第10話 弟


 病室のにおいを覚えている。

 柔らかな日差し。クリーム色のカーテン。ゆったりと過ぎていく日曜日の午後。

 小さな弟の小さな寝息。

 六つ下の弟は、俺が十八の時にこの世を去った。

 十万人に一人という難病だった。

 ――魔法使いの素質を持つ確率と同じ。

 そのことを知ったときには愕然とした。どうして一方には世界の神秘が分け与えられ、もう一方には涙に沈む運命が背負わされるのだろう。そんな不条理を考えて、スマホを壁に投げつける日もあった。

 けれどもうすべては過ぎたこと。

 過ぎたことだけれど。

 カーテンが翻る。五月の風と光が吹き抜ける。


「兄ちゃん。俺、病気治ったらね――」


 あの願いだけは忘れられない。

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