第40話 佐倉小春の独白
後ろ手に部屋のドアを閉めると、私は乱暴に体をベットに投げ出しました。
ボスン、と音がして、布団が私の重さで沈みます。
「お兄ちゃん……」
考えているのは、私の兄……佐倉春也のこと。
「ふふっ、デートですって」
私の機嫌が悪そうだと見るや否や、デートの提案をしてくれた。
兄にとっては、家族水入らずで過ごす時間でしかないだろうが……佐倉小春にとっては、意味が変わってくる。
お兄ちゃんは、最近色んな子にモテている。
ああ、いや、最近というのは正しくないだろう。
アキが昔から兄のことが好きなのは知っているし、千冬ちゃんもだ。
二人は見ていてかなりわかりやすい。
もっともアキは気づかれていないと思っているし、千冬ちゃんは一生懸命押し殺そうとしているのだが……見ていて、とても可愛い。
夏音ちゃん──兄の親友の妹さんだったか──は、二人以上にわかりやすい。
この間家に来た時、一目見てすぐにわかった。
────ああ、この子もお兄ちゃんのことが好きなんだ、と。
小春の周り、わかりやすい子しかいませんね。
まあ、そうでしょう。それだけお兄ちゃんは魅力的ですから。
そんなことを言う小春自身もわかりやすいかな、という気がしています。
というか、むしろわかりやすくないといけません。
私は、佐倉春也の本当の妹です。
律儀な兄が、私のことを恋愛対象として見ることは決してないでしょう。
寂しいことではありますが、仕方がありません。
いつか気づいてもらえるまで、そばにいるだけですから。
そもそも論として、かなり近しいところにいる千冬ちゃんやアキ、夏音ちゃんですら恋愛対象として見ていなさそうですから。
小春なんてなおのことでしょう。
義理堅いのか、鈍感なのか。まあ後者でしょうね。
そんなところも好きだ、なんて言えるのは……私だけではなさそうですね。
(はあ、お兄ちゃん……)
兄のことを考えると、言いようのない気持ちになってしまいます。
既にすっかり濡れてしまっている秘所に手を伸ばしかけて……やめました。
この興奮と悦びに身を委ねてしまいたいところですが、今はそんなことをしている場合ではありません。
それより、それよりです。
小春が築き上げたネットワークを駆使して手に入れた情報。
(花折さんと、佐藤さん)
クラスでは普段海野さんをはじめとした男子としか話していなかったお兄ちゃんが、最近女子と親しげにしているようです。
これは由々しき事態です。
二人の真意は分かりませんし、兄が簡単に女性に靡くような人間ではないこともよく知っていますが……万が一ということもあります。
警戒はしなければなりませんね。
ベットから立ち上がり、机の引き出しを開けます。
最近まで空っぽだった鍵付きの棚に入っているものは、一つだけ。
手に取って、中を開けてみます。
ピンクの封筒の中にあるのは、一枚の便箋。
(手紙一枚で心を乱すお兄ちゃんも、可愛いですね)
これは、お兄ちゃんの引き出しに入っていた手紙。
最近のお兄ちゃんの様子がおかしかった原因でもあります。
え? 小春が書いたのかって?
ふふ、それは秘密ですよ。画面の前の貴方にも教えられません。
お兄ちゃんはしっかりしていますから、これをもらってからさぞ思い悩んだのでしょう。
誰が出してきたのか、気持ちに答えるべきなのか、とか色々と。
ここしばらくご飯の間も浮かない顔をしていましたから、本当にずっと考えていたかしら。
お兄ちゃんらしいです。
ここ最近、小春をはじめとした『妹』たちへの態度が変わりつつあるのも、やはりこれのせいでしょうか。
夏音ちゃんとも一度喧嘩してしまったようですし、そこからお兄ちゃんなりに反省したのでしょうね。
手紙がなくなった日のお兄ちゃんの焦燥具合は、申し訳ないですけれど見ていて面白かったですし。
あの後夏音ちゃんとは仲直りして、今まで以上に仲良くなったようですから結果オーライといったところですか。
アキとも楽しそうにしていましたし、千冬ちゃんともお出かけしていました。
羨ましくない、と言えば嘘になります。
それにしても────。
(嫉妬、してるのかな)
手紙を閉まって、引き出しに鍵をかけます。
お兄ちゃんも鍵付きの棚に入れるべきでしたね。今度それとなく伝えるとしましょう。
もう一度ベッドに飛び込みました。
ギシッ、とベッドの軋む音がします。
最近の小春は、どうにもおかしいです。
お兄ちゃんがカッコいいからでしょうか。
いえ、それは元からですからそういう理由ではなさそうですね。
となると、お兄ちゃんの周りに女の子が増えたからでしょうか。
それとも、お兄ちゃんと誰かが仲睦まじくしてる場面を目撃することが増えたからでしょうか。
そこに立っているのは小春のはずなのに。
小春にだけ、特別な笑顔を向けてくれるはずなのに。
小春が、小春だけが。
「んっ……」
やめておこう、と考えていたのに。
そこに指を伸ばすと、思わず声が漏れてしまいます。
こうなってしまってはもう止まれませんね。
近くに丸まっていた毛布を空いている方の手に取り、声が響かないよう口元に当てます。
小春は、お兄ちゃんが好きです。
それは、家族愛でも兄妹愛でもありません。
小春は、お兄ちゃんのことを一人の異性として愛しています。
お兄ちゃんになら、なんでもできる。
お兄ちゃんになら、はじめてをあげられる。
お兄ちゃんになら、何をされてもいい。
私は、お兄ちゃんに、お兄ちゃんに、お兄ちゃんが、
「お兄、ちゃん……」
ああ、またやってしまった。
体から力が抜ける。
代わりにやってきたのは、倦怠感と嫌悪感。
いつも、こうだ。
お兄ちゃんのことを考え始めると止まらない。
お兄ちゃんや千冬ちゃんは私が朝に弱いと思っているようだが、本当は早起きなのだ。
ただ、朝起きてから……お兄ちゃんにおはようと言ってもらえることを考えてしまうだけで、その、変な気分になってしまって……それを解消しているだけです。
起きられないわけではありません。現に休みの日は早起きですし。
「お兄ちゃん……」
もう一度、呟いてみます。
血が繋がっていなかったら、なんて考えてしまうのは……今日が初めてではありません。
私は、なんて悪い妹なのでしょうか。
本当は、妹である資格なんてないんじゃないでしょうか。
でも。それでも。たとえ資格なんかなくっても。
お兄ちゃんの隣にいるのは、私。
それは絶対に譲れません。
でも、それだけ。それだけなのです。
そこから先は、それ以上のことは、望むことすらできません。
だってそうでしょう?
妹のままじゃ、その先には進めないんですよ。
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皆さまはじめまして、野村コレキヨと申します。
拙作「あなたの妹じゃいられない」、ここまで御愛読の程誠にありがとうございます。
近況ノートでもご報告させていただきましたが、こちらでも改めて。
本話をもちまして、第一章を完結とさせていただきます。
次話から第二章の学校祭編に入るのですが、少々お暇をいただきまして12月1日(木)より投稿を再開させていただきます。
細かい近況報告やSSなどは先日開設いたしましたTwitterアカウントでさせていただいておりますので、そちらもフォローいただけると嬉しいです。
(先日こっそりいい夫婦の日SSを投稿いたしました)
↓アカウント↓
https://twitter.com/Brand_new_N
改めてになりますが、御愛読いただきまして本当にありがとうございます。
少々時間は空いてしまいますが引き続きお読みいただけると幸いでございます。
それでは、12月1日の20時にまたお会いいたしましょう。
野村 コレキヨ
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