第42話 ファンファーレ
「……なあ」
俺は、隣にいる栗色の髪の少女に問いかける。
少女は返事をしなかったが、代わりに何かあったのかと言うかのごとくスカイブルーの瞳をしばたかせた。
「外で待ち合わせる意味、あったか?」
「あるに決まってるじゃないですか、お兄ちゃん。だって、今日はデートなんですから」
お兄ちゃん、と呼んできたあどけない表情の少女────俺の妹、
何か問題でもあるのか、とでも言いたげな強い視線に、俺は答えを返せず無言で肩をすくめた。
「そんなことより、早く行きましょう。せっかくのデートですから、1秒でも長くお兄ちゃんと楽しい時間を過ごしたいですし」
「お、おう……」
今日のデート……もといお出掛けは、俺の方から提案したものだ。
と言っても、へそを曲げた様子の小春に機嫌を直してほしいがためにお願いしたのだが。
そんな俺たちは、この街にあるショッピングモールに来ていた。
休日ということもあり、建物に入る前からかなりの人で賑わいを見せていた。
「相変わらず人がすごいな、ここ」
「そうですね……手を繋いでないと、はぐれちゃうかもしれません」
「……小春?」
それって、と聞き返す間もなく、あてどなくぶらりと垂れ下がっていた俺の左手は小春の暖かい右手に包み込まれていた。
「あの、小春」
「何ですか?」
「……高校生にもなって、兄妹で手を繋ぐのは少し恥ずかしいんだけど」
「あら、でもアキとは繋いだんですよね?」
どくん、と心臓が跳ねた。
血の気が引く感覚がして、思わず空いていた手で頬を触った。
「なんで」
「なんでそれを知っているか……ですか?」
言いかけた俺のセリフを継ぐように、小春は言葉を続けた。
「ふふ、それは内緒です」
人差し指を口元に当てると、クスリと微笑んでみせた。
その表情を見て、はあ、と息を吐いた。
(……相変わらず)
この子には敵わない。
諦めて、小春の手を少し強く握り返す。
すると小春の方もきゅ、と握る力を強めてきた。
負けじと、こちらもさらに力を込める。
さらに小春からの圧も強くなる。
そんなやり取りが何だか愛おしくて、俺と小春は目を見合わせて笑った。
☆☆☆★★★☆☆☆
目的地に到着すると、大きな音が耳に飛び込んできた。
それは先程までの喧騒とはまた違う音だった。
重い物が床に落ちるゴトン、という音。
それが転がるゴロゴロ、という音。
そして転がったそれが物に当たるパカン、という音。
さまざまな音が合わさって、合奏のように響いていた。
「小春はどれにする?」
「そうですね……。10ポンドぐらいがちょうどよさそうです」
「そうだな、俺もそれぐらいがいいと思う」
「お兄ちゃんはどうするんですか?」
「俺はこれかな」
そう言って、14と書かれたボールを手に取る。
14ポンド……およそ6キロほどか。
持ち上げると、ズシリと重さが伝わってくる。
そう、俺たちがこれからすることは────。
「ふふ、ボウリングなんて初めてです」
そう、ボウリングである。
この大型ショッピングモールに併設されている、大きなボウリング場。
そこが俺たちの目的地だった。
「よし、じゃあやるか」
ボールを用意し、テーブルに置かれた端末に名前を入力してから俺は小春に声をかけた。
もちろん、入力をした名前は無難に「こはる」「はるや」だ。
身内だけだし、奇を衒う必要もないだろう。
「はい。楽しみですね」
「そうだな、なかなか二人でこういうことはしなかったし」
「ええ。あ、お兄ちゃんの番ですよ」
「お、本当だ。じゃあ投げてくるよ」
「頑張ってくださいね、お兄ちゃん」
ファイト、と言いながら応援してくれる小春の姿は非常に愛らしかった。
これでやる気を出さない男子はいないだろうな、と思えるぐらいには……と言っても、俺の初球はガターだった。
存外集中できていないのかもしれない。
気を取り直して2球目を投げたが、3本だけカラカラと音を立てて倒れただけだった。
とぼとぼと席に戻った俺と入れ替わるように、踊るような足取りで小春がレーンへと向かった。
「じゃあ、次は小春の番ですね」
慣れない手つきでボールを投げると、まるで吸い込まれるようにガコンと音を立てて溝へと落ちていった。
もちろん、ピンは一本も倒れていない。
「も、もう一回ありますから」
「……そうだな」
投げたボールが戻ってくるのをゆっくり見守ってから、小春はもう一度ボールを放った。
先程よりもゆっくりと放たれたそれは、ゴロゴロと音を立てて転がっていき……。
「真っ直ぐ、そのまま真っ直ぐですっ」
手を合わせて祈り始めた小春の願いも虚しく、またしても横の溝に落ちていってしまった。
今度も、一本もピンは倒れていない。
「……小春、お互い頑張っていこうな」
「……お兄ちゃんと一緒にしないでください、小春はやればできる子です」
「おい、俺の方がスコアは上だろうが」
「まだ1回目です、これから小春はスコアを上げていきますから」
「言ってろ、俺の方がすごい」
ここまで言われてしまっては負けていられない。
いくら相手が可愛い妹とはいえ、容赦しないことに決めた。
見てろ、必ずスコアで上回ってギャフンと言わせてやる。
決意を胸に、俺は2投目を投げた。
……ガコン、と音を立てて落ちたボールのことは、忘れることにした。
☆☆☆★★★☆☆☆
「ふふん、見ましたか? お兄ちゃん」
「くうっ……」
1ゲーム目が終わり、スコアが表示されてからずっとこうである。
俺が72、小春が79。
どちらも決して高いとは言えない数字だが、かろうじて小春の方が高かった。
誤差の範囲と言えなくはないが……小春の勝ちは勝ちなので、こうしてずっと勝ち誇られているというわけだ。
「お兄ちゃん、何か言うことはありませんか?」
「……まだもう1ゲームある」
「あら、負け惜しみですか?」
ニマニマとした笑顔になっている小春。
明らかに小春の声色は弾んでおり、楽しかったことが伺える。
「言ってろ、次は勝つ。……次行く前に飲み物買ってくるけど何かいるか?」
「あら、いいんですか? では、コーラでお願いします」
「珍しいな、炭酸なんて」
「たまのお出掛けですから、普段飲まないものをと思いまして」
「なるほど、了解」
荷物を小春に任せて、ボウリング場内にある自販機へと向かった。
小銭を自販機に入れてコーラを2本買ったところで、背後に人の気配を感じた。
待ってる人がいるのか、と退いた所で、背後の人物が「あれ」と声を出した。
「春也?」
突然聞こえてきた聞き覚えのある声に、俺は背筋に悪寒が走るのを感じながら振り返る。
案の定、と言うべきか……そこには、想像していた通りの人物がいた。
「……何でここにいるんだよ、真緒」
目の前に立っていたのは、同級生の花折真緒だった。
もはや何度目の遭遇かわからないが……間が悪いのは、果たして俺か真緒か。
そんなことを考えながら、俺は深くため息をついた。
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