・お前っ、まさかラーメンを作る気なのか!?

「でさー、学長センセが最後に言ったんだよ。『ああ、ニコラス可哀想に。どこかで良いラーメン屋さんになって下さい』だったかな? そんなわけで俺、学校を追放されちゃってさ……」


 震えて過ごすのも退屈なので、怒りん坊のドラゴンちゃんには身の上話を聞かせながら待った。


 言葉が返ってきたらめっけもので、返ってこなくとも愚痴の相手になってよかった。


「で、隣国でも散々な目に遭ったんだけど、ある日ラーメン屋のヤンロン店長と出会ってさ。住み込みでラーメン屋の修行を始めたんだよ。ま、その後3日で逮捕されて、コスモスちゃんの生け贄に捧げられたんだけどね……」


 宝石は赤のままだ。

 むしろさっきより赤黒くなっている気さえしてきた。


 俺の愚痴がウザいのかもしれない。

 だけど俺は全く気にせずに、自分の身の上話をストームドラゴンに投げかけていった。


「おい、お前、何者だ?」

「えっ……?」


 しかしその時、若い男の声がした。

 驚いて岩陰からストームドラゴンの姿をのぞくも、宝石は激おこぷんぷんの真っ赤っかだ。


「こっちだ! ストームドラゴンに近づくんじゃない、死ぬぞ!」

「死ぬっていうか、死にかけたっていうか、あ、ども」


 声の主は山岳民族風の男だった。

 弓とナイフとポンチョを身に付けた連中が5人も俺の目の前にいた。


 宝石の色合いは暗めの水色だ。


「おい、なぜ余所者がこんなところにいる?」

「なぜってまあ、そこは色々とあって。そういうおたくらこそ、何者?」


 前方は得体の知れない部族兵5人。

 後方は激おこぷんぷんのストームドラゴン。

 対する俺はドラゴンテイマー、最強のドラゴンを使役するジョブだ。


 つまり、ドラゴンが近くにいないとただの脆弱な小市民とも言う!


「我らはナルカ族。そこにいるストームドラゴンの封印と監視を使命とする部族だ。そちらは?」

「俺はニコラス。……一攫千金を狙う山師だ」


「山師? ニコラス、ここはナルカ族の領地だ。面倒事を持ち込むのは止めてくれ」


 手のひらの中を確かめると、暗い水色の宝石が透明に近い水色に変わっている。


「誤解だよ、黄金や石炭を探しにきたんじゃない。俺は――かんすいを探しにここにきたんだ。そしたらこの竜を見つけて、せっかくだからなんとなく身の上話を――」

「かんすいだってっ!? お前っ、まさかラーメンを作る気なのか!?」


 そりゃそうだろうけど、驚かれた。

 だが俺に動揺はない。


 宝石の色合いは、暖かな日差しのような薄黄色に変わっていた。

 これは、好意的な感情だ。


「よくわかったな。ぶっちゃけると俺、実はラーメン屋なんだ」


 さらにそれが明るいオレンジ色に変わるのを確かめると、もう必要ないだろうとポケットにしまった。 


「お、おい、聞いたか……っ? 今、ラーメン屋と言ったぞ……?」

「確かに言った! ラーメンッ、ラーメンかっ、ははははっ!!」

「前に食べたのは何年前だったかなぁ……!」

「兵長、こいつ悪いやつじゃなさそうだ! それに見るからに、弱そうだ!!」


 あの、最後のやつは男の子として非常に傷つくんですけど……。


 ああそうさ、どうせ弱いよ!

 どうせドラゴン任せの紐みたいな男ですよ、俺は!


「実は仲間が食材を用意しに行ってるんだ。だけどかんすいがどうしても手に入らなくて……」

「ニコラス、それなら知ってるぞ」


「えっ、マジで……?」

「うろ覚えだが、わき水の後にできるあの塩みたいな白いやつだろう? おい、どこかで見たよな?」


 若き兵長の言葉に、ナルカ族の男たちは口々に同意した。


「欲しい! それっ、一緒に探してくれないかっ!? 報酬は……不都合がなかったらラーメンでもいいかっ!?」

「もちろんだ! またラーメンが食べられるなんて、俺たちはなんてついてるんだ!」


 おお、ラーメンの魔力、恐るべし……。

 ナルカ族の戦士たちは、仲間を集めてかんすい探しに向かい、残った兵長さんが焚き火の準備をしてくれた。


「ニコラス、他に何か必要な物はあるか?」

「そうだね、なら器が必要かな。たぶん、仲間は3人分の器しか用意してこない」


「わかった、村まで行ってすぐ持ってこよう! 楽しみだ、本当に楽しみだっ!」

「けど兵長さん、ラーメンなんていつ食べたんだ?」


「俺のことはブランカって呼んでくれ。実はだいぶ昔に、ラーメン屋が屋台を引いて村にきたんだ。そのラーメン屋が変なやつでなっ、目がこんっなに細くてなっ、こっんな感じの細い髭をした怪しい男だったんだよ!」


 それ、まさかとは思うけど、ヤンロン師匠では……。


 師匠のあのラーメンを食べたのならば、彼らがあの味わいに魅了されるのも当然だった。

 なぜなら俺だってそうだったからだ。


「もしかしてその人、語尾にアルとか付けてなかった? あとすっげーケチで、出涸らしの鶏ガラを10個1ゴールドで売ろうとしなかった?」


「お前、あのうさん臭いラーメン屋と知り合いかっ!?」

「まあ、一応、弟子だし……」


 3日目の晩に屋台ごと、即見捨てられたけどな……。


「よっしゃっ、なら味は確かだなっ!! 待ってろ、器を取ってくるっ!! ははははっ!!」


 兵長が笑いながら風穴を去ってゆくと、また俺はストームドラゴンと二人っきりになった。


 出会った瞬間からずっと身を立たせていたストームドラゴンは、何を思ったのか地べたに寝転がってこちらを見ている。


「おっ……」


 もしかしたらと思い、宝石をもう1度ストームドラゴンに向けると、深紅だったその色合いが濃い黄色に変わっていた。


「もしかしてだけど……。君も、俺のラーメンを期待してくれているの……?」


 問いかけると、ストームドラゴンがうなずくようにうなった。


 やはりラーメンの魔力、恐るべしだ。

 正気を失っていた竜は、ラーメンが完成するその時を待っていた。

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