第50話 渚
はっきり言って、今日の話し合いは前回の話し合い以上に難航していた。
予め真緒が周りに声をかけてくれたおかげで、前回のように会議に参加すらしないで遊んでいるような生徒はいないのだが……。
(まあ、配役についてはしょうがないか……)
結局、真緒が提示してくれた『シンデレラ』が選ばれた。
俺や佐々木は問題ないと判断したし、その他の生徒たちも異議はないとの事だった。
まあ、もし異議があったなら始めから話し合いに参加しろという話だが。
「……主役が決まらないことにはなぁ」
誰に向けてでもなく、俺はひとりごちた。
ただ、周りもそれには同意見なようで、静かに頷いていた。
現在は配役や分担に関しての話し合いの時間。
だが、主役のシンデレラを演じたいという者がおらず、それ以降の話し合いが全く進んでいなかった。
俺たちが演じる予定のシンデレラは、よく知られているシンデレラとは少し違う。
主人公と王子様の性別は逆だし、意地悪な姉は世話焼きな兄だし、魔女は魔法ではなくタキシードを購入してくるし、かなりめちゃくちゃな設定だ。
今このグループに男子は俺を含めて3人いるが、手を挙げる人間はいなかった。
俺は裏方に回る予定だし、出演する予定の二人も「主役はちょっと……」という態度だった。
正直このシンデレラ──男でもシンデレラと呼んでいいのだろうか──が決まらないことには他の配役も決まらない。
だからこうして50分の話し合いのうち25分ほどを消費してまで侃侃諤諤と論議を交わしているのだが……。
いや、嘘だ。論議なんてものではない。役者の二人が「お前やれよ」「いやお前がやれよ」「いやお前だろ」のセリフを無限ループしているだけだ。
どうしたものか……と頭を抱えていると、真緒がいい案を思いついたと言うようにポン、と手を叩く。
「じゃあ、春也がやればいいんじゃない?」
他の生徒たちからおお、と声が上がる。
思わず周りを見渡すが、そこに否定や嫌悪の色はなさそうだった。
「おい待て、俺は裏方で……」
「春也なら大丈夫だって! やれるやれる!」
「おう、それにお前イケメンだしな! いやー助かったぜ」
役者の二人が、助け舟が来たと言わんばかりにバシバシと背中を叩いてくる。
力が強すぎて正直めちゃくちゃ痛いのだが、それよりも配役の衝撃の方が大きくてあまり気にならなかった。
「いや、そういう問題じゃないし、てかイケメンでもないし……! それに、俺が裏方抜けたら人手が……」
「そこは俺らが回るから大丈夫だって!」
「そうそう、主役と兼任は厳しいけど脇役ならな両方できるしな!」
もう一度バシバシと両側から背中を叩かれる。
先程より力は弱いが、同じ箇所を殴られると痛みが倍増して辛い。
「いや、でもなあ……」
「春也、そんなに嫌?」
「嫌というわけではないが……」
そう、嫌ではない。
みんなの助けになれるのであれば、引き受けることもやぶさかではないが……。
俺が主役で本当にうまくいくだろうか、という不安の方が大きかった。
演技の経験もないし、人前に立つことにも慣れてない。
そんな俺に主役が務まるだろうか。
「……俺に、できるかな」
「できるよ、春也なら」
俺がそう口にすると、力強く真緒が言い切った。
思わず真緒の顔を見る。
その目に、嘘偽りはなさそうだった。
気づけば、俺は首肯を返していた。
「……そうか。わかった、やってみるよ」
わあ、と周りが色めき立つ。
本日の難題がようやく解決されたのだから、当然の反応だろう。
はあ、とため息をついてから、他の配役についての議論を再開した。
そこからはトントン拍子で全て決まっていき、チャイムが鳴る3分ほど前には全ての話し合いが終了していた。
シンデレラは俺で、王子様────もといお姫様は、真緒になった。
明日から読み合わせだったり、練習をしっかりと始めなければ。
佐々木も色々教えてくれると言っていたし、頑張らないとな。
☆☆☆★★★☆☆☆
「ごめん佐倉くん、今ちょっといいかな?」
話し合いが終わり、放課後。
席を立とうとした俺に声をかけてきたのは、望見だった。
「ん、ああ、いいけど……どうした?」
俺が答えると、望見は周りを伺うようにキョロキョロとあたりを見回す。
そしてある一点で顔の動きを止めてから、俺の方に向き直る。
「ここじゃなんだし……ちょっとついてきて?」
「……わかった」
望見に連れ立って教室を出る。
東側の階段の踊り場に着いたところで、望見は足を止めた。
ここは人通りも少なく、聞かれたくない話をするにはもってこいの場所だ。
しかし、何故望見が俺をこんな場所に呼び出したのだろう。
しかも……ここに来る前にわざわざ、真緒の様子を伺ってまで。
そんな内心の疑問を見抜いたように望見が口を開く。
「佐倉くんってさ……真緒ちゃんと付き合ってるの?」
「はあ?」
一体全体どこからそういう話になったのだろうか。
以前にもこんなこと──相手は真緒ではなかったが──があった。
高校生というのは、どうしてこう色恋沙汰に敏感……もとい過剰に反応するのだろう。
「違うぞ。付き合ってない」
「え……そうなんだ、そっか」
望見の顔には、驚き……いや、落胆?
どちらにも見えるような、そんな表情があった。
「なんだ、そんなに仲良さそうに見えたか」
「仲良さそうっていうか……その……」
「……?」
「真緒ちゃん、男の人そんなに得意じゃないから。男子を名前で呼んでるのも初めて見たし、その……そうなのかな、って」
「得意じゃない、って……」
男子が苦手? そうだったのか?
それにしては、クラスの男子──特に、部活で関わりがある夏樹──とは普通に話しているし、なんとなく距離を置いているようには感じるもののある程度仲の良さそうな男子もいるように見える。
今までの雰囲気から、決してそうだとは思えなかったのだが……。
「得意じゃないっていうか、男子とは壁を作るタイプなんだよね。だから、そんなに仲良さそうなのは佐倉くんだけっていうか」
「……そうなのか」
「そうなの。誤解しちゃってごめんね? でも、付き合ってないとしても真緒ちゃんとは仲良くしてあげてほしいかなって……」
「……ああ、わかった」
どうやら、俺は真緒のことをまだまだ知らないらしい。
真緒だけじゃないだろう。俺は、結局周りのことを全然知らない。
一緒にいいものを作り上げるのであれば、相手のことも知らなければならないだろう。
もっと、真緒と話をしてみてもいいかもな。
俺の返答を聞いて安堵した様子の望見の顔を見て、そう感じた。
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