第43話 とんでいっちゃいたいの
「なんでって、こっちのセリフなんだけど。春也も来てたの?」
怪訝そうな顔でこちらを見つめているのは、クラスメイトの花折真緒だった。
こいつとこうして外で出会すのも何度目だろうか、と俺は頭を抱えた。
「……ん、まあな。真緒は友達と来たのか?」
「そんなとこ。春也は? また女の子?」
「また、って人聞きが悪いな。……まあ、そうだけど」
「やっぱり、春也はモテるねぇ」
ニヤニヤと揶揄うように笑う真緒。
実際問題俺はモテている訳ではないのだが、学校外でこいつに会う時は女子と出掛けている時が多いのでそう見えてしまっても仕方はないだろう。
とはいえ、あまり多くない女子と出掛ける機会に必ずと言っていいほどこいつに会うのは、いくらなんでもタイミングが良すぎる……いや、悪すぎるとは思うが。
「そんなんじゃないって。今日は妹と一緒だしな」
「『妹』って……なっちと?」
「ああ、いや。そういう意味じゃなくて、ちゃんと血の繋がった妹だよ」
「ふーん、春也って本物の妹がいるんだ」
「まあな。俺らと同じ学校だぜ、1年」
「そうなんだ、どっかで会ってるかもね」
「たまに教室来たりしてるしな、見てはいると思うぞ」
「へー……」
「ま、そんなとこだ。じゃあ、俺は戻るから。また学校でな」
段々と興味を失いつつある真緒の表情を見て、俺はそう切り出した。
もちろんそれだけではなく、これ以上小春を待たせるのは申し訳ないという気持ちもある。
それに、あまり真緒と話し込みすぎても真緒の友人にも迷惑をかけてしまう。
真緒も俺の意図を汲み取ったようで、じゃあねと口にして立ち去ろうとする。
が、その瞬間……視界の端に、栗色の髪の少女が映った。
「お兄ちゃん? 随分時間がかかってますけど大丈夫……って、そちらの方は?」
ひょこりと顔を出したのは、妹の佐倉小春だった。
☆☆☆★★★☆☆☆
「なるほど、貴方がお兄ちゃんの……。はじめまして、佐倉小春と申します」
「君が春也の妹さんかあ……。花折真緒です、よろしくね」
にこやかに挨拶をする二人。
俺の友人と妹が邂逅する、なんでもない場面……のはずなのだが、どこか不穏な空気を感じるのは俺の気のせいだろうか。
竜虎相搏……なんて表現したら、きっと小春に笑顔のままで「お兄ちゃん? 今のはどう意味ですか?」なんて詰問されてしまうと思うが。
「ところでお兄ちゃんはどうして花折さんと一緒に? まさか、逢引きのお約束をなされていたとか……?」
「違うって。偶然会っただけだよ」
「そうだよ、小春ちゃん。本当にたまたま」
「なるほど、そうですか」
相変わらず、冷たさの漏れ出る笑顔でこちらを見つめている小春。
気のせいかもしれないが、小春は話している間一度も真緒の方を見ていなかった。
二人は仲が悪かったりするのだろうか……。
いや、初対面だしそれはないだろう。存外人見知りしているだけかもしれないし。
「ところで、花折さんはお兄ちゃんとどんな御関係で?」
「お、いい質問だね。小春ちゃん」
「いい質問って……。俺と真緒は別に」
「お兄ちゃん。今は花折さんに質問をしています」
そう俺を制した小春は、ひどく冷たい目をしていた。
思わず背筋が凍る。
「ただならぬ関係って言ったら……どうする?」
「…………」
小春は冷たい目のまま真緒を見つめて、何も答えなかった。
「あはは、ウソウソ! そんな怖い顔しないでよ。ただのクラスメイトだから、安心して」
「……本当ですか?」
「ホントホント。ね、春也」
「ああ、本当だよ。ただのクラスメイトだ」
「……そうですか」
相変わらず冷たい目のままの小春。
声色がさらに一段低くなり、恐ろしさすらあった。しかし────。
「変なことを聞いてしまいましたね、ごめんなさい花折さん」
小春はそう言うと、ふっと表情を緩めた。
そこには、いつも通りの優しい笑顔があった。
「あはは、いいよいいよ。気にしないで」
真緒は気にしていないと言わんばかりにカラカラと笑った。
教室でいつも見るような、楽しげな顔だった。
「ま……春也と妹さん、仲良さそうでよかったよ。良いお兄ちゃん、って感じだね」
「そうだな……良いお兄ちゃんかはさておいて割と仲は良い方だと思うぞ」
「違いますよ。割と、ではなくてとっても、です。お兄ちゃん」
「あはは……。じゃあ私は友達のとこ戻るから、またね」
「おう、またな」
反対側へと歩き出した真緒にひらひらと手を振って、俺たちは自分の席へと戻った。
席に座るや否や、小春が「はあ」と息を吐いた。
「お兄ちゃん……小春がいるのに、他の女の子をたぶらかしてたんですか?」
「人聞きの悪いこと言うなって。さっきも言ったけど、たまたま出会したから挨拶してただけだ」
「そうですか」
つーん、とそっぽを向く小春。
いかん、またしても機嫌を損ねてしまったようだ。
小春に機嫌を直してもらうために二人で来たのに、経緯はどうあれ他の女子と話し込んでいたのでは怒られてしまっても仕方ないだろう。
「ごめんって……」
「……本当に反省してますか?」
「してるって。……ほったらかしてごめんな」
「……本当に思ってますか?」
「本当だよ」
「……お兄ちゃんは、優しいですね」
そう呟くと、小春はふっと笑みを溢した。
先程とは違い、とても明るい色の笑顔だった。
「さあ、気を取り直して2ゲーム目に行きましょうか! 次も負けませんよ?」
「おう、臨むところだ。絶対勝ってやる」
「ふふ、楽しみです」
ぐい、と袖を捲ると、俺はボールを持った。
どうやら機嫌を直してくれたらしい小春は、楽しそうに鼻歌を歌っている。
表情に出ないようにしながら、俺は心の底から安堵した。
ここからは目一杯楽しもう。そう決めた。
ふう、とわざとらしく息を吐くと、ボールを投げる構えを取る。
1ゲーム目はギリギリで負けてしまったが、今度は負けない。
兄としての矜持を見せてやろうではないか。
……そう決意したのは先程のことだったが、今スコアボードには『こはる:116』と『はるや:82』が並んで表示されている。
まあ、こんな程度で妹の笑顔が見れるなら別にいいか。
隣で大袈裟にはしゃぐ少女の姿を見て、俺は肩をすくめた。
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