成長

 それから、一ヶ月が経過した。森の中の狩人生活に慣れてきた。それは、例え近くに魔法最強のエルフがいたとはいえ、引きこもりだった少年を成長させた。

 現在、冬も本格化してきた季節。異世界では温暖化などはないこともあり、雪が早くも降り始め、そして積もっていた。

 そんな中……正臣は、木の上で矢を握り締め、深呼吸をした。

 真下にいるのは、イエティ。雪山から降りてきた、この季節にだけ現れる大型のゴリラのような生き物。

 こいつは、雪山にいる分には結構だが、こうした穏やかな森の中に入ってくると生態系を乱す害獣でしかない。

 ちなみに、こいつの肉は筋が張っている上に固くて食えたものではない。

 そのため、セレナのような腕利きの狩人には、討伐ではなく追い返すように依頼が来る。


「日本だったら、速攻駆除してるよなぁ……迷い込んで来てるんだから、帰してやりゃ良いのに」


 さて、それより仕事だ。自分の役割は陽動。見つけ次第、師匠が準備している地点に誘導する。

 そんなわけで、木の上からふわりと宙返りしながら飛び降りた。この降り方……ふひひっ、と変な笑みを漏らしたくなるほどカッコ良く降りられた。浮遊魔法……便利だ。

 着地時の足音により、イエティはこちらを見る。こいつは……肉食だ。つまり、現状は目の前に餌が降りてきたわけであって。


「ガルァァァァァァァァァッッッ!!!!」

「わぉ、おっきな声。もらった耳栓、しておいて良かった」


 言いながら、正臣は浮遊魔法を自身にかけ、浮かび上がる。まだセレナのように自由に飛び回ることはできない。少し使うと、すぐに自由落下が始まってしまう。

 だが……。


「ゴルァァァァッッ!!」

「おっ、と」


 落下中に浮遊魔法をかけて急転換することは可能だ。

 イエティの殴打を回避し、そのままポーチの中から石を浮かせる。

 そのまま空中で振り返り、人差し指と親指で円を作って狙いを定めた。あらゆる生物の弱点、と教わった。いや、例外もいるらしいが、その例外にイエティは含まれていない。


「発射……!」


 浮かせた石を飛ばした。イエティの鼻に向かって。全速力で射出した。

 だが、動いている獲物のピンポイントを当てるのは簡単ではない。腕に直撃しただけで大したダメージがあるようには感じない。


「げっ、やっば……!」


 これでは挑発しただけだ。やはり、言われた通り数にものを言わせるべきだった。下手な鉄砲も同時に数撃てば当たるものだ。

 その為、次の一撃は……数多くある石を大量に浮かせた。背後に大量の武器を顕現させ、絶え間なくぶちかますのってこんな気分なのだろうか?

 もっとも、こっちは絶え間あるわけだが、今は相手に反撃の隙を与えないことが目的ではない。


「喰らえ!」


 一斉射撃。10個。そのうちの一発が、鼻の頭にヒットした。


「グガァッ!?」


 弱点に当たり、一瞬怯む。これで、あのイエティはこちらを警戒し、不要な攻め方はしてこない。それくらい賢い生き物だ。


「グルルルッ……!」

「……」


 ……ちょっと怖い。いや、大丈夫……魔法もあるんだから……と、自身を鼓舞する。ビビっていたって何にもならない。何事も、やらなきゃあかんことはやるしかないのだ。

 気合いを入れるついでに、カッコ良いセリフをねじ込んでみようか……!


「よし……今から、お前がいるべき場所に帰してやる」


 ヤバい……我ながら、今のセリフはかなりカッコよかった……なんて思いながら、カバンから石を浮かせて当てつつ、誘導する。

 森の中を跳ねながら、移動して逃げ回る。


「ガルッ、ゴルァッ! グァラッ!」

「よっ、とっ……ほっ……!」


 追いついて攻撃されそうになる度に躱す。余裕を持てているのは、セレナの狩を一ヶ月、手伝った経験のおかげだ。落ち着いている。

 そのままイエティの攻撃を捌いている時だった。イエティは動きを止める。


「?」


 何か嫌な予感……と、思った直後だ。イエティは、真横にある木を両手で包み込むように握りしめた直後、へし折って腕を振りかぶった。


「やばっ……!」

「グルルァアアッ!」


 飛ばされたのは、大木。槍投げ選手もビックリな速度で、風を突き破る音を立てながら迫って来る。

 浮遊魔法でさっさと回避する。が、その避けた先に、イエティが拳を構えて迫ってくる。


「ゲッ……!」


 また浮遊魔法で回避運動を取る……と、同時に、カバンからまた石を取り出し、温度魔法で石に熱を与える。

 温度魔法は、温度が上がるほど強い光を放つ。つまり、焼き石シチューを作れそうなほど熱くなれば、それだけ強い光を放つわけであって。


「グルッ……!?」

「っ……おらっ!」


 さらに、その石を足に直撃させた。怯んだ隙に、一気に距離を離す。危なかった。捕まるところだった。

 さて、そのまま再び逃げ回る。もうすぐ誘導ポイント……と、なった時だ。

 ゴスっ、と真横から脇腹にぶら下がっている鞄に直撃した何か。


「っ……!?」


 効いた。というか、死ぬかと思った。顔を向けると、そこにいたのはユキアルミラージ。冬に生息しているアルミラージで、春や夏、秋にいる通常のアルミラージと違って獰猛。

 身を守るためではなく、積極的に頭に生えているツノを利用して殺しにかかってくる。……というか、ユキアルミラージの主食が生物の毛なので、そもそも普通のアルミラージとは別の生き物だ。

 ていうか……これ脇腹にツノ刺さってるんじゃ……なんて冷や汗をかいたのも束の間、鞄の中に入っている石のおかげで助かった。

 これは、まだ矢をうまく飛ばせない自分の技術不足に感謝だ。


「ガルルァァッ!!」

「あ、やっば……!」


 しまった、イエティを相手にしてたんだった。襲い掛かってくるのに対し、防御に使う為、イエティに浮遊魔法を掛ける。

 だが、この体格差……自分が魔法で浮かせられる重さは、現在でセレナと自分の二人分の重さのみ。イエティの重量は最低でも200キロはある。


「っ……!」


 浮かせようと放たれた魔力がイエティの身体を持ち上げようとするが、上がらない。

 逆に、イエティは前に進もうとするのに身体が持ち上げられようとするから上手く進めない。

 そのまましばらく押し合いのようになる……だが、イエティの身体はジリジリと自分に近づいて来ていた。


「クッ……ソ……!」


 ていうか、カバンに刺さったままのユキアルミラージもだいぶ危ない。ツノにも神経が通っているのか、石が大量に詰め込まれた鞄に突っ込んで相当痛かったようだ。目を回している。

 何せ、熱にそこそこ耐えられるような石をもらって詰め込んだから、そりゃそうだ。

 だからこそ、このままだと自分だけじゃなくこいつも……と、奥歯を噛み締めた。

 こうなったら、勝負するしかない。一瞬で魔法を解くと同時に、自分に魔法をかけて他の方向に逃げ込むという勝負。

 やるなら早めでなくてはならない。少しでも自分とイエティの間に距離があるうちの方が成功しやすいから。


「ふぅ……よしっ」


 深呼吸をしてから、一気に魔法を解くと同時にかけた。イエティの体は前に倒れ込み、そして自分の身体は斜め上後方に跳ね上がる……が、その直後、カバンに刺さっていたユキアルラージが抜け、ポロッと真下に落ちた。

 まずい、と浮き上がった身体をひっくり返して、落ちたアルミラージに手を伸ばし、身体をガッと掴む。

 が、その自分の腕をイエティが掴んだ。


「あぐっ……!?」


 ゾウにでも踏まれているような痛みが腕を通して全身に響き渡る。骨身に沁みるとはこの事か。手首の力が抜け、掴んだユキアルミラージは真下に落ちてしまった。


「ガルルァァアアアア!!!!」

「ひぃっ……!?」


 真横で叫ばれ、音が脳にまで響く。ナメた真似しやがって、と言わんばかりだ。鼓膜が破けるかと思った。

 死んだかも……これ自殺カウントかな? なんて思ったのも束の間、そのイエティの身体が固まった。


「……?」

「ゴガッ……!」

「何をモタモタしている……まったく」

「あ……か、母さん……」


 そこに立っていたのはセレナ。わざわざ手をかざす事もなく、浮遊魔法を細かく利かせる事で、握り込んでいるイエティの指を浮かせて、手を開かせていった。

 腕が解放されたが、その方が痛みが大きい。


「痛だだだだ! も、捥げちゃう……え、腕ついてるこれ? 痛だだだだ!」

「安静にしていろ。あとは私がやる」

「ギャー! ピャー! 腕がない! ロケットパンチになったああああ!」

「あるから落ち着け。その程度なら大丈夫だ」


 いやいや、と頭の中で首を横に振るう。死ぬほど痛い。というか、何か叫んでいないと痛くて仕方ない。どういう症状なのか把握していないが、少なくとも折れてる気がする。


「にゃー! ギャー! ピャー!」

「仕方ない……」


 ため息をついたセレナが、空中から水を作り出すと、その中に握られた方の腕を漬けられ……そして、凍らされた。


「いぎっ!?」

「感覚を麻痺させた。まだ痛いか?」

「い……いえ、比較的……」

「なら、そのまま安静にしていろ。私はこのゴリラを帰す」

「す……スミマセン……」

「いや、よく連れて来てくれた。ここまで来れば、あとは私の仕事だ」


 そう言うと、魔力で浮かせたままのイエティを指定の場所に運んで行った。

 どんな魔法を使っているのかは分からない。腕をやられたまま置いていかれたから。ただ、後になって土で出来た小さな土台のようなものに乗せられたイエティが飛んで行くのが見えた。あのまま雪山に連れていかれるのだろう。

 ……多分、浮遊魔法と、エルフの土魔法、風魔法を組み合わせたもの……だろうか? ああして組み合わせたものを見るのはもう何度目かわからないので、何となく想像するようになった。あってるかどうかは知らない。

 しかし……と、正臣は目を閉じた。大体、一ヶ月……少しは自分も役に立てているのだろうか?

 ……いや、今日の仕事だって、別に自分がいなくても……と、少し肩を落としているときだった。


「キュッ?」

「?」


 ユキアルミラージが目を覚ました。あ、やばい。髪の毛むしられるかも……と、万が一の時は……魔法をいつでも使えるように、心の中で身構えた時だ。

 そのユキアルミラージは、目を覚ましたと思ったら、倒れている自分を見てすぐに逃げ出してしまった。

 恐らく、氷漬けになった腕から強力な魔力を感じ取り、逃げたのだろう。この世界の動物は、その辺敏感らしい。

 別に良いけど……助けてあげたんだしさ……と、少し肩を落とす。いや、野生の動物なんて……。


「野生の動物なんてあんなものだ」

「っ、あ……か、母さん……」


 一度、義理の息子設定を忘れて「セレナさん」と街で呼んでしまってから、日常的に母親と呼ぶことになった。それなら、わざわざ名前を呼び分けてこんがらがる事もない。

 さて、そのセレナは、自分の方に向かうと腕の氷を溶かした。少しずつ感覚が戻ってくると同時に、当然ながら痛覚も回復してくる。


「うっ……」

「ふんっ……野生の動物を気にかけて殺されかけるたわけには良い薬だな」

「み……見てたの……?」


 それはヤバい、なんて思ったのも束の間、すぐにグアっと般若の血相に顔色を変えたセレナは怒鳴り付けてきた。


「当然だ! 私達の仕事は狩猟だぞ!? 動物を助けるとは、何を考えている!」

「ご、ごめんなさい!?」

「この仕事をするなら甘さは捨てろと言ったはずだ!」

「そ、そうでした! ……で、でも……その、この仕事してるから……食われるならともかく……俺のついでに殺されるのは、ちょっと可哀想というか……」

「っ……いっ、言い訳するな! それが甘いというんだ!」

「で、ですよねスミマセン!」


 正直……あまり生き物の生殺与奪は得意じゃないみたいで。普段から食べさせてもらっておいて勝手な話かもしれないが、ああいう場面があると助けたくなってしまう。


「お前……まぁ良い」

「……ごめんなさい……」

「いや……別に、人として間違いがあるわけではない……。気にするな」

「……」


 話しながら、おんぶしてくれる。そのまま浮き上がって、小屋に向かっていった。

 ……そうは言われるけど……猟師とか、あんまり向いていないのかもしれない……。いや、猟師の補佐だけど。


「……なぁ、マサオミ」

「はい?」

「お前、将来のことは考えているのか?」

「あー……い、いえ……あまり」

「……そうか。何がしたいとかあるのか?」


 何がしたい……とか言われても、そもそもどんな職があるのか知らない。思い当たる感じだと……レストランとか、カフェの店員とかだろうか?

 だが……その辺の接客業は前の世界にいた時からあまり良いイメージはない。ブラックなイメージだ。

 他の職業というと……本屋、狩人取締局、八百屋、服屋、杖屋などは街で通り掛かって聞いてきた。

 生活必需品の店は入ったが……どんな職業が良いか……か、と少し悩む。


「何も、決まっていないか……」

「す、すみません……」


 何にしても、ここにいられるのはあと二ヶ月だ。それまでに決めないと……なんて少し悩んでいる時だった。


「……まぁ良い。それより着いた。腕、治してやる」

「あ、いえ……先に、任務完了の報告をしてきてよ」

「バカ、お前の腕の方が心配だ。……明らかに折れている」

「……あ、やっぱり折れてるんだ……」

「イエティに腕を握られ、この程度で良かったと思え。普通なら捥げている」

「……マジですか」


 怖い、と少し身震いさせる。だが……仕事の手伝いに対する恐怖はこれまでと変わらない。あるけど、思い出すと身体が動かなくなる、なんてことはない。

 小屋の中を物色した後、何か薬草や動物の部位などを取り出した後、それを釜を引っ張り出して中に放る。


「……錬金の釜……?」

「よく知っているな」

「あ、あたりですか?」

「エルフがものを調合する際に使うものだ。スペルの魔法でエルフの魔法をモノに刻み、条件下に合わせて発動出来るようにしてある」


 ちょっとまた感動した。ああいう錬金系アイテム、見てみたかったのだ。元の世界だと、良いとこミキサーしかないし。

 これは……よく考えたらポーションとかを飲む良い機会なのでは? なんて思ったのが、運の尽きだったのだろうか。


「出来たぞ」

「ありが……えっ」


 コポコポとマグマのように泡を拭き、色はコケと土をブレンドしたような形容し難い色。まるで魔女が調合した薬のようだ。


「……飲み物これ?」

「飲む必要はない。腕を出せ」

「あ……の、飲み薬じゃないんだ……良かった」

「飲み薬は別にある」

「あるんだ……」

「なるべく早く治したいんだろう? なら言うことを聞け。明日には治るようにしてやる」


 言われて、渋々腕を差し出す。……いや、飲まないにしても、その炭酸より禍々しく泡を出しているものに肌をつけて平気なものなのか……。


「火傷しないのこれ……なんか、湯気出てるんだけど……」

「火傷なんてしない。痕も傷口も出ない。……火傷のような痛みは続くが」

「それ大丈夫なんですか!?」

「ええい、男ならつべこべ言うな! 私の息子だろう、仮にも!」

「本当に仮ですから!」


 私の息子なら痛くない、は通らない。痛いものは苦手だし、苦手なものは苦手。

 だが、問答無用というように腕の上に、ドロリと流し込んできた。


「あっづぁっ!?」

「我慢!」

「腕がああああ……でも注がれた時に比べたらそうでもないな」

「なら、我慢できるな」

「いや痛いものは痛いから!」

「知らん。しばらくそのまま動くな。飲み薬を調合する。動いたらやり直しだからな」

「ええええ……」


 仕方なく、そのまま悶え続けるしかなかった。


 ×××


「スゲェ……ホントに一日で治った……」


 翌朝、早朝の仕事は大事をとって置いて行かれたが、腕は確かに治っていた。手で何かを持ったり、魔法を使ったり、シャドウボクシングも出来る。

 さて……朝の仕事をサボってしまった以上、何かしないと。

 そんなわけで、朝飯を用意することにした。食糧庫に使っている棚の中には、氷漬けにされた食材がある。

 触るのはちょっと嫌なので、浮かせて中から取り出した。まぁ、解凍にはどちらにせよ触る必要があるのだが。

 温度魔法のために、反対側の手で氷に触れる。少しずつ溶かした後、食材を取り出した。

 肉と野菜……揚げ物にしようか。料理も出来なかったが、最初は豪快に物を焼くだけだったが、それが料理だと気付いてからは、調理実習で学んだ料理の基礎を思い出した。

 フライパンとかで焼いたりとか、切り方とか本当に基礎の基礎だが、それでも覚えているならできるだろう。最近で焼き加減とか覚えたので何とかなる。

 そう決めて、まずはフライパンを探した。自分の義母はズボラだから調理器具を使わない。何処にあるか、探すとこから始まる。


「ん〜……まぁ、物が少ない部屋だし……」


 小屋の中は六条一間程しかない狭い部屋で、布団と机と椅子と暖炉、本棚……後は矢やら武器やら衣類やら食器類が山積みにされているだけ。あと布団もある。

 これは……朝食よりも、まずは片付けが先だろうか? あの人、本当に生活に関してはズボラなのだ。

 正直、エルフと言えば清潔でキチっとしたイメージがあったのだが……やはり、現実は違うものだ。

 あの見た目で実年齢は300歳を超えていて、そんなに長く生きているとわざわざ生活に拘りをつけるのが面倒になるそうだ。裸を見られることに大きな抵抗がないのもその一部らしい。

 理解は出来るけど……でもやはり、期待と違うのは残念だ。


「ま……そういうとこは、自分がやれば良いか」


 何せ役に立つ代わりに、ここに置いてもらっているのだ。何か仕事以外の役にも立たないと、と思っていた所だ。

 さて、そうと決まれば善は急げ。外は寒いけど、とりあえず出した食材を戻し、窓と扉を全開にした。

 そのまま、とりあえず本棚と食材を入れる棚以外の家の中のものを全て机や窓から外に出した。勿論、魔法で。この辺、魔法の便利さを実感する。

 雪かきが済んでいる場所に重ねた後、改めて部屋の中を見ると、ちゃんと矢や武器を立てかける為の、木製のスタンドが設置してあった。


「こういうの使わないと、そりゃ部屋汚くなるって……」


 ため息をつきながら、まずは机と椅子など家具を設置する。この辺は戻して問題ないから。

 その後で武器や衣類に手をつけた。中には、少し汚いフライパンや鍋などの調理器具もあった。それは後で洗うとして、とりあえず武器とかの整理から始める。


「とりあえず……矢と剣に分かれば良いよね」


 剣を使っている所なんて、今じゃ、食材を切る時にしか見たことはないが、昔は使っていたのだろう。

 スタンドは二つに分かれていたので、片方に剣、片方に矢を立て掛け……ようとしたが、そこで家の中から出した物の中に矢筒が入っていることに気がついた。


「……あ、これあるじゃん」


 せっかくだし、この中に1セットずつ作ってから立てかけた方が良いかも、なんて思い、それをする事にした。

 軽い矢、重い矢、魔力の矢、そして先端が寸胴の矢を十本ずつ入れて、それが入った矢筒をスタンドに置く。


「ふぅ……少しは綺麗になったかな……」


 後は衣類だが……地面の上に置いてしまったので、少し汚れてしまった。まぁほとんど洗濯していないものばかりだから、あんま問題ない気もするけど。

 ついでだし、洗濯しておくことにした。この中には、最近になって買ってもらった自分の服も混ざっている。

 服を洗うには、ユニコーンの湖に行く必要がある。あそこで浮遊魔法で水を汲み、その中に洗濯物をぶち込んで5分放置し、終わったら小屋に戻って洗濯物を干す必要があるが……。


「でも……一人で外出するなって言われてるからなぁ……」


 森は何が起こるか分からないので、基本的に勝手な外出は許されていない。

 事実、イエティの目撃情報が無いまま一人で出歩いていたら、襲われていたかもしれないから。

 でも、今はイエティを追い出したばかりだし、逆に安全と言えるだろう。


「よし」


 行っちゃおう、と思い、洗濯をしに行った。

 すぐに到着すると、湖から大きめの水球を浮かせ、その中に洗濯物と、ついでに布団をたたき込む。

 そして、しばらく洗濯機のように水球の中で洗濯物を回し続けた。

 終わってから、次は調理器具や食器類を洗い、それも終わると汚れが入った水球は森の中に捨てて、洗った物を浮かせたまま小屋に戻った。セレナが戻って来る前に戻らないと「勝手に出掛けるな!」と怒られる。

 到着し、衣類を絞って水気を払ってから、小屋の中から矢二本とロープ出して結び、木と木にピン張するように突き刺した後、洗濯物と布団をぶら下げ、調理器具だけ小屋の中に入れた。


「ふぅ、よし……」


 これで後は乾いてから取り込めば、掃除完了だ。さて、改めて朝飯でも作ろうと思い、小屋に入った。窓と扉を閉め、料理をしようとした時だ。小屋の扉が開かれた。


「……ただいま」

「あ、お帰りなさむぎゅっ!」


 身体を浮遊魔法で浮かせられた後、セレナの手元に引き寄せられて両頬をつねられた。


「勝手に出掛けたな貴様〜!」

「え、な、なんで分かっ……!?」

「洗濯物が干してあるということはそういうことだろうがー!」

「そ、そうでしたごめんなさい!」


 なんでこうも考えればわかることがわからないのか。自分の予測の出来なささに嫌気が差していると、ふとセレナが小屋の中を見回した。


「……掃除してたのか?」

「は、はい……い、一応……朝の仕事、参加できなかったので……」

「まぁ……気持ちはありがたいがな……だが、洗濯はやめろ」

「す、スミマセン……」


 怒られてしまった……と、肩を落とす。結局、朝食は間に合わなかったな……と、少しため息が漏れた。


「朝食にしよう……と、食器も洗ってきたのか?」

「あ、はい。最初は朝ご飯を用意しておこうと思ったんですけど、たまには丸焼き以外に挑戦してみようかなって調理器具を探してたら、まず掃除かなって……」

「……寄り道しすぎだろう」

「す、すみません……」


 RPGでよくあるお使いクエストは、割と日常生活に通づる所があるのかもしれない。

 ……というか、よくよく考えたら部屋が汚くてもあまり気にならない人の部屋を片付けたって、あまり手助けにならないのかも……なんて、少し肩を落とした時だ。

 セレナが、少し頬を赤らめて目を逸らしながら呟いた。


「ま、まぁ……たまには、綺麗な部屋で過ごすのも、悪くはない……が……」

「……ツンデレ」

「っ、ち、調子に乗るなクソガキが! そのワードを次に言ったら許さんと言っただろうが!」

「ご、ごめんなさい!?」

「いいから朝飯だ!」


 そんな話をしながら、結局その日は丸焼きにすることにした。肉と野菜、それとセレナが買ってきてくれたパンを用意して、食事にする。

 物を食べながら、セレナが声を掛けてきた。


「……お前、この家を出た後はどうしたい?」

「え……あ、あー……」


 またその話か、と思いつつも、まぁ仮の親子でも気にしてくれているのかもしれない。


「……まだ分からない、かな……」

「……そうか。先に言っておくが、お前に猟師は向かんぞ」

「っ……は、はい……」


 そんなことは分かっているし、猟師になりたいとも思っていない。だが、これは前の世界にいた時の親と同じだ。言いたいことは直で言わず、遠回しに言う。

 何が言いたいか? そんなの決まっている。


「分かってます……あと二ヶ月で出て行かないといけないわけだし、何をするかくらい考えておきます」

「っ、そ、そうしろ……」


 セレナにとって、基本的に自分はお荷物だ。本当ならここにいて欲しくない、なんてことは理解しているつもりだ。


「いや、そうじゃなくてだな……とりあえず、何かやりたい事とかないのか?」

「やりたい事……ですか」

「適当に、何でも良い。向いていないとしても、猟師がやりたいと言うのならそれでも良いし、警備隊に入りたいと言うならそれでも良い」

「……警備隊?」

「国の治安を守る仕事だ」


 警察みたいなものか、と理解した。だが……警察にもあまり良いイメージがない。まずは警察学校……いや、この学校なら警備隊学校とかだろうか? そこで鍛える必要がありそうなものだし、人間の身でそこに入っても生きていける気がしない。

 ていうか、どんな仕事があるか分かっていないし、適当にも浮かばない。


「……すみません、まだちょっと……」

「まだ一ヶ月だが、お前のことは分かってきたつもりだ。酷い甘ったれではあったが、お前なりに仕事も魔法学習も真面目にこなせ、私の世話になりっぱなしにならないよう、動こうとしてくれている事も、な」

「っ、な、何急に……そんな、照れながら褒めてくれて……」


 そんなに褒めてくれたことなんて無かったのに……と、頬を赤らめて目を逸らす。

 が、セレナもあまり人を褒めるのは得意じゃないようで、顔を真っ赤にして机を叩きながら立ち上がった。


「て、照れていないし褒めていない! そもそも決めたルールもたまに無視するし、やっぱりまだ何処かで私に助けてもらえると思っているみたいだし、欠点も多いわガキが!」

「お、怒ったり照れたり忙しい人だな!?」

「だ、だから照れてないと言っているだろうが!」

「あだっ!?」


 奥から洗ったフライパンを持ち上げ、引き寄せて正臣の頭を引っ叩く。


「ったいなー!」

「と、とにかく! お前の生活態度については、私も認めている! だから、お前の意見を聞くためにこいつを持ってきた!」


 言いながら魔法によって差し出されたのは、一枚の紙だった。

 そこには「ウェッジリバーサイド高校入学案内」と書かれていた。


「……え、これ……」

「お前にその気があるなら、な……入学式は三ヶ月後、一ヶ月後に入学試験がある。申し込み期限は過ぎているが、ここの校長は私の知り合いだ。今なら間に合うが……どうする?」

「い、行きたい……ですけど……」


 まさかここに来て魔法学校に通えるチャンスが来るとは、とは思うけど。

 でも……。


「そういうのって、お金掛かるんじゃ……」

「そうだな。安くはない」

「お話はありがたいのですが、これ以上……その、セレナさんに迷惑をかけるわけには……」

「そういうのは今、聞いていない。お前の気持ちはどうなんだ?」


 ……それは、と正臣は俯く。勿論、行きたい。何せ、それが目的でこの世界に来たわけだし、転生前の反省を踏まえて、今度は友達とかも作りたい。考えれば、こっちの世界に来てから同年代の人と話すどころか顔を合わせたこともないし。


「俺は……行きたい、ですけど……」

「なら、話は早い。……私の、養子にならないか?」

「……へ?」


 養子というのはつまり、血が繋がっていない家族……という意味で言っているのだろうか? この人が、新しい母親で家族……確かに、思えば随分とお世話になった。

 魔法の修行だけでなく、食事や仕事……そして何より、普段の生活の時でさえ厳しいだけでなく優しく接してくれた人だ。

 あまり母親というものがどんなものなのか分かっていない正臣だが、とても良いことなのかもしれない。

 でも……そこまで甘えてしまって良いものなのか。一ヶ月、一緒に暮らしていたとは言え、見方を変えれば一ヶ月前まで他人以下。そもそも、それはセレナの人生にも影響して来ることだ。


「……お誘いはありがたいのですが、俺の『魔法学校に行きたい』なんて望みのために、セレナさんの人生まで変えてしまうわけには……」

「いや……私の人生は大きく変わらない。……何せ、お前と会う前までは、誰かと一緒に暮らすなんて50年ぶりくらいだった」

「え……?」

「25歳で何も考えずにエルフの里を出て、何のアテもなく世界を回って、珍しいエルフの娘という事で人身売買されかけたりと、長く生きているだけあって色々あった。100年ほど前は人間不信に近かった……というか実際、人間不信だった」


 もしかして……それで自分の事も拾った時、手厳しく怒ってくれたのだろうか? 正臣も、結局のところ何も考えていないに近いまま世界を選び、そのまま死にかけた所を拾ってもらったから。


「その後で、一人の人間に出会ってからは、そいつの仲間とよく旅をしていたが……その仲間達も歳を取った。パーティは解散し、各々の人生を歩むようになった。私も、一人穏やかに余生を過ごすつもりだったが……お前が来て思った。やはり、一人はつまらん」

「……そ、そうですか……」

「もっとも、学校は遠いから寮生になってもらうが……夏休みや冬休みといった長期休暇には、戻って来てくれるだろう?」


 なるほど、と理解する。いくら300年生きたエルフと言っても、人間と同じのようだ。やはり、異世界だろうとなんだろうと、どんなに年を取っても孤高を好む奴はいないらしい。


「要するに……たまに孫に遊びに来てほしいおばあちゃんみたいな?」

「言い方に気をつけろ! 今すぐに叩き出すぞ!?」

「あだっ! 一々、魔法で制裁かますのやめて下さいよ!」

「母親に向かって生意気な口を叩く方が悪い!」

「いやまだ返事していませんが!?」

「少なくともこの三ヶ月は息子になれと言ったからあってる!」

「そうですか、よかったですね!」

「だから親に向かってその流すような口は何だ!」

「いだだだ! ご、ごめんなさい!」


 頭の上にぼかすかと鍋やらおたまやらを落とされ、思わず頭を抱える。


「それで、どうする? ……まぁ、こればっかりはギブアンドテイクというわけにもいくまい。嫌なら嫌で構わないが……」

「勿論、よろしくお願いします。俺としても……願ってもない提案ですから」

「……そうか。なら、良かった」


 親子、親子か……と、少し笑みを浮かべる。ちょっと嬉しい。今度こそ、親に何かしらの恩返しは出来るかもしれないから。


「じゃあ、これからよろしく頼む」

「う、うん……」

「照れているのか?」

「まぁ、はい……」


 そりゃ恥ずかしい。反抗期というわけではないが、親というものを欲していると思うと、やはりちょっとだけ気恥ずかしかったりする。

 まぁ、その程度の恥くらい、今後を考えると何でもないが。


「ま、とにかく入学の手続きはしておく。……それから、お前という人間の設定もな」

「え、せ、設定?」

「知り合いには本当の事を言うが、基本的には私の息子だぞ。名前はマサオミ・シルア。五年ほど前に孤児だったのを引き取ったことにしよう」

「そ、そんなにサバ読むんですか!?」

「ああ。それと、杖無しで魔法を使うのも禁止だ。人間の新入生のレベルでそれをするのは無理だからな」


 え、新入生? と小首を傾げた。


「あの……俺、今年で高二なんですけど……編入じゃダメなんですか……?」

「それは前の世界での話だろう。この世界のお前に学歴はない。一年からだ」


 つまり……周りから見たら留年扱いということ……あ、ヤバい。ちょっと死にたくなった。


「嫌ならやめるが? ……別に、学生にならなくても養子になるのは構わないが……」


 いや……ダメだ。今、学歴という言葉が出た。つまり、その辺も将来、仕事につくのに役に立つことがあるのかもしれない。

 まだ何がやりたいのか自分でも分かっていないが……精一杯、親孝行させてもらいたいものだ。


「いや、やります!」

「……そうか。では、万が一にもいじめが始まったら、私に相談しろ」

「へ?」

「エルフの魔法は、事故に見せ掛けるのも容易いからな」

「……」


 だ、大丈夫だろうか? と、不安になりながらも、とりあえず親子になった。


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