遊魔法の連射を、浮きながら回避しつつ「あ、これなんかドラゴンボールっぽい」と嬉しそうに頬を赤らめる。

 が、困ったことに自分はサイヤ人ではない。壁に迫っていても、背中をむけていれば気が付かないわけで。


「ぬべっ!?」


 校舎の屋上の柵に踵を引っ掛けた。グルンッ、と視界が暗転しつつも、浮遊魔法を調節して体勢を立て直して浮かび上がり、顔を向ける。

 その背後から、箒に乗ったクインが迫ってきた。


「後ろだ!」

「面倒臭いな……」


 ため息をつきながら、振るわれた浮遊魔法にこっちも浮遊魔法をぶつけ、押し合う。

 だが、この手の真っ向勝負は魔力の総量が物をいい、そして魔力は体の成長と比例して多くなっていく。

 つまり……小さい正臣は不利だが、それは分かっている。


「っ」

「くっ……!」


 だからこそ、地力の差が出る前に逸らした。横へ強引に振って逸らし、杖を真下につけた。そして……温度魔法によって一瞬、眩い光を放つ。


「なっ……!?」


 校舎が壊れないよう、光を放った直後にもう片方の杖ですぐに冷やした。人間の視界を奪うだけなら、発光は一瞬で十分だ。


「うぐっ……やってくれる……うおっ?」

「あ、やばっ」


 目がクラクラしてしまっていたからだろう。ふっとクインが使用していた箒から魔力が消えた。

 クインも校舎の屋上に乗った自分の背後をとって魔法を放って来たから、高度はさほど高くない。

 それでも、コンクリートの上に膝から落下すればまずいと思ったので、反射的に浮遊魔法で浮かせた。


「っ、ぶなぁ……」

「お、お前……何のつもりだよ……?」

「え?」

「何で助けた。僕はお前を捕まえて尋問しようとしてたんだよ。それは君も気付いてたでしょ?」

「なんでって、言われても……」


 怪我させてしまったら責任を問われる気がしたからだが……まぁ、これは言っても問題ないだろう。

 そう思って、口を開きかけた時だ。周囲を、箒に跨った学生服の生徒達に囲まれた。

 暴走族に囲まれた時ってこんな感じなのかな、なんて一瞬思ったが、どの生徒も制服を着崩している様子はない。強いて言うなら、胸にバッジのような物をつけているのが気になるくらいか。

 何にしても……全員が全員、自分達に杖を向けていた。


「え、ちょっ……な、何!?」

「チッ……もう来た」

「え」


 もう、って……想定内なの? なんて思ったのも束の間、自分達を囲んでいる人達の中のリーダーのような男子生徒が静かに告げた。


「そこの二人、動くな。校則違反だ」

「えっ」

「杖を捨てろ」


 結局、別人に尋問されることになった。


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