仕事

 翌朝から、魔法の特訓が始まる……と、言われていたのだが、前の世界の夜型な生活が響いた。


「良い度胸をしているな? 初日から寝坊とは」

「すっ……スミマセン……」


 目覚まし時計、なんていう便利なアイテムはこの世界にはなかった。

 既に仕事用の服に着替え終え、カンカンに怒ったセレナに叩き起こされてから正座して怒られていた。


「言ったはずだ。朝5時に起きろとな。口だけで、本当はここでニートになるつもりだったか?」

「ち、違います!」

「行動はそうなっているだろう」


 反論の余地はない。ダメだ……生活から改めないといけない。


「す、すみません……気をつけます……」

「貴様の出身では、早起きの文化はなかったのか?」

「そ、それは……その……」


 そもそも、自分が異世界転生者である事が信用されているのかも分からない。

 まぁ……一応、言ってみるが。


「その……俺、目覚まし時計を使ってて……」

「なんだそれは?」


 やはりないか、と理解しつつ、話を改めて進めた。


「時間になると、大音量を鳴らして起こしてくれる時計なんですけど……」

「そんなものがなければ起きられないのか? 貴様の地元の人間は」


 それはその通りかも……と、少し目を逸らす。元の世界では「体質によるから」で通るかもしれないが、少なくとも目の前のセレナには通らなさそうだ。


「す、すみません……明日から、気をつけます……!」

「まぁ良い。とりあえず、朝から仕事だ。ついて来い」

「あ……は、はい」


 え、朝食は? と、思ったが、なんとなく朝飯なんてないことは察した。というか、今更ながらなんの仕事をしているのだろうか?


「あの……お仕事とは?」

「狩猟だ」

「狩猟?」

「今朝のうちに獲物を仕留め、市場に流す。……特に、昨晩は何処かの誰かを拾ったお陰で獲物はなかったからな……最低でも三頭は仕留める」

「うっ……す、スミマセン……」

「気にするな。貴様を助ける判断をしたのは私だ」


 じゃあそんな言い方すんなよ、と思っても、言える立場ではない。

 少し肩を落としてしまっている正臣の胸元に、ドサッと矢筒を放り投げられた。


「ちょっ……!?」

「持て」

「あ……は、はい……」


 矢……昨日、気にする余裕はなかったが、本物……だろうか? 調理器具にして使っていたけど、殺すための道具を、こうも日常生活で使われると改めて野生的な異世界というものを実感させられる。


「詳しい説明は移動しながらするが、役割だけ言っておくとお前の役目はその中から私が指定した矢を手渡す事だ」

「え? あ、あの……」

「それと、仕事中の返事は『はい』しか認めん。分かったな?」

「は、はい……!」


 そうだ……これは実質、自分が一方的に世話になってはいるが、表面上はギブアンドテイク。従って、セレナの言う事は絶対服従であるべきだ。


「行くぞ」

「は、はい……あ、所で服装はこのままで良いんですか?」

「お前は私に矢を渡すだけだ。構わん」


 異世界に来てからずっと学ランだ。正直、着替えたいというのもあるが、そう言うなら仕方ない。


「そのダサい服以外に欲しい服があるなら、働きを見せろ。それに応じて支給してやる」

「っ……は、はい……!」


 気合を入れて、二人で小屋を出た。でも学ランは学園もののアニメで定番だよ、と思ったりもしながら。

 さて、矢筒を背負う。まずは紐を肩から下げなければ……と、スクールカバンを背負うようにして持ち上げ……。


「?」


 あ、あれ……持ち上がらない? と、小首を傾げつつ、もう一度……やはり、持ち上がらない。


「んっ……ふんっ……!」

「……何してる?」

「ち、ちょっと待って下さ……よっ、と……!」


 あ、上がった……と、ホッとする。……え、でもこれを持ったまま外に出るの? しかも……狩猟? と、小首をひねる。


「……大丈夫か?」

「だ……大丈夫です……!」

「なら早くしろ」

「は、はい……!」


 そのまま、なんとか二人で今度こそ小屋を出た。

 さて、その直後……身体が白いオーラのようなものに包まれ、ふわりと浮かんだ。セレナの身体もだ。


「うわっ……!」

「何を驚いている? 昨日もこれで移動しただろう」

「そ、そうですけど……」


 そうは言っても、この肌で足元に何もない感覚に慣れろ、なんて言われても困るというものだ。なんかこう……怖い。パラセーリングやパラグライダーってこんな感じなのだろうか?

 昨日は身体を抱えられていたからホッと出来ていたが……あ、ていうか、昨日なんでもっとあの感触を堪能しなかったのか……あれ? ていうか、今更思ったけど……こんな美人さんと一緒に暮らせるなんて……こういうのも異世界ならではの好イベントなんじゃないだろうか?


「っ……!」


 いや、全然良くない! なんか緊張してきた。訴えられないか? それとも変態扱いされないか? とか、悪い想像ばかり膨らんで……。


「おい、聞いてるか?」

「えっ?」


 何か言っていたらしい。全然、聞いていなかった。


「な、なんですか?」

「仕事中は集中しろ! 本当に分かっているのかお前は!?」

「ご、ごめんなさい!」


 そ、そうだ……年上の美人さんと一緒だからって喜んでいる場合ではない。使えないと思われたら問答無用で叩き出される可能性もあるのだ。気を引き締めなくては……!


「もう一度、お願いします……!」

「次はないぞ」


 そうだ……正直、怖がっている場合じゃない。生きるためにも、仕事のお手伝いに全神経を注がなくては。


「矢筒の中、四つに分かれているのは分かるか?」

「は、はい……」


 確かに、矢筒の中は四等分されていた。当然ながら、矢も四箇所に分けられている。


「内側の縁の部分に数字がふってあるのは分かるな?」

「はい」

「その番号を私が言ったら、そこに入っている矢を私に寄越せ」

「わ、分かりました!」


 簡単……とは言い難い。矢筒はこれだけ重いのだ。つまり、この一本も重いのかも……と、思って矢筒に手を伸ばす……が、重みは感じない。

 もしかすると、自分ごと浮かせてくれているからだろうか?

 ていうか、それなら矢を渡す係なんていらな……いや、実質的な必要なくとも仕事を与えてくれているのだろう。全力でこなそう。

 そのためにも……まずは興味を持ったことを示し、質問をした方が良い。


「あ、あの……質問、良いですか?」

「なんだ?」

「これ、なんで分けてるんですか?」

「効果の差だ。魔力が込められたもの、軽いもの、重いもの、刺さらないものだな」


 聞いて、少し意外だった。というか、そもそも魔法の世界なのに矢が必要なことに驚いた。セレナは弓を持っていないし、どういうことなのか?


「弓は使わないんですか?」

「魔法で放つ。弓なんて必要ない」

「魔法で……なるほど……」


 確かに、浮遊やら何やら出来るわけだし、余裕でこなせそうな感じはある。

 けど、もう一つある。


「あと、もう一点良いですか?」

「ああ」

「毒とか炎とか……そういうのは使わないんですか?」


 矢のバリエーションが少ない気がする。ゲームが基準で申し訳ないが、効果がある矢というのはもっとあるような……なんて思っていると、すぐに答えてくれた。


「バカめ、毒や炎で商品を痛ませるつもりか。肉、骨、牙、毛皮、内臓に至るまでバラされ、あらゆる箇所で使われる……それを提供するのは、可能な限り傷をつけるわけにはいかない」

「……な、なるほど……」

「……それに、我々は命を金と交換するんだ。獲物には、可能な限り苦しめずに仕留めてやりたいものだ」


 ……そういうもの、なのだろうか? ていう事は、炎や毒も使おうと思えば使える、ということだろう。

 まぁ、何にしてもそれは後で魔法を教えてもらえるターンまで待機……なんて思っている時だった。


「……いたぞ」

「え?」


 獲物がいたようだ。セレナの視線の向きの方向は真下の森の中だが……何処だろう、と思って自分も下を見た。見てしまった。


「っ……」


 日本最高の建物の透明の床とは、わけが違う。ちょっと怖い、

 この浮遊感……身体を包んでいる浮力が改まって気になってきてしまう……いや、集中しないと。いたぞ、ということは獲物を見つけたということ……。


「4番寄越せ」

「っ、は、はい……!」


 背中の矢筒から、4の矢を取り出す。確かこれは……刺さらない矢だ。確かに、先端は寸胴のように鉄の塊がついている。少し重い。

 セレナは、空中に浮かんだまま矢を受け取ると、手を放した。

 その矢は矢尻から白いオーラのような物を反射しながら、突如と加速し、落下。その速度は正臣の目には追えなかった。一つ確かなのは、コッという大人しそうなのに嫌な予感を彷彿させる木琴のような音が空中まで響いたことだ。


「仕留めた」

「え? あ……も、もう?」

「お前が、素早く矢を渡してくれたおかげだ」

「っ……あ、ありがとうございます……」


 ほ、褒めてくれるんだ……と、少し頬が赤く染まる。本当は、別に自分が矢を手渡すまでもなかったのだろうが、褒められたこと自体が何年振りかもわからないので嬉しくて仕方ない。

 が、それも束の間だった。


「獲物を回収しに行くぞ」

「あ、は、はい」


 そのまま運んでもらった。森の中に木々を避けつつ上から入った事で、ようやく仕留めたモンスターが目に入った。

 そこで倒れていたのは、ケルピーだった。昨日襲ってきた奴と同じ奴かは知らないが、後頭部に一撃入って失神……している? 白目を剥いて涎を垂らしているが……。


「これ、生きてんの……?」

「死んでいる。見れば分かるだろう」


 いや、分からない。生物の亡骸を見たのなんて精々が昆虫か魚くらいのものだから。他は食用に切り刻まれた動物とかくらいだし。


「このまま、売るんですか?」

「当たり前だろう。川で洗ったりはするが、その後は売却する」

「な、なるほど……」


 そこで、ハッとする。それくらいなら、自分にも出来るかもしれない。


「じ、じゃあ……俺にそれ、やらせてください……!」

「……ふっ、良いだろう」


 ……あ、少し喜んでもらえたかもしれない。


「何かコツとかありますか?」

「ない。見た目の土やら何やらを落とすだけだ。たまに虫がついていて、ダメにしてしまう事もある」

「む、虫……」

「……まさか、虫が苦手とか言うつもりはあるまいな?」

「だ、大丈夫です!」


 そ、そう……生きるためだ。虫にビビっている場合ではない。


 ×××


 正直、ちょっと泣きそうだった。人間以上のサイズの生物の死骸を触ったのは初めてだったから。それも、三頭分。特に、ケルピーとか馬の見た目でぬるぬるしてたから普通に気持ち悪い。

 あの後、三頭の狩をさっくり終えた。この女性は本当に強く、一頭につき一発で仕留めていた。どんな魔法を使っているのかはわからないが、本当に凄まじい威力だ。これなら拳銃なんていらない。

 だが……ちょっと想像と違ったりもする。呪文も無し、杖もなし、やっていたのは浮遊と射出だけ。なんか……地味に極める。


「おい、マサオミ。ちゃんと後ろをついてこい」

「あ……は、はいっ」


 街に徒歩で向かいながら、声を掛けられる。ていうか、後ろを死んでいるとはいえ化け物が三頭、ふわふわと浮きながらついてくるのはシュール過ぎると思わないでもない。アイテムボックスなんていう便利なものは存在しないのだ。

 とりあえず、声をかけられたので横に振り向いた時、ふと気が付いた。セレナの尖っていた耳はいつの間にか人間同様、丸くなっている。


「……あの、セレナ……さん?」

「耳のことか?」

「あ……は、はい」

「私は、街ではエルフである事は隠している。詳しい話は後ほど説明するが……お前がこれからすべきことは、私から離れないこと、そして挨拶以外はしないことだ。あと、それから極力、無礼に振舞わないことと、侮られないようにすることを心がけろ」

「わ、分かりました……!」


 何となく……察した。エルフと人間は相容れない存在なのかもしれない。アニメや漫画でも、モノによっては異種間では仲悪かったりすることもあるから。

 それでも、セレナは誠実に対応したいとも思っているらしい。

 その辺を自分なりに理解しつつ、黙ってついていくことにした。


「でも……なんで歩きなんです?」

「自分で考えてみろ」

「……」


 言われて顎に手を当てる。考えてみる、か……と、眉間に皺を寄せた。

 もしかして……わざわざ歩いていくということは、町ではもしかしてあまり浮いて移動したりしない……ということだろうか?

 考えてみれば、元いた世界でもヘリコプターをフライトするにしても、衝突に備えてフライトプランを提出する必要もあるみたいだし、空での事故も多かったりするのかもしれない。


「事故に備えて、とかですか?」

「答えは後で聞く。……そろそろ市場だ、黙っていろ」

「は、はい……!」


 そう言う通り、森を抜けると程々の高さの壁と門が出てきた。

 その門には、この世界に来て見る二人目の人間が見えた。髭とサングラスのおじさんだ。


「よぉ、セイラ。今朝の獲物か?」


 セイラ? と、小首を傾げたが、おそらく偽名。本当に余計なことは言わない方が良さそうだ。


「ああ。ケルピー二頭と、マンドレイク一匹」

「マンドレイク? 珍しいな、そんな小物持って来るとは」

「足手まといがいるからな」


 申し訳ない……と、肩を落としてしまう。マンドレイクとは、人間の半分くらいの身長しかない根っこだ。頭には巨大な花が咲いていて、正直見た目はかなりキモい。亡骸にして洗った時も、かなり耳に来た。

 こいつの用途は薬にしかならないし、成体より幼体の方が、効果が高いこともありあまり金にならない。

 少し申し訳なく思っていると、セレナが自分に視線を向けて来る。挨拶しろ、ということだろう。


「は、はい! え、えっと……初めまして。マサオミと言います……」


 緊張気味に頭を下げたが、セレナに今度は鋭い視線を向けられてしまった。いやホント情けない話で申し訳ない。自己紹介くらいで噛んだりドモったりしてしまうのは。これでは侮られてしまう。


「可愛い坊主だな。息子か?」

「義理、だがな」


 えっ、義理の息子の設定なの? と、冷や汗が流れると同時に、照れ臭くなって少し頬が赤く染まる。


「何年か前に、捨てられていたのを拾った」

「ほう……」


 それ、自分は何歳の設定なのか……。一応、今年で17歳なのだが……や、確かに身長は158センチと小柄ではあるけども。

 いや……余計なことは言うな、と言われたし、黙っておこう。


「買取の査定を済ませたい。通っても良いだろうか?」

「ああ。通れ」


 言われて、二人で門を通った。街の中……そういえば初めてだ。

 どんな感じなんだろう……と、ワクワクしていたのだが、目の前にあるのは大きな煉瓦造りの建物だった。多分、裏口である。


「……街の入り口では?」

「ここは市場の取締局だ。ここに私達は品物を査定してもらい、終わったら金だけもらって出ていく」

「……」


 ちょっと残念……まぁ、致し方ないけど。実際、普通に考えれば、獣の死骸を持って街の中を歩けば目立つこと必須だし、当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。


「でも……取締局? ここは何を……」

「黙ってついて来いと言っただろう。説明ならちゃんとあとでしてやる」

「あ、は、はいっ」


 そのまま、中に入る。スーパーの裏口のような見た目で、広々とした扉からは凄まじい獣臭がする。思ったよりここに来るのは今後も覚悟が入りそう……と、思いつつも、中に入った。

 中は、まるで学校の武道場のように広い。ここでは獲物の外観を把握しているらしい。

 メジャーや天秤などで重量、全長を把握しつつ、さらに奥ではアニメや漫画でしか見たことがない特殊なモノクルで外観の確認……だろうか?

 これだけしっかりと査定するのなら、川で洗う必要があったのだろうか……いや、その手の確認がしやすいように、なのかもしれない。

 そこまで業者に対し丁寧且つ親切に対応するとは、やはり異世界人は良い人……いや、もしかしたら、自分が知らなかっただけで、前の世界でもこう言った対応はしていたのかもしれない。


「頼む」

「かしこまりました。お預かり致します」


 ふわふわ浮いていた獲物を、係の者に渡す……というか、いつの間にかセレナは杖を握って魔法を使っていた。手渡す獲物も、三頭とも重ねられている。

 係の人も同様、杖を獲物に向けて浮かせたまま受け取る。


「相変わらず……良い仕事しますね。ここまで保存状態の良いまま仕留められた獲物は中々、ありませんよ」

「ありがとう」


 そうなんだ、と思いつつ、他の猟師が獲って来た獲物を見る。体の一部が捥げていたり、穴が空いていたりしている。

 ……ていうか、ちょっとグロい。骨や内臓が見えているし……。


「っ……」


 少し怖いが……侮られるような真似はするな、と言われた。何とか堪えるためにも、そもそも目に入れないようにすることにした。


「では、査定が終わり次第、お呼び致します。こちらの番号でお呼びしますので、館内でお過ごし下さい」

「……ああ。いくぞ」


 自分の腕を引いて、セレナは移動し始めた。

 お呼びする、と言われた以上は、何処かにいる必要があるのだろう。

 二人で館内を見て回る……事はせず、外に出てしまった。


「外出ちゃうんですか?」

「屋根の上に上がるだけだ。あの量ならば、30分で私達の査定は終わるだろう。その時に戻れば良い」


 よく分かるな、とも思ったが、まぁそこはベテランならではなのだろう。

 さて、外に出た後、正臣の腕を掴んだまま杖を自分に向けて浮かび上がった。

 フワリ、と二人の身体は屋根の上に舞い上がり、座らされる。


「今なら、話を聞いてやる。何が聞きたい?」

「あ……は、はい。まず、変装の理由から……」

「それは後にしろ」

「あ、は、はい」


 ダメなんかい、と少し冷や汗を流す。


「じゃあ、杖とか……」

「それは魔法を教える時間にする」

「あ、は、はい……」


 何を聞いて良いのか知りたい所だった。少し考え込んでから……じゃあ、と聞いてみることにした。


「セレ……セイラさん、その……俺、息子設定なんですか?」

「ああ、言っていなかったか?」

「え……い、言っていましたっけ……」


 全然覚えがない。


「いや、おそらく言い忘れていた。……事情は後で話すが、とにかくそういうことにしてもらいたい。勿論、義理だ。名前も、街ではマサオミ・シルアと名乗れ。私の街での名前もセイラ・シルアだ」

「わ、分かりました」


 こ、こんな美人な方の息子……と、少し胸が高鳴る。どちらかというとクールな顔立ちをしているセレナだが、正臣はさっき門で「かわいい」と言われた通り、女っぽいナヨナヨした顔をしている。色んな意味で息子には見えないかもしれない。

 だから、義理なのだろう。


「……息子、か……」

「どうした?」

「いえ……前の母親からは風俗に売り飛ばされそうになっていたこともあって、あんまり親に良いイメージなくて……」

「……」


 そもそも勉強をしなかった自分の所為……にしても、風俗に売るって割と正気じゃない気がする。


「お前も、大変だったんだな……」

「い、いえ、元はと言えば自分が蒔いた種ですから」

「何かしたのか?」

「親のお金で学校に通っていたのに、全く勉強しなかったのが原因です。親も俺なんかより優秀な弟にお金を出そうとするのは当然ですし……そのためのお金を俺に稼いでこいと言っただけなので」


 不満がないわけではないが……甘ったれるな、ともう何度もセレナに言われて自覚した。自分にも原因が少なからずある事を。

 だから……あまり気にしていない。


「……こう言ってはなんだが……」

「? は、はい?」

「私は貴様を売ったりなどはしない」

「っ……」

「だが……貴様次第で追い出すことはある。その辺は肝に銘じて、この後の魔法の修行について来い。良いな?」

「は、はい!」


 売ったりなんてしない。でも、こちらの態度や物覚えの良し悪しで対応は変わる……ということだろうか?

 ならば、こちらもやはり死ぬ気で頑張らないといけない。

 とりあえず、午後から始まる魔法の訓練に向けて気合を入れた。


 ×××


 さて、査定を終えた後は、さっさと森の中に引き返す。セレナも耳を元に戻し、空を飛んで小屋の前に戻る。

 いよいよ……いよいよだ。魔法の特訓。

 なんだかんだ、正臣は楽しみだった。なんだかんだと言ったが、魔法のトレーニングと聞けば誰でも楽しみになる。

 何せ、使ってみたい魔法はプレイしてきたゲームの数だけあるのだから。


「ふぅ……よし、では……」

「魔法ですか!?」

「朝食だ」

「あっ、あれ……?」

「当たり前だろう」


 そ、それはそうだが……拍子抜けだ。……いや、ここは気合を見せる所だろうか?


「お、俺は大丈夫です! 朝ご飯なんか食べなくったって……!」


 直後、ぐうぅぅぅ……と、タイミングを示し合わせたかのように意気込みと真逆の音がお腹から鳴り響いた。


「うっ……」

「ふふ、身体は素直なようだな?」


 な、何そのエッチな言い回し……と、思いつつも、朝ご飯の支度を手伝う事にした。

 と言っても、ほとんどはセレナがやってくれてしまう。魔法が使えない自分に手伝えることはない。

 それでも、世話になっている分は何かしなければ……と、思い、やることを探す。

 周囲を見渡してからふと気がついたのは、机の上だった。そうだ、飯の前には食卓を拭かなくては。

 その為にも布を……あ、洗濯物の山だろうか? ちょうど良い、タオルを借りよう。


「あ、あの……これ借ります!」

「ああ、好きにし……それで何するつもりだ?」

「え?」


 顔を向けたセレナが半眼になる。なんで睨まれているんだろう、と冷や汗を流した。


「つ、机を拭こうと思って……だ、ダメですか?」

「それは私のサラシだ!」

「え?」


 言われて、手に持っているタオルを見る。確かに、タオルにしてはサラサラしているし、生地も薄い……しかし、これがサラシ……初めて見る。

 サラシと言えば、女性が胸に巻くブラジャーの一個前のもの……サラシ!? と、ようやく何を持っているのか自覚した。


「わっ……ご、ごめんなさい!」

「使うなら別のものにしろ。直に肌に当たる物で汚れを拭くほど、私は不潔さを気にしないということはない」


 ぜ、全然気にしてない……いや、まぁセレナはもう大人だし、エルフならば年齢も人間より多く生きているのだろうから、気にしたって仕方ないのかもしれないが。

 何にしても、タオルが良い。というか、また下着を掘り当てると自分が困る。


「い、いや他のものでもダメでしょう……タオルとかないんですか?」

「その中を適当に漁れ。……というか、別に机なんて拭くこともないだろう」

「く、口に入れる物を置くんですから、綺麗にしないとダメですよ!」

「神経質な奴だな……まぁ、勝手にしろ」


 魔法で昨日と同じように焼き始めているセレナだが、少しドン引かれているのだろうか? でも、衛生面について敏感なのは自分の世界では当たり前だった。

 さて、今度こそタオル(だと思う)ものを手にして、机の上を拭いた。

 ついでなので、部屋の中を換気。昨日は気が付かなかったが、少し埃っぽい。


「何してる?」

「いや、少し埃っぽいので……」

「どんなに掃除したって無駄だぞ。どうせいつか汚れる」

「そ、そうですか……?」


 反論出来ないが、反論の内容はすぐに浮かぶ。定期的に片付けを何度もするから、綺麗なまま保たれるのだ。

 しかし、その辺を気にしないあたり、意外とズボラなのかもしれない。

 どうやら、掃除担当は自分がした方が良さそうだ。

 さて、料理している間に、軽く片付けを終えると、机の上に相変わらず豪快な料理が並べられた。


「さぁ、食え」

「あ、は、はい……いただきます」


 昨日とは違い、ちゃんと食器を借りる。あの後、掌の火傷に後になって気がついて、痛過ぎて大変だった。

 今日の料理は、串焼きなので昨日ほど野性的ではないが、味は変わらなさそうだ。……いや、串ではなく矢をブッ刺しているので結局野生的ではあるが。

 ……ていうか、この矢……ちゃんと洗ってあるのだろうか?

 い、いや……せっかく作ってもらってしまった以上、食べないわけにはいかない。気にせずにかぶりつく事にした。


「んっ……美味っ」

「ちゃんと食べて、力をつけろよ。魔法の特訓は、そんなに簡単なものではない」

「ふぁい……」


 要するに、意外と体力を使うことなのだろう。ならば、確かに力をつけないと……と、肉以外にも矢焼きになっている物を頬張る。幸い、好き嫌いはない。牛乳以外なら。

 そうだ、良い機会だし……聞いてみよう。というより、聞いた方が良い。


「ところで……そ、そのー……さっきの話なんですけど」

「変装のことか?」

「は、はい」

「……一応言っておくが、他の誰かには」

「秘密にします……」


 そういう事だろう。そもそも、セレナだって自分がいない時に正臣を誰か他の人間と会わせるような真似はしないはずだ。


「……あとで修行の時に改めて説明するが、人間とエルフの魔法は根本的に別物だ」

「え、そ……そうなんですか?」

「ああ。例えるなら……そうだな。さっき仕留めたケルピー……人間はどんなに鍛えても、ケルピーのように水陸双方で素早く動けるようにはならないだろう? 要はそういうことだ」


 確かに、洗っていて思ったが、あの脚やヒレの筋肉は自分がいた世界の馬よりも上だろう。まぁ、正臣が馬に乗ったのは牧場の体験ツアーでしかないので確信を持って言えるわけでもないが。

 要するに、生物的に魔法の性能が違う、ということだろう。それを隠したがるということは……。


「つまり……猟師の仕事を独占するって思われて、他の猟師から妬まれる、ってことですか?」

「そんな所だ。……よくわかったな?」


 まぁ、アニメや漫画でそういうのはよく見た。その辺、良くも悪くも他人に関しては無関心な元の世界の人間の方がマシかもしれない。

 ……いや、元の世界の人間は理由がなくても外見的特徴を指摘して他人を虐めたりもする上に、他人が困っていても自分に関係なくて面倒な事ならシカトしたりするし、どっちもどっちと言うべきか。


「長所がない上に考える脳と理性がある生き物というのは厄介でな……自分より秀でた生き物は排除しないと気が済まない、そういう連中さ」

「……す、スミマセン……」

「誰も、お前のことなんて言っていない。人間の中にも、良い奴がいる事くらい知っているつもりだよ。お前がそれに該当するかは置いといてな」


 やはり、手厳しい人だが、まだ自分は何もしていない。そればっかりは、口より行動で示す他ないだろう。


「が、頑張ります……」

「それは修行で見せることだな」


 話しながら、食事をすすめた。

 さて、食べ終えた後は、とりあえずお皿の洗い物。食器を重ねて流しに持っていこうとしたが……流しが見当たらない。


「せ……セレナさん、食器って何処で洗えば……」

「いや、私がやる。貸せ」

「あ……は、はい」


 そう言うと、手元から食器が浮き上がる。改めて思うが……本当に魔法って便利すぎる。自分が役に立つ未来が見えない……いや、弱気になっちゃダメだ。

 せめて魔法を覚えて本当に役に立てるまでは、追い出されるわけにはいかない。

 さて……今度こそ、外で魔法の時間だ。


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