第4話 そして妹
「お疲れ様です、お兄ちゃん」
「お、おう……お疲れ様」
思わず鳥肌が立つような威圧感を放ちながら……
肩ぐらいまでの綺麗な栗色の髪に、青空をそのまま写したような透き通る瞳。
ぷっくりとした唇と愛嬌のある顔。誰がどう見ても美少女…………なのだが。
……心なしか髪は逆立ち、瞳は澱んでいるように見える。
気のせいであることを祈る。
「アキ、お兄ちゃんと何を話してたのかな? 小春にもわかるように教えてくれる?」
「え〜、そんなに気になる?」
「もちろん」
秋華のことをアキ、とあだ名で呼ぶぐらいには二人は仲がいい。
小春の声色は明るいし、笑顔も浮かべているのだが……今は何故かめちゃくちゃ怖い。
一体何にそんなにお怒りなのですか、小春さん……。
「はあ、まあいいです……。アキ、あんまりお兄ちゃんのことからかわないでね?」
「はーい! そうだよねー、だって……」
ようやく少し落ち着きを見せ、矛を収める小春。
そんな小春に、秋華は少しニヤっとしながら、少し『反撃』をした。
「小春のお兄ちゃんだもんね〜?」
「なっ……」
ほんのり赤かった小春の顔が一瞬で青くなり、再び赤くなった。
「……言ってません。そんなこと」
「え〜、ほんと〜?」
「言ってません」
ケラケラと笑う秋華。俺たち兄妹はいつもこうだ。秋華にイジられてばかり。
そう、兄妹。
今日会った3人────。
海野夏音。
雪村千冬。
尾花秋華。
3人とも俺にとっては妹と呼んで差し支えない存在だが……。
本当に俺の『妹』なのは、今隣にいる佐倉小春である。
秋華との睨み合い……? を済ませた小春はいつもの柔らかい笑顔に戻り、くるりと体ごとこちらに向き直った。
「お兄ちゃん、今日のお弁当はどうでしたか?」
「うまかったよ、いつもありがとな」
「えへへ、お兄ちゃんにそう褒めてもらえると頑張った甲斐があるというものです」
「いくらでも褒めてやれるぞ。例えばそうだな……今日のだし巻き卵、前より美味しくなってた。作り方変えたりした?」
「お、さすがお兄ちゃんですね、実は今回からちょっと作り方をアレンジしました」
「なるほどな」
「ちょっとした工夫に気づいてくれるなんて、小春はいい兄を持ちました。えっへん」
「俺もいい妹を持ったなって思うよ。ありがとう」
小春の料理は本当に美味しい。
凝ったメニューはもちろんだが、卵焼きや味噌汁など、シンプルなメニューも非常に出来が良いのだ。お店とか出せるんじゃないかな、と思う時もある。
そんな毎日料理を毎日作ってくれる妹がいるなんて、本当に感謝の念しかない。
しかし……。
(妹────)
その言葉を思い浮かべるたびに、どうしても今朝のあの手紙のことが頭を過ぎる。
本当に4人の中に、手紙の主がいるのだろうか。
『妹』という言葉を額面通りに受け取るとしたら────小春が?
ないな、と自嘲気味に嗤う。
まさか、そんな。
小春と俺は仲が良い兄妹であるのは間違いない。
だが、小春があんな手紙を出すだろうか。
以前秋華に聞いた話なのだが、小春はクラスではブラコンを自称しているらしい。
というのも、身内贔屓なしに小春はクラスどころか学年の中でもかなり目立つぐらいの美少女。
当然、学年を問わず男子生徒にアプローチを受けたり告白をされたりということがかなりあるらしい。
そういった際の断り文句としてブラコンだと言っているそうなのだ。
そんな建前を──俺の耳にいつ入ってもおかしくないことはわかってるであろうに──表立って使うぐらいなのだから、わざわざこんな文章を手紙にしてよこしたりはしないのだろう。
あとブラコンなのは嘘ではないと思うし。
となると、小春ではないのかもしれない。
そもそも「お兄ちゃんのこと好きですよ」なんて、家でも割と言われるし。
一体誰が、あの手紙を……。
「──ちゃん? お兄ちゃん?」
「ん、ああ……すまん」
いつの間にか思考に気を取られ、小春に声をかけられたことに気がつかなかった。
「ぼーっとしてましたけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ごめんな」
「ならいいですけど」
ふう、とため息をつく小春。
そのため息は俺が今日何度もついた憂鬱から来るものではなく、安堵によるものだった。
「二人ってさー……マジで仲良いよね」
秋華が呆れたような声色で口を挟む。
「まあ、仲は良いな」
「そうですね、お兄ちゃん」
「仲良いとかいう次元じゃないけどねー……すごいわ」
「アキ、そんなに褒めても何も出ないよ?」
「褒め、うーん……まあ褒めてるか……」
秋華の言葉の意味がわからない、とでも言いたげに小首を傾げる小春。
美少女の小春がするとあざとくならずに可愛いから困る。
あ、と小春が声を出す。
「肝心なことを忘れるところでした。お兄ちゃん、お弁当箱受け取ってもいいですか?」
「おう、いつもありがとな」
「いえいえ。家事は任せてください」
弁当箱をカバンから取り出し、小春に手渡す。
受け取った小春は、慣れた手つきでささっと自分のリュックに仕舞った。
小春が入学してから、ほとんど毎日こんな感じだ。
……秋華にからかわれるのも、呆れられるのも──残念ながらほとんど毎日である。
「さて、と」
ふと時計を見ると、すでに15時49分を指していた。
部活は16時からなので、そろそろ体育館に向かった方がいいだろう。
用具の準備などは下級生がやってくれるとはいえ、なるべく丸投げはしたくない。
早めに着くように出て、少し手伝うとしよう。
「お兄ちゃん、時間ですか?」
「ああ、もう行くよ」
「いってらっしゃい、部活がんばってくださいね」
「ありがとう。二人とも気をつけて帰れよ」
「お兄さんじゃあね〜」
ひらひらと手を振る秋華とぺこりと一礼する小春に手を振ると、俺は1年2組の教室を後にした。
今日はもう、手紙については考えないことにした。
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