第13話 約束
『ハル兄、部活終わったら連絡ほしいっス!』
そんな夏音のメッセージに気づいたのは、家に着いてからだった。
「やべ、5時間ぐらい経ってる……」
部活のメンバーと急遽食事に行ってたんだ、すまん。
そんな謝罪の文章を入力し、送信。
スマホの画面で時計を見ると、22時を少し回ったところだった。
夏音には申し訳ないことをしてしまった、今度ちゃんと謝ろう。
とはいえ、返信が来るのは明日になるかな……もう遅い時間だし。
などと考えた瞬間、ピコンとスマホが鳴った。
通知を確認すると、案の定夏音からの返信だった。
放課後もやたら既読早かったけど、あいつ結構スマホの通知気にするタイプなのかな。
さて、返信の内容は……。
『ハル兄、今電話しても大丈夫っスか?』
電話。電話と来たもんだ。
確かに文字で入力すると長くなりがちだし、時間がかかったりもするから声で会話できた方が時間短縮にも繋がるし効率的だな。うん。
大丈夫だ、と返信するとおよそ20秒ほどで電話がかかってきた。
「……もしもし?」
『ハル兄、おつかれさまっス』
「ああ、夏音もお疲れ様。返信、遅くなってごめんな」
『大丈夫っス! ……電話、出てくれてありがとうっス。えへへ、なんか電話したくなっちゃって』
「まあ、相談するなら電話の方が効率いいしな」
『…………はあ』
電話口から大きめのため息が聞こえてきた。何故だ、そういう理由ではなかったか。
『まあハル兄ならそう言うと思ってたっス……。ほら、予定決めちゃうっスよ』
「ん、ああ……」
『ハル兄は来週大会っスよね、応援行きたかったっス……』
「平日だからな。気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとな」
実際、応援の言葉だけでもとても嬉しかった。
部活の仲間だけじゃなく、こうしてエールをくれる後輩がいるという事実だけで頑張れそうだ。
『大会終わったらすぐ部活停止期間っスもんね、やっぱりその辺りがちょうどいいっスかねえ』
「そうだな。試験は6月の頭だし、本当はもっと早い方がいいんだが……」
『そこはボクの方でなんとか頑張ってみるっス。あ、それでなんですけど……』
「どうした?」
『わからないところとかあったら、今日みたいに電話しても……いいっスか?』
「なんだ、そんなことか。いつでも大丈夫だぞ」
『えっ、いいんスか? やったあ!』
わあい、と無邪気に喜ぶ夏音の声が電話越しに聞こえる。
解答を聞けるのがそんなに嬉しいのだろうか。勉強熱心なのはいいことだが……。
「流石に深夜とか風呂入ってる時は無理だけどな。手が空いてる時だったらいつでもいいぞ」
『はい、ありがとうっス! ……えへへ』
「おう、勉強熱心で何よりだ」
『あー……はい、そっスね』
何故か夏音のテンションが再び下がってしまった。
何故だ。色々考えてみたけど本当にわからん。
『とりあえず、勉強会に関してはさっき言った通りで! 改めて、よろしくお願いするっス!』
「おう、任せとけ……って程ちゃんと教えられるかはわかんないけどな」
『そんなことないっスよ。受験の時だってハル兄のおかげでなんとかなったっスから』
「買い被りすぎだよ。でもまあ、俺も頑張るよ。俺のせいで夏音が赤点取ったー、なんて言われないようにしないとな」
『あ、赤点なんて取らないっスよ!? 流石にそこまでじゃないっス!』
「あはは、すまんすまん」
ひとまず、勉強会や今後の日程については決まった。
入学してからも毎日しっかり予習復習はしていたとのことだし、いきなり赤点を取って大惨事……ということにはおそらくならないだろう。
少し安心しながら、どういう教え方をしていくか俺も考えてみないとな、と思った。
そこからしばらく、取り止めのない会話が続いた。
部活の先輩がどうだとか、クラスメイトがどうだとか。
教科担任の先生がどうだとか、近くの喫茶店の新メニューが美味しいとか。
何気ない日常を切り取った会話がほとんどだった。
話しているうちにそういえばと気づいたのだが、これまでに俺と夏音がこんな風に他愛のない会話をしたことがどれだけあっただろうか。
夏樹の家に行けば夏音はいつも友達と遊びに行っていたし、3年になって高校で会うようになってもほとんどが挨拶だけだったり話せたとしても夏樹についての会話が大半だった。
『……兄? ハル兄? 大丈夫っスか?』
「ん、ああ、すまん……。ちょっと考え事しててな」
いつの間にか物思いに耽りすぎて夏音の話が耳に入っていなかったようだ。
申し訳ないことをしてしまった。
『えー? ボクのことほったらかしてまで、なんのこと考えてたんスかー?』
「それはだな…………」
『なーに?』
「……夏音のことだよ」
隠すのも良くなさそうだったので、素直に夏音のことを考えていたと伝える。
実際これは間違っていない。
『え…………それって』
「夏音とこんな風に何気ない会話をしたことってなかったよなってさ。ほら、いつも夏樹と一緒だったから」
『え、あっ、あー……そうっスね、うん、確かにそうっス』
夏音から返ってきた返事はやたらと歯切れが悪かった。
まあ夏音本人のことを考えていたとはいえ話を聞いてなかったんだから、そういう態度にもなるか……。
「……とはいえ話を聞いてなかったのはよくなかったな、すまん」
『いえ、そんなに気にしないでほしいっス。ボクのこと考えてくれてたのは……えへへ、ちょっと嬉しいので』
「そ、そうか……」
『それより、ハル兄はどうなんすか? クラスのこととか、部活のこととか!』
「ああ、そうだな……」
そこからしばらくは、先程と逆で俺の話をした。
最高学年になってからピリピリしてるクラスメイトがいるとか、最後だからと部活に打ち込みすぎて授業中に居眠りして大目玉を食らったやつがいるとか、彼女ができて浮かれているやつがいるとか。
……最後は夏樹のことだが。
そんな話を続けていたのだが、ふと段々と夏音の反応が鈍くなってきていることに気づいた。
最初は「そっスね!」「それで!? どうなったんスか?」「あー、まあ、お兄なんてそんなもんっスからね」とか、元気なリアクションを返してくれて本当に楽しそうだったのが……。
いつの間にか、「……うん」「……はい「……ふわ」とかしか言わなくなっていた。
ふわ、ってなんだ。かわいいな、おい。
「夏音、もしかして眠いか? 今日はそろそろ……」
『ん、だいじょうぶです……。おきてますよ』
「だいぶ眠そうだぞ。今日しか話せないってわけじゃないんだから、一旦ここまでにしておこう。明日も学校だし」
『えへへ。またはなしていいんすね』
「ああ。さっきも言ったけど、気軽に電話していいぞ」
『えへ、やったあ……』
時刻はそろそろ24時になろうかというところだった。
夏樹曰く夏音はいつも23時過ぎには寝ているとのことだったから、それは眠いはずだ。
なるべく早く電話を切って寝かせてあげなければ。
『あの……はるにい』
「うん、どうした?」
『はるにいに、おねがいがあります』
「……うん、なんだ?」
『てすとでいいてんとったら……ごほうびにわたしとでーとしてくださ……い……』
「ああ、わかっ……デート!?」
デート。聞き間違いじゃないよな。
え、デートって男女が二人で連れ立って出掛けるあれか。
夏音が俺と? 何故? それって──。
あ、でもこないだ向中野に相談聞いてもらった時もデートって言ってたっけ。
女子にとってしてみたら、そんなに大した意味はないのかもしれない。
うん、そうに違いない。危うく勘違いするとこだった。
『……やですか。わたしと、でーと』
「……わかった、いいよ」
『いいんすか……! えへ、えへへ……やったあ……』
ふにゃふにゃとした夏音の嬉しそうな声が返ってきた。
まさかのお願いに面食らってしまったが、俺と出掛けることがご褒美になるといううのであれば俺としては問題なかった。
でもそんなに喜んでくれるのか、それは俺も嬉しいかな。
「……あのさ」
今なら聞ける気がした。
夏樹に頼まれてから、ずっと気になっていたこと。
思い切って、俺は口を開いた。
「夏音はさ……どうして俺を選んだんだ? 他にもっといいやつとか、いるだろ」
『……………………』
「……夏音?」
『すぅ……すぅ……』
問いかけへの返事の代わりに聞こえてきたのは、夏音の寝息だった。
先程からすごく眠そうだったし、仕方ないか。
そもそも俺が連絡を返したのもかなり遅かったしな。悪いことをした。
「……おやすみ、夏音」
そう呟いて、通話終了のボタンを押した。
夏音の先生役、無事に務まるだろうか。
少し不安だが、どことなく楽しみでもあった。
それにしても、デートか。
いい点取ったらご褒美に、って。
俺と出掛けることが本当にご褒美になるのか。
そんなに俺との約束を楽しみにしてくれているのなら……。
「……もしかして」
手紙の主は、夏音なのか。
その先は、口には出さなかった。出したくなかった。
でも、それが何故か、俺にはわからなかった。
「……おやすみ」
なんとなく、すでに通話の切れたスマホに向けてもう一度呟き……俺は部屋の明かりを消し、目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます