魔法
さて、いよいよ待ちかねた魔法の修行の時間だ。
場所は小屋の目の前。というか……家を小屋とか言って良いのだろうか? いや、今更だ。気にしない。
それよりも気になるのは……どんな魔法が使えるか、だ。ルーラ、ケアルガ、メギドラオン……などなど。使ってみたい魔法は山ほどある。
「……じゃあ、修行を始める」
「よろしくお願いします!」
最低でも、街一つ焼き払えるレベルの高火力を手に入れられるようになりたいなー、いや使うかどうかは別として……なんて思っている間に、説明が始まる。
「まず……さっき言った話だけど、エルフの魔法と人間の魔法はそもそも質が違う。人間に、エルフの魔法は使えない」
「え……じゃあ、飛んだり、身体の形を変えたりは出来ないってことですか……?」
「いや、飛ぶ……というより、浮くことはできるが、身体の形を変えることは無理だ。……そもそも、私が耳を隠したのは形を変えたのではなく、私の耳をそう誤認するように光を操る魔法をかけただけだ」
光を屈折させた、とかだろうか? ないこともないのかもしれない。
「エルフの魔法は無機物全般をも操れる。無論、限度はあるが光、水、火、風、土、影……と、とにかくそれらに魔力を通して操作出来る……が、人間はそれを出来ない」
「えっ、で、出来ないんですか?」
「言ったろう。質が違うからだ。貴様ら人間に使える魔法は、五つだ」
それでも五つ使えるんだ、と思いつつも、興味津々に耳を傾ける。
セレナは、手をかざして近くの岩に白い光を当てた。その岩は、ズゴゴッ……と低い音を立てながら持ち上げられる。
「浮力」
これ風魔法じゃなかったんだ、とおもったが、口にするのはやめておいた。
「熱……というより温度か」
今度は、浮かせた岩を手元に引き寄せると、手のひらから光を発した。それが熱なのだろうか? とも思ったが、黙っておく。後から説明はあると思う。
「変化」
岩が柔らかくなった。まるでボールのように。手で掴んでいた岩を、そのままベコッと握力で凹ませる。
「スペル」
文字? と思ったのも束の間、その岩に、光の文字を指でなぞっていく。それ……意味あるのだろうか?
「最後、記録だ」
その直後、目を閉ざした。杖を手に持つと、頭に先端を当てる。
それとほぼ同時。杖を少しずつ頭から離す。その後、フィッと杖から何かが放たれ、正臣の視界に絵のようなものが展開される。
そこには、写真のように自分が映っていた。
「うわ、スッゴ……!」
「この五つだ。今、ざっと見せたものが人間に使える基礎の基礎」
「……それだけ、ですか?」
「? そうだが?」
あ、あれ……なんか、思っていたのと違う。
「炎出したりとか、瞬間移動したりとかは?」
「出来ない」
「じ、じゃあ、回復魔法とか……」
「そんな高度な魔法を使えるのはエルフだけだ」
「あ、あれだ。隕石落としたりとか……あとあれ、竜巻起こしたりとか……!」
「だから無理に決まっているだろう! 人間の身の程を知れ!?」
マジかよ! と、普通にショックだった。魔法のベクトルが違う。
いや、じゃあせめて、だ。その魔法が人間固有のものだったりしないだろうか?
「あ、あの……じゃあそれ……その魔法、エルフも使えるんですか?」
「ああ。人間が使える魔法に追加し、エルフが使える魔法を使える」
……人間のアイデンティティは? と、小首をかしげる。
あ……いや、もしかしたらエルフ以外の人種もいるかもしれないわけだし、まだ諦めるような時間ではない。
「人間とエルフ以外にも種族っているんですか?」
「ああ。そいつらの魔法も、一部のエルフは使える。そして、他の種族も人間の魔法は使える。人間の魔法なんて、ハッキリ言って誰でも使えるものだ」
「……」
人間の性能、悪過ぎないだろうか? いや、まだ諦めるのは早い。ゲームでもなんでも、ステータスが低いだけの種族はいないのだ。
「も、もしかして……人間って、他の種族より運動神経が良かったり?」
「いや、ビーストやドワーフの方が強いな。エルフとは大差ないが」
「あ、頭が良いとか……」
「個人にもよるが、私が今まで出会ってきた中では、エルフやドワーフの方が賢い者は多かった」
「……あの、人間って……」
「数は多い」
「……」
ハズレも良いとこ……というか、普通に戦力的な話をすればコモン枠だ。他のステで補えるゲームと現実は、やはり違う。
「何を考えているかは知らないが、種族的なアドバンテージが無いだけで、その後に貴様自身を育てて他の種族の者よりも使える人間になるか、それとも腐って他人の足を引っ張るようになるかは貴様次第だ。今の話で落胆することはない」
「……は、はい……!」
そ、それはそうかもしれない。ゲームをしていた頃は、むしろ弱小種族でダメージ稼ぎをしていたものだ。ヒーラーキャラでゴリゴリのアタッカーをしていたり。
「よし……では、お願いします!」
「まずは、浮遊から始める。一番、汎用性が高く使いやすく身を守るにも使える魔法だ」
「は、はい……!」
「浮遊とは文字通り物を浮かせる魔法。そして、浮かせたものを自在に動かせる」
そう言いながら、さっきの岩を浮かせて持ち上げる。白いオーラがセレナの手から伸びて纏わり付き、それが持ち上げているように浮かせている。
「浮かせたものは、そいつの魔力次第で遠くへ突き出すことも可能だ」
今度は、その浮かせた岩を森の奥に突き飛ばした。何本かの木をへし折り、さらに奥へ突き進んでいく。当然、手から伸びている白いオーラも伸び続けていた。
「威力はご覧のとおりだ。突き飛ばす威力を調整すれば勿論、弱めることも出来る。今朝、仕留めたケルピーだが、それもこいつで矢を射出して射止めた」
「こ、怖っ……」
というか……何となく分かった。エルフの魔法で獲物を仕留めなかった理由が。それだけの威力があるなら、銃の硝煙反応のように何かが獲物に残るのかもしれない。
その点、人間の魔法ならあくまでも物理攻撃。何か証拠のようなものが残ることはない。
「無論、攻撃以外にもこいつは使える」
そう言った直後、奥に吹っ飛ばした方向から、真上にボバッと何かが投げられる。ハッとして顔を向けると、さっきの岩が放物線を描いてこちらに向かってきていた。
何が困るって、真上にはね上げられた時、白いオーラは消えている。……つまり、操っているわけではなく、真上に放り投げて魔法を切ったのだ。
「ちょおっ……!?」
「浮力を操るわけだから当然、こちらに向かってくる物を止めることもできる」
そう言う通り……落ちてくる岩に向かって手をかざした直後、白いオーラがその岩を止めた。
「当たり前だが、今は岩を止めるのに十分な魔力を得ておかなければ……こうなる」
そう言う通り、白いオーラを徐々に無くしていくにつれ、岩は少しずつ地上に近づいてくる。
そして……まだ白いオーラが出ているにも関わらず、ぬるりとバランスを崩したように落ちてきた。
危ない、と思ったのも束の間、再び太い魔力を添えることでそれを支えた。
まるで片手で岩を持ち上げているような絵……困った。惚れそうだ。
「か、カッコイイ……!」
「むっ……そ、そうか?」
あ、この人褒められ慣れていない。ちょっと照れた。
だが、その細腕の割に力持ち、みたいな描写は男の子なら大好きだ。ていうか……その魔法、色んな漫画やアニメ的な技のように応用できそうだ。
「なら……早めに使い方を覚えることだな。この魔法のやり方だが……」
「は、はいっ……」
「エルフは魔法に杖など使う必要はないが、人間はそうもいかないそうだ」
「杖? ……あー」
そういえば街の近くで魔法を使う際には、杖を使っていた。なんか魔法っぽくて好きだが……杖はどんな役割を果たすのか?
「杖って、どう使うんです?」
「分からん」
「えっ、わ、分からないんですか?」
それは驚いた。なんかこう、振るったりして使うものだと思っていたのだが……と、少し冷や汗をかく。
「ああ……すまないが、エルフはこんなもの必要ないし、人間だってやろうと思えば杖など無くても魔法は使えるはずだ。人間の友達が一人しかいない私には、どう使うものなのかは分かっていない」
「そ、そうなんですか……そのお友達の方に聞いたりは……」
「その人も、杖を使ったり使わなかったりするし、使わない事のが多かったから、あまり聞かなかった」
マジかよ……と、この世界の魔法への印象がどんどん悪くなる。
必要があるのかわからない杖、他の種族なら当たり前のように使える人間の魔法、使い方次第とはいえ基本的に地味な魔法……なんか、やはり現実は何処も厳しいのかもしれない。
少ししょぼんとしている自分に、セレナが続けて言った。
「だから、お前に教えるのは素手での魔法の使い方になる。杖は形だけ持っていれば良い」
「わ、分かりました……!」
まぁ、種族が違えばその辺も違うものか、と思って、もう受け入れる事しながら修行を始めてもらった。
「さて、まず魔法を使うには魔力が必要になる」
「は、はい」
「聞いた話によると、人間の身体に魔力が宿るのは3〜6歳までの間。その後は、成長に応じて少しずつ増えて行くらしい」
本当に身体の一部のようだ。保健の授業を受けている気分である。
「それ故に、本来なら成長すると同時に『こんなことが出来るかも』と思って何となく魔力を使えるようになるはずだが……」
「えっ」
「……お前は分からないんだろう? 今日までの生活を見ていればわかる。物をわざわざ手で持ったりしていたからな」
「す、スミマセン……」
「構わない。異世界出身、という話だからな」
あ、それ信じてくれてたんだ、と少し嬉しくなりながらも、自分は自然と魔法を覚えられないことには少し絶望する。
まぁ、異世界で生きていく時点で、いい加減楽することは忘れなければならないが。
「まずは、自身の魔力を自覚することだ。浮遊の魔法を最初に教えるのも、一番自覚した物を容易く操れるというのもある」
「な、なるほど……」
「その為、自覚させてやる」
「え?」
その直後、セレナの魔力に包まれ、身体はふわりと浮き上がった。
フワフワと上空に向かっていく……が、何のつもりだろうか? 少しずつ慣れてきた……とはいえ、やはり生身で空中に投げ出される感覚は胸の奥ではドギマギしてしまうものだ。
「あの……あまり高くなると怖いんですけど……」
「怖くなければ意味がない」
「え?」
直後だった。身体の周りから、白い魔力が消えた。これはつまり……なんて、理解する前に落下が始まった。
「うそおおおおおおおおおお!!!!」
なんでだああああああ! と、涙目になりながら落下する。どうしよう、死ぬ。浮遊? いややり方が分からない……!
体内に魔力がある、とかなんとか言われても、どう使えば……いや、考えている場合じゃない。
とにかく、浮け……浮け〜……! なんて願ってみたが……その前に、上からぐいっと腕を掴まれた。
「ダメか、もうすぐで死んでたな」
「ーっ、ーっ……!」
「まぁ、考えてみれば、やり方が分からないのに、強引に発破をかけても無駄か……」
「な、何するんですか! ビックリしたなぁ!?」
「ビックリさせないと意味がないと思ってのことだ」
悪びれる様子がない! と、頭を抱える。この人、確信もなく人を突き落としたのか。
やはり世の中、火事場のクソ力という風にはいかないみたいだ。
「し、心臓に悪い……何回死にかけても命の危機には慣れない……」
「2〜3回くらい死ぬ目に遭った方が、度胸がつく」
「ていうか1回死んでるんですけどね……」
「ふむ……しかし、魔力が視認する事ができる浮遊がダメだと、他の魔法はどれも難しい……」
「スペルとか記録は難しいんですか?」
「その二つは五つの中でも特殊だ」
それはそうかもしれない。効果を聞いた感じでも、あまり他の漫画やアニメで見るものでもないから。
「魔力を起こす方法……杖とか、必要なのか? よっ、と」
話しながら、セレナは家の方に手をかざす。白い魔力のオーラが家の中に入り、家の中を漁る。やがて、杖を持ってセレナの手元に戻ってきた。
「使ってみろ」
「あ、はい」
言われて、杖を握る。その直後だ。確かに、体内から何かが杖の中に引き寄せられるような感覚に陥った。
なんだろう、この感じ……もしかして、体内の魔力が杖に反応しているのだろうか?
「ふむ……杖があると、人間の魔力を呼び出すことができるのか……杖を欲する理由はこれだったか」
「あの、これどうしたら?」
「だが……杖がなくても魔法を使える人間はいるし、実際身を守るなら、ない時にも使えた方が良いな……」
何かブツブツと呟いた後、セレナは正臣の手元の杖をしばらく眺める。
「……杖が人間の魔力を吸い、それを魔法にして放つ……いや、魔法に使う魔力を杖に込め、魔法という形にして発する……というべきか。つまり、そもそも魔力を外に出す事は、人間はみんな苦労するようだな……」
「そ、そうなんですか……ほっ」
「ホッとするところじゃない。お前には、杖無しで魔法を使えるようになってもらう」
「え……な、なんで?」
「身を守る時が来た時、杖がなかったらどうするつもりだ。ない時に使える方が良い」
それはその通りだが……いや、他の人間が杖無しでは戦えないのに、自分は杖無しで戦えるの、なんか「あれ、俺何かやっちゃいました?」が出来るかもしれない。
異世界転生無双を努力で掴み取るのも悪くない気がしてきた。
「わ、分かりました! やります!」
「お、おう……なら、杖がある状態のまま、魔法を使ってみろ」
「は、はい……え、使うって?」
「そうだな……まずは私を持ち上げてみろ」
「え、あ、危なくないですか?」
「私は普通に浮けるから問題ない。……それに、人間一人浮かせられるようにならないと、自分を飛ばすことも出来ないぞ?」
それを言われるとやってみるしかない。確かに、飛行魔法は瞬間移動でこそないものの、正臣的にも使ってみたかった魔法の一つだ。
「私を浮かせた次は、今手から杖を通して魔法を使った時の感覚を覚えろ。それを……杖無しでも出来る様になれば良い」
「わ、分かりました……」
話しながら、正臣は一度杖を持ったままセレナに向けてみた。
魔法の杖……前の世界では、なんかそれっぽい形の木の枝を杖と呼んだりしていたことを思い出す。
だが……これは、本物。少し、ドキドキする。それとワクワクもする。これで……人を浮かせることが出来るのだから。
でも……その、なんだろう。
「あの……尖ったものを人に向けるの、なんかあんま気分良くないんですけど……」
「なんでだ!」
それはまぁ……なんだろう。元の世界の文化と言うべきか。箸で人を指すのも良くないとされていた世界にいたわけだし、ここは慣れるしかないのかも。
改めて、気を引き締めて杖を構えた。
「……行きます」
「ああ」
どうやって魔法を飛ばすのかはわからない。なので、とりあえず振ってみることにした。
「浮けー!」
「……」
念じるように叫びながらやってみると……まるで蛇行しているミミズのような白いオーラが杖の先端から出てきた。
それはうにょうにょうにょ……と、ゆっくりとセレナの方へ向かったと思ったら、ようやく体にまとわり付き始める。まるで、獲物をとらえた後の蜘蛛の糸のように。
そのまま、とにかくゆっくりと身体の周りに絡みついていく中で、ぷるぷると身体を震わせたセレナが、いよいよ持って癇癪を起こした。
「うがああああ! 気持ち悪いわああああ!」
両手から浮遊魔法の白いオーラを発したセレナが、周りにまとわりつく白いオーラを弾き飛ばした。
「鈍い! なめくじか、お前の魔力は!」
「ご、ごめんなさい!?」
「もっと早く! もしかして、遠慮しているのか!?」
それは無いこともない。ちょっとだけ、やはり人に尖ったものを向けている事もあり、あんまり強くやってしまって良いのか分からなかったり……。
「遠慮なんて必要ない。師匠に胸を借りるときは、常に全力で来い、バカモノ。そうでないと失礼だ」
「わ、分かりました……!」
漫画やアニメでたまにあるその理屈は本当のようだ。まぁ、考えてみれば、怪我をさせるかも、なんて思う時点で師匠……いわば目上の方を侮っている事になるから。
改めて、杖をむけて魔法を使った。
「そらっ……!」
次に放たれた魔力は……なんかやたらと太く、勢いがあった。
それは、まるで獲物に喰いかかる蛇のようにセレナを襲うと、そのまま後方に追いやって後ろの木に叩きつけた。
「いっだ! お前いっだ……!」
「す、すみません大丈夫ですか!?」
「っつつ……浮かす方向を後ろにしてどうすんだ! 上にあげるんだよ、上に!」
「ごっ、ごめんなさい! や、やっぱり物を浮かせた方が……」
「大丈夫だ。もっとすごい魔法を何度、喰らってきたと思っている? このくらい、大したことない」
「っ、そ、そうですか……」
「それより、私を傷つけたくなければ、さっさと上手くなることだ」
「は、はい……」
そ、そういうプレッシャーの掛け方しますか……と、少し冷や汗が流れる。
だが、確かに言う通りやるしかない。甘えを捨てるのは、自分にだけ向けたものではない。
師匠が良い、と言うのなら、お言葉に甘えるべきだ。
「よ、よし……やります! 歯を食いしばってください!」
「失敗しても良いけど、失敗しない努力はしろよ!?」
「頑張ります! うりゃー!」
「その毛虫みたいな魔法は本当にやめろ! 普通に痛い思いするより意味がない!」
と、その日の修行は、全てが浮遊に使われてしまった。
×××
「今日はここまでだな」
割と周囲をズタボロにしてしまった。出力の強弱が難しく、割とセレナをズタボロにしてしまったが、本当にピンピンしている。
「ま、まだいけます!」
「休むのも修行だ。明日もたっぷりシゴいてやるから、今日の所は休め」
でも、楽しくなってきた所だ。まだコツとか全然、掴めていないけど、セレナより軽いものならなんと加減して持てるようになってきた。それでも、外用の椅子を3個も壊してしまったが。
ていうか、休むのも修行、とはよく聞くけど、どういうことなのだろうか?
「休んでなんの修行になるんですか……!」
「次の修行に備えられるだろう。今日、10の修行をし、明日は1の修行になるより、毎日5の修行をした方が良いに決まっているだろう?」
「っ……そ、それは……まぁ……」
でも、結局杖なしで魔法は使えなかった。せめて余韻だけでも使えれば良かったのに……と、肩を落とす。
「そういうことだ。……それに、1日やそこらで完璧に身につけることは出来んだろう?」
「そ、それは……まぁ」
「それより、今日のところは水浴びして休み、夜の狩に備えろ」
言われて、少し目を丸くしてしまった。ちょっと聞き捨てならない。
「えっ、夜も行くんですか?」
「行くに決まっているだろう。夜は大半の獲物が睡眠中で、仕事がしやすい」
「そ、そうですか……」
それは確かにそうかもだが、夜の森って危ない……いや、飛べる以上はそうでもないのかもしれない。
「本当なら、お前の仕事はライティングを頼むつもりだったのだが……まぁ、仕方ないな。引き続き、矢を渡す係を頼む」
「す、スミマセン……」
「すまないと思うなら、言葉より行動で示せ。早いうちに魔法を使えるようになることだ」
「は、はい……」
情けない……と、思わず肩を落としてしまう。勉強も運動も出来なくても良い世界……なんて勝手に思っていたが、魔法は魔法で大変だ。
「それより、水浴びだ。私も昨日から洗えていないから、気になるしな」
「い、いきましょうか……」
二人で湖に向かった。そういえば……水浴びってどうやるんだろうか? イメージでは……外で裸になって湖に浸かるわけだが……やはり水は冷たいのだろうし、石鹸もシャンプーもない。
まぁ……もしかしたら、異世界での生活なんて割とそんなものなのかも……と、思いながら、到着した。
「ここだ」
「うわっ……綺麗ですね……」
ビックリした。いや、考えればわかったかもしれないが、異世界の湖が汚いわけがない。生活汚水とかないし、ここに不法投棄する粗大ゴミも(おそらく)ないから、汚くなる要素がないのだろう。
……とはいえ、この透明度が当たり前にある辺り、本当に元の世界の環境汚染が酷いものであったかが分かる気がする。
なんて、少し見惚れていたからだろうか? 隣で、綺麗なエルフが服をさっさとパージしている事に気が付かなかった。
「ちょおっ!? シェレナしゃんっ……!?」
「? なんだ。どうした」
「なんで脱いでるですか……!」
「水浴びだからだろう。お前も脱げ」
「一緒に!?」
「その方が楽だ。待ち時間もないし」
は、恥じらいがない! 流石、自然と一緒に生きる狩人。見られるくらい……それもガキ相手なら気にならないと言うことなのだろうか? にしても冬の寒さだというのに。
一糸まとわぬ生まれたままの綺麗な肌……いや、今日のトレーニングで擦り傷やアザはあるが、それがまた完璧さを阻害し、えっちさを生み出している……いや、申し訳ないとは思うけど。
いや……なんにしても……デカい。普段はサラシだからだろうか? 気が付かなかった。バインバインだ。前の世界にいた女教師よりも、入院した時にいた看護婦さんよりも、中学の修学旅行先で見た舞妓さんよりも、デカい。
「……」
そもそも……あれはなんだ? 何故、胸部だけに脂肪が集まる? お腹は割れ、両腕も細くしなやかで力強く、両足もすらっとしていて長いのに、何故胸とお尻だけあんなことに? STYLEが良いのか抜群とか、そんなレベルではない。爽やかな顔をして……身体は淫ら……。
直後……ガッ、と。ガッと頬を掴まれ、マンリキのような力でミシミシと掴まれた。
「あがががががっっ……!」
「ジロジロ見られるのは不愉快だ」
「ほ、ほへんははい……!」
「そんなに女の裸が珍しいか? ……それとも、ガキの癖に興奮しているのか?」
いやガキだからこそでは? と、思う間も無く、セレナはニヤリと珍しく意地の悪そうな笑みを浮かべて告げた。
「それより、早く脱げ。……まさか、人の裸はジロジロ見るくせに、自分のは見せたくない、なんて言うつもりはあるまい?」
「っー!」
いや、人の顔を掴んで持ち上げてるくせに、なんて思っても、そもそも口を塞がれていて何も言えない。
「なら、私がお着替えを手伝ってやろう」
「えっ」
何か言う前に、手から少しずつ離されていく。いつの間にか、正臣の身体は白い魔力で包まれていた。なんか……嫌な予感がする。
「ちょっ……せ、セレナさん!?」
ていうか、女の人が全裸を隠さずに魔法を使っている姿がエッチすぎる! 正直、魔法をかけられている点より、大きな二つの山の頂上にある点が気になって仕方ない……!
「ほう、ここまでされてまだ人の乳が気になるか? 異性にストイックな奴だな」
「せ、せめて隠して下さいよ! なんでオープンなんですか!」
「? 何故、水浴びをするのに身体を隠す必要が?」
「裸のままでも隠す方法はあるでしょ腕とかで! こちとら元は健全な男子高校生ですよ!?」
「ほう……貴様、高校生だったのか」
え、学校分かるの? と思ったが、そこでようやく元々、魔法学校の世界に来たことを思い出した。そうだった、そこに通いたくてきたんだ。
「そ、そうだ……俺、魔法学校に通いたかったんだ……!」
「……お前が?」
「あ、はい。まぁ……今の魔法の技術じゃ進級さえ無理だと思いますけど……」
「……そうか」
……あ、ちょっと無礼だったかも、と言ってから後悔した。元々の目的を突発的に思い出したとはいえ、既に教わっている人に言うべき事ではない。
……それに、今はもう割と学校にどうしても行きたい感じではないし……。
大した傷ではない、と本人は言うかもしれないが、身体に何箇所か傷を作ってまで特訓に付き合ってくる人、少なくとも学校にはいないだろう。
「でも、今はいいです。セレナさんが、ちゃんと魔法を教えてくれますから」
まだ短い期間でしか付き合っていないけど、それは十分伝わってきた。身体を張ってくれて、先に備えて仕事を教えてくれて、必要ない係を与えてくれて。
勿論、こちらの態度次第でそれも変わるだろうが、それはつまり正臣次第ということだし、理不尽は無さそうだ。
「……そうか」
心なしか、少し嬉しそうに笑みを浮かべてくれた。この人……やはり普通に美人な上に可愛い人だ。少し怖いけど、基本的には口調以外優しい。そして何より、意外と感情の起伏が素直に出ている。
「ま、私と一緒なら、またこうして一緒に裸で水浴び出来るかもしれないしな?」
「そ、それは関係ないです! ていうか、ドスケベなのはむしろあんただろうが! 外で当たり前に全裸になりやがって!」
茶化され、ついうっかり言ってしまった。割と失礼極まりないことを。しかも、タメ口で。せっかく人が真面目な話していたのに言われて半ギレだった。
当然、こんなことを言えば……。
「貴様っ……ほ、ほう! 随分と生意気を言うようになったな! だが、誰も見ていない中、外で脱げるくらいの心意気でないと、エルフの国の外では生きていけないんだ!」
「俺がいるでしょうが、俺が! バッキバキの思春期の俺が!」
「知るか! どの道、私の家ではこうする他ない! 貴様も……慣れれば良いだろうがー!」
その直後だ。セレナがさらに反対側の手をコチラに向ける。何をしている? と思ったのも束の間、胸元に違和感。
「今更だが、随分と着込んでいるな。ボタンが多い面倒な服を二枚の上に、ベルトだと? 他人に、何枚も着込んでプロテクターまで装備して肌を見せたがらんとは……女子か」
「そ、そういう制服なんですよ! え……てか何して……」
「エルフの魔法なら、他人の服を脱がすくらい造作もないが……ふむ、この服は面倒だ。時間がかかる」
「何してんのあんた!? エルフの魔法を追い剥ぎに使うつもりか!?」
「ひ、人聞きの悪いことを言うな! これは教育だ! 仮にも親に生意気な口を叩く坊主へのな!」
「謝れば良いんですか!? 謝れば許してくれるんですか!?」
「いや、どちらにせよ脱がしはするぞ。さっさと水浴びを切り上げないといけないからな」
「やっぱりドスケベはあんただー!」
「はい絶対脱がす!」
まずい、と正臣は冷や汗を流す。本当に脱がされる。いや、ある種こんな美人さんに服を脱がされるなんて興奮はするが、まだ羞恥心の方が勝ってしまう程度には、性癖は歪んでいない。
というか、だ。元の世界では童貞であることは経験者によくネタにされたりするが、それ女の子に自分も股間を見せつけたことがあると自慢しているわけであって。
そんな恥ずかしい思い、少なくとも自分は体験したくない。
魔法に対抗するには……魔法しかない……! そう決めた直後……杖によって魔力が体内から体外に出た感覚を、身体が思い出した。
ボッ、と火を吹いたように、両手から白い魔力が放たれる。
「さ、させるかァァアアアア!!」
「ぬおっ……!?」
そのまま、自分にかけられている浮遊魔法を相殺させる。
「!」
「うしっ、次は……!」
自分の服を脱がそうとしている魔法……と、思う前に。相殺したということは、一度セレナの浮遊魔法は消えたと言うわけであって。
そのまま、真下の湖に自由落下した。
「ガゴボッ……!」
死ぬ、死ぬ! なんでって、泳げないから……と、涙目になる中、スィーっと再び浮かされる。
「っ、はぁっ、はぁーっ……し、死ぬかと思った……」
「おい」
「は、はい……これはもう脱ぐしかないです……」
「そうじゃない。魔法、使ってみろ」
「は?」
「今、早く! 使ってみろ!」
言われて思い出す。そうだ……今、自分はどうやって魔法を相殺したのか?
「っ、そ、そうだ……!」
「早く、思い出せ。出来た時に! 私を持ち上げれば良い!」
「は、はい……!」
慌てて、セレナに向かって手をかざした。……全裸の師匠に向かって。
「な、何か着てくれませんか……?」
「言ってる場合か!」
「場合です! 集中出来ないんですよ!」
「いいから!」
こいつはほんとに男心がわかんねー奴だ! と、イラッとしてしまった。どうしよう、弟子としてはこの機会は逃したくないが、とても思い出せる気がしない。
集中なんて出来っこ無い……と、思った中、目に入ったのは、師匠の近くに落ちている服だ。
そうだ……あれがある……と、そっちを凝視した。せめて着せてやることができれば集中出来る。
師匠のために……ここは死んでも着せてやる、そう思って自身の魔力を呼び起こした。
「いけッ……!」
放たれた白いオーラはそこそこの速度でセレナの足元に向かい……そして、服をふわりと持ち上げた。
魔力を操る……師匠に教わったことだ。
魔力で浮かせたものを動かすのは、魔力にも神経が通っているような感覚で操作する……だから、なるべく手から操作するのが良い。手から魔力を出さなくても操作出来るのは、それこそセレナのような熟練者だけらしい。
つまり、浮かせたものを動かすには、最初は腕ごと動かした方が良いということだ。
「そらっ……!」
そのままフワフワと上着は漂うように移動し、セレナの肩から上に被さった。
「ふぅっ……よ、よし……では行きますからね……!」
まずは上着を被せた。よし、さっきの感覚を思い出して、今度はセレナを……!
と、思っている正臣に、セレナは普通に歩み寄ってきた。
「え、いやあの……動かないでもらえます? てか、その格好でこっち来られると……」
「よくやったな、マサオミ」
「え?」
ポンッ、と頭の上に手を置かれる。なんで? と、思ったのだが、その正臣に応えるようにセレナは告げた。
「対象こそ私では無かったが、杖なしで浮かせられたじゃないか」
「あ……」
そういえば……そうだ。さっきまで、杖ありで椅子しか持ち上げられなかったと言うのに……。
……もしかしていつまでも裸でいたのって……自分に発破をかけるためだったりするのだろうか?
「もしかして……あの、俺が魔法を使えるようにするために、は……水浴びに?」
「え? あ、あーうん、そう」
「違うのかよ! じゃあ本当に痴女か!?」
「この口か」
「ご、ごふぇんふぁふぁい!」
ギューっと頬をつねられてしまった。ちょっと感謝して損した。
手を離したセレナは、その4/5裸のまま告げた。
「さて、次は人間……と行きたいところだが、今は休憩中だ。……良いな、今の感覚を忘れるなよ?」
「は、はい……」
そ、それは良いんだけど……お願いだから。
「服、着てくれませんか?」
「……そんなに二人で水浴びが嫌か?」
「は、恥ずかしいんです!」
「わ、分かった分かった……やれやれ、人間のガキというのも面倒だな……」
何とか別々で水浴びを済ませる事になった。
さて、どう水浴びをするか? と言うか、今の時期は秋、割と肌寒い季節だ。そんな時期に裸になれる目の前の人もすごいが、水に浸かるのは少し気が引ける……なんて思っている時だ。
セレナは、湖から水を綺麗な長方形にして掬うと、それに手を当て、一気に凍り付かせた。
「いっ……!?」
そのまま地面の上に置くと、今度は小さな火球を生み出し、氷の塊の真ん中に置く。少しずつ水は溶けていき、スペースができると同時にお湯が氷の中に貼られていった。
「あの……エルフの魔法は凍らせることもできるんですか……?」
「人間の魔法だ。温度を操る魔法があるだろう? あれは、温度を上げることも下げる事も出来る」
「な、なるほど……え、でも……威力が桁違い過ぎるのでは……?」
「それは、魔法を使う者の腕次第だ」
よく見たら、氷の全てが溶け切らないように反対側の手で氷のお風呂を補強していた。
「じゃあ、私は入るから。見たくなければ、外を見ていろ」
「あ……は、はい……」
いやここも外ですけど……なんて思いながら、一先ず景色を眺めた。
しかし……改めて魔法の世界に来たんだな、と実感しながら、自分の中途半端に開かれた手を見下ろした。
魔法を、使えた。そして後ろでは、魔法の塊みたいな人が、魔法のお風呂に入っている……そう実感すると、改めて……こう、異世界感? のようなものを思い知らされる。
「……」
もう一度、やってみようか。そう思い、片手や森の方に向ける。浮かせたい、ではダメだ。何せ、自分が浮かせるのだから。
遠くにあるものに対し、本気で干渉する勢いで手を伸ばさないとダメだ。
「あ……出来た」
次のステップは……やはり、人間だろう。自分も浮かせられるようにならないとダメだ。何せ、楽しそうだから。
何だろう……今まで勉強も運動もまともにやって来なかったし、夢中になるまでやることもなかったから、この感覚は初めてだ。先が、ワクワクして仕方ない。
自分を浮かせるには……杖ならどうするのだろうか? もしかしたら、自分に杖を向けたりするのかもしれない。
なら、手を自分に向ければ……いや、セレナはそんな事していなかった。
つまり……やりようがあるのだ。人を浮かせるには、それを魔力で包む必要があるわけだし、手のひらから少しずつ広げて、自分の体に膜を張るように……。
「……っ、はぁ、ダメだ……」
思ったより上手くいかない。というか、魔力切れとかもあるのだろうか? あんまり一日に無理すると厳しいのかもしれない。
「ふふ、空き時間を利用してトレーニングか? 熱心だな」
「少しでも早く、魔法を使えるようになりたいので」
「そうか……関心だな……」
少し、声が緩い。もしかして、割とお風呂好きなのだろうか? 普段とのギャップが可愛かったが……その、後ろでお風呂に入っていると思うとやはりドギマギするので、勘弁して欲しいまである。
「……でも、無理はするな。これからまた、仕事なんだから……魔力の消費は、体力を削る……」
「あ……は、はい……」
そういえば、と正臣は気になったので声を掛けた。
「あの、関係ないことなんですけど……石鹸とかってあります?」
「ここの湖では必要ない……。この湖には、たまにユニコーンが水も水浴びに来る……ユニコーンの体液には、周囲を清潔にする成分が出る。だから、この湖に浸かるだけで、汚れは取れる」
「な、なるほど……」
「これほど清潔な湖でないと生きられない生物もいるし、そうでない生き物もここに水浴びに来る。……この湖は、森の命と言っても過言ではない」
随分と便利なものだ。だから、師匠はこの湖の中に入って温度を上げたりするのではなく、わざわざ水を汲み取ってお風呂を作ったのかもしれない。汲み取った水に入れば、湖そのものは汚れないから。
それと同時に察した。おそらくユニコーンは絶滅危惧種。そんな便利な生き物、乱獲されない理由がない。
「あの……絶滅とかしないんですか?」
「しない。狩人の仕事はそこもだ」
「え?」
「密猟者を発見し次第、通報……可能なら捕獲。だが、お前にそんな真似はさせない。見つけたら、私に言え」
「あ……は、はい」
そういえばそうだ。と言うか、転生する前までは対人戦も想定していたのに。
当たり前だ、魔法が使える世界だろうと、人間は人間。犯罪だって起こるだろう。
自分の身を守るためにも、魔法は改めて真剣に学んだ方が良いと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます