第2話 ファミレス戦線


 魔法使い。

 一生関わらないだろうと思っていた単語をぶつけられて頭がフリーズする。

 別にそれを物語の中限定のものだと思っているわけではない。魔法使いは実在する・・・・・・・・・百年前からの常識だ・・・・・・・・・。ただ絶対数が極端に少ない(十万人に一人、〇・〇〇一パーセントしかいない)ために、これまでお目にかかる機会に恵まれなくって、反応が遅れたというだけ。……ただ、それだけだ。


「おらよ」


 ざんばら頭が黒い手帳を開き、テーブルへぞんざいに叩きつけた。

 朝木燎丙あさぎりょうへい。警察庁魔法局専任捜査官。一九九四年一月二十日生まれ。二〇一三年四月入局。


「僕もー」


 ゆるふわ頭は手帳をひょいと掲げた。

 新保しんぽナルナ。警察庁魔法局専任捜査官。一九九三年八月七日生まれ。二〇一三年四月入局。

 なるほど、初めて会う職種だから分からなかったのか。詐欺師でもカルト宗教でもない不可思議な感じは、魔法使いならではのものだったのか。道理で。


「だからー、定義上は僕ら、遠い同僚? みたいな?」

「いくらなんでも遠すぎるだろ」

「親組織が一緒なんだからよくない?」

「……まぁ、人類皆兄弟とかいう謎理論よりはマシか」


 吐き捨てるように言って、朝木は残っていたクリームソーダを飲み干した。そして俺を睨むように見る。


「そういうわけだ。あとは察しろ」

「朝くん、そんな不親切な――」

「魔法がらみのトラブル。彼女が被害者として巻き込まれているところに遭遇して、いったんは救出したが、詳細はまだ聞き出せていない」


 俺がそう言うと、新保は目を丸くした。


「昨日、光吉神社で発生した怪異事件とも関わりがあるか?」


 朝木も顔を歪める。


「え、なんでそこまで察するんだよ。きっしょ。気持ち悪」

「察しろと言ったのはそっちだろ」


 光吉神社の怪異事件は俺も現場に行った。神社に封印されていたという怪物――いわゆる“がしゃどくろ”とか呼ばれる類いの奴らしい――が急に暴れ出したのだ。といっても、俺が行ったときにはすでに片付いていたんだけど。暴れた痕跡だけがひどく痛々しかった。

 そしてそこにも、奇妙な焦げ臭さが残っていた。

 今わずかににおっているのと同じにおいだ。

 そこまでいけば結びつけるのは簡単。

 昨日の現場の様子から、焦げ臭さと魔法と荒事が関連しているのも推測できる。とすれば今も荒事が終わったあと。女子中学生の話を聞こうとしていた態度から、彼女が被害者であることは言うまでもない。

 だが、同時に、


「この子が事件の原因にもなってるのか?」

「……だからなんでそこまで分かるんだって」

「自分が何も悪くないならここまで縮こまる必要はないし、“勝手に野垂れ死んでろ”なんて言う必要もない」

「なるほどぉ?」


 朝木は言い当てられたのが面白くないらしく、不機嫌そうに頬杖をついた。三白眼がぎろりと俺を睨み上げる。


「そこまで分かったならもう事情聴取はいらねぇな。とっとと帰れ」

「ねぇねぇ手伝ってもらおうよー」

「うっせ、ナルナ、お前自分が楽したいだけだろ」

「えー、朝くんは楽したくないわけー?」

「や、そりゃしたいけど」

「だろー、じゃあいいじゃーん」

「でもなんっかこいつには頼りたくねぇ!」

「そんなこと言ってる場合じゃ――」


 新保の言葉が途切れたのは、誰かが遮ったからじゃない。自分で突然切ったのだ。そしてパッと窓の外の夕闇に目を走らせる。


「まずいかも。なんか来る気がする」

「マジか。うわマジで来た!」


 朝木が素早く立ち上がって、ジャケットの内側から何か細長いものを取り出した。煙管きせるだ。その雁首で窓を指し、一声。


「ガード!」


 瞬間、バンッ、と車が突っ込んできたような音が響いて、店が震えた。ガラス窓にひびが入る。反射的に体が警戒態勢を取る。

 が、そこには何もいないのだ。

 まだ真っ暗と言うわけではない。なのに、どれだけ目をこらしても、何の姿も見えない。ただ音と衝撃だけが響く。

 腹の底がドライアイスでも放り込まれたように冷え込んだ。下しそう。もともと腹はそう強くないんだ、勘弁してくれ。

 朝木が叫ぶ。


「お前はもう二度と“気がする”なんて言葉使うな! お前が言ったらそれはもう確定なんだよ!」

「しゃーないじゃん、本当にそんな気がするだけなんだからさー」


 どこか呑気な調子で言い返しながら、新保は女の子をテーブル席から押し出した。


「はい、お巡りさん、この子連れて逃げて。僕らは追っ手を片しとくから」

「に、逃げるってどこへ」

「案内はつけるよ。ほい」


 新保もまた煙管を取り出して、その先を軽く振った。金色の煙が小さく渦を巻いて、鳥の形になる。


「その子についていって」

「おいナルナぁっ! 早よしろ!」

「はいはーい。じゃ、そっちはよろしくー」


 バンッ、バンッ、と断続的に繰り返される衝突の音はどんどん大きくなっている。分からないなりに推測すると、防戦一方、やや危うい状況らしい。こうなったら、言われたとおり逃げたほうがよさそうだ。


「走れる?」


 女の子は鞄を抱きしめて、わずかに頷いた。ただ震えただけだったかもしれないけど。


「よし、じゃあ行こう」


 連れ立ってファミレスを出たとき、背後でガラス窓が割れる音がした。ちらりと振り返って見ると、巨大な蜘蛛が侵入してきているところだった。

 どうやらやばいことに巻き込まれたらしい。俺は内心で冷や汗をかく。

 実際はこんなの序の口だったわけなんだが。

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