第31話 疑惑
秋華とショッピングモールに訪れた午後。
パンケーキのお店に入ってのんびりしていた俺たちの前に現れたのは……俺のクラスメイトである、佐藤望見と花折真緒だった。
「そっかー、佐倉くんと秋華ちゃん……付き合ってたんだね」
「違う、俺と秋華は別に付き合ってない」
「などと供述しておりますが……秋華さん、いかがですか!?」
「え、付き合ってますよー」
「おい、変な嘘つくな。勘違いされるだろ」
「佐倉、もしかしてなっちとは遊びだったの……? 事と次第によってはアンタの首と胴体を切り離すことになるけど」
「物騒すぎないか!? 別に夏音ともそういうのではないんだけど!?」
女神のような慈愛に溢れた表情をしている望見と、鬼神のような目つきでこちらを睨んでくる花折。
対照的な2人が、俺たちの隣の席に座っている。
「とりあえず……話すにしても、食べてから話さないか? 二人も、パンケーキ食べに来たんだろ?」
「あっ……そうだった。ごめんね、佐倉くん」
「ま、俺も誤解は解いておきたいし。秋華のことも……あと、夏音のこともな」
夏音のこと、というのは花折に向けての言葉だ。
当然ながら望見は夏音のことは知らないらしく、首を傾げている。
「誤解って……カップルメニュー頼んで置いて、付き合ってないとかあるわけ?」
「あるだろ、それぐらい」
「いや……信じられないんですけど……」
「それがあるんですよー。先輩、もっと言ってやってください!」
おい、秋華。今のはどういう意味だ。
現に俺たちは付き合ってないわけだし、十分あることだろう。
「あ、お兄さんもう一口食べる?」
「じゃあもらおうかな」
「はい、あーん」
「……うん、美味しい」
「あのさ」
先程同様秋華が食べているクランベリーのソースがかかったパンケーキを一口もらったのだが……隣のテーブルに座る花折に、物凄い勢いで睨まれている。
あまりの威圧感に、花折たちのテーブルにパンケーキを運んできた店員がビクビク怯えてしまっている。かわいそうに。
「何だよ」
「それ」
「それって?」
「だから、その……あーんってやつ。おかしくない?」
「……秋華、なんかおかしかったか?」
「へ? うーん、わかんないや」
「……本気で言ってる?」
はあ、と大袈裟にため息をつかれてしまった。
今のやり取りのどこに不満があったというのか。
「あーんまでして! 付き合ってないは! 無理があるでしょうが!」
バン、と勢いよく机から立ち上がり、俺たちを怒鳴りつける花折。
「ちょ、真緒ちゃん声おっきいって……」
「あ、ご、ごめん……。でも、いくらなんでもおかしいと思うけど」
すかさず望見に叱られる花折だったが、声量は落ちこそすれどその圧は消えていなかった。
でも……確かに花折の言う通りだった。
先程から何度もこんなやり取りをしていたせいで、いつの間にか羞恥心というものはすっかり消え失せてしまっていたようだ。
「言われてみれば……確かに」
「でしょ? 佐倉、本当にその子と付き合ってないわけ? 今なら足捥ぐぐらいで許してあげるけど」
「怖いわ……。何度も言うけど、本当に付き合ってないよ」
「そう……」
やはり懐疑的な目を向けられてしまっている。
じと、と音が聞こえてきそうだ。
何だかいたたまれない気持ちになりながら、パンケーキを口にする。
たっぷりとかけられたキャラメルソースは、先程より少しだけ苦く感じた。
☆☆☆★★★☆☆☆
「……で」
気づけば秋華とショッピングモールに来て1時間半。
屋上に設置されたベンチに、俺と花折は腰掛けていた。
秋華は望見と部活の買い出しに出かけて行ってしまったため、今は二人きり。
自販機で買った炭酸飲料を飲みながら、花折は口を開いた。
「さっきの子……秋華ちゃんだったっけ? あの子とはどこまで行ったの?」
「どこまでって……だから、あいつとはそういうんじゃないよ」
「佐倉……ここには私しかいないんだし、本当のこと言ってもいいんだよ?」
「いや、嘘ついてないって」
「大丈夫だよ? なっちには言っちゃうかもしれないけど」
「いや、言うならダメだろ。あと、嘘はついてないって。これは本当だ」
どうしてそこまで疑うのか……と思いつつ、冷静に考えてみるとカップルメニューを頼んだり、『あーん』をしていたりしたら、まあ付き合っていると疑われてもしょうがないのかなとは思う。
とはいえ、こちらとしてはちゃんと否定しているのだから信じてほしいところではあるが。
「そうなの? それはそれでどうかと思うけど……」
「……なんでだよ」
「だってそうじゃない? あそこまで仲のいい女の子がいるのに付き合ってないのは、逆に不誠実だと思うんだけど」
「……仲がいいって言っても色々あるだろ。俺にとって秋華は『妹』みたいなもんだし」
「うわ出た『妹』。それ、最低男が浮気の時の言い訳に使うやつじゃん」
「いや、そういうんじゃなくてな!?」
「本当かなー……。男の人ってすぐ嘘つくしなー」
「本当にそういうのじゃないんだって。夏音のことも『妹』みたいに思ってるよ」
「……ふーん」
「その顔……信じてないよな」
その質問に、花折は答えなかった。
無言の肯定、そんな雰囲気を纏いながら一人炭酸飲料を飲んでいる。
「……まあ、佐倉の言い分はわかったよ」
「……おう」
「でも」
手元の缶を見つめていた花折が、顔を上げてこちらを見てくる。
その目は、今日向けられたどの視線よりも冷たく見えた。
「それを信じるか信じないかは私の自由。だよね?」
「……まあな。でも、花折は……その、なんでそんなに厳しいんだよ、俺に」
「大事な後輩がクラスメイトに弄ばれてるかも、なんて思ったら……ね。つい」
「だから、俺は弄んでなんか」
「だってさ」
俺の言い分を遮るように、花折は言葉を続ける。
今度は俺の目を見ずに、地面を見つめていた。
「私、佐倉のことまだよく知らないから。だから、心配なんだよ。なっちのこと」
「……そうか、そうだよな。ごめん」
俺の謝罪の一言に、返事は返ってこなかった。
静寂。数秒間、外の喧騒だけが耳に届く。
屋上に置かれた室外機の音。
走り回る子どもの笑い声。
地上から響いてくる、車の走行音。
でも、一番うるさいのは、自分の心臓の音だった。
(何をそんなに、)
不安に思っているのだろうか。
同学年の少女相手に。
俺たちの横を夏の風が吹き抜けた後、先に口を開いたのは花折だった。
「……ごめん、佐倉。私、結構ひどいこと言ったね」
「いや、別に。……それだけ夏音のこと心配なんだろ」
「まあね。大事な後輩だから」
それだけ言うと、花折はグビ、と缶に口をつけた。
ふう、と息を吐いてから、缶をゴミ箱へと投げ捨てる。
花折の気持ちは、わからないというわけでもない。
俺だって夏音が変な男に誑かされていたら、少なからず心配にはなるだろう。
それに、側から見れば……夏音と懇意にしているのに、秋華と恋人のようなデートをしているというのは不誠実に映るのだろう。
俺としては全くそんなつもりはないのだが、こればかりは弁解は難しいかな、という気もする。
「ま、そんなわけでさ。私としては、繰り返すようだけど後輩に変な虫がつかないか心配なわけよ」
「俺のことは虫扱いかよ」
「まあ虫かどうかはまだわからないし? 虫だったら叩き潰すけど」
「怖……」
俺の呟きを聞いてか聞かずか、よ、と小さく声を出しながら、ベンチから立ち上がる花折。
んう、と大きく伸びをして、俺に向き直る。
「そんなわけだからさ。佐倉には悪いけど、しばらく見極めさせてもらうからね」
花折はニイ、と笑った。
「見極めって……え?」
「まあ、同じクラスだから話せる機会もたくさんあるし。無視したら許さないからね」
「いや、無視はしないけど……」
「ならよし。これから……友人としてよろしくね、佐倉?」
そう言うと、花折はスッと右手を差し出す。
浮かべた笑顔からは、感情は読み取れなかった。
なんのつもりで……というのは先程本人に口から聞いたばかりだが。
それでも、何だか差し出された手を握りたくはなかった。
なぜなのだろう。少し考えてみたが、答えは出なさそうだ。
だから。
「……ああ、よろしく」
俺はそう短く返して、差し出された彼女の右手を握った。
どんな形であれ、友達になろうと言われれば断る理由もない。
そう思い、俺は彼女の手を取った。
この選択が正しかったのか、あるいは間違っていたのか……。
その解答は、いつか誰かからもらえるのだろうか。
そんなことを考えながら、目の前の少女を見つめてみる。
顔には、笑顔が張り付いたままだ。
よろしくとは言ったものの、これからやっていけるのだろうか。
俺の手を離し、「友達になった記念にジュース買ったげるよ」なんて自販機の前まで走っていった花折を目の端に捉えながら……ぼんやりと考える。
「佐倉、何がいい?」
「……メロンソーダで頼む」
定期試験最終日の放課後。
1年前からクラスが一緒だったのに関わりあうことがなかった男女の間に、どこか奇妙な友情が成立した……そんな瞬間だった。
まあ、これを友情と呼べるかどうかは────神のみぞ知るといったところだが。
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