第三章 遙かなるかんすいを求めて……

・海峡都市アイギュストス - 幼女と紐二本 -

・海峡都市アイギュストス - 幼女と紐二本 -


 俺調べによると、海峡都市アイギュストスと言えば『いつか引っ越してみたい都市ベスト5』にも入る世にも不思議な都市だ。


 その最大の特徴は、海峡の浮き島に存在しているという点であり、そこで暮らす人々は潮の満ち引きと共に生きているという。


 都市人口はなんと驚きの5万人。

 そんじゃそこらでは見られない堂々たる大都市だ。


 俺たちはそのアイギュストスの郊外にある宿場町で一泊を過ごし、昼前までだらだらと体を休ませてからチェックアウトをした。


 あ、一応言っておくけど、泊まったのはいかがわしい店じゃなくて、商人向けの安宿だからね?


 もしマリーを連れて変な店に泊まろうものなら、俺は宿の主に密告され、天敵である国家権力の犬どもが管理するブタボックス送りにされること山の如し。


 そんなことになるくらいならば、しばらくは甘んじて、俺は貯蓄を持つマリーの紐になる覚悟を既に決めていた……。


「ふぁぁ~……うむ、昨晩もあったかぽかぽかであった。我が主よ、そなたは舐めると美味い上に温かい……。未来永劫、我の湯たんぽとなることを許そう」


「はわっ?! マリーに黙って、よ、夜中に、そんなこと、してたですかー……っ!?」


 部屋が1つしか余っていなくて、昨晩の俺はソファーを暖炉の前に運んで寝た。


 しかし夜中に目を覚ますと氷のようなコスモスちゃんが俺に覆い被さっていて、いつかのように体温を根こそぎ奪い取っていった……。


「ああ……暖炉の前じゃなかったら、死んでいた……」

「お、大人っぽいです……っ!」


 え、それどのへんが……?


 ともかく俺たちは宿を出て、昼前の暖かい日差しの下をアイギュストスを目指して歩いた。


 憧れのアイギュストスは期待通りの壮大さで、それに加えてヘンテコで、干潮の時だけに生まれる白砂の道が美しかった。


「まるで岩場に張り付くフジツボどもだな」

「マリーは、かわいいと、思うのですよーっ!」


「うむ、その気持ちもわかる。小さき人間どもが蟻塚を築いて暮らす姿は、なかなか見応えがあるものよ」

「なんとなく、今ならマリーもわかるです。ちっちゃいのががんばってるのは、かわいいのですよ~!」


 ドラゴンである2人からすると、この壮大な光景も小人族の町を眺めているような感覚になるらしい。

 白砂の道の中央には馬車や荷車が通りやすいようにと、石畳による舗装がされている。


 学校で教わった話によれば、このまま真っ直ぐに進めば都市アイギュストスを越えて、向こう側の大陸に渡れるという。


「あっ、カニさんです! あっあっ、逃げたですよ~……?」

「うむ、人間の視点の高さから見ると、何もかもが奇妙であるな……」


 左を見ても、右を見てもあるのは青い海。


 南からの日差しを受けた海面が白く輝いていて、その上を海鳥や猛禽類たちが飛び回っている。

 アイギュストスは鳥たちの楽園でもあるようだった。


 俺たちは海や白い砂、石畳の上を活発に行き交う交易商人たちを眺めながら、果てしない海の道を歩いていった。



 ・



『お兄ちゃん、カオスちゃん、ちょっと待ってて下さいね~』

『うむ、よきにはからえ』


 1時間前、俺たち幼女の紐2名は海辺のオープンカフェでカニのパスタと、砂糖をたっぷり使ったレモネードをおごってもらった。


 美しい海を眺めながらのランチは、少し前まで湯とオートミールばかりの生活だった俺たちには、夢のようなひとときだった。


『待って、何かするなら俺も手伝うよ』

『うーうん、大丈夫なのですよ~。お兄ちゃんは、マリーが養うのです♪』


『俺は紐じゃ……っ、ないとは、今はまだ言えないんだけど、抜け出す気はあるんだよ……っ!?』

『イエローよ、そなたは最高の友人だ……』


 抜け出す気のある紐と、友人としてそれはどうなのかとツッコミを入れてやりたい紐は、オープンカフェに残って40分ほどの時間を潰した。


 少し前まで学生だった俺には、ラーメン屋としての新たな人生を始めようにも、情けないことに右も左も何もかもがわからなかった。


『ただいまなのです~。みんなのお家、見つかったのですよ~!』

『な、なんだってーっ!?』

『おお、でかしたぞ、イエロー! さすがは我の親友だ! どうだ恐れ入ったか、我が主よ!』


 コスモスちゃん、君は指1本すら動かしてないでしょ……。


 対するマリーは笑顔でいっぱいだ。

 褒められたのがそんなに嬉しいのか、日差しに美しいブロンドを輝かせてクルリと犬みたいに回って見せた。


『家って、まさか買ったの……?』

『うーうん、借家さんなのです。でもでも、狭い方がマリーは幸せなのですよ~っ』


 マリーに手を引かれてオープンカフェを出て、海沿いの道を歩いていった。


 少しすると奥に海上コテージの密集地が現れて、どうやら目的地はそこらしかった。

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