第1話 親友の妹
「はあ…………」
「どうした? 朝っぱらからため息なんかついて。幸せが逃げちまうぞ?」
「少し考え事だ……はあ……」
「珍しいな、ハルがそんなに悩むなんて。昼飯でも忘れてきたのか?」
「お前じゃないんだからそんなわけないだろ」
「おいおい、酷い言い草だな。今日は忘れてねえぞ」
「本当か? まあいいだろ、いつものことなんだし。とりあえず悩みの種が突然出てきたんだ、気にしないでくれ……」
「悩みかぁ、ハルは悩みとは無縁だと思ってたけどな」
「うっせえ……」
俺────
そりゃそうだ、あんな手紙を受け取った後なのだから。
ああいう────おそらくいたずらではなさそうな────手紙が届いたのだ、本来ならばプラスに考えるべきではあると思うが……。
(────誰が出して来たんだろうな)
気づいたらそのことばかりを考えている。
もちろん考えたところで答えが出るわけでもなく、1人鬱屈としているのだから、それはため息ぐらい出るというものだ。
隣の席の親友、
朝から爽やかな制汗剤の匂いを纏わせたこいつは、180cmを超えた長身、少し浅黒く日焼けした肌、そして短く切り揃えられた髪型から分かる通り超爽やかスポーツマンなのだが────こいつは信じられないぐらい口が軽い。
いくら「秘密だからな?」と念押ししたとて、こいつに伝えたらすなわちホームルームで挙手して発言することと同義。
夏樹に話した次の日には、クラス中に広まっているのだ。
去年の話だが、とある女の子が部活の先輩に告白してフラれてしまったシーンを同じクラスの男の子に見られてしまったらしい。
当然その女の子は男の子に「絶対内緒にしてね!」とお願いしたし、告白の話自体も誰にもしていなかった。
にもかかわらず、次の日登校した際には朝の教室はその子がフラれた話題をクラスの全員が知っていた……という事件があった。
もちろんその男の子とは夏樹のことであり、その女の子とは関わりがない俺ですらその子がフラれた話を知っているのだから、こいつの口の軽さがどれだけのものかわかるだろう。
だから、今朝の手紙のことなんて話せるはずもない。
どうしたものかと思案を広げていたが……。
「わり、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「おう」
と、悩みのタネについて話すまでもなく夏樹はトイレに行ってしまった。
これなら少しは1人で考え事ができそうだ。夏樹はいるだけで騒がしいやつだしな。
やれやれ、と頬杖をついたその時。
「あっ、ハル兄! おはようっス!」
と、これまた大きな声が耳に飛び込んできた。
「おう、
「そうなんすよ、また忘れてったみたいで! 毎回毎回届けるボクの身にもなってほしいっス」
「あはは、確かにほぼ毎日だもんな……。あいつ今日は忘れてないとか言ってたのにな」
「ホントっスか? お兄、流石にそろそろ一発しばこうかな……」
「強めに言った方がいいかもな。夏音、いつもご苦労さん」
「えへへ……ハル兄に褒められると嬉しいっす」
教室に入ってくるなりいきなり賑やかなこいつは、1年の
身長こそ夏樹ほど高くないが、黒髪のショートカットに少し日焼けした肌と、一目見れば兄妹だと分かるほど夏樹に似ている。
パッチリと開いたまんまるな目の形がよく似てるし、嬉しい時に見せるクシャッとした笑顔は本当にそっくりだ。
どことなく犬っぽいところも……って、これは本人たちには口が裂けても言えないが。
「しかし毎日3年生の教室に届け物なんて大変だろ?」
「そんなことないっスよ、お兄のためですし! それに……」
「それに?」
「あ、いや、なんでもないっス! ところでハル兄、なんかあったんすか? ちょっと疲れて見えるっス」
「あ、そんなに顔に出てたか? いや大したことじゃないんだけどちょっとな……」
「そっスか……。ボクにできることがあったら、なんでも言ってくださいね! ハル兄の力になりたいっス!」
「ありがとな、夏音。でも大丈夫、夏音は妹みたいなもんだからな。妹に頼るわけにもいかんさ」
「妹…………。あはは、そっスよね。ハル兄は、ボクにとっても兄貴みたいなもんスからね」
……そう笑う夏音の顔は、何故だか寂しげな表情に見えた。
どうかしたのか? そう聞きたかったのだが、その言葉はちょうど夏樹がトイレから戻ってきたために口に出すことはなかった。
「おう、夏音。どうした?」
「あ、お兄! どうしたじゃないよ、お弁当! また忘れてったでしょ!」
「え、嘘だろ? 今朝は確かに入れて……」
そう言いながらごそごそと自分の鞄を漁る夏樹。
だが、どうやら本当に弁当は入ってなかったようだ。
夏音が今手に持っているのだし、当たり前ではあるが。
「おかしいな、今日は間違いなくカバンに入れたんだが」
「お、お兄の勘違いでしょ! ほら、お弁当」
「あ、ああ……助かるぜ」
バツが悪そうにポリポリと頭を掻く夏樹とは裏腹に、夏音は何故だか少し焦ったような表情を見せた。
……今の会話に夏音が焦るような要素あったか?
女の子というのはよくわからん。
「あ、そろそろホームルームも始まっちゃう。じゃあね、お兄!」
「おう、ありがとな」
「ハル兄も、また明日!」
「おう、またあし……た?」
夏樹に弁当を手渡すと、爽やかな笑顔でブンブンと手を振る夏音。
ところで何故明日も俺と会う前提なのだろうか。
俺と夏音は学年も部活も違うのだし、こうして夏樹が弁当を忘れない限り学校で会うことはほとんどないのだが…………。まあ、気にしても仕方ないか。
同じ学校なことには変わりないわけだし、どこかで会うだろ。
パタパタと駆け出していく夏音にひらひらと手を振る。
ふう、とひとつ息をつくと、ホームルーム開始を知らせるチャイムが鳴った。
朝から疲れた気もするが、このやり取り自体は毎朝お馴染みなのだ。
それはつまり夏樹がそれだけの頻度で弁当を忘れているということである。
夏音のためにももうちょっと気をつけてやれよ、と思わなくもない。
などと考えていると。担任の教師がガラガラとドアを開けて気だるそうに入ってきた。
しかし、いつまで経っても教室は静かにならない。
自分の席についてないやつもいる。
そんな光景も、いつもの話だった。
いつも通り。
何もかもがいつも通りだった。
そう。あの、手紙以外は。
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