第33話 一期五会
「佐倉くんお疲れ! 放課後って暇?」
「おう、望見か。ああ、空いてはいるけど」
「よかった! 実は生徒会に書類を出しに行かなきゃいけなくてさ。いろんな説明があるみたいだから、なるべく実行委員は二人とも来てほしいってことなんだけど……今日行っても大丈夫かな?」
「なるほど、そういうことか。もちろん大丈夫だ」
「ありがとう! じゃあ、また放課後に!」
「おう、また後で」
昼休みに入ってすぐ、席にやってきた望見と話をした。
午前中の授業の一部を使って、出店の希望やクラスのスローガンなど決められそうな部分はある程度クラス内での話し合いを終わらせてある。
そうして決めた事項を、生徒会に提出しに行く必要があるのだが────それを今日の放課後出しに行こう、という話だった。
今日の放課後は空いているし、別段問題ない。
生徒会に行くのは少し緊張するが……学校祭の準備をして進めるためだと思えば、むしろワクワクする気持ちの方が強い。
(それに────)
現生徒会長には少し……いや、かなり興味がある。
あの向中野の彼氏で、特進クラスの首席。
書道部ではコンクールで全国の金賞を取り、それでいて生徒会長も勤め上げる……そんな人間のことが、気にならないわけがなかった。
今回出しに行く書類は生徒会長に直接渡す書類であるため、必然的に会うことにはなるだろう。
どんな人間なのか、ようやく知れる……と言った気持ちだ。
(楽しみだな)
気づけば、生徒会に行くことすらも楽しみになっている。
学校祭は3度目だし、今年に限って言えば実行委員という大変な仕事も請け負っている。
それなのに、これまでの2回が比べ物にならないぐらいの高揚感が胸に溢れているのは、なぜだろうか。
ぐるりと教室を見渡してから、熱を帯びた息を吐き出した。
6月中旬、昼下がり。制服の上着はもういらないなと思うぐらい、体は火照っていた。
☆☆☆★★★☆☆☆
「佐倉くんお待たせ! じゃあ、行こっか」
「全然待ってないよ。さ、向かうぞ」
「お! 今の言葉、イケメンだね〜」
「……そうかあ?」
放課後。
俺と望見は、二人で生徒会室へと向かっていた。
その足取りは非常に軽く、移動ですらも高揚感を纏うものだった。
「そういえば佐倉くんはさ、生徒会室って行ったことある?」
「ああ、いや……行ったことはないな」
「だよねー、なかなか普通は行かないもんね。呼び出しされたりとかしたら別だけど」
「そうだな。まあ、書類出すだけだから気楽なもんだけど」
「あはは、それもそうだね」
なんて雑談をしていると、あっという間に生徒会室にたどり着いた。
4階の東の端……海を一望できる教室が、生徒会の城だ。
扉の前に立ち、深呼吸をする。
すう、はあ、と息を吸って吐くタイミングがぴったり重なり、どちらともなく笑い声が漏れる。
生徒会室の前で大きな声を出すわけにも行かず、静かにクツクツと笑う。
ひとしきり笑った後、もう一度二人で息を吐いた。
落ち着いてから、望見の顔を見る。
目線が合い、どちらともなく頷いてから、コンコンとノックをする。
「どうぞ」
一本芯が通っているような、静かながら力強い声で返事が返ってくる。
失礼します、と声をかけてから扉を開ける。
中に立っていたのは、好青年、と表現するに相応しい男子がひとり。
清潔感溢れる見た目に、短く切り揃えられた黒髪。
襟元までピシッと整った制服は、生徒会の一員であることを雄弁に物語っていた。
(この人が生徒会長なのかな……)
男子の生徒会長という設定のキャラクターを作ったらこうなるかも、と思ってしまうぐらい生徒会長然とした目の前の生徒は、俺たちを見て柔らかい微笑みを湛えていた。
「生徒会へようこそ。本日はどのような御用件で?」
「あ、えっと……学祭の書類を提出に来ました」
「ああ、なるほど。ご足労いただきありがとうございます」
「い、いえ……」
目の前の好青年は、俺たちの目的を聞くと深々と頭を下げた。
丁寧な所作に、思わず感嘆の声が漏れそうになる。
これがこの学校の生徒会長か……。
というと。
この品行方正そうな青年が、向中野と付き合っている、ということだろうか。
まあ、あの向中野と付き合うなんて、並大抵の人間には務まらないだろうし……これぐらいの人間が出てきても、納得ではあるが。
そんなことより、こちらの用事を済ませないと。
固まったままの望見に視線をやり、書類を渡すよう目で合図する。
はた、と我に返った望見は、手元のクリアファイルから書類を取り出す。
「こ、こちら書類になります」
緊張した面持ちで、望見は青年に書類を手渡そうとする。
しかし、青年は困った表情のまま、受け取ろうとはしなかった。
「……あの?」
「あ、いえ……こちらの書類なのですが、生徒会長に直接お渡しいただけますでしょうか?」
「え? ですから今こうして……」
「ああ、やはり……」
何を言っているのか、と小首を傾げる俺と望見。
対照的に、青年には呆れと諦めの色が浮かんでいる。
「あの、やはりって……?」
「ああ、いえ。
「……勘違い?」
「はい、実はですね……」
ふう、と息を吐いて襟を正し────青年は衝撃の事実を口にした。
「僕は、生徒会長ではありませんよ」
「え? で、でも……」
「会長なら、あそこにいますよ」
あそこ、と手で差した──指で差さずに手だけを向けていた、こういう部分にも所作の丁寧さが垣間見える──先には、生徒会長が座るデスクがあった。
しかし、そこには人影は見えない。
一体どういうことだろうか。
望見も同じことを思ったようで、首を傾げながら質問を返す。
「え? あそこには誰も……」
「……それって、僕が小さくて見えないって言いたいわけ?」
質問に質問で返してきたのは、先程の青年とは違う声。
声変わり前の少年のような甲高い声──どこか怒りの色を孕んでいる──がデスクの方から聞こえてくる。
「あのね、僕、最初からいたんだけど」
もう一度声のした方を見てみる。
やはり、誰もいない……。
「……不本意だけど、もうちょい下を見てくれるかな」
下? 下って……あ。
目線を少し下げた先に、人がいた。
「し、小学生……?」
そこに立っていたのは、背の低い少年だった。
制服こそ俺が着ているものと同じだが、体格や顔つきは明らかに小学生にしか見えない。
身長も……俺より、頭ひとつ、いやひとつ半は低いから……140cm強と言ったところか。
なんて観察していると、段々と少年の体が震えていることに気がつく。
「……じゃねえよ」
「え?」
「小学生じゃねえよ! お前、生徒会長にケンカ売ってんのか!?」
「せ、生徒会長って……え?」
「信じてないな、お前……」
目の前の少年はがっくりと肩を落とす。
しかし、すぐにどん、と胸を張った姿勢に戻る。
……小学生が強がっているようにしか見えない。
「僕が! 第87代生徒会会長、
☆☆☆★★★☆☆☆
「おお、じゃあ佐倉クンはしーちゃんと同じ部活だったのか」
「え、ええ……まあ」
衝撃の出会いから数分、なぜか俺たちは生徒会室で執行委員の面々とともにお茶をしていた。
最初に出迎えてくれた好青年────2年生の副会長、
俺も望見も時間はあるし、せっかくなのでご一緒させていただくことになり……今に至る。
ちなみにここまでの俺と生徒会長さんの会話は、9割が向中野の話題だ。
この会話で分かったことは二つ。
一つは、向中野は白井に「しーちゃん」と呼ばれていること。
そして、もう一つは白井は想像以上に向中野にベタ惚れだということだ。
そう、つまるところ……俺は向中野の知り合いだということが向こうに知られてから、一生惚気話をされているのである。
「でね、その時のしーちゃんったらね……」
「あ、あはは……」
目がハートになってるんじゃないかというぐらいに高いテンションで話す白井。
先程からずっとこうだ。こちらが辟易してしまうぐらいのマシンガントークだが、その分向中野への愛が伝わってくるというか。
……口調や見た目のせいで、どう見てもお母さんに好きな子の話をする小学生だが。
「……会長。お客様も困っておりますので、そのあたりで……」
「えー? しーちゃんとの思い出話なんか、あと20年分ぐらいできるのに?」
「会長はまだ18歳でしょう。それより、忘れないうちに書類を受理してあげてください」
「しょるい……?」
キョトンとした顔で武市の顔を見上げる白井。
いや、本日の主目的なんですけどもね?
「とりあえず渡しておきますね、会長」
クリアファイルから書類を取り出し、望見は会長に手渡した。
「ふむふむ……ありがとうございます。生徒会で確認いたしますね」
「はい、よろしくお願いいたします」
望見とともに、ぺこりと頭を下げる。
とりあえずこれで今日のメインは達成できた。
ふう、と息を吐いて胸を撫で下ろし、テーブルに置かれた紅茶に口をつける。
「……美味しい」
思わず声が漏れるぐらい、美味しい紅茶だった。
「ふふ、お気に召したなら光栄です」
気づけば、すぐ横に満足げな表情をした武市が立っていた。
素直に感想と謝辞を伝えると、深々と腰を折った礼で返された。
本当に律儀というか、腰が低いというか。
向かいの席で延々と惚気ている小学生よりも、よっぽど生徒会長っぽく見える。
そんな失礼なことを考えていると、ギイ、と重たいドアの開く音とともに声が聞こえてきた。
「すみません会長、今戻りました……あれ、お客さんですか?」
ぞろぞろと3人の男女が入ってくる。
戻りました、という言葉を聞くに……どうやら生徒会のメンバーのようだ。
「おかえりー」
「……会長、お客様にいつもの話はしてないでしょうね」
「え、全然してないよ。まだ全体の150分の1ぐらい」
「それ、十分すぎるぐらいしてますよ。彼女さんが可愛いのはわかりますが、ほどほどにしてくださいね」
「待て
「あー、はいはいすみません。お二人も、会長がこんなんですみませんね」
朱、と呼ばれた女性はめんどくさそうに白井のことをあしらっていた。
「いえ。それより突然お邪魔したのにお茶までいただいてしまってすみません」
「あー、いいですよ。気にしないで。玄太のやつ、客が来るたびこれなんで」
「そ、そうなんですね……」
「あ、申し遅れました。私、生徒会会計の
「3年の佐倉春也です。こっちは同じクラスの佐藤望見」
「先輩だったんすね、よろしくです。あ、二人も挨拶してくださいよ」
雀部はそう言うと、一緒に生徒会室に入ってきた二人にも話をするよう促した。
「……書記の
「体育委員長の
「ああ、よろしく」
針金のように細長い男子と、背の小さいゆるふわ女子。
男子の方──青山は俺より頭ひとつ高く、女子の方──庄司は逆に頭ひとつ以上俺より低かった。会長よりも小さい──130cm代ぐらい──かもしれないな、と感じた。
二人が名を名乗ったところで、雀部が満足そうに頷いてから口を開いた。
「ところで佐倉先輩達は何の用で生徒会に?」
「学祭の書類提出だよ。出店の希望とか、スローガンとか」
「なるほどです。まあ、何もないですけどゆっくりしてってください。この時期はまだ暇なんで」
「そうですか……でも、そろそろお暇しようかと。あまり長居するわけにも……な?」
そう言って隣の望見に視線をやる。
目が合うと、無言で頷いた。
「そ、そうですか……もう少しお茶をいただいてほしかったのですが……」
俺たちが帰る意思を見せると、なぜか他ならぬ武市が非常に寂しそうにしていた。
名残惜しいが、こればかりは仕方ない。
紅茶を飲み干して、生徒会長に改めて書類の確認をお願いし俺たちは席を立った。
ドアに手を掛けると「また来てくださいね、絶対ですよ」なんて、武市に念を押された。……めちゃくちゃ必死に。
お邪魔しました、と頭を下げて、生徒会室を後にした。
うちの学校の生徒会……変なやつばっかりだったな。
でも、うちの学校の生徒達を取り仕切っているのがあんな連中なら……悪くないな。
じゃあね、なんて言って望見と別れてから……そんなことを感じていた。
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