第4話 秘密基地での事情聴取

「いわゆるセーフハウス、ってやつねー。魔法局があちこちに所有してんの」


 確かにセーフハウスらしい内装だ。古びた商店の外観はカモフラージュだったらしい。商品ケースとかはなくて、コンクリート打ちっぱなしの寒々しい一間にソファとキャンプ用のテーブルと椅子、それからロッカーが何台か並んでいる。冷蔵庫とポットもあった。わりと居心地よさそう。(秘密基地ってわくわくするよな。)

 新保は適当に積まれた段ボールからペットボトルの水を取り出して、電気ポットに注いでいるところだった。


「ほら、僕らってさ、ああいうのとばちばちにやり合うのが仕事だから。百鬼夜行なんか起きたらもう大変だし」


 百鬼夜行。

 その言葉に俺は思わず眉をひそめた。

 地震の次によく起こり、台風の次に厄介な自然現象。事前に予測されるルート上に住む民間人はすべて避難させられ、担当地区の警官は全員警備に駆り出されるのだ。俺も何度か警備に出たことがあるが、ただ寒くて眠いだけでこれといったことはなく、面倒なだけなのだ。遠目に何かが光るのを何度か見たくらい。


「百鬼夜行って、さっきみたいなでかい蜘蛛と戦ったりしてるのか」

「うーん、襲われたら戦うけどねー。基本は素通りだよ。いちいち相手してたらキリがないし。百鬼夜行のときに僕らがやるのは、時間稼ぎと、拡散防止だけかなー。ほら、予測ルートを外れて出ていかれちゃったら、民間人に被害が出るだろ」

「そうだな」

「紅茶でいーい?」


 彼は女の子に向かって聞いた。女の子がそっと頷く。


「あ゛あ゛っ! 最悪っ!」


 荒々しい叫びが背後から襲ってきて、女の子がびくりと身を縮めた。

 朝木は俺らの横をずかずかと通り過ぎて、ソファにどっかりと座り込んだと思ったらそのまま寝転んだ。顔色が悪い。歩き方がわずかにおかしかった。ピアスが一つ減っている。やっぱり何か焦がしてはいけない物を焦がしたようなにおいがした。

 俺は椅子の背を掴んだ。手持ち無沙汰にそわそわと立っている女の子を見ていられなかったからだ(俺も立ちっぱなしは嫌だったし)。


「座っていいか」

「もちろん。適当にどうぞー」


 先に女の子へ椅子を勧めてから、テーブルを挟んで斜向かいに座る。そこへ新保が紅茶を持ってきた。ナイスタイミング。


「砂糖しかないんだ。牛乳は長持ちしないからねー。いつもより多めに入れるといいよ、ちょっとは落ち着くから」

「ナルナぁ、なんか食い物取ってー」

「セルフサービスでーす」


 言いながら彼はスプーンに山盛り三杯の砂糖を放り込んだ。甘党だとしても入れすぎじゃないか?

 俺はストレート。甘いのはそこまで得意じゃないんでね。

 遠慮がちに砂糖を入れた女の子が一息入れるのを待ってから、俺はそっと切り出した。


「まずは名前を聞いてもいいかな」

「……橘理衣奈、です」

「橘さんか。その制服は一葉学園のものだね。何年生?」

「三年生です」

「中高一貫だから、受験はないんだろう?」

「はい」

「いいなぁ。俺は普通の公立中学だったから、高校受験にすごく苦労してさ。内申も悪かったし」


 おどけたふりをして笑いかけると、橘さんは控えめに口角を上げた。よしよし、いい感じだ。

 と思ったのもつかの間、ソファから冷たい水が差された。


「回りくどいことしてんなよ、面倒くせぇ。ぱっぱと聞けや、何やらかしたんだって」


 橘さんの顔が一瞬で硬くなる。俺は頭を抱えたくなったのを堪えて、ソファのほうを見やった。


「黙って休んでいたほうがいいんじゃないのか。口を開くのも大変なくせに」

「なんっ……」


 で分かんだよ、と彼は口の中でもごもごと言った。


「右足をやられたんだろ。歩き方が変だった。それに顔色も悪い。かなり血を失ったんじゃないのか。救急車を呼んでやろうか?」

「分かったよ黙ってりゃいいんだろ黙ってりゃ」


 ちっ、と舌打ち。それから寝返り。

 新保が「わー、すげー」と目を丸くした。


「朝くんを黙らせられる人、めったにいないんだよ。すごいね、ええと――」

「月里だ。月里芯太郎」

「じゃあ月くんだ。すごいね月くん。尊敬しちゃうよ」


 あんたのその距離の詰め方のほうがすごいぞ、と俺は思ったが黙っていた。


「ていうかそんなにひどいんだったらそう言ってよねー。ほんと、そういうところ朝くんの悪いところだよ」


 そう言いながら新保は段ボールをあさり始めた。セルフサービスは終わったらしい。チョコレートバーと駄菓子(さくさくの棒状のあれ。あれはコンポタ味が最高だよな)を両手に一掴みずつ持って、朝木の頭の上にばらまく。


「さて、話を戻そうか」


 こうなってしまったらもう取り返しがつかない。橘さんには申し訳ないが、ぱっぱと本題に入ってもらうほかなさそうだ。

 橘さん自身もそれが分かっているようだった。膝の上で両手をぎゅっと握りしめ、深くうつむき、唇を引き結んでいるが、もう泣き出すような気配はない。


「話してくれる? 何があったのか」


 彼女はゆっくりと俺を見た。怯えと決意の入り交じった目。


「学校で、噂を聞いたんです。そこに行けばどんな願いも叶えてもらえる、って」


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