・何処にも存在しない少女マリー 2/2
「噛むなよっ!?」
「離せっ、こんな町全部消してやるっ!!」
「消すなってのっ?! 止めろっ、止めろってコスモスちゃんっ!!」
そう強く要求すると、コスモスちゃんがやっと暴れるのを止めてくれた。
兵士に攻撃されて、悲しんでいるイエロードラゴンをそのままにはできなかったのもある。
「ニコラス、頼む。彼女をテイムしてくれ……」
「あ、その手があったか。わかったよ、俺に任せて」
名案だ。
そうすればコスモスちゃんみたいに、俺のイメージがイエロードラゴンの外見になる。
俺は元のマリーの姿を頭に描きながら、町の人々と竜の間に飛び込んだ。
「お兄ちゃんっ、危ないのですよーっ?!」
「はっ、お前はもしやっ、昼間通報にあった――」
「えっ、通報!?」
「マリーを追いかけ回していたロリコンだなっ!?」
「ロリコンじゃねーしっっ!!」
「ええいこの社会のクズめっ、ドラゴンごと死にさらせっ!!」
「そんなっ、違うんですお巡りさんっ、僕はただ、ただ出来心で……っ!?」
しまった、間違えた。
でもお巡りさんに強く迫られると、やってもいないのに自分が全部やった気分になることってあると思う……。
「聞け、醜い人間どもが! この男は竜を従える者ドラゴンテイマーだ! つまりこの黄金のドラゴンを今止められる者は、このロリコンだけだっ!」
「だーかーらーっ、誰がロリコンだよぉぉっっ?!!」
誤解と不満しかない……。
だけどコスモスちゃんのその叫び声は、すっげー遺憾なんだけど、町の人々には効果てきめんだった……。
ただし期待や羨望の目はなく、ただただ冷たい目がロリコン野郎を取り囲んでいた。
「本当か……? この最低ロリコン野郎に本当にそんな力があるのか!?」
「うむ、我が保証しよう。さ、やれ」
本当に、コスモスちゃんは、俺にテイムされてるんですよね??
とここで聞くのは無粋だ。
俺は悲しそうにこちらを見下ろす黄金の竜を見上げ、腕を掲げた。
「イエロードラゴンよ……ラーメン、美味かったか?」
「うん……美味しかったのです……。あんなに温かいの、何百年ぶりか、わからないくらい……温かかったのです……」
「そうか。また食べたいか?」
「もちろんなのですっ! だって、凄く、美味しかったのですっ!」
「では俺に服従しろ。俺の行く道に黙ってついてこい。そうすれば、好きなだけラーメンを食わせてやろう!」
「何を言っているんだこのロリコンは……。ラーメンでドラゴンがテイムできるわけがないだろう……」
常識的に考えればお巡りさんの言う通りだろう。
俺だってそう思う。
こんな条件で服従するバカは、コスモスちゃんだけでもうお腹いっぱいだよ。
まがりなりにも商人をしてきたイエロードラゴンが、少女マリーゴールドが、こんなアホな話に乗るわけが――
「その話、乗ったのですよっ!」
「ナ、ナニィィッ……!?」
あった。
憲兵さんの驚愕の大声に、俺は心の中で激しく賛同した。
マジかよ、イエローちゃん……。
「お兄ちゃんのラーメンッ、美味しかったのですっ! あのラーメンがまた食べれるなら、服従でもなんでもばっちこいなのですよーっ! ……あっ?!」
カオスドラゴンの時もそうだったように、イエロードラゴンもまた人間に姿を変えていった。
その外見はほぼ町の人々の知るマリーのものだ。
伝承に伝えられるエルフのように左右に尖った耳と、ふさふさとした長い尾にさえ目をつぶれば、それは記憶のままのマリーそのものだった。
・
長い孤独に堪えきれなくなったイエロードラゴンは人間の少女に化けた。
そしていつしか彼女は、自分を人間と思い込むようになっていった。
竜の力と激しい思い込みがお爺ちゃんの家を形作り、幻想の終わりがそれを廃墟に変えた。
お爺ちゃんが本当に実在したのか、あるいは最初から空想だったのか、イエロードラゴンにはもうわからない。
行商人であるマリーは町から町を巡り、最後はこのお爺ちゃんの家に帰ってくる。
だがお爺ちゃんはいくら待っても帰ってこない。
そして待ちくたびれて夜が明けると、再びループが始まる。
全てが空想だった。
テイムにより流れ込んできた記憶の断片は、あまりに悲しく、あまりに空っぽで何もなかった……。
「マリーはお兄ちゃんと一緒に町を出るです……。みんなに、ケンカなんてして欲しくないから、去るですよ……。マリーは……ドラゴンでした……。ずっと、騙してて、ごめんなさいなのです……」
町は2つに割れた。
竜であるマリーを拒む者が少なからずいたからだ……。
だから俺たちはマリーと手を繋いで、この悲しい町から背中を向けた。
別れを惜しんでくれる人も多かった。
だが残ることはできなかった。
この日、イエロードラゴンは全てを失った。
いや、全てを失っていたことにようやく気付いた。
「おにーちゃんっ♪」
「えっ、あっ、うん……何?」
「えへへー、温かいのですよー♪」
「歩きにくいよ、マリー……」
しきりにくっついてくるマリーを背中でおぶると、ぴったりと貼り付いて離れなくなった。
長い尻尾がブンブン揺れて、それが肌に触れてくすぐったい。
まるででっかい犬だった。
「イエローよ、まだ起きてるか?」
「はいはい、なんですかー、カオスちゃん?」
「ニコラスのことをどう思う?」
「大好きなのです! 一目見たときからなんか……えっと、あの、えへへへへ……♪」
「我と同じだな……」
「えっ!? ちょっと待って、あのときデレ要素とかあったっけ……!?」
ドラゴンゾンビに遭遇したと思ったらそれがラーメン狂いで、なんか闇のビームを発射して全部をぶっ壊した記憶しか俺にはない……。
「イエローよ、ニコラスは
「特別……? はいなのです! お兄ちゃんは、なんだか他の人と違うと思うのですよーっ」
「そうか。なるほどな……」
あ、これ、1人で思わせぶりに納得して情報の出し惜しみをするやつだ。
まあどうでもいいけど。
「でも結局、ラーメン食べ損ねちゃったね」
「おい、ニコラス、腹が減る話はよせ……」
「ごめんなさいなのです……」
俺たちはぴったりと寄り添って、夜の街道を歩いていった。
寒い。でも3人一緒ならそんなに寒くない。
イエロードラゴンの背に乗って飛べばいいと気付いたのは、真夜中の星座が星空に浮かびだした後だった。
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