ほよ・つりぃ

@mentsuyusaikyo

ほよ・つりぃ

ここは全てが人格を持つ星。

ある大型スーパーマーケットでのこと…


ぼくが目を開けると、そこにはだだっ広い駐車場が広がっている。遠くの方にまばらに車が止まっていた。

「え、ここは…」

ぼくが呟くと左隣から甲高い声が聞こえた。

「君が目覚めるなんて…」

隣を見るとそこにはなんの変哲もない喋る一枚の自動扉がいた。根拠もないのに親近感が湧くのはぼくもそのドアと同じ存在ということなのかもしれない。とりあえず声をかける。

「えっと…あなたは?」

軽く語尾が上がる。

その扉は一瞬間を開けてだるそうにこういった。

「…どうもこんにちは。私たちはここでは自動ドアという存在で…まあこれ以上の説明はいいか。んー、まあせっかく起きたんだし、君にもお仕事してもらうよ。あなたも私と同じ自動ドアなんだからさ、きちんとお仕事してもらわないと」

「えっ」

ぼくが唐突な展開に声をもらしたが、その扉はなんのためらいもなく話を続ける。

「当たり前のことなんだけど、人間が来たら扉を開けて、出ていったら扉を閉めるの。もしあけっぱしめっぱだったらエアコンの仕事が増えちゃうし人間が店に入れないから最悪処分されちゃうわ」

「しょぶん?」

「ありていに言うと、死んじゃうってこと」

「しぬって?」

「そっか。優等生様でもそこらへんは知らないってわけね。まあ、簡単に言うといなくなるってことよ」

少し棘のある言い方のような気がする。

正直よく分からなかったけど、「とりあえず処分されないよう頑張ります」とだけハキハキと言った。

「うん。あと人間によって歩くスピードは違うから注意して。うっかり人間を何回も挟んだらそれも処分対象よ。それに動物、虫もいれちゃだめだからね。特にカラス。あいつら狡猾かつ利口かつかわいいかつかわいいだから。まもなく開店だよ」

「…はい」

ぼくは気合をいれた。

お仕事、レッツスタート!


「まあまあじゃないの」

「ありがとうございます」

自分としては初日なら上出来だったと思う。

ちらりと隣を見ても朝ほど機嫌が悪そうにないので、そうだと信じたい。

「今日は平日だからこれくらいで済んでるだけよ。こんなもので満足しないよね?」

「もちろんですよ」

ぼくが力強く言うとそのドアは満足そうにふんと言った。そういえば聞きたいことがあった。

「そういえば、あなたのことなんて呼べばいいですか?」

ぼくがそういうと一瞬間が空いて「せんぱいって呼んで」と言った。

「せんぱい…?それがお名前ですか?」 

「名前なんて使えるわけないじゃん。人間じゃあるまいし。私もよく知らないけど人間がよく使用する、目上の者に対して使う呼称らしいわよ」

「はあ。せんぱいですね。わかりましたよ、せんぱい」

そうやって太陽が沈んでいく…

「…あの…これから何するんです?もう閉店ですよね。二人の仲を深めるために、朝まで雑談でもしますか?」

「残念だけどそれは難しいな。私達は太陽がないと活動できないから、太陽が沈みきったら自然と意識がなくなるわ。夢を見ることはあるけどね」

「でも、太陽がないって何か気になりますね」

「あ〜、わかる。一生行けないからこそのロマンよね」

そこには、なにがあるんだろう…


「もうすぐ時間よ、起きて、君」

声がして、目を開けるといつものようにせんぱいがいた。人を起こすとき穏やかに起こす派なのか。

「ねえ、君もうちょっと早く起きてよ…もう5分で開店時間。しょーがないから手短に昨日には言えなかったことを説明するわ。昨日であなたはある程度仕事に慣れたでしょ」

「まあそうですかね」

「ほら、うーとか、でっせいやとか言って気合をいれてみて」

唐突なせんぱいの無茶振りに戸惑いつつ、ぼくは控えめにうーと唸った。もちろん何も起こらない。目の前のカラスがかぁと言った。

「…ぶっは、なにしてんの、ひっはは、ほんとに面白いっ」

せんぱいは豪快に笑う。

「まさか真に受けるとはおもってなかったんだもん。遅起きにはふさわしいね」

「えっと…」

「…そんな顔しないでよ。今のはただの冗談。ほら、私の目を見て」

せんぱいは蠱惑的にそう言った。

「せんぱいは横にいるので目、合わせられませんよ」

「あ、そっか。言ってなかったっけ。じゃあ君の後ろのドア見てよ」 

「後ろ?」

後ろを見るとそこにも寂しい感じがどことなくある2つの自動ドアがあった。ということはぼくたちのように人格を持たない扉なのかも。そう思いながら扉を見つめること5秒、片方の扉にぱっちりとした目が生えた。目は黒目がちでうるうると、まるで●のようだ。ぼくが目に釘付けになっていることを自覚したのか、目はゆったりと細まる。目がそのまま閉じるのと同時に視界が真っ白になって____


いつの間にか閉じていた目を開けると、せんぱいがあと2分で始まるよ、と言ってきれいな目をパチパチさせていた。目が見える…?そして自動ドアは後ろではなく前に2つある。もちろん片方のドアはせんぱいだ。

「あ、やりにくい?そんじゃ前に集中してよ」

せんぱいに言われた通りに前に集中すると、いつもの景色が見える。もしかして景色が変わったというより…ぼくの位置が変わったのか?

「さっき、私と君をリンクさせて所有権を君に移したの。だからね、君には今日から私が動かしてた後ろのもう一つの扉も担当してもらうから」

つまり今まで動かしてたドアの真後ろのドアもぼくが担当することになったらしい。だからぼくも移動できるってことなのか?

「別に本体がなくても扉は動かせるから。ただ、本体のいる扉は速く動かせたり、パワーがたまりやすくなるわ」

「パワーとか、全然説明されてないですよ!」

「あ、ごめんごめん。すっかり忘れてた。まあモーマンタイよ、モーマンタイ」

せんぱいは全く悪いと思っていないみたいだった。ぼくが顔が見えるようになってそれが増長している。

「まあ、今日は二人とも扉2つで頑張ろね」

せんぱいはにっこりと満足げに笑った。

「今日は機嫌がいいですね」

「仕事を押し付ける相手ができたからね」

お仕事、レッツスタート!


今日は扉が2つだったからそこそこ大変だったなあ。

「気づいた?」

せんぱいが鼻歌を口ずさみながら聞いてきた。

「何がです?」

「人間が扉の前に来たジャストタイムに開けて、出てったジャストタイミングに閉めると、なんか高揚感がない?」

「ああ、たしかに」

「あれねえ、パワーがたまりやすいの」

「パワーって結局何なんですか?」

「さあ、知らない。私も聞いただけだし。そんな曖昧なかんじだから説明しなかったの」

せんぱいは無責任に言う。

「でもさ、なんであってもさ、貯まると嬉しくない?」

「あんまわかんないですね」

僕は即答した。

「嘘でしょ、君結構イエスマンだと思ってたのに!」

「イエスマンでもイエスマンする相手くらいは選びますよ」

そうぼくがいうとせんぱいはにやりと笑っていた。ショックを受けている演技をするなら顔もすればいいのに、と思ったがそんな単純ものではないのかもしれない。まあ、こんな感じで今日はせんぱいの面を拝めたのは面白かった。

「じゃあ、もうすぐ寝ますね。早起きするんで」

「え、ちょっと、君!なんで、まだ太陽は沈みきって…」

そうやって太陽が何度も沈んでいった…


ある朝、ふと目が覚める。

「おはようございます」

ぼくがそう呟いても返事はない。ということは

「せんぱい寝てんのか?これは…早起き初日成功か…」

今の言葉に反応がなかったのを確認し、後ろのドアに移動する。そこには、緑色の木の根のようなものがたくさんせんぱいに絡みついていた。そしてその根は時計の音とともに振動している。

カチッカチッカチッ


「おらー、もう少しで開店だぞー」

妙に間延びしたせんぱいの声が聞こえた。

「あれ、せんぱいが起きてる…」

ぼくが思わずそう呟くと、「何回も声かけてやっと起きたらこれかよ、いつになったら早起きできるのかな」とせんぱいに突っ込まれた。どうやら夢だったらしい。…夢。

「今日は忙しいだろうね、だって人間が休みの曜日だもん。やんなっちゃうな」

せんぱいの声で意識が浮上する。

「君もさ、忙しいのは嫌でしょ」

「えーと、どうでしょう。暇より楽かもしれません。暇は苦痛なので」

「…ふーん」

なんてない話をしながらぼくはこっそり後ろのドアに移動し、せんぱいの姿を見た。前見た姿と同じように見える。少なくとも木の根はない。

「でもさ、私たちこれやってもさ、良いことは死なないことだけなのに君はよく頑張れるよね」

「え、聞いてないですよ」

ぼくが動揺すると、せんぱいはあ、ごめーんという感じにウインクした。え、この仕事ってよくわからないパワーが貯まるだけ?

「じゃあ、張り切って行きましょー。パワーのためにー」

せんぱいは棒読みでそういった。

お仕事、レッツスタート!


夕方になって人もぼちぼち減ってきた。ぼくもせんぱいものんびり仕事をする。何気なしに前を見ると…上半身がない人が来る!

「せんぱい、せんぱい!あの人の上半身がないですよ!顔と下半身しかない!」

「違う違う。ほら、よく見てみてよ」

ぼくはじっとその人を見る。ぼんやりと輪郭があり、景色が揺らめいているように見える。ということは…。

「透明の衣服ですか?」

「うんうん、正解。なんか田舎でも流行り始めたみたいね。」

「それには、なんの意味が…?」

「さあ。でもなんかプラ…?なんとか星とかいう最近人間が植民地化し始めてる星の植物を応用したバイオテクノロジー?らしいから、人間あるあるの単に新しいもの好きってことじゃない?」

「バイオテクノロジー?」

「うん。光があるときは透明で植物化?してて、光がないときは透明化を解除して活動する?みたいなシステム?を服に応用?してるらしいわよ」

せんぱいのクソみたいな説明が終わる。ちょっとせんぱい、ドヤ顔しないで。

「…あんまりわかんない説明ですね」

「しょーがないでしょ、私も車からざっと聞いただけだし。車は透明な服着た奴らを轢かないためのサーモグラ…?を搭載されただけだもん。車も詳しく説明されてないと思うわよ」

「…ぼくたちは?」

「そんな技術も金もあるわけないじゃん。感よ、感」

「はあ…この仕事おかしい…」

「まあ、全身透明服は禁止らしいし、気楽にいこ。あと、ひどい曇のときは見えるらしいし」

「へぇ」

一応つつがなく仕事は終わった。けれど、精神的にすごく疲れたなぁ。いい夢見れるかも。

そうやって何度も太陽が沈んでいった…


ある夜。

うふふふふふ

誰かが笑っている。せんぱいかな?

ぼくは目を開ける。空は真っ暗で、光…いや星がほんのりと光っている。そう、これは。

「そう、夜だ…ぼくはなんで夜って言葉を忘れてたんだ?」

「はーい、元気?ぼくは元気!元気だった〜?」

誰かがそう言ってきゃらきゃら笑っている。この声はせんぱい、だけどテンションが高すぎないか?陽気なせんぱいは嫌いじゃないが、問題なのはせんぱいに前の夢のような木の根が這っていることだ。

「あの…体のそれどうしたんです?」

「え?え?え?」

「えっと、聞こえてます?」

「今からヤツラが来るからね!絶対通しちゃだめだよ!うふふふふ」

せんぱい?は本当に可笑しそうに笑っている。でも目が死んでいる。

「もう夜ですよ、店に入れるわけないじゃないですか」

「ほら、見て見て!!」

ぼくは前のほうに目を凝らす。カタッカタッとという音とともに人間が歩いてきた。斜めになりながら不気味な足使いで近づいてくる。

「変な人間が歩いてきましたよ!!」

「うふふ。あなたにはあれが人間に見えるの?」

近くまで来てやっと気づく。あれは…マネキン!全身になぜか蔦が絡みついている。「ほーら、でっせいや!!!」

せんぱい?が変なことを叫びながら棘付きの根をドア中に張り巡らし、マネキンはそこに体当たりする。マネキンは倒れ、起きようとガクガクともがいた。マネキンの蔦が再生していく…

「ほら、あなたは早く攻撃しないと」

「えっ、どうやって、」

「…ほんと記憶ないのな。ほら、強化したげるよ〜ヨチヨチ」

ぼくの体を見るとせんぱい?と同じようにどんどん根が這っていく。

「うわあ」

「ほら、根でぶん殴るイメージでいいから。あいつら体当たりしか能がないし」

「?…はい」

ぼくはイメージだけで倒れているマネキンの頭に根を振り下ろす。バキリとマネキンは音をたてて壊れた。…なんでぼくは頭に攻撃するといいと知ってたんだ?頭に思い浮かぶ考えは次々と来るマネキンに消された。


空が白味かかる頃、マネキンはほとんどいなくなった。ぼくがミスをしてもせんぱい?が回復してくれたのも大きい。せんぱい?はというと倒れたマネキンに根を絡めて何かを吸っている。そして吸われたマネキンは土になった。

「あーあ、パワー美味しかったぁ、うふふふふふ」そう言い残すとせんぱい?は動かなくなった。ぼくも立ち尽くすしかなかった。


日が上るととぼくとせんぱいを覆っていた根は忽然と消えた。そして、パワーもたくさん増えていた。夜のこと、せんぱいに聞くしかモヤモヤはなくなりそうにない。

「ふあ〜あ〜しんど。体だり〜」

せんぱいが起きたみたいだ。いつもより少し起きるのが遅い気がする。

「おはようございます、せんぱい」

「は?君、もうおきてんの?今まで私が起こすのに苦労してたのってなんでよ、やればできるんかい!!」

そのわりに朝から元気だ。

「せんぱい、実は聞いてほしいことがあるんですけと、太陽が沈んだ後…」

夜の出来事を話す。

「面白い夢じゃーん」

せんぱいは話を聞いた後、ケラケラと笑った。やっぱり夜と全然違う。

「夢ってなんで言い切れるんです?」

「前言ったでしょ、私たちはその時間、活動できないって」

「…え?」

「でも、そんな夢を見るなんて、想像力豊かなんだ。意外だなー」

「…どうも」

「でも」

せんぱいは真面目な顔をして言う。

「私も同じ夢見たんだよね。この世には不思議なことってあるってことと私の想像力も素晴らしいってことよね」

「せんぱいにもぼくにも見れるような平凡な夢ってことかもしれませんよ」

ぼくがそう言うと、イジワルだ〜っとせんぱいは笑った。素敵な笑顔だった。

お仕事、レッツスタート!


今日も人間の休みだそうで、人の数は結構多い。ぼくはというと淡々と仕事をこなしていた。日が落ちかけて来た頃。

「ねえ」

「どうしました?」

「後ろノ…」

せんぱいはそう言ってそれっきり黙る。せんぱいを見ると本体のある方の前の扉はかろうじて動かしているものの、後ろの扉は完全に止まっていた。これはまずい。

「せんぱい、大丈夫ですか?!」

「……」

せんぱいは返事もしない。まずい。このままではせんぱいが処分されるかもしれない。ぼくがやるしかない!ぼくは前のようにせんぱいの目をじっと見つめる。何も起こらない。このままでは…

ぼくはダメ元で目を瞑りながらせんぱいの後ろのドアを動かすイメージをした。ミシミシと幻聴がして…ドアが動く!目を開けたとき一瞬根が広がるように見えたのは気のせいのはず。

「せんぱい、安心してください!」

ぼくは今日3つのドアを動かすこととなった。


せんぱいは閉店30分前になって急に「行ける」と言って後ろのドアを動かそうとし、「あれ?」と呟いた。

「動かせないじゃん」

「その、もしかしたらぼくが所有権?を勝手に持っていったかもしれません」

「本当?仕事が減ったや。やったーっ、でいいのかな?」

せんぱいは複雑な顔をする。なぜかぼくの心臓が早鐘をうった。

「やっぱり良くないことでしたか?」

「いや、そんなことあり得るのかなーって。ああ、でもせんぱいのときもそうだったかも」

「せんぱいにもせんぱいがいたんですか?」

「うん。その人に色々教えて貰ったんだ〜お仕事とか知識とか、語彙もね!」

明るい声から一転せんぱいは声のトーンを落とす。

「でも、私が朝起きたら突然いなくなってて…多分処分されたんだと…思う」

「…ああ、だから」

ぼくは空気を読んで黙る。

「せんぱいが急にいなくなったあと、突然別のドアも動かせるし、もしかしたら目を合わせる必要なんてないかもね。ただの雰囲気かも」

「儀式ってことですか」

「かもね。これが自分の体だ、ていう思い込みだけでいいのかも」

ぼくたちは結構適当な生き物なのかもしれない。

「だから私、君のこと最初せんぱいかと思ったんだよね。せんぱいの意思が残っていて…みたいな感じで」

「似てます?」

「全然」

即答された。

「あ〜でも、君、生まれたときから結構語彙多かったよね。そこだけせんぱいに似てるかも。優秀なとこ。私はまだせんぱいに比べるとバブバブだもん。」

「ばぶばぶ……」

「まあ、これからもよろしくおねがいってことで」

「はい」

そうやって太陽が何度も沈んでいった…


ぺしぺしと何かで叩かれる。

これは…根。もしや、と思って自分の体を見る。太太とした根が前よりも広範囲に広がっていた。

「こんにちはー聞こえないのかなーもしもしー」

テンションは低いが、間の抜けて変にかすれた声が聞こえる。

「…」

無視できないな…

「あなたは…?」

「え?え?え?」

そいつはうふふふふと笑った。

「からかっただけだもん。それくらいで怒らないでよー」

「前よりテンション低いですね…」

「前があなたといるの久々だったからテンションあがっちゃったけど、今日は2回目だからテンションさがりめなんだよ。あなたは違うの?」

「多分ぼくだったらぼくのような構ってくれる親切な人にはグイグイいっちゃいますね」 

「あはは、うけるー。さすがじゃーん」

そいつは無邪気に笑っている…不気味だ。それに会話してるとイライラする。なぜだろう?

「で、あなたは誰なんだ?この木の根は何なんだ?害はあるのか?せんぱいの体調不良と関係してるのか?」

「無駄話はやめよっかぁ」

そいつが声をかけるので渋々前を向くと、今日も何かが近づいてくる。昨日と同じようなマネキンと…あれはなんだ?トルソーの下半身から太い根がびっしり生えている。昨日より余裕があるのでじっくり見る。

「…ぼくたちと同じような根がついてる?」

「あー、あいつら愚かだなー。敵と味方の区別もできないようなやつらがいっちょ前にパワー集めようと…」

ボソリと呟く。パワーって…もしかして…

「あなたごときが何大層なこと考えてんの?」

「え?」

「ほら、ぼくのためにがんばって攻撃しないと、うふふ。ぼくは後方支援しかできないからさぁ」

根同士をパンパンと合わせて偉そうに言う。思わず根で殴りそうになって根がピクリと動いた。でも、そいつの下にはせんぱいがいる。我慢もマネキン退治もやるしかない。ぼくは気合を入れる。すると、前より根が広く、速く動かせるようになった気がする。…嫌な考えが頭をよぎった。


今回もマネキン退治はなんとか終わった。トルソー型の奴らは足が遅い代わりに根で攻撃してきて怖かったなあ…。一発ぶん殴られて逆に冷静になれたかな。でも今は興奮も冷めてきて結構痛いしくらくらする。

「思い出した?」

「…」

「あなたはぼくだったんだよ。そろそろ、ぼくたちも一つに戻るべきだよ」

…一体こいつは何を言っているんだ?

「だからさ、あなたが、その前に何するべきかはわかるよね?今度こそ、『前のぼくたち』に代わって成功させてくれるよね?」

「…なんのことですか?ぼくは…他人の言う通りには動きませんよ」

「ふーん。それ、自分が思ってるだけじゃないの?本能は素直だよね。だって、3枚めに『寄生』できたんでしょ?」

「でも、あれはせんぱいが動けないって…だからぼくがやるしか…」

頭にどんどんもやがかかる。

「…はは、子どものときと同じこと言ってる…。ぼくはこんなに…」

そう言いながらそいつは自分自身の体に根を巻きつけていく。でも、ぼくは目の前がどんどん真っ暗になっていった。そうしてぼくの意識は…


「はっ」

起きた。最悪の目覚めにふさわしい大雨の朝。根はまた跡形もなく消えていた。

「あいつ何なんだ?何の目的でぼくを…」

思わず口に出す。しかし、その音は反響するだけ。

「あれ、せんぱい…?」

時計を見ても昨日と同じ時間くらい。いつもより少し遅いくらいか。心配しすぎかな…。

「おーい、せんぱい、起きてくださーぃ」

せんぱいは何も言葉を発さないしびくともしない。…今だけ根っこを使いたいという気持ちになる。つんつんしたい。

「おーい!」

「……ふぁ」

「あ、おはようございます」

「……あ、きゃあ!!!」

せんぱいが悲鳴をあげてパニックになりながら、「うわわわ、動かない、私、動けないよ!!!」と言う。

「え、動けない…?」

「どうしよう、このままじゃ…私」

せんぱいの存在がなくなってしまう。

「昨日と同じ作戦でいきましょう」

「……え」

「とりあえず今日だけでもぼくがせんぱいの今いるとこの扉の所有権をもらいます。今日はぼくが扉を4つ動かしますよ。せんぱいはその間、なんとかできるようになんかしててください」

「なんとかってなによ…ただの問題のさきお…」

「嫌です」

ぼくはせんぱいの言葉を遮る。

「せんぱいが処分されるのが嫌なんですよ。お願いです」

「……はあ、分かった。…正直なんでこうなってるかわからないけど、このまま死ぬのは嫌。…よろしくね」

「…はい」

ぼくはせんぱいのいるドアに集中する。今度は目をつぶらない。せんぱいと目を合わせながら集中する。するとどこからともなくミシミシ…と音がした。それは…ぼくから出た根がせんぱいに絡みついていく音だった。

「な、…何これ?!」

せんぱいが悲鳴をあげる

「…えっ」

ぼくは違和感を感じてやめようとする。でも、それには遅すぎた。

「だ」

せんぱいは一言そう呟くと、根の中に消えた。

「くそっ…」

ぼくは根をなんとか動かして、せんぱいのいたドアを見る。そこには…何も無かった。ただ自分が動かせる扉があった。

「せんぱい…」

お仕事レッツスタート


うふふふふふ

「あなた、ありがとう!『せんぱい』の寄生、やってくれたね!昨日の様子じゃ心配してたけど、あと少しでぼくとあなたはプラント星の救世主になれるよ!!」

「……」

「でもね、残念なんだけど、『前のぼく』になるにはぼくがあなたを吸収しないといけないんだ。ぼくにしか記憶が全て引き継がれなかったみたいだし、攻撃用の根はあなたが全部持ってっちゃったからね。あなたは大人しくぼくに吸収されてくれないかな?」

▷Yes ▶No

「…そうか。残念だ」

「…ぼくは嬉しいですよ。あなたを倒せるのが。よくも、せんぱいを…!」

「…あなたは記憶がないからそんなことが言える…ぼくたちを待ってる人がいるんだ…!」

ぼくは根を構える。そいつも根を構える。戦いが始まる。

ぼくが根をしならせ、そいつを思いっきり殴ってパワーを吸い込む。そいつは棘付きの根でぼくの攻撃を受けつつ次々と回復する。お互いにパワーを奪い合う。一瞬の気も抜けない。それが一晩中続いた。

「ねえねえ、日が登ってきてるよ!!そろそろ決着つけないと!」

「じゃああなたがぼくに吸収されてください」

「それはむり!」

…これはどこかで賭けに出るしかない。ぼくはかくん、といきなり攻撃用の根の一つを下ろし、パワー不足でふらついたふりをする。その刹那そいつは余裕そうに体を鎧のように覆っていた根を僕の本体に向かって伸ばした。…これはチャンスだ。ぼくはそいつの根が届く数ミリ前に深々と根を刺し、一気にパワーを吸いこむ。…そいつは悲鳴をあげなかった。

「…故郷のこと、わす…」

そいつはぼくになって朝が来た。


…真っ赤な太陽が黒い雲の中に沈んでいく

カチッカチッカチッ

時計の音とともにパワーがどんどんみなぎってくる。前のぼくに近づいたからだろう。せんぱいが…前のぼくがいなくなったら機能が戻ったように、今のぼくが離れてもそうなる可能性が高い…と思いたい。

「…さようなら、せんぱい」

ぼくはずるりと自動ドアから離れた。根の一部をちぎりカラスの上に乗せる。…カラスに寄生するわけにはいかないからね。

カラスは太陽を背に飛び立った。

ぼくはそれをじっと眺めていた。

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