第8話 真剣な願いはもう捨ててある

 橘さんにかけられた呪いは複雑で、無理矢理外すことは出来ないらしい。


「酷いよねー、“心配されたい”って願いを叶えるために“手当たり次第に不幸を呼び込む”ようにするなんてさ」

「歪んでるな」

「ほーんとそれ。しかもこんな強力なやつ。あちこちの封印が解けちゃうわけだよー。術者の顔が見てみたいもんだね、いや嘘、絶対にお近づきになりたくないな、こんな奴になんて」


 新保が吐く真似をする。


「というわけで、呪いを解く方法は一つだけ。ある意味最高の正攻法とも言えるんだけど」

「ブレスレットを突き返して、キーホルダーを取り返すのか」

「……その通り。なんで月くんには全部分かっちゃうの?」

「契約式って言ったのはそっちだろ。契約を正攻法で破棄するなら、取り交わした文面を破る以外にないよな」

「うーん、確かにー」

「けどそう簡単にはいかないんだろ?」

「もう驚かないよー。その通り」


 へらりと笑って新保は続ける。


「契約を破棄するなんてデメリットしかないこと、応じてくれるわけがないんだ。だから、力尽くで奪いに行く。拠点を襲撃して取り押さえて、無理矢理奪い返すしかないね」

「こういうアホな魔法使いを野放しにしとくわけにもいかねぇからちょうどいい」


 と朝木。


「ぶん殴って縛って魔法局行きだ」

「ところがさー、魔法使いって防衛戦が得意なんだよね。基本、引きこもったら負けなしだと思っていいぐらい。しかもけっこう長く定住してるんでしょ? だとしたらもうやばい。そういう奴相手に拠点攻めしても勝ち目はない」

「そこで、だ」


 不意に朝木が俺を見た。


「お前に囮になってもらう」

「なるほど。願いのあるふりをして会いに行けばいいのか」

「話が早くて助かるぜ」


 皮肉か賞賛か分かりにくい笑顔でそう言ってから、朝木は表情を改めた。


「と言っても、危険だぞ。さっきの話じゃ、自覚してない願いまで読み取られるみたいだからな。何かないだろうな? そういう、真剣な願い」


 俺は一瞬喉の奥を詰まらせた。


「ないよ、そんなもの」

「あっそ。まぁいかにもなさそうだもんなーお前」

「馬鹿にしてるのか」

「褒めてんだよ。真剣な願いなんてないほうがいい」


 俺のこれは真剣じゃない。弾け飛んだ泡の残りカスだ。あるいは飛び散った醤油のごくごく小さな染み。忘れておけば目にも入らないもの。

 新保が小首を傾げていた。俺は追及しない。


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