第49話 風来
「秋華の……お
俺が恐る恐る尋ねると、目の前の女性────
「そうです。と言っても、まだ顔合わせすら済んでいないんですけどね……」
あはは、と力なく笑うと、月見はガックリと肩を落とした。
そう言えば秋華から「お義姉さんは生徒会が忙しいからまだ会えてない」なんて話も聞いたような気がする。
学校祭を取り仕切る文化委員長であれば、この時期に多忙というのはしょうがないことではあるのだが……。
「そうか。まあ、秋華はいいやつだしすぐに仲良くなれるとは思うよ」
「うん、そうだよね。お義母さんから話を聞く限りでも、すごいいい子なんだな〜ってわかったもん」
「ああ、そうだな」
紅葉さんとはもう話をしているらしい。
こうして少しの時間話をしているだけでも月見の方もいいやつだとなんとなくわかってきたし、尾花家が4人家族としてやっていける日もそう遠くはないだろう。
なんて、他人の家族事情の口を挟むのも良くないので口にはしないが。
うんうん、と嬉しそうに頷く月見。
会話が一区切りついたところで、俺はここまでで一つ浮かんでいた疑問を本人に尋ねた。
「そういえば、月見はなんで俺のことを知ってたんだ? まだ秋華とは話してないんだろ?」
秋華と顔合わせが済んでいないのであれば、おそらく話をする機会はあまりなかったはず。
メッセージアプリなどで連絡を取っているのであればああいう言い回しにはならないだろうし、俺はさして有名な生徒ではない。
秋華から聞いたのではないとすると、一体どこから俺を知ったのか。
その疑問は、月見からの回答であっさりと氷解した。
「ああ、わたし3年1組だから」
「1組……ああ」
「そうそう。わたし、四季ちゃんと仲良いから」
「やっぱりそういうことか……」
1組には向中野や白井が在籍している。同じクラスだとしたら、話すのはこの二人かその辺だろうというのは当たりがついた。
……視界の端に、「今ちーちゃんの話した!?」「会長、お静かに」なんて白井と武市の間抜けなやり取りが写ったのは気のせいということにしておこう。
「あ、そうだ佐倉くん」
「ん、なんだ?」
「わたしもう苗字変わるから、月見呼びじゃない方がいいんじゃない?」
「ああ、確かに……ごめん」
「ううん、気にしてるとかじゃないから。謝る必要はないよ」
「そうか……じゃあ、尾花?」
「それだと秋華ちゃんと一緒にならない?」
「いや、秋華のことは名前で呼んでるけど」
「うん、知ってる。でも、秋華ちゃんもわたしも尾花だよ?」
キラキラとした目でこちらを見つめてくる月……尾花。
その表情は期待で満ち溢れていた。何の期待かと言えば……。
(名前で呼べ、ってことだよなあ……)
まあ、同学年だし。友達の義姉だし。何も問題はないし。
誰にともなく言い訳を2、3重ねてから、俺はすっかり乾いてしまっていた唇を動かした。
「……茜」
「うん、そっちの方がしっくり来るね! よろしく、春也くん」
「おう、よろしく」
なんだかんだと結局茜のペースに乗せられてしまっている。
こうして掌の上で転がされている感覚は、秋華と話している時と似ているな。
なんだかんだで二人は似ている部分があるように感じるし、姉妹としてうまくやっていけるような気がする。
何の根拠もない他人の意見だけどな。
茜との長話ですっかり冷えた紅茶を飲み干すと、ソファに寝転んでいただらしない少女の方から声が聞こえてくる。
「そういや茜先輩、16時から予算の件で先生方と話し合いあるっすよね。そろそろ行きません?」
「あっ、いっけない! すっかり忘れてた……!」
雀部の声ではたと気づいて時計を見上げる茜。
現在の時刻は15時52分。
16時から話し合いをするのであれば、そろそろ向かわなければならないだろう。
少し早い気もするが、遅刻するよりかはよっぽど印象がいいとも思うしな。
「んじゃセンパイ、また今度。長居しすぎず帰ってくださいねー」
「あれ、雀部も行くのか? なんで?」
「いや、あたし会計っすよ」
「ああ、そうなのか……あんまり会計感ないからわかんなかったよ」
「センパイはよっぽどあたしに殴られたいみたいっすね。次会った時は覚悟しておいた方がいいっすよ」
「ご、ごめんって……」
「……んじゃ、そんな感じで。お疲れっす」
ひらひらと手を振ってから、雀部は生徒会室を後にした。
入り口の重たいドアがギイ、と音を立てる。
「それじゃあ春也くん、またね」
「ああ、またな」
「……ねえねえ」
「どうした?」
最後に一つだけ、とでも言いたげに俺の耳元に茜の顔が寄ってくる。
ふわりと風に乗って、お菓子のような甘い匂いが鼻に届いた。
「もしかしたら秋華ちゃんについて、色々相談したりするかもなんだけど……連絡先とか交換してもいいかな?」
「いいけど……秋華について?」
「ああ、そんな変なことじゃないよ。これまでの秋華ちゃんがどんな子だったのか、知りたいだけ。わたしに会うまでの秋華ちゃんは、わたし一人じゃ知れないからね」
「そういうことか。まあ、いいよ」
「ありがと。じゃ、スマホ出して」
カバンの横ポケットにしまってあったスマホを取り出す。
横から「佐倉くん偉いね〜、ちゃんとカバンにしまってるんだ」なんて声が聞こえるが一旦無視をする。
「……はい、俺のこれ」
「ありがと。……はい、登録できたよ」
アプリの画面に目をやると、『あかね』という名前のアカウントから申請が来ていたので俺側からも追加しておく。
「それにしても、生徒会が校内でスマホなんか使っていいんだな」
「ふふん。ま、生徒会室は治外法権だからね」
「いや、そんなことないからな!?」
ここまでほとんど会話に参加していなかった会長の白井からツッコミが飛んでくる。
いつものように自分の席に座っている会長だが、相変わらず身長の関係でぴょこんと頭だけが出ている状態だ。
……これを本人に伝えたら、胸ぐらを掴まれて強烈なパンチを喰らうのだが。
と、そんな会話をしているとドアの向こうから「茜先輩、まだっすかー」と雀部の大きな声が聞こえてきた。
言われてみれば雀部が生徒会室を出てから1、2分が経っている。
これ以上待たせるわけにもいかないだろう。
「それじゃ、またな」
「うん。ばいばい〜」
笑顔で手を振ってから、茜も廊下へと駆けていった。
(……あの人が、秋華のお義姉さんか)
何だか賑やかな人だが、不思議と秋華とはうまくやっていけるような気がした。
秋華にも、今度いい人だったよって伝えてやるとするか。
紅茶を飲もうと、カップを持ち上げてからあることに気づき……俺は武市に声をかけた。
「武市、すまんが紅茶のおかわりをいただけるか」
「佐倉先輩……! もちろんです、喜んで! ただいまお持ちいたしますね! いやあ、佐倉先輩のお口に合いましたようで何よりでございます。この茶葉は先日海外から取り寄せたばかりの物でございまして、上品な香りが特徴なのですが……」
「わかったわかった。いつもありがとな」
訳もなくつい入り浸ってしまっているが、まあこうして個性的なメンバーと一緒にいるのも悪くはない。
俺は一息ついてから、武市が淹れ直してくれた紅茶を一口飲んだ。
隣で武市がノンストップで喋り倒しているのが聞こえないぐらいには、紅茶の味が美味しかったことを覚えている。
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