第2話 従妹
「……はあ」
また1つ、俺はため息をつく。もう何度目だよ、と隣の夏樹にからかわれるが出るものは出るのだ。しょうがない。
朝のホームルームが終わってから、授業中や休み時間問わずずっとラブレターの差出人について考えていたのだが……いつの間にか4時間目が終わり、昼休みになっていた。
────あの手紙。
(呼び出し……とかじゃなかったな)
『もうあなたの妹では居たくないです。あなたのことが好き』
どこかに来てほしいとか付き合ってほしいとかでもなく、好きですとだけ。
普通のラブレターなら、もっと伝わりやすくするはず。もらったことないから詳しいことはわからないが。
差出人の意図が全く読めなかった。
ただ、気になるのはやはり『妹』という一文字。
下駄箱に入れられていたということはこの学校の人間が入れたということだろう。
この学校に、俺が『妹』と呼べる人間は4人いる。
そのうちの1人が、今朝やってきた
その他にも3人、妹と呼べる関係性の女子がこの学校にはいるわけだが…………。
(どうしたもんかねえ……)
気になるは気になるものの、直接確かめるのも気が引けてしまう。
わざわざ名前を書かなかったり、直接伝えなかったということは何かしらの理由があるのだろう。
差出人を知られたくない。そんな理由が。
あるいは、俺に推理して当ててほしいのか。
結局、何もわからないな。
「……あれ?」
そんなことを考えながら昼飯を食うためにカバンを漁っていたところ、あることに気がついた。
「弁当忘れた……」
呟いた瞬間、隣の席の夏樹がぷっと吹き出した。
「おいおいどうした春也! 俺にあんなに言っておいてよ! お前も忘れたのか!」
「うるせえな、ほっとけ……」
爆笑しながらバシバシと俺の背中を叩く夏樹。痛えって。バリバリの体育会系が全力で人を叩くなよ。
……最悪だ。今朝あんなにも夏樹のことを煽っていたのに、まさか自分も同じ過ちを犯していたとは。悔しくてたまらない。
きゃんきゃんと騒ぐ夏樹を無視し、購買で買ってくるべきか、いっそのこと昼飯を抜くか、あるいは誰かに恵んでもらうか……、さまざまな選択肢について思案を広げようとしたのだが。
ピコン、とスマートフォンの通知が鳴る。
「おい春也、スマホの通知切ってなかったのか? 授業中に鳴らなくてよかったな」
「……確かにな、危なかった」
うちの高校は校内でスマホ使用を禁じる校則がある。この情報化社会、前時代的すぎないかとは思う。
生徒の自主性に任せず校則で縛り付けるあたり、いわゆる自称進学校なんだなとも思うが。
ちなみに、素直に従ってる生徒はほとんどいない。
もはや形骸化しているので、生徒総会でもたびたび議題に上がっているのだが……。
それはさておき、通知を確認すると1件のメッセージと表示されている。
この時間に連絡、誰だ……?
メッセージを開くと、そこには。
「悪い、ちょっと外出てくるわ」
「おう、いってら」
☆☆☆★★★☆☆☆
教室の外に出ると、廊下に1人の女子が立っていた。
「春也兄さん! こんにちは」
少女は、俺を見つけるなり顔を輝かせて走り寄ってくる。
黒のポニーテールがひらりと風に揺れる。
「おう
「はい、おかげさまで」
先程届いたメッセージの────厳密にはこの子本人ではないのだが────差出人である。
スラリと伸びた手足、雪のように白い肌。
切れ長の目を彩る長いまつ毛、そして高い鼻。
老若男女関係なく、誰が見ても『美人』という感想を抱かずにはいられないだろう。
千冬を見て、モデルみたい────なんて言ってる子もいたっけ。
そんな子が何故わざわざお昼休みの時間に俺に会いにきたのかというと。
「春也兄さん、これ小春から預かってきました。お弁当です」
そう、俺の弁当を届けに来てくれたのである。
先程のメッセージの差出人は、千冬と同じ学年にいる俺の実の妹の
『お兄ちゃん、お弁当忘れたでしょ? 小春はクラス委員の仕事があるから、千冬ちゃんにお弁当渡しといたよ。忘れずに受け取ってね』
だいたいそんな内容のメッセージだった。
そして何故わざわざ千冬に託したのかというと、千冬もまた俺たちの家族だから。
千冬の母親と、俺たちの母親が姉妹────つまりは従妹にあたる。
うちの両親と千冬の両親は非常に仲が良く、家も隣同士だ。
千冬の両親が家を空けがちなことも手伝い、俺たちは本当のきょうだいのように過ごしている。
それもあって、小春は千冬にお弁当を預けたのだろう。
ちなみに、何故千冬本人からのメッセージではないのかというと……理由は簡単、千冬は校則を厳格に守っているから。
校内では常にスマホの電源を切っているため、本人と連絡は取れないのだ。小春も、弁当を託す際千冬が在籍する1年6組の教室まで直接出向いたらしい。
生真面目な千冬らしいというかなんというか。
「ありがとな、千冬。おかげで無事に昼飯にありつけるよ」
「お礼なんてそんな……。お弁当は小春が作ったものですから。お礼なら小春に言ってあげてください」
「それはそうだけど、持ってきてくれたのは千冬だろ?」
「いえ、私は小春から預かっただけですので……」
「それでも、さ。いつもありがとな。千冬はしっかりしてるから、いろんなところで助けてもらってるよ。本当にありがとな」
「あ、い、いえ、そんな…………。私はお礼を言われるような人間では……!」
いつものやりとりだ。千冬はどうやらお礼を言われるのが苦手らしい。
謙虚なのはいいのだが、どうにもここまで謙遜されるとな……。
千冬はとにかく自己評価が低い。『私なんてそんな』と『ごめんなさい』が口癖だ。
成績優秀、容姿端麗。おまけにスポーツも万能だ。もっと自信を持ってもいいと思う。
「お礼ぐらい素直に受け取ってほしいな。それとも、俺にお礼を言われるの嫌か?」
「い、いや! そんなことは! 春也兄さんになら何を言われてもうれ……じゃなくて……その……」
耳まで真っ赤にしてしどろもどろになる千冬。
はて、そこまで恥ずかしくなるようなことは言ってないはずなのだが……。
年頃の女の子はやはり難しい。
そんなことを考えていると、あ、と小さく千冬が声を上げる。
「すみません、長話をしてしまいました……。春也兄さんのお昼の時間がなくなってしまいますね」
「俺もそうだけど、千冬もだろ? じゃあ、また後でな」
「それではまた後で。午後も頑張ってくださいね」
先程の狼狽ぶりはどこへやら、すっかり落ち着き払った態度でそう口にすると腰を折って礼をしてくる千冬。
礼儀正しい千冬らしいな。
俺は千冬に小さく手を振ると、自分の教室へと戻った。
そう、『また後で』、である。
千冬と俺は、同じバドミントン部に所属している。今日も部活があるので、放課後間違いなく会えるだろう。
(今日は部活帰りにアイスとかでも買ってあげようかな……)
帰りのことに部活が終わってから考えるとしよう。今日は朝から頭を使いすぎてるしな。
そう思いながら、弁当箱を開けた。
俺の好物がたくさん詰まった、小春の優しさ溢れるお弁当だった。
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