第53話 スターライト・パレード
昼休み、俺はいつもと同じように夏樹と昼飯を食っていた。
俺の机には、小春が作ってくれた栄養バランスのいい彩り豊かなお弁当。
そこに向かい合っているのは、肉や揚げ物がこれでもかというぐらい詰め込まれた、夏樹の茶色い弁当。
いつも通りの光景だ。
ただ一点、いつもと違うことがあるとすれば────。
「ハル兄のお弁当、すっごく綺麗っスね……。小春ちゃんが作ってくれたんすか?」
俺の隣にもう一つ茶色い弁当がある────もとい、夏樹の妹である夏音が机を並べて座っているという点だろう。
目をキラキラと輝かせながら、小春謹製のお弁当に羨望の眼差しを送っている。
「ああ、そうだよ」
「なるほどっス。小春ちゃん、お料理上手っスもんね」
「……なあ、夏音」
「ん、なんスかお兄」
辛抱たまらない、と言ったような様子で、夏樹が口を開く。
怒りか恥ずかしさか、握り締められた両の拳はプルプルと震えていた。
「なんでここで飯食ってるんだよ!? 自分の教室戻りゃあいいだろ!」
「しょうがないじゃないっスか! ママがお米とおかず入れ間違えて、両方お米だったんスから!」
「それはそうだが、ここで食ってかなくたってよくないか!?」
そう、なぜここに夏音がいるのかと言えば────。
理由は簡単。
夏樹のお母さん、陽子さんが朝二人の弁当を用意した際に入れ間違いをしたらしく……昼休みに入り、夏樹が弁当箱を開けた瞬間に真っ白な箱が二つも出てきたからだ。
もちろん夏音の方はその逆で真っ茶色の世界が広がっていたらしく、そこから3分もしないうちに夏音が走って俺たちの教室まで来たというわけだが。
「いいじゃないっスか! たまにはハ……お兄とお昼食べるぐらい」
「お前、それは誤魔化すんじゃなくて本人に直接言ったほうがいいぞ。それじゃ多分伝わってねえからな」
「あ、う、それは……そうっスけど……」
チラチラと二人のこちらを伺うような視線が飛んでくる。
なんだ? 今の会話に俺要素あったか?
というか、本人に言った方がいいってどういうことだろう。
夏音は直接夏樹に言ってるじゃないか。兄妹仲が良好なようで何よりだ。
「まあ、たまにはいいんじゃないか? 兄妹水入らずがいいなら俺は別のとこで食うし」
「春也、お前頭はいいはずなのにたまに特大のアホになるよな……」
「全くっス……」
はあ、と二人して大きなため息を吐いた。
え、なんで? 今の会話に俺が呆れられるとこなくない?
「まあ、今に始まったことじゃないか。ほら、さっさと食うぞ」
「お、おう……」
夏樹に促されて、俺たちは箸を動かす手を早めた。
肉じゃがが入っているのだが、これが絶妙な味付けでご飯が進む、
また味付けを変えたのだろうか。帰ったら小春に聞いてみるとしよう。
時々日常会話を挟みつつもくもくと食べ続け、あらかた弁当の中身も減ってきたところで俺は夏樹と夏音にとある疑問をぶつけてみることにした。
「そういえばさ、真緒……花折って、二人から見てどんなやつだ?」
もちろん、この話題を出す前に周囲を見回して真緒が不在であることは確認済みだ。
あいつはいつも学食派っぽいしな。
「花折? まあ、気まぐれなやつだよな。何考えてるかわからないっつーか……。話しててなんとなく距離は感じるぜ」
「そうっスね。ボクも真緒先輩にはよくしてもらってまスけど、こっちからは近づき難いというか、壁を作られてる感じがするというか……」
「そうか……」
関わる機会が多いはずの二人でもこうらしい。
やはり男子嫌い……もとい人嫌いなところはあるらしい。
となれば、なおさら俺に対する態度は気になるところだ。
自分のことだから俯瞰で見るのは難しいが、どちらかと言えば望見や佐々木と関わっている時と同じような態度であると感じる。
はて、真緒にそこまで近づかれるようなことはしていないのだが。
俺と夏音の仲が良いから、夏音を心配して近づいてきたのだと思っていたのだが、当の夏音本人ですら真緒と話すときは壁を感じているらしい。
(あいつの考えることはよくわからないな……)
首を捻りながら、空になった弁当箱を片付け始めた。
今日もとても美味しい弁当だった。いつもありがとう、小春。
カバンにしまい終えたところで、怪訝そうな表情の夏樹が口を開く。
「にしても春也、お前の口から花折の名前が出てくるなんて意外だな。まさかお前、花折のこと……」
「えっ、ハル兄って真緒先輩のこと好きなんスか」
夏樹が言いかけた言葉を、顔を真っ青にした夏音が継いだ。
仮に俺が真緒のことが好きだったとして、どうしてそこまで青い顔をする必要があるのだろうか。
ああ、大好きな先輩を俺みたいなのに取られたら嫌か。
なるほど、それは確かに心配になるな。
「ちげえよ、そういうんじゃない。だから安心してていいぞ」
「そ、そっスか……よかった……」
「ま、花折狙いならやめとけ。あいつは猫みたいなやつだし、流石の春也でもどうなるかわかんねえしな」
「だから狙ってないって……」
「どこに行くかもわかんねえ猫を狙うよりも、春也……お前はもっと周りの好意に目を向けるべきだぞ。なあ、夏音」
「うぇっ!? あっ、えっ、おっ、そ、そうれす! ね!?」
話を振られると思っていなかったのか、夏音はビクン、と両肩を震わせて飛び跳ねた。
先程まで飲んでいたスポーツドリンクが気管に入ってしまったのか、ゲホゲホと壮大に咽せている。
「おい、大丈夫か?」
とりあえず背中をさすってやる。
こういう時の対処法ってよくわかんないんだよな、喉を潤そうと追加で飲み物を飲ませても咽せちゃうだろうし。
幸いにも1分も経たないうちに落ち着いて、夏音の呼吸も元通りになった。
よほど苦しかったのか、まだ顔が赤いままだった。
「全くハル兄、そういうところですよ……」
「えっ? あ、もしかして触ったの嫌だったか、それはごめん」
「い、嫌とかじゃ……ないっスけど……むしろ……」
もごもごと口籠る夏音。
最後の方はほとんど聞き取れなかったが、嫌じゃないというのであればそれはよかった。
大事な後輩にセクハラなんてしたくはないからな。
緊急事態とはいえ、夏音が嫌だということはしたくないし。
「あ、そういえばハル兄。ちょっと聞きたいことがあったんスけど」
「ん、なんだ?」
「学祭当日って、空いてる時間あったりしまスか? 初めての学祭なので、ハル兄に色々教えてほしくって」
「それなら夏樹に聞いた方が……って、ああ、そうだったな」
そういえば、先日夏樹には彼女ができたんだったか。
うちの学祭は自称進学校の割にお祭り気分が強く、カップルで回る生徒も多い。
夏樹も、おそらく彼女さんと回るのだろう。
そうだとしたら、流石に邪魔はできないな。
「まあ、空いてる時間はあると思うぞ。そんなに長くはいられないけど、一緒に回ろうか」
「ホントっスか!? やったー!」
俺の返答に、ぱあ、と表情を明るくする夏音。
何がそんなに嬉しかったのか、飛び跳ねそうなぐらいにははしゃいでいた。
「お前、これでも気づかないんだから本当に鈍いよなあ……」
「ん、なんか言ったか?」
「別に、なんでもねえよ」
向かいに座る夏樹が小声で何か呟いたような気がしたが、ほとんど聞き取ることができなかった。
首を傾げてみるが、夏樹からそれ以上は返ってこなかった。
それにしても……千冬に小春、そして夏音。学祭当日は色々忙しくなりそうだ。
出店のシフトが短いとはいえ、うまく時間を使わないとあっという間に足りなくなるだろう。
色々、考えておかないとな。
未だにはしゃいでいる夏音とそれを嗜める夏樹を横目に、俺は水筒に入った冷たい水道水を口に含んだ。
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