第2話 ファミレス戦線
魔法使い。
一生関わらないだろうと思っていた単語をぶつけられて頭がフリーズする。
別にそれを物語の中限定のものだと思っているわけではない。
「おらよ」
ざんばら頭が黒い手帳を開き、テーブルへぞんざいに叩きつけた。
「僕もー」
ゆるふわ頭は手帳をひょいと掲げた。
なるほど、初めて会う職種だから分からなかったのか。詐欺師でもカルト宗教でもない不可思議な感じは、魔法使いならではのものだったのか。道理で。
「だからー、定義上は僕ら、遠い同僚? みたいな?」
「いくらなんでも遠すぎるだろ」
「親組織が一緒なんだからよくない?」
「……まぁ、人類皆兄弟とかいう謎理論よりはマシか」
吐き捨てるように言って、朝木は残っていたクリームソーダを飲み干した。そして俺を睨むように見る。
「そういうわけだ。あとは察しろ」
「朝くん、そんな不親切な――」
「魔法がらみのトラブル。彼女が被害者として巻き込まれているところに遭遇して、いったんは救出したが、詳細はまだ聞き出せていない」
俺がそう言うと、新保は目を丸くした。
「昨日、光吉神社で発生した怪異事件とも関わりがあるか?」
朝木も顔を歪める。
「え、なんでそこまで察するんだよ。きっしょ。気持ち悪」
「察しろと言ったのはそっちだろ」
光吉神社の怪異事件は俺も現場に行った。神社に封印されていたという怪物――いわゆる“がしゃどくろ”とか呼ばれる類いの奴らしい――が急に暴れ出したのだ。といっても、俺が行ったときにはすでに片付いていたんだけど。暴れた痕跡だけがひどく痛々しかった。
そしてそこにも、奇妙な焦げ臭さが残っていた。
今わずかににおっているのと同じにおいだ。
そこまでいけば結びつけるのは簡単。
昨日の現場の様子から、焦げ臭さと魔法と荒事が関連しているのも推測できる。とすれば今も荒事が終わったあと。女子中学生の話を聞こうとしていた態度から、彼女が被害者であることは言うまでもない。
だが、同時に、
「この子が事件の原因にもなってるのか?」
「……だからなんでそこまで分かるんだって」
「自分が何も悪くないならここまで縮こまる必要はないし、“勝手に野垂れ死んでろ”なんて言う必要もない」
「なるほどぉ?」
朝木は言い当てられたのが面白くないらしく、不機嫌そうに頬杖をついた。三白眼がぎろりと俺を睨み上げる。
「そこまで分かったならもう事情聴取はいらねぇな。とっとと帰れ」
「ねぇねぇ手伝ってもらおうよー」
「うっせ、ナルナ、お前自分が楽したいだけだろ」
「えー、朝くんは楽したくないわけー?」
「や、そりゃしたいけど」
「だろー、じゃあいいじゃーん」
「でもなんっかこいつには頼りたくねぇ!」
「そんなこと言ってる場合じゃ――」
新保の言葉が途切れたのは、誰かが遮ったからじゃない。自分で突然切ったのだ。そしてパッと窓の外の夕闇に目を走らせる。
「まずいかも。なんか来る気がする」
「マジか。うわマジで来た!」
朝木が素早く立ち上がって、ジャケットの内側から何か細長いものを取り出した。
「ガード!」
瞬間、バンッ、と車が突っ込んできたような音が響いて、店が震えた。ガラス窓にひびが入る。反射的に体が警戒態勢を取る。
が、そこには何もいないのだ。
まだ真っ暗と言うわけではない。なのに、どれだけ目をこらしても、何の姿も見えない。ただ音と衝撃だけが響く。
腹の底がドライアイスでも放り込まれたように冷え込んだ。下しそう。もともと腹はそう強くないんだ、勘弁してくれ。
朝木が叫ぶ。
「お前はもう二度と“気がする”なんて言葉使うな! お前が言ったらそれはもう確定なんだよ!」
「しゃーないじゃん、本当にそんな気がするだけなんだからさー」
どこか呑気な調子で言い返しながら、新保は女の子をテーブル席から押し出した。
「はい、お巡りさん、この子連れて逃げて。僕らは追っ手を片しとくから」
「に、逃げるってどこへ」
「案内はつけるよ。ほい」
新保もまた煙管を取り出して、その先を軽く振った。金色の煙が小さく渦を巻いて、鳥の形になる。
「その子についていって」
「おいナルナぁっ! 早よしろ!」
「はいはーい。じゃ、そっちはよろしくー」
バンッ、バンッ、と断続的に繰り返される衝突の音はどんどん大きくなっている。分からないなりに推測すると、防戦一方、やや危うい状況らしい。こうなったら、言われたとおり逃げたほうがよさそうだ。
「走れる?」
女の子は鞄を抱きしめて、わずかに頷いた。ただ震えただけだったかもしれないけど。
「よし、じゃあ行こう」
連れ立ってファミレスを出たとき、背後でガラス窓が割れる音がした。ちらりと振り返って見ると、巨大な蜘蛛が侵入してきているところだった。
どうやらやばいことに巻き込まれたらしい。俺は内心で冷や汗をかく。
実際はこんなの序の口だったわけなんだが。
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