第3話

 自室に連れ戻されたフロレンツィア。兵士達に突き飛ばされ、カーペットに倒れ込む。振り返った時にはすでに扉に鍵がかけられる音が聞こえた。

『ここを開けなさい!私を誰だと思っているの!?』

 扉を激しく叩く。

『国王様からのご命令ですので。どうかお許しください』

 冷静な兵士の言葉がドア越しに聞こえ、叩くのを止めた。豪華な家具と調度品に囲まれた鳥かごと、そこに捕らわれた一羽の鳥。自然と涙が出てくるほどフロレンツィアはみじめさを感じていた。

 ベッドに倒れこみ、両手を覆った。頭が感情に追いつかず、涙があふれた。自分のしてきたことがいかに無意味だったか、自分がいかに価値のない人間なのか、嫌というほどこみあげてくる。自分なりに国のためだと思ってやっていたことが、まるで、何も、役に立っていなかった。後悔、反省、怒り。いくつもの感情が血流と共に全身を巡り、津波のように襲い掛かった。


 朝日が三度昇ったことだけはなんとなく覚えている。すでに今日の太陽も高い位置にある。

 フロレンツィアはベッドからゆっくりと起き上がった。泣くだけ泣いたら腹と頭が空っぽになっていたのだ。冷めきった料理を無心でかき込むと、頭を巡らせ始めた。ここを出よう。だが扉には鍵がかけられている。ならばとテラスへ。地上からの高さはめまいがしそうなほどだ。ため息をついたその時、フロレンツィアの目の視界を黒い影が遮った。

 鳥だ。怪鳥と呼べるほどに大きな鳥が悠々と空を駆けている。しかも見覚えがあった。リディオがオークを追い払った時に呼び寄せたあの怪鳥だった。同じ個体かどうかは分からない。だがフロレンツィアはこの鳥に一縷の望みを賭けた。

 一度だけ聞いたリディオの声を真似てみる。当然のことながら見向きもされない。あの言葉がどういう意味を持っていたのかも分からないし、リディオとは声色も違う。

 記憶を頼りに何度も何度も叫び続けるフロレンツィアだったが、怪鳥は空を周遊したまま。

『もうこっち気付きなさいよー!!』

 思わず人の言葉そのままに叫んだところ、怪鳥の動きが変わり、フロレンツィアの方を向いた。

『そう!いい子、こっちよ!!』

 声色を変えながらトライを続けると少しずつ怪鳥の軌道が変わり、「クエー!」と、返事のようにも聞こえる鳴き声を発した。

 手ごたえを感じ始めたフロレンツィア。もう一息。大きな胸をさらに膨らませて気合を込めた一声を放つ。

 するとついに怪鳥は、フロレンツィアの待つテラスの手すりへゆったりと降り立った。

『や、やった!やった!あ、あの、大切な人が困ってて助けてあげたいの!』

 身振り手振りで必死に状況を伝えるが、怪鳥は首をかしげるばかり。

『ああもう、なんて言えば!あ、えっとえっと、そうリディオ!リディオを助けたいの!分かる?分かって!』

 とにかく必死のフロレンツィア。だがその必死さは別のところに伝わった。

『お嬢様、悲鳴が聞こえましたが大丈夫ですか!?』

 フロレンツィアの声に反応して衛兵が入ってきてしまった。怪鳥を見るなり戦闘態勢を取る。

『なんということだ……。早く離れて!』

 しかしフロレンツィアは意を決して怪鳥の足にしがみつくと、

「飛んで!私をラムサーニャまで!早く!」

 ハノリア語で叫んだ。すると怪鳥は甲高くひと鳴きし、大きな翼を広げて手すりを蹴った。

 一瞬内臓がふわりとする未体験の感覚に小さく叫んだフロレンツィアだったが、怪鳥が見せる空の世界にすぐ酔いしれた。

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