第5話
街一番の大聖堂に、アントネッロをはじめとする住民の多くが避難していた。すでに街はハチの巣にされ、ここもガハト軍が周囲を取り囲んでいる。神の像のそばでは、高齢者を中心に多くの人々が祈りを捧げている。食料が底を尽き、もう神にすがるしか道は無いに等しかった。
そこへついに突入してきた兵士達。住人達に銃を突きつける。
だが奇跡が起きた。教会のステンドグラスが一斉に割れ、外から何者かが勢いよく飛び込んできたのだ。謎の侵入者は兵士に向かって矢を乱れ撃ち、次々に葬っていく。
「え……、エルフ!?」
アントネッロはその姿にただ驚くばかり。長く鋭い耳を持ち、小柄な体格を活かした素早い身のこなしは、小さな竜巻をほうふつとさせた。
「りょ、領主!外を見てください!」
アントネッロの部下の一人が窓の外を見て叫んだ。ドワーフやオーク、コボルド、樹霊トレントなどが参戦。しかも戦況を覆しつつあった。
「これは、いったい……」
現場は人、魔物、兵器が入り乱れる大混戦。トレントが身を挺して盾となり、エルフの魔法で戦車を攻撃。コンビネーションで戦車を駆逐していく。
しかしガハトも負けてはいない。火力で状況を押し戻していく。強力な砲撃により傷ついていく森の住人達。その姿に胸を締め付けられたアントネッロは住人たちを鼓舞した。
「彼らを助けるぞ!」
自ら戦場に降り立ち、怪我した魔物を建物の陰へと引きずっていくが、それがあだとなり戦車の標的にされてしまう。しかしアントネッロが死を覚悟したのと、その戦車が火だるまになったのは同じタイミングだった。
天空から突如として現れた漆黒の飛行体が火球を吐き、戦車を次々に破壊していったのだ。
ドン、ドン、ドンとリズムよく燃え上がっていく。さらには歩兵にも氷のブレスを吐いて凍らせ、一網打尽にしていく。
周囲を掃討したところで、飛行体はゆっくりとアントネッロの目の前に舞い降りた。
双頭の黒龍。その背に見知った顔があったことをアントネッロは見逃さなかった。
「リディオ!」
怪我人を部下に託すと龍に駆け寄った。
「領主様、無事だったんですね!」
「お前こそ、よくぞ……。フロレンツィア様も。これはお前がやったことなのか?」
龍から降りたリディオに、アントネッロは驚きと安心が入り混じった声で尋ねた。
「ええ、街の守り神です。森の皆も交渉に応じてくれました。門前払いもだいぶ食らいましたけどね」
照れ笑いするリディオを強く抱きしめるアントネッロ。
「い、いやぁ、お前……。本当に、本当に良かった……」
「……はい」
感動の再会を敵は許してくれなかった。さらなる砲撃が周囲に響いた。イルゼを指揮官とした戦車の本隊が進軍してきたのだ。しかも戦車に四方を守られる形で、神輿に担がれた謎のローブ姿の集団が加わっている。
《あれを狙ってくれ!》
特殊な言葉で龍に命令を出すリディオ。龍は素直に従い火球を放つ。
だが火球は先頭の戦車に当たる直前で見えない壁にさえぎられ、霧散した。続けて氷のブレスを放ったが、やはり同じ結果に終わった。
「魔術師団よ」
フロレンツィアが助言した。
「うちは機械とか物理的な攻撃には強いけど、魔法に関してはド素人だった。だから他の国から専門家を呼んで雇ったの。そういう攻撃も想定してね」
「なら僕に考えがある。僕が合図を出すまで全員耳をふさいでいてくれないか?できれば耳栓があるともっといい」
「耳をふさぐだって?どうして?」
「説明してる暇はありません。でも今思いつくのはこれしか。すぐ皆に伝えて」
リディオは仲間たちと別れ、一人黒龍にまたがり、天高く舞い上がった。
戦車の砲弾をかわしつつ、火球で牽制しながら戦車隊に急接近。そこからさらに急上昇した。
戦車隊のちょうど真上まできたところで耳栓を施すと、龍の背に仁王立ちして目を閉じ、大きく息を吸った。
意を決して両こぶしを握ると同時に目を見開き、腹の底から人間とは思えない奇声を発した。
断末魔の叫びのような一声。周囲一帯に響き渡り、建物を崩し、さらには人の聴覚も破壊していった。
耳鳴りなどという生やさしいものではない。兵士達は鼓膜が破壊され、周囲の音はおろか自分の声さえも認識できなくなった。三半規管にも影響を及ぼし、立っていられなくなる者も続出した。
リディオは龍の首筋をトントンと叩いて合図を出した。今度は太いツノから電撃を放ち、本隊に壊滅的なダメージを与えていく。
リディオは口笛を吹き、森の民たちに合図を送った。その音色を聞いた民たちは一気に前線を押し上げていく。
《最後の仕上げだ。これだけもらうよ》
リディオは龍の鱗のとがった部分を一枚だけはがすと、意を決して飛び降りた。特殊な呼吸法で地面に空気のクッションを作って軽やかに着地。そこはイルゼの目の前だった。
戦車のキューポラから上半身を出していたイルゼ。リディオに鉄拳を繰り出すも、耳と三半規管がやられた状態では狙いなど定まらない。
リディオは拳をかわして龍の鱗を喉元にピタリと突き付けた。
【帰れ。二度とこの街に関わるな】
怒りと悲しみとドスの混じった声と視線は、イルゼの心を刺し貫いた。
『くっ、は、はぁ……い……』
おびえ切ったイルゼの声が聞こえた。だがリディオはまだ視線をそらさない。龍の鱗をさらに喉へ押し当て、
【それとフロレンツィアのことは許してやれ。いいな】
同じトーンでダメ押しの一言を放つ。イルゼの目尻に光るものを確認して姿勢を戻した。
イルゼは龍と太陽を背にして自分を見下すリディオの姿に恐れおののき、手を挙げて撤退のサインを出した。さらに舌足らずな発音で撤退の号令をかけ、徐々に兵士たちもそれに従っていく。
ガハト軍を見送ったあと、リディオはフロレンツィア達と合流した。
リディオに走って駆け寄りそのまま抱き着くフロレンツィア。
「良かった、本当に無事で……」
アントネッロもリディオの手を両手で力強く握る。
「ありがとうリディオ!お前には感謝の言葉もない……!」
どちらも顔と声が涙混じりだ。
「はい……、なんとか、なりました」
「リディオ、あなた声が……!それに血も!」
喉を酷使し、リディオの声は聞き取るのがやっとというほどに枯れ果てていた。
「ゴホッ、大丈夫……。しばらく、すれば。それより、君のこと、伝えておいたから。国に戻っても、多分大丈夫」
「あなた、そんなことまで……」
「皆の声を届けるのが、僕の、仕事だからね」
「そうだな、すまんがまた力を貸してくれるか。早速だが怪我人の救護だ」
アントネッロの言葉に、深く頷くリディオだった。
Voice @left-hander
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます