第12話 英気を養う

『夏樹から話は聞いた。勉強会、いつからがいい?』


 放課後。スマホのメッセージアプリを立ち上げ、夏音にメッセージを送る。

 部活が始まる前に送っておけば、帰りの時間……ないし夜までには返事がもらえるだろう。

 ……そう思っていたのだが。

 送った瞬間に既読が付いた。いや、これ来て即開いたとかの速度じゃないぞ。

 いくら何でも早すぎないか?


 30秒ほどして、メッセージが返ってきた。


『ハル兄の手が空いたらでいいよ! ボクはいつでも大丈夫』


 そして、可愛らしい犬のキャラクターのスタンプが送られてくる。

 何だか夏音に似てるな、あいつちょっと犬っぽいところあるし。


 いつでも大丈夫、か。

 ならなるべく早い方がいいよな、勉強は一朝一夕でどうにかなるもんじゃないし。


(とりあえず、大会が終わってからじゃないとな────)


 結果如何では部活動は継続できるのだが、とりあえずは来週に控えた大会の成績次第だ。今日時点ではまだ決められない。


 ふう、と息を吐くと気付けば部活の時間だった。


『OK、後で相談しよう。そろそろ部活だから、またあとで』


 俺も夏音に倣いスタンプを送信する。

 以前夏音にプレゼントとしてもらった。夏音とお揃いの犬のスタンプだ。


 さて、そろそろ体育館に向かうか。

 スマホをカバンにしまい、廊下を歩き出した。



☆☆☆★★★☆☆☆



「おつかれさまでーす! いやー、いよいよ来週ですねえ。今日はたくさん食べて、英気を養っちゃいましょう!」


 目の前でジュースの入ったコップを振り上げて音頭を取っているのは、同じ部活の女子、広瀬ひろせ綾寧あやねだ。

 うちの女子バド部のエースで、次期部長……なのだが、プライベートではかなりテンションが高い。

 同じく隣で盛り上がる藤島ふじしま実咲みさき弦田つるた花那かなとともに羽部かしまし3人娘として人気があるとかないとか。


「女が3人寄るとかしましいとは本当でござるな、佐倉殿」

「……お前も女だろ。というか、この場に男子は俺しかいないんだが」

「しょうがないでござるよ、この子達に近寄れる男子は佐倉殿ぐらいしかいないでござる」

「なんで俺ぐらいなんだ?」

「佐倉殿は人畜無害そうだからでございましょうな?」

「あのなあ……」


 俺と向中野は3人娘が座るテーブルの隣だ。

 今日の練習も無事終わり、解散……する前に、大会まで残り時間もわずかだからみんなでご飯に行きたい! と言い出した広瀬の提案で、羽部メンバーで食事に来ている。学校の近くにあるチェーンの焼肉店で、価格が安価なため学生のお財布にも優しい……のだが。


「……突発すぎだよなあ」


 声をかけられたのは部活が終わってから。

 そのため、人の集まりがあまり良くなく……広瀬と仲の良い藤島と弦田に、暇していた俺と向中野……そして。


「あ、あの……私なんかがお邪魔してよかったのでしょうか……」


 俺たちと同じテーブルに座る、肩身の狭そうな千冬。

 そりゃそうだ。そもそも引っ込み思案なのに、この場には1年は千冬しかいない。

 結局全学年合わせて、計6名しか来れなかったのである。


「遠慮するな、広瀬から声かけられたんだろ? なら問題ないさ」

「そ、そうですが……」

「そ〜うだよ千冬ちゃん! 来てくれてありがとう!」


 いつの間にかこちらのテーブルに来ていた広瀬が、バシバシと千冬の背中を叩く。

 その様子は部活終わりとは思えないぐらい元気で、いつにもましてハイテンションだった。


「ごめんね、千冬ちゃん。本当はもっと前に計画してたんだけど……」

「アタシが声かけるの忘れてたんだよねー! あっはっは!」


 まいったなー! と言いつつ楽しそうな広瀬とは対照的に、申し訳なさそうな顔をして藤島がペコリと頭を下げる。

 大体いつもこんな感じだ。

 行動力の塊である広瀬がさまざまな無茶をして、藤島がフォローする。

 俺たちが引退してからも、部長・副部長としてこんな関係が続くだろう。

 安心できるような、できないような……。


 ちなみにマイペースな弦田はもはや席に居なかった。

 コップがないのを見るに、おそらくドリンクバーに飲み物を取りに行ったのだろう。


「ささ、そんなことより早く焼いちゃいましょう! 肉が冷めちゃいますよ!」

「いや、これから焼くんだから冷めるも何もないだろ……」

「いいからいいから! 先輩、遠慮せず食べてくださいな!」

「はいはい、ありがとな」


 自分のテーブルに戻った広瀬が肉の乗った皿を雑にひっくり返して網の上に肉を乗せると、ジュウジュウと肉の焼ける音がしてきた。

 慌ててトングを使って並べ直しているのはもちろん藤島だ。

 ……いいのか、それで。


「……それにしても佐倉殿」

「ん、どうした?」

「ここまであっという間でしたなあ。永遠に入部したての気分でしたが、いつの間にやら最上級生ですし……来週で引退かもしれないというところまで来てしまいました」

「……そうだな」


 1年の春に入部しておよそ2年間。

 よくやり遂げたな、とも思うしまだまだやり続けたいな、とも思う。

 キツかった夏合宿や、楽しかった春の遠征も全てひっくるめていい思い出だ。

 

「佐倉殿はどうでしたか、楽しかったですか?」

「いや、よ」

「……おっと、そうでしたな。失敬。まだ終わっていないでござるからな」


 3年の2人がしみじみとしていると、いやー、と特段元気な広瀬の声が響く。


「先輩方が引退しちゃうと寂しくなりますねえ」

「そうかもな。このまま行くと次の部長だろうけど、やれそうか?」

「それはもちろん大丈夫です! アタシにはみっちゃんがいますから! ね、みっちゃん」

「ふえ、え!? 私!?」


 急に話題を振られて驚く藤島。飲み物を飲み終わったタイミングでよかったな、飲んでる最中だったら間違いなく咽せていただろう。

 ちなみに、藤島のことをみっちゃん、とあだ名で呼んでいるのは広瀬だけだ。


「そうそう! なんかあったらみっちゃんよろしくね! アタシにはみっちゃんしかいないから!」

「いや、何もないように頑張ってくれよな……」

「あはは、これは大変そうでござるな」

「笑い事じゃないですよ先輩方……。私一人で綾寧ちゃんを何とかするのにも限界が……」

「ふぁいひょうふへふよへんはいふぁは、ふぁはひほひはふ」

「……弦田、飲み込んでから喋ろうな」


 いつの間にか席に戻ってきていた弦田は、口いっぱいにご飯を詰め込みまるでハムスターみたいになりながら会話に参加してきた。

 俺の言葉にこくんと小さく頷き、ドリンクを口に含んでごくごくと飲み下していく。……あいつが飲んでるドリンクがめちゃくちゃ変な色なのは気のせいかな。

 あいつドリンクバーで何してきたんだ。


「ぷはあ。まあわたしたちもいるので。なんとかなります。ならないかもしれないです」

「いや、何とかしてくれよな……」

「あ、先輩! この飲み物美味しいです、先輩も飲みますか?」

「急に話題を変えるな。……ちなみに何が入ってるんだ?」

「えーとですね。ジンジャーエールと、オレンジジュースと、コーヒーと……」

「いや、もういい。俺は飲まん」

「えー。残念ですー」

 

 この2年のトリオ、本当にそれぞれ我が強い。

 広瀬と弦田は言わずもがな。

 藤島は一見まともだが、実はバドミントンの試合になると豹変するのだ。

 獰猛と言うべきか、普段のぽわぽわした雰囲気からは想像もできないぐらい闘志に満ち溢れたプレースタイルになる。

 

 このように性格的には心配になるが、実は3人とも実力は十分すぎるぐらいにある。

 昨年秋の新人戦では、シングルスのベスト4に3人とも残る快挙を残していた。

 ちなみに優勝は広瀬。準決勝で広瀬に負け3人の中でただ一人決勝に進めなかった弦田は、普段のマイペースさからは想像もできないぐらい悔しがっていた。


「まあ、泣いても笑っても残りわずかだ。どれだけ勝ち残っても8月までしか一緒にできないわけだしな。最後の最後まで、よろしく頼む」

「ふふーん、現部長にそう言われたらやってやるしかねーですね!」

「はいはい、頑張れよな」


 わいわいと話しながら肉を食べる。

 広瀬を中心に、すごく賑やかな空間だ。

 

 ああ、楽しい。

 こんな楽しい時間だけが、ずっと続けばいいのにな。心底そう思う。



☆☆☆★★★☆☆☆



「あー、食べた食べた!」

「先輩方、忙しい中来てくださってありがとうございました」


 ぽんぽんとお腹をさする広瀬と、俺たちに向かって礼を述べ頭を下げる藤島。

 この二人なら大丈夫だな。なんだか不思議とそう思えた。


「あ、そうだ先輩。ちょーっとお話……大丈夫ですか?」


 みんなで歩いているところに、ぽそりと広瀬が耳打ちしてくる。


「ああ、いいけど……」

「ありがとうございます。ちょっと聞きたいことがあって……」


 少し歩く速度を下げ、他の4人と距離を取る。

 4人は割と盛り上がった会話をしているため、これなら俺たちの話は聞こえないだろう。


「どうした?」

「実はですね、その……」

「おう」

「千冬ちゃんのこと、どう思ってますか?」


 試合中の如く真剣な表情の広瀬が聞いてきたのは……まさかの千冬についてだった。


「え、千冬のこと?」

「先輩、声大きいですって」

「あ、悪い悪い……」


 思ったより大きな声が出てしまい、慌てて口を塞ぎ千冬の方を見てみるが……。

 気づかれてはいなさそうだった。危ない危ない。


「それにしても千冬のことか……。よく頑張ってると思うぞ、向中野やお前相手にも善戦してるって聞いたし」

「そういうことじゃないです」


 次期部長として部活中のことを知りたがっているのかと思ったのだが、違ったようだ。

 キッパリと言われてしまった。


「千冬ちゃんのこと、一人の女の子としてどう見てますかって聞いてるんです」

「一人の女の子として、かあ……」

「はい。割と大事な質問です」

「そうなのか? まあ、そうだな……」


 広瀬の質問の意図はわからないが、俺は日頃思っていることをまっすぐに答える。


「千冬のことは妹みたいに大事に思ってるぞ」

「……はあ〜〜〜〜〜〜〜〜」

「え、何そのため息」

「いえ、何でもないです。千冬ちゃんには今度アイスかなんか買ってあげることにします」

「あ、ああ、そうか……。千冬はバーアイスが苦手だからそれ以外にしてやってくれよな」

「いや、は? え? そういうことは知ってるのに……。いや、なんでもないです。聞きたかったのは以上です、みんなに追いつきましょう」


 そう言うと広瀬はてくてくと歩いて行き、前にいる4人の輪に混ざっていってしまった。

 え、本当に何だったんだ今の。

 わからないことだらけだよ結局。


 まあ、それもそれで楽しいかな。

 

「おーい、置いてくなよ」

「先輩が遅いだけですよ、早く早く」


 そんな後輩の軽口が、どうしようもなく愛おしかった。

 残りの時間はあとわずか。だからこそ。


 時間が止まればいいのに。そう思わずにはいられない。

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