第6話 優等生の悩み事
「心配?」
橘さんは目を潤ませて頷いた。それからはバケツの中身をぶちまけるように一息で言い切った。
「真面目でしっかりしていて、何の心配もいらない優等生。一人でも充分やっていけるし、誰と組んでも問題ない。安心して放置できる。それはもう無視されているのと同じだね、いてもいなくても同じだね、って……」
バケツの底には涙が溜まっていた。
「わ、私、自分がそんな風に思ってたって、知ら、知らなくって、でもそう言われたら、そんな、そんなの……」
そこまでしか言葉にならなかった。顔を手で覆って、しかし泣きわめきはしない。模範生らしく慎ましやかに肩を震わせている。
誰だって何かしらの悩みを抱えているものだ。他人から見たら理解できないようなものであっても、当人は真剣に悩んでいたりする。時には自覚すらしないまま。それを見知らぬ誰かに突然言い当てられたりしたら、たまったもんじゃないだろう。
まして詰られたりしたら。
「馬ッッッ鹿じゃねぇのか、そんな程度のことで」
朝木が心底呆れかえった調子で言った。
その口調に苛っとくる。
「おい」
「てめぇみてぇな馬鹿これ以上面倒見切れるか。勝手に死んでろ」
血が沸騰するのとテーブルを叩くのと立ち上がるのがほとんど同時だった。
「お前それでも警察の一端か!」
「自殺志願者をいちいち気にしてられっかアホくせぇ!」
駄目だ。薄々感付いてはいたが確信する。
こいつとは心底気が合わない!
「被害者を自殺志願者呼ばわりするな!」
「自分から飛び込みに来ておいて被害者面とはずいぶん面の皮が厚いな!」
「弱みを利用されて騙されたのは飛び込みの内に入らないだろ!」
「利用されるような弱みを持ってんのもそこにつけこまれんのもてめぇが悪ぃ! 自己責任だ馬鹿!」
「お前それオレオレ詐欺に遭ったおばあちゃんにも同じこと言えるのか!」
「中坊とばばあを一緒くたにしてんじゃねぇ!」
俺たちの不毛な言い争いを止めたのは、無論、新保の「もうやめなよ二人ともー」なんていうやる気の無い声ではなく。
「あ……わ、私です。すみません!」
軽快な着信音だった。
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