プロローグ

転生

「魔法が使えるようになりた〜い」


 それは、少年の口癖だった。何故なら、少年に特技は無かったからだ。勉強も嫌い、運動も嫌い、好きなことはゲーム、アニメ、漫画の引きこもり。学校には行くが、休み時間中も授業中もスマホをいじっている。

 親には「次に赤点一個でも取ったら、ホモ用の風俗で働け。それ弟の学費にするから」と言われていた。

 で、実際に赤点をとった帰り道だったのだ。車に撥ねられたのは。

 さて、そんなわけで、今はおそらくあの世。周囲は宇宙のような景色で、お尻の下には椅子があるし、足元には床のような感触がある。

 これはおそらく……。


「異世界転生!」

「はい正解!」

「うわっ……!?」


 目の前に現れたのは天使のような長い白髪のお姉さま。……あ、やばい、好きになっちゃいそう。


「正解ですよ〜、みんな大好き異世界転生のお時間です♪」


 ほ、本当にあるんだ……と、思っても口にできない。それよりも、長年のコミュ障の弊害が出た。美人過ぎる人が相手だとキョドってしまう。


「田中正臣さん、あなたはお亡くなりになりました。まずは、お悔やみ申し上げます」

「え……あ……」


 そうだ……車に撥ねられたことを改めて思い出す。……でも、なんだろう。困った事に……ホッとしてしまっている。

 うちの両親はとっくの昔に、自分に愛想を尽かしていた。ゲイの風俗なんて……普通に嫌だったし。


「さて、亡くなったあなたには、いくつか選択肢があります」


 切り替え早いな、と思いつつも耳を傾ける……というより、話しかける勇気がない。


「まず一つ、元の世界で輪廻転生をする。生前、特に悪い行いをしたわけではないあなたは、地獄に落とされるようなことはありません。人間……あるいは人間以外にランダムで生を宿します。記憶をリセットし、新たにあなたを産んでくださる御両親から才能を引き継ぎ、生まれ直すことができます」


 その言い方だと、今ある自分にも何かしら才能があったかのように聞こえるが……まあ、もう死んだものは仕方ないし置いておこう。

 要するに、スタンダードな選択肢がそれなのだろう。


「二つ目、天国で暮らす。もう生きるのに疲れたーって人は、仏教で言うところの極楽浄土にて過ごすことが出来ますし、ここに何日間か留まった上で、また輪廻転生を選ぶことも出来ます。まぁ……輪廻転生する方はあまりいませんが」


 それはすごく便利だ、が……意外だ。いや、意外じゃないのか? 天国にいれば大抵、知り合いと久々に会ったり奥さんに会ったりするのだろうが、そのままずっと一緒にいたいだろうから。

 まぁ、自分にそんな大切な人間はいないが。


「三つ目、異世界で産まれ直す。これも人間か人間以外かはランダムですが、産まれ直す異世界は選ぶことができます。あとは一つ目と一緒です」


 産まれ直す異世界を選べる、というのは魅力的だが……結局は一つ目と一緒。記憶リセットはついて回る。その上、生物までランダムとは少し怖い気もする。知らない生物もあるだろうし。


「最後の一つです。こちらの選択肢は、自殺した方には与えられないものになりますが、あなたは事故死なので問題ありません。……今のあなたのまま、異世界を選んだ転生する。これこそ、異世界転生ですね」

「今の、自分のまま……?」

「はい。……いえ、厳密にはその世界の人間となるように手を加えますが。言語、魔力、霊力、呪力……あと何がありましたっけ……とにかく、今のあなたにない力が備えつきます」


 やはり……このまま転生したいものだ。というか、自我を保ったまま、また生を受けるにはこれしかないらしい。

 何より……正臣には、自分がいた世界が一番クソである自信があった。

 何せ、誰かと一緒でないと生きていけない、お金を稼ぐにはやりたくもない仕事に就かなければならず、そもそも勉強が出来ることが大前提。でなければ家族にも嫌われる。

 学歴だの資格だのがないと採用されない社会であり、職業倫理などない公務員が多いため、不正をした奴が勝つ世の中になりつつもある。

 そんな世の中で生きるくらいなら、別の世界の方が絶対楽しい。


「よ……四つ目で、お願いしますっ……!」

「分かりました。どちらの世界になさいますか?」


 それについては、元々引きこもりなだけあって何回かシミュレーションしていた。

 異世界転生……それはオタクにとって夢ではあるが、実際に起こったら結構大変なんじゃないだろうか? と。

 特に、冒険者なんて職業に就いたら最悪だ。夢とロマンが溢れる勇気ある仕事……といえば聞こえは良いが、チート能力があればうまくいくこともあろうが、今の話を聞いた限り、その特典はない。精々、その世界に合わせた身体になるだけだ。何より、剣や槍を持って近距離戦になるの怖い。

 これまでの情報を踏襲して、一番必要なのは……これだ。


「ま、魔法学校の世界とか……ありますか?」

「勿論、ありますよ?」


 やった……! と、内心でガッツポーズ。それだ。学園モノ……前の学校では基本、シカトされていたが、異世界の人間は基本的に良い人が多いイメージがある。何せ、よく分からん理由で異世界転生した人はモテるのだから。

 その上、危険は多くない。決してないわけではないが、大体この手の魔法学校の教員はバカ強いと相場が決まっている。

 つまり……安全だ。魔法なんて、遠距離から撃っていれば良いものだし、異世界の魔法なんて基本的に呪文を唱えるだけで撃てる。

 魔法学校って言ったって、そんなに難しいものではないはずだ。


「魔法学校がある世界も様々ですが……いかが致しましょう?」

「様々?」

「例えば、魔法を学ぶ学校が、元々あなたがいたような世界にひっそりとあったり、魔法を使える者はごく一部で、そのエリート校であったり、そもそも魔法が世界の全てであったり……」


 なるほど……と、顎に手を当てる。とりあえず、現実世界は嫌だ。現実の世界の人間はクソだと思っているから。

 残り二つだが……あまりエリートになりたいとは思わない。普通に魔法が浸透していてくれた方が良いだろう。何より、その世界だと自分が魔法を使えるとは限らないし。


「全てが魔法の世界で」

「畏まりました。他には……」


 いや、待って。ていうか……これ全部、決めるのだろうか? 細かく? そんなの面倒臭い。


「あ、あの」

「戦争がある時代とか……はい?」

「え、せ、戦争?」

「はい。戦いたい方とかもいらっしゃいますから」


 それは分からなくもないが、加減をしないとバッキバキの第二次魔法大戦とかの世界に飛ばされそうなものだし、程々が良い。

 とはいえ……せっかく魔法の世界に行くわけだし、自分も少しだけ戦ってみたい。


「いや、えっと……あまり闘いとかは程々にしかない程度で……」


 あまり頻繁に起きすぎても困るけど、何も起こらないと女の子を助けてモテるということも出来ない。

 とはいえ、魔法の世界で戦いが起こらないなんてことはないだろう。


「戦時中とかは勘弁ですけど、あんまり平和ボケしすぎない程度の世界で……」

「分かりました」

「あの……後はお任せします」

「よろしいのですか?」

「は、はい……」


 あまり考え過ぎてもダメだ。どうせ少し街とか歩いていれば情報は得られるだろうし、自分でやろう。ゲームでも基本的に説明書は読まないし、なんなら事前情報も見ない。


「では、お願いします」

「かしこまりました。では……これより、転生致します」


 ワクワクしながら、正臣は椅子の上で待機する。魔法学校の世界……それだけでも楽しみだ。

 とりあえず、欲しいのは一人でなんでも出来る魔法。高火力、テレポート、回復……これくらいシンプルなものが三つあれば良い。

 なんて、ゲーマーらしく作戦を考えている間に足元が光り輝き、その場から消滅した。


 ×××


 気がつくと、周囲は森の中だった。それは問題じゃない。なんか……肌寒い。

 服装は学ランなのだが、前の世界では寒さなんて感じなかったのに……季節が違うのだろうか?

 というか……何故、森の中? しかも夜中だし……ヤバい、なんか思ってたのと違う。


「な、何か魔法……」


 ……どうやって使うのだろうか? ダメだ、わからない。あまり身体に変化が出ているようには感じないのだが……。

 と、とにかく進まないと……いや、どっちに? 夜の山の中って、下手に進んだら悪化するんじゃなかっただろうか?

 朧げな知識しかないが、そんなのあった気がする。でも、打開策は……あ、そ、そうだ。川だ。ここが山頂なら、川を降れば街があるはず。人間、生きるのに水は必要だし、川から水を引いている田んぼもあるだろう。


「よ、よし……って、いやだから暗い中進むわけにはいかないって……」


 朝になるまで待機した方が良いのだろうか? しかし、森の中には生き物も……熊……いや、異世界の生き物だ。どんな化け物が出てくるか……。

 とりあえず……茂みの中で少しでも風を凌ぎつつ、今日は眠ることにしよう。野宿なんて、少し異世界っぽくて悪くない。一回くらいなら。


「よし……!」


 勇気を振り絞って、眠ってみることにした。


 ×××


 それから、約4日が経過した。正臣は、未だ森の中で動けずにいた。

 ヤバい……と、身動きも取れずにお腹を鳴らす。あれから昼や朝のうちから森の中を動き回ったが、川も小屋も食べられそうな木の実も見当たらない。

 なんだろう、この森は? と涙目になる。喉が渇いた。とにかく、何か口に入れたいが、昨日雑草だと思って食べた草でお腹を下したからだろうか? 物を口に入れるのが怖い。

 とにかく、水分だけでも摂りたいものだが、本当に何もない森なのだ。異世界転生後、魔法どころか何もせずに死んでしまいそうだ。転生先をもう少し考えて送って欲しいものだ……いや、もうそんなのどうでも良い。

 そもそも、誰とも話していないし、当然ながら風呂にも入れないし、人間としての文化的な行動も、動物としての生物的な行動も何一つ取れていない。


「……はぁ」


 前の世界で死ななければ……少なくとも風呂にも飯にもありつけた……人道的には暮らせなかったかもしれないが、文化的には暮らすことができた。

 ……いや、それは親のお陰だった。というか……考えてみれば、自分は一人じゃ何もできない。勉強も運動もできないから、こうして遭難した時に活かせるものが何もない。

 自分が衣食住の全てを手に入れられたのは、全部親のおかげ……勉強させてもらえるのだってそうだ。

 にも関わらず、勉強もしない、学校を楽しむ為に行動的にならない……それなら、親が自分を切って優秀な弟のために尽くそうとするのも頷ける……。

 なんて、極限状態で親の気持ちを理解し始めた時だった。


「……ぁ」


 偶然か、それとも必然か……目の前は現れたのは、上半身は馬、下半身は魚の生き物……何度もゲームで見てきた奴だ。確か……ケルピー、だっただろうか? こいつがいるということは、近くに湖でもあるのだろうか?

 不思議なのは、そのケルピーは口を大きく開いて、自分に近づいてきていること。もしかして、肉食なのだろうか? あり得ない話ではない。

 まぁ、なんでも良い。罪深く死亡した上で、何一つ反省する事なく浮かれて異世界転生するような自分には、この運命はお似合いだ。

 ……いや、なんなら最後の最後で異世界の生物を見られたことに嬉しく思いながら、目を閉じた時だ。


「ッ……!?」


 ひゅおっ、と風が吹いたと共に、身体が浮かび上がる感覚で目を開いた。

 若干、自分の身体が地面から離れていく……どうやら、本当に浮いているようだ。もしかして、死んだ? 食われる前に息絶えたのかも……いや、それなら自分の身体が下に見えないとおかしいのでは?

 ていうか……ふわふわ浮いたまま動いてる? と、少しずつ困惑している時だった。

 ギュッと背後から抱き抱えられた。何が起こっているのかは分からないが、さっきまでいたケルピーは食事の邪魔をされてご立腹のようで、唸り声を上げながらこちらを睨む。

 ……だが、そのケルピーに自分の後ろから伸ばされた手に握られている木の枝のようなものから、白いエネルギー弾のようなものが放たれる。

 それが直撃し、ケルピーは後方に弾き飛ばされた。


「っ……!」


 驚いて、少し意識が回復する。まさか……魔法? 眉間にシワを寄せている間に、正臣の身体は、自分を抱えている誰かの身体ごと浮き上がる。

 そして、そのまま上空に舞い上がり、移動を始めた。

 ……もしかして、助けられたのだろうか? それも、魔法で……。

 そう思うと、なんか少しホッとしてしまった。同時に、眠気が襲ってくる。……ちょうど良い。このまま、一つ眠らせてもらう……と、思ったのだが、その前にピシッと頭を叩かれた。


「えっ?」

「眠るな。今、眠れば貴様は死ぬ」

「……えっ?」

「気合いで起きていろ。口に栄養を入れるまで眠るな」

「あ……は、はい……」


 助けてくれたのは、女性だった。ぼんやりした表情で見上げるだけでも分かるほど綺麗な黄緑の髪と、長いまつ毛。……そして、尖った耳。間違いない……エルフだ。

 だが、今は口にしない。というか、今更になってコミュ障が発令し、口に出来ない。

 さて、そうこうしているうちに空中散歩は終わりを迎えた。

 降り立ったのは、一軒の小屋。木で出来ていて、スキー場で遭難した時に見つけそうなほどボロボロなものだ。


「着いたぞ。もう少しだ」

「は、はい……」


 言われるがまま、小屋の中に入る。触らされたのは、ベッドの上。と言っても、木製のものの上にシーツがかけられているだけの簡易的なもの。

 それでも三日間、寝てきた茂みの中よりは土の上よりはマシだ。


「ここで待っていろ。寝たら殺すから、死ぬ気で寝るな」

「……」


 ね、寝たら殺すなんてセリフを本当に聞く日が来るとは……と、怖気付いて何も言えなくなる……。


「返事!」

「っ、は、ふぁい!」

「うむ、よし」


 そう言いながら、エルフさん(仮称)は正臣の前で棚を開く。そこから漏れ出すのは冷気。冷たい煙のようなものが黙々と漏れ出す。

 それにエルフさんが手を翳した直後、中からキンキンに冷えた食材が出てきた。


「……」


 れ、冷凍保存……なのだろうか? どう見ても普通の棚から出しているように見えるが……いや、あまり気にしても意味はない。何せ、魔法なのだから。

 さて、浮かんだ冷凍食材にエルフさんは手を向けて解凍していく……そして、中から果物と肉を取り出した。

 りんごっぽい果実だけ飛ばして来て、肉は自身の手元に寄せる。


「先に食べていろ」

「っ……!」


 食べ物……と、口元から涎が垂れる。何日振りかも忘れた、食料……。ましてや、本当にそれかは分からないが、少なくともりんごまんまの見た目をしたそれを前にして、理性を保っている余裕はなかった。

 いただきます、を言う前に貪り尽くした。


「っ……!」


 人間の歯でも噛み切れる程良いから硬さに、口内に染み渡る水分、甘み、そして僅かな酸っぱさ……間違いない。りんごだ。まんま、りんごの味だ。

 普段なら切って皮を剥いてからしか食べないフルーツだが、漫画みたいに丸ごとかぶりついた上で、芯とヘタまで一気に食べ尽くした上で、飲み込んでしまった。

 果汁で口の周りも手もベトベタになってしまったが、気にしている余裕はない。

 言ってしまうと、もっと食べたい所だが、それを口に出来なかった。


「……っ、はぁ……はぁ……」


 代わりに漏れたのは、吐息。肩で息をしながら、一息ついた。

 ようやく視覚と聴覚以外も蘇ってくる感覚。鼻香を刺激したのは、さらに食欲を唆らせるスパイシーな匂い。

 顔を向けると、暖炉の前で矢に突き刺し、ボウリングの球と同じくらいの大きさの肉を焼いているのが見えた。


「っ……」


 野生的……と、唾を飲み込む。だからこそ美味しそう……いや、空腹だからだろう。何があっても美味しそうで当たり前だ。

 ……いや、それだけではない。ふと別の方向を見ると、野菜のようにカラフルな根っこ、葉っぱの塊などを空中に浮かせたまま剣などで切り刻み、矢で刻んだそれらを貫き、暖炉の近くで焼いていく。

 そして……焼けたと見るや否や、大きな皿を浮かせて用意し、その上に焼いていた食材を抜き、矢を外しながら盛り付けていく。

 そのまま机の上に置かれた。魔法的な光景よりも、焼かれただけの料理でも目の前に食べられるものが目に入る。


「食え」

「っ……!」


 さらに、手を伸ばした。焼けている肉を素手で掴む。


「って、アホか!? 素手で焼けたばかりの肉を掴んでどうする!」

「っ……っ」

「おい、聞け! 火傷じゃ済まない……!」


 何か言われているが、気にしている余裕がない。手の平は確かに死ぬほど痛くヒリヒリするが、とにかく腹に何かを入れるのが先だった。

 かぶり付き、貪り、食い漁る。まるで、獣のように。


「……美味っ、美味ぁっ……!」


 なりふり構う事もなく、食べカスが飛ぶのも衣服が汚れるのも気にすることさえ出来ず、食べ続けた。

 よく異世界転生ものの食事シーンを見ている時「ガツガツ、バリバリ、ムシャムシャ」なんて擬音は大袈裟だと思ったが、本当にそんな音が出ている気がするくらいにカッ込んだ。

 さて、あっという間に皿を平らげ、ようやくお腹に手を当てた。


「っ……は、はぁっ……生き返った……」

「水も飲め」

「あ、ありがとうございます……!」


 何もない空間から、水の球が出てくる。それをコップに入れるためにエルフさんはコップを用意したが……正臣は、それに気が付かず水の球の中に飛び込んだ。


「何してんだだから!?」

「ゴバッ……っ、ぷはぁっ! もっかい……!」

「あーもう、分かったから動くな!」


 直後だ。正臣の体が急停止させられ、椅子に座らされる。身動きひとつ取れなくなったと思ったら、上を向かされ、口を開かされ、そこに水を流し込まれる。


「んごっ!? ご、ごくっ……うぶっ……ごくっ、ごくっ……」


 溺れるかと思ったが、少しずつ慣れてきた。水を飲みきり、一息つく。美味しかった。


「っ、はぁっ……た、助かった……あ、ありがとうございました……」

「礼はいい。……それより、貴様……」


 声をかけられてから、ようやく頭が回ってきてハッとする。おそらく、何者かを聞かれるのだろう。

 そうだった、異世界転生して、そもそも自分はここがどんな世界だったのかを理解していない。

 ……というか、あの女神っぽい人。なんて所に転生してくれていたのか。死んで顔を合わせる機会があったら絶対にぶっ飛ばす。

 いや、今はそれよりも、だ。目の前のエルフさん。何者か、と問われても……異世界転生者なんて言っても信用されないのは明白だ。

 何か作り話を考えなければ……なんて答えようか?

 なんて考えてる場合じゃなかった。ゲンコツをもらったからだ。


「いっだ……!?」

「何を考えている貴様!? 森の中を手ぶらでぷらぷらする奴があるか!」

「い、いやそれは俺の所為じゃなくて……!」

「なんだ、盗賊に襲われて誘拐されたところを抜け出したとかか!?」

「いやそういうわけでも……」

「じゃあなんだ!」


 やばいやばいやばい、とテンパるにテンパってしまう。人間と話すのに一番、怖いのは怒られる事と空気が悪くなることだ。

 その結果……言わなくて良いことも言ってしまうわけで。


「お、俺の所為じゃないんです! 俺を異世界転生させた神様の所為であんな所に……!」

「……」


 思わず漏らしたその言葉に、ぴたりと止まるエルフさん。

 はいバカ、と後悔した。信用されるわけがないし、そもそも異世界転生モノにおいてそういう話を自分からするのはタブーだ。

 なんとかして言い訳を考えている中、エルフさんはすぐに動き出し……そして、二発目のゲンコツが降り注いだ。


「いっ……!?」

「ふざけるのも大概にしろ!」

「ごっ……ごめんなさ……で、でも本当なんです! 魔法学校がある世界に行きたいって言ったら、こんなとこに飛ばされて……!」

「ならば貴様の責任だろう!」

「えっ」


 な、なんで? と、小首を傾げたのも束の間、すぐに言われた。


「貴様のその異世界転生をしたという理由が本当であっても、この世界に来たのは貴様の判断なんだろう!? その神様とやらの所為にするな!」

「そ、それは……そうですが……」


 というか……それはその通りだ。反射的に出た言葉とはいえ、また人の所為にしてしまった。元々、細かく設定しようと思えば聞いてくれたことなのに。


「……す、スミマセン……」

「ふん、まぁ良い。とにかく、明日まではここにいても構わない。……だが、その後は出て行け」

「え……?」

「甘ったれの面倒を見てやる程、私は親切ではない。街までは送ってやるが、その後どうするのかは自分で考えろ」


 それは道理……ではあるが……その後、どうするか、か……と頭を悩ませる。

 そうだ……そもそも、細かく設定をしなかったという事は、この世界において自分はただの異分子。それも、何一つ知識がない状況。

 そんな中で街に行ってどうする? 金もない、魔法の使い方も知らない、また親切な人に拾ってもらい、世話になる? そんなんじゃ、またいつ餓死しそうになってもおかしくない。

 そして、この場合の餓死は自殺判定を受けてもおかしくないし、そうなれば次に異世界転生はできなくなる。

 そこで、ハッと気がついた。そうだ、身体はこの世界の人間と同じものになっている。つまり、修行すれば魔法が使えるようになるはずだ。

 これからどう生きるのかはさておき、さっきまでのエルフさんの料理の様子を見るに、生活に魔法が混ざっていて当たり前の世界だ。

 ……それならば、魔法を覚えるのはこの世界で生きるのに絶対条件となる。ならば……と正臣は頭を下げた。


「あっ……あ、あああの!」

「なんだ?」


 こんな美人のお姉さんに話しかけるだけでも緊張するのに、こんな図々しいお願いはない。胸が痛いが、そんなことに構っていられる状況ではないのだ。


「おっ……おおっ、お願いします! そ、その……魔法というものを、教えてください!」

「……何?」

「あ、あの……えっと……信じられるはずないとは、思いますが……本当に……お……僕は、その……異世界から来たんです……! それで……その時に、この世界では……ま、魔法が必須だと……知りました……」


 なんとか言葉を絞り出しながら懇願する。情けない話だが……自分がこの世界で生きるには、まず助けてくれる人が必要だ。


「だ、だから……その、お願いしま……」

「そんな話はどうでも良い」

「えっ?」

「事情を聞いた上で言うが、甘ったれるな」

「ぅ……」


 だ、ダメか……と、思わず声が漏れる。この人が厳しい人なのはわかっていた。食い下がるべきか、それとも他の人に頼るか……いや、食い下がろう。

 何も、ずっと世話になろうとか思っているわけではない。基礎の基礎だけでも……なんて思っている時だ。


「なんでも、タダで世話になろうと思うな。私の世話になりたければ、貴様も私の役に立て」

「え……?」


 それはつまり……エルフさんに協力すれば、魔法を教えてもらえる……ということだろうか?

 役に立つ、役に立つ……でも、何も出来ない自分に何をすれば……。


「……か、肩叩きとか……?」

「お駄賃が欲しいのか貴様は。そうじゃない」

「じゃあ……部屋の掃除?」

「それもあるかもしれんが、限定的過ぎる」

「え……あ、食事の時に首周りにナプキンつける係……」

「執事か貴様は! そうではない!」


 大きな声を出され、ビクッと肩を震え上がらせる。


「貴様に出来る事全てだ! なければ増やせ、少しずつ自分に出来ることを増やして私に恩返ししろ! ……その条件なら三ヶ月、面倒を見てやる」

「……!」


 つまり……雑用。炊事洗濯家事全般……いや、思いつく限りそれということは、それ以外にもあるのだろう。

 自分は今まで、勉強や運動どころか家事もろくに手伝って来なかったが……いや、今言われたのだ。なければ増やせ、と。

 なら……腹を括るしかない。


「わ、分かりました……よろしくお願いします……!」

「言っておくが、途中で『やっぱやめた』は無しだからな」

「は、はい……!」


 よし……そうだ、せっかく世界が変わったのだし、自分も変えないと勿体無い。

 キュッ、と握り拳を作り、気合を入れる。今日から……頑張らないと。


「じ、じゃあ……何からしましょうか!?」

「まずは自己紹介だろう」

「あ……そ、そうですね……田中正臣です」

「変わった名前だな……まぁ良い。私は、セレナス・シルフィー・ルーナ・アミラージ・アーチスターダスト。見ての通りエルフだ。セレナで良い」

「セレナ、先生?」

「教職についているわけではない。先生はやめろ。……今日はもう寝るぞ」

「あ……は、はい……!」


 こうして、ようやく正臣の異世界での文化的な暮らしは幕を開けたのだった。


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