第29話 小秋日和
「いやー! お兄さん返信くれないから、無視されてるのかと思ったじゃん!」
「悪い悪い、なんて送ろうか考えててな」
「いいよー、とか、はい、だけでよかったのにー」
「……俺が断る可能性は考慮してないのな」
「え? デートしてくれないの?」
いつの間にか俺と腕を組み、連れ立って歩いてる秋華。
ぴょんぴょんと跳ねるような動きで、俺を引っ張ってずんずん進んでいく。
こいつの元気には振り回されっぱなしだなと思いつつ、先日の出来事を思い出す。
普段はこんなにも元気な秋華が、あんなに不安そうに涙を流す姿は見たことがなかった。
それだけ信頼してもらえてるのかな……なんてのは、流石に自惚れか。
「いや、まあいいけど……。どこに行くんだ?」
「んー、そうだなー……」
ぴた、と動きを止めて、考え込む素振りを見せる秋華。
……腕は相変わらず組んだままだが。
「じゃああそこ行こーよ、ショッピングモール!」
「ん、ああ、あそこか……」
秋華が提案してきたのは、街の中心にある複合型の商業施設だった。
観光地やデートスポットに乏しい地方都市のこの街では、このショッピングモールが若者の憩いの場だ。
我が校の生徒も──うちの学校からはそれなりに距離もあるのだが、そんなことは気にならないとばかりに──フードコートで勉強したり、併設されているゲームセンターで遊んだり……などと様々な用途で利用しているらしい。
ちなみに、こうして講釈を垂れているがかくいう俺はほとんど利用したことがない。
高校に入学してから部活でかなり忙しかったし、小春に負担をかけないために部活終わりもあまり寄り道はしてこなかった。
買い物にしても、家の近場にあるスーパーを利用することが多い。
だから、件のショッピングモールは本当に数えるぐらいしか訪れたことがないのだが……。
(まあ、せっかくだしな……)
「いいぞ、行こうか」
「まあそうだよねー。変なこと言ってごめ……え?」
「え?」
「ええええ!? い、いいの!?」
なんだそのリアクションは。俺が行かないと言うとでも思ったのか、心外だ。
「ほら、ちょうどバス来たから乗るぞ」
「う、うん」
定刻より3分ほど遅れて学校前のバス停に到着した、ショッピングモール行きのバスに二人で乗り込んだ。
幸いにも二人がけの席に座ることができたが、俺たちと同じことを考えているであろう学生でバスの中はとても賑わっていた。
「とりあえず座れたな、よかった」
「え、あ、うん、そうだね」
出発します、と運転席からのアナウンスが聞こえて、バスが動き出す。
ガタガタ、と小さな振動が体に伝わってくる。
バスが少し速度を上げたところで、秋華がおずおずと尋ねてきた。
「と、ところでお兄さん……なんで一緒に行くの、オーケーしてくれたの?」
「……せっかく秋華が誘ってくれたからな。当然行くよ」
「う、お、お、押忍」
何に動揺してるのかさっぱりわからないが、珍しく狼狽した秋華がガションガションとロボットみたいな動きを始めた。
あと押忍ってなんだ。お前は向中野か。
……いや、もう武士じゃないんだっけか? あいつがよくわからん。
どちらにせよ、古風な武士と新型のロボットが融合しているような今の秋華は見ていて非常に面白かった。
「お、お兄さん……そういうのって、誰にでも言ってるの?」
「はあ? 秋華だけに決まってるだろ」
「は……はわわ」
当然だ。秋華を妹みたいに信頼しているからこそ、こういうことも言える。
夏音や千冬、小春ならさておき誰にでもこういうことを言うわけじゃない。
「ワワワ、ハワワワ」
「……秋華、一旦深呼吸」
「ワワ……すーっ、はーっ……」
未だ顔は赤いが、先程に比べて落ち着きを取り戻したようには見える。
「落ち着いたか?」
「……んー、なんとか……。ら、らしくないよね……ごめん」
あはは、と少し寂しそうに笑った。
「まあ、普段の秋華っぽくはないな。そんなに焦るなんて」
「だよね……」
「どっちかって言うと人のことからかって焦らせてるイメージだし」
「……それは心外かなー」
「すまんすまん。でも」
何だか暗い顔になった秋華の言葉を遮る。
一拍置いて、もう一度俺は話し始めた。
「それが素だって言うなら、たまにはいいんじゃないか? いつも嘘ついて愛想笑いして、相手に合わせてばっかでも疲れるだろ」
「愛想笑い、か。あはは、バレてんだねやっぱ」
「……お前がそんなギャルの格好する前からずっと見てるからな。俺や小春の前ならさておき……普段の交友関係とか、結構無理してるんじゃないかなと思って」
「……へー、そんなに見てくれてるんだ」
「ま、お前のことは『妹』も同然だと思ってる。それぐらいには大事だ」
「あー……うん、ありがと」
「何だよ、その微妙なリアクションは」
「あはは、べっつにー?」
ケラケラと笑う秋華の顔は、いつの間にか普段俺が見ているそれと変わらないものに戻っていた。
「……俺の前では無理しなくていいからな。素の秋華でいてくれていい」
「……ありがと。でもウチ、お兄さんの前では結構素だよ?」
「そうか? 告白するとか嘘ついてきたのに?」
「あ、あれはまた別だし」
「……その顔」
「へ?」
今の秋華の顔は、普段クラスメイトや友人と一緒にいる時の彼女の顔とも、小春といる時の顔とも違うものだった。
「そういう素の顔。俺の前では、そういう顔でいてほしいな」
「……お兄さん、それマジで言ってる?」
「え? 何が?」
「自覚なしかあー。女の子に素でそんなこと言えるのすごいと思うよ、ウチは」
「お、おう……?」
なんか怒られてしまった。
なぜだろう、思ったことをそのまま口にしただけなんだけどな。
などと考えていると、ぷう、と頬を膨らませた秋華が口の中の空気を、はあ、と吐き出した。
「そーいや、お兄さんって学祭の実行委員やってるんだっけ?」
「ああ、そうだけど……何で秋華が知ってるんだ?」
「部活の先輩から聞いたんだー」
「ふーん、そうか……」
部活の先輩から聞いたのか、なら納得もできる……と考えてから。
あれ? と首を捻る。
「……秋華って何部?」
そうだ、俺は秋華の部活を知らない。
秋華から何かを聞かれることはこれまでたくさんあったが、俺から秋華に何かを聞くことは滅多にない。
秋華自身も、自分の話をすることは少ないし。
運動部ではなさそうだが、何をしているのだろうか。
「んー……」
小首を傾げながら小さく唸ると、ニイ、と悪戯っぽい笑顔になり────。
「当ててみてよ、お兄さん」
そんなことを、言い始めた。
「わかるわけないだろ。ヒントくれ」
「んー……なしで」
「じゃあ無理だ」
「あー! 嘘、嘘! そんな興味失わないで!」
「だってわからないしなー。秋華、自分の話あんまりしてくれないし」
「う、そ、それはそうだけど」
「だから、ヒントくれないと答えられないなー」
「……お兄さんって、意地悪だよね」
「秋華ほどじゃな……痛っ、すみません何でもないです」
コラ、不服だからって脇腹に手刀を入れるんじゃない。
普通に痛いだろうが。
お返しに叩いてやりたくなったが、流石に女の子にそんなことをするわけにもいかないので大人しく矛を収める。
「しょうがないなー……。ヒントはね、文化部だよ」
「まあそうだよな、運動部入ってそうな様子はなかったし」
「……それ推理できるなら当てれるくない?」
「……さあ?」
「やっぱお兄さんって意地悪だ」
つい先程と同じように、秋華の頬が、ぷう、と膨れる。
フグみたいで愛らしいな、なんて口にしそうになったが、そんなことをしたらまた脇腹にダメージを負いそうなので黙っておくことにした。
「まあでも、文化部ってだけじゃわからないよな」
「うーん……あっ、そうだ」
名案がある、と言わんばかりに、ポン、手を打つ秋華。
アニメや漫画の世界だったら、頭の上に電球が浮かんでいること間違いなしだろう。
「じゃあ今から、お兄さんは3回までウチに質問していいよ。あ、はいかいいえで答えられるやつね」
「ほう」
「んで、その3回までに当てられたらお兄さんの勝ち! なんかご褒美あげるよ」
「……もし外したら?」
「んー……じゃあ、クレープ奢ってよ。最近できたらしいんだよね、クレープ屋さん」
「……最初からそれ目当てだろ」
「ギク」
いや図星なのかよ。しかも口でギクって言ってるし。
ここまでくるとわざとらしくて逆に笑えてしまう。
「まあいいか。じゃあ、1個目だ」
「うん」
「今、部活に使う道具を持ってるか?」
一口に文化部と言っても色々ある。
吹奏楽部や軽音部、合唱部や放送部など。
ただ、普段の秋華が大きな楽器などを持っているところは見たことがなかった。
であれば、先に上げたうちの前半二つである可能性は著しく低いだろう。
また、もしこの質問の答えが「はい」であれば、小さな道具を使う部活……例えば、書道部だったり美術部などである可能性が高まってくる。
「はい、持ってるよ」
「なるほど、ありがと」
「じゃあ、1回目の回答ね。当てられる?」
はい、という回答はもらったが、実の所これだけでは絞り込めない。
とりあえず、2個目3個目の質問をしてからだな。
「うーん……じゃあ、書道部で」
とりあえず、浮かんだものをダメもとで言ってみる。
しかし、俺の予想に反して秋華の表情は驚愕の色に染まっており。
「お」
「お?」
「お!」
「お!?」
お、と繰り返す秋華の真意は読めないが、これはもしかして……
「残念でしたー! じゃあ、二個目ね」
違った。二重の意味で。
どうやら書道部ではないらしい。
気を取り直して次の質問を考える。
「そうだな……音楽に関係しているか?」
「お、いい質問だねー」
どこかの大学教授がバラエティ番組でよく口にしているようなセリフを口にする秋華。
本当にいい質問かはさておき、これである程度絞り込みは進むだろう。
「いいえ、音楽関係じゃないよ」
「ふむ……」
「はい、じゃ2個目の回答ね」
「美術部。これでどうだ」
「お、いい回答だね〜」
またしてもびっくりしたような顔をする秋華。
しかし、すぐに綻んだ表情に変わる。
「でもざんねーん、違います」
これも違ったか。
クレープを奢ることには抵抗は全くないし、最初からスイーツなり何なりをご馳走するつもりではあったが……ここまで来て外すのも何だか悔しい。
何とか三つ目の質問で絞り込んで……。
「……あ」
「ん? どったの?」
あるじゃないか、簡単な質問が。
むしろ、この1問だけでよかった気もする。結果論にしか過ぎないけど。
「三つ目。いいか?」
「お。もう? うん、いいよ」
「……お前の部活の先輩に、3年6組の学祭実行委員はいるか?」
「あー……なるほどね」
今度は驚くような表情は見せない。
……代わりに少し肩をすくめ、非常に残念そうな顔をしている。
「はい、3年6組の学祭実行委員の人はウチの部活の先輩だよ」
「……わかった」
「じゃ、回答どうぞ」
「……写真部」
「あー、せいかいせいかいすごいすごーい」
「ずいぶん投げやりだな、おい」
「……だって」
ぶうたれる秋華の顔は、不満げ……と言うよりも、今にも泣き出しそうだった。
「あのな、別にクイズをダシにしなくてもクレープぐらい一緒に食べに行くし……買い物とかも、付き合うぞ」
「え! い、いいの……?」
項垂れていた秋華の頭が、ガバ、と起き上がってこちらに向く。
「もちろん。今日は秋華の行きたいところに行こうか」
「お……おにいざん」
「うわっ、俺の服で拭くなっ!?」
笑顔が戻ってきた……かと思いきや、また泣き始める秋華。
だが、その涙は先程の泣きそうな表情とは違い……嬉しさによるものだろう。
当然ながら俺は秋華のことは嫌いではない。
むしろ、好意的に見ている。……もちろん、そこに男女の『それ』は介在していないが。
だから、秋華が望むのであれば買い物にも付き合うし、スイーツや食事にも行く。
ただそれだけなのに、こんなにも喜んでもらえるのは嬉しいし、同時に気恥ずかしくもあった。
俺の胸でわんわんと泣く少女を見て────俺は、手紙にかまけて秋華たちと真っ直ぐ向き合っていなかった自分を……改めて恥に思った。
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