第48話 世界の真ん中を歩く
「うま……」
テーブルに置かれた、淹れたてだという紅茶を一口飲んだ瞬間……思わず俺は声を漏らした。
俺のそんな反応が嬉しかったのか、隣の立っていた青年はぱあ、と顔を明るくしてこちらを振り向いた。
「お口に合いましたでしょうか!? こちら、先日新しい茶葉を取り寄せたばかりでして……。やはり、佐倉先輩ならわかってくれると思っておりました!」
「
俺の手を取ってぶんぶんと上下に振り、全身で喜びを表現している折目正しそうな青年。
その横でだらしなくソファに座りながら漫画雑誌を読んでいる女子。
この光景も、だいぶ見慣れてきた。
女子の一言で、目の前の青年────
「失礼いたしました、佐倉先輩。お褒めのお言葉をいただいてつい……」
「センパイ、こいつが鬱陶しかったらいつでも怒鳴ってイイっすからね」
雑誌から目を逸らさないままケラケラと笑う少女は、
裸足でソファにでろんと寝転がる姿にもだいぶ見慣れたのだが、ゴロンと寝返りを打つ瞬間などは時々目のやり場に困ってしまう。
「雀部……いつも思うんだが、生徒の模範になるべき人間がそんなんでいいのか?」
「あー……まあ、イイんじゃないすか? ここ、今生徒会しかいないですし」
「いや、俺生徒会じゃないんだけど……」
「似たようなもんすよ。今日で何回目です? ここに来るの」
「……数えてない」
そう、俺が今いるのは────陽陵学園の生徒会室。
4階の角にある海を一望できるこの教室で、俺は優雅にティータイムを過ごしていた。
なぜこんなところに、雀部が言うように何度も来ているのかと言えば理由は簡単だ。
学祭実行委員である俺は、書類の提出や各種事項の確認で何度もここを訪れる必要があった。
その度に副会長である武市が紅茶を淹れてくれたのだが、何と言うべきかいつのまにか武市の茶にハマってしまい……暇さえあればここに来るようになっていたのだった。
生徒会メンバーでも何でもない俺がここに入り浸るのはあまり良くないのかもしれないが、会長の
更に、武市は人をもてなすこと自体が好きであるため……俺を排斥しようとする者は誰もいなかったのだ。
それに、ここはなんとなく居心地がいい。
武市の茶も美味しいし。
ついつい居着いてしまうのは、生徒会自体の雰囲気もいいからだろう。
この生徒会メンバーと、一緒に学校祭を作り上げられるのは嬉しいと言う他にない。
そんなことを考えていると、ギイ、と生徒会室のドアが開いて声が聞こえる。
ノックもせずに入室してきた女性は、俺が見たことのない人だった。
誰だろう、と首を傾げていると、朱が珍しく雑誌から顔を上げて挨拶をした。
「あっ、茜先輩おつかれっす」
「こら、朱ちゃんいつも言ってるでしょ? お客さんがいる時はしっかりしなさい」
「えー、でも佐倉先輩は半分生徒会みたいなもんですし」
「いや、だからなった覚えがないんだが……」
抗議の意味を込めて雀部を睨んでみるが、我関せずと言わんばかりに涼しい顔をしていた。
ふてぶてしいというか、傲岸不遜とでも言うべきか……。
込み上げた怒りと共にもう一度睨んでみようとした時、ふと反対側から視線を向けられていることに気がついた。
視線の主は先程雀部に『茜先輩』と呼ばれていた女性で、きょとんとした表情で俺のことを見つめていた。
「……あの、俺に何か」
「佐倉……。君、もしかして佐倉春也くん?」
「え……はい、そうですけど」
どうやら目の前の女子は俺のことを知っているらしい。
明るい茶色の髪にくりくりとした黄色い瞳。
おっとりとした雰囲気ながら、目の奥には力を感じる瞳の持ち主だった。
しかし……この女子に、俺は見覚えがなかった。
制服を見る限り、同じ学年だ。
どこかで会ってはいるのだろうが、記憶にはない。
相手を伺うような視線を向けていた俺の様子に気づいたのか、少女はああ、と口を開いた。
「私、文化委員長の
「へえ、そうなんですか……それは大変ですね」
「はい。もうすぐ、尾花という苗字になります」
「そうですか、尾花……え?」
「うふふ。初めまして春也くん。わたし、尾花秋華の義理のお姉ちゃんになるの。よろしくね?」
呆気に取られる俺をよそに、少女はにこりと微笑んだ。
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