あなたの妹じゃいられない

野村コレキヨ

第1章 青天の霹靂

プロローグ 日常は終わりを告げる

「…………はあ?」


 思わず口をついて出てしまった声は、朝の喧騒にかき消された。


 ゴールデンウィークが明け、最初の登校日。

 春の匂いが足早に去っていき、夏が顔を見せにきたような────そんな朝。


 いつも通りの日常。そのつもりだった。

 いつも通りに起き、いつも通りに支度をし、いつも通りに家を出て、いつも通りに登校した。


 ただ一つ、いつも通りではないのが────下駄箱の中に置かれていた、この手紙だ。

 可愛らしいピンクの封筒が、ハートのシールで封をされている。

 差出人の名前は書かれていない。

 見た目的には女子からの物のようだ。

 いや、この見た目で男子からだったらかなり困るが。

 仮に女子からだとして、こんな手紙は普通に考えて────


(ラブレター……か……?)


 いやいやそんな、と一瞬頭をよぎった甘い空想を打ち消す。

 自分はそんなに大した人間じゃない、俺に告ってくるような女子がいるわけないだろと自分に言い聞かせ、浮ついた気持ちを押さえつけた。

 とはいえ、常日頃から「彼女なんていらないし!」とか言っていても、どうしても心の中では期待してしまうのが男子高校生────もとい男の子の性だ。

 そもそもこんな手紙が来た時点で期待するなという方が無理がある。


(さて、肝心の内容は────)


 周りに人がいないことを確認し、慎重に開封する。破けたり折れたりしたら差出人────誰かわからないけど────に申し訳ないしな。


 中に入っていたのは封筒同様可愛らしい便箋が一枚。


「……は?」


 その内容に、思わずもう一度声が出た。

 誰が? どうして? 何故?

 ふと、4人の女子の顔が頭をよぎる。

 もしかしてあいつらの中の誰かが?


 わからなかった。

 でも、確かめなきゃいけない。

 4人の中の誰がこの手紙を出したのか。

 あるいは4人以外の誰かなのか。


 便箋には短い文章。

 そして、文章の周りには濡れて乾いた跡のようなシミがいくつかついていた。


 これは────おそらく涙。


 この手紙がいたずらやドッキリの類ではないことを、確かに物語っていた。



『もうあなたの妹では居たくないです。あなたのことが好き』



 涙のシミと、何度も書くのを躊躇ったようなインク溜まりが、ありありと見える。


 もう、いつも通りの日常なんて帰ってくることはない。

 手紙を一瞥すると、何故だか、そんな気がした。

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