・その女、貧乏神につき――
眠りから覚めるともう夕方だった。
赤い夕日が店内に差し込んでいて、ますます俺は立派なそのたたずまいが羨ましくなった。
俺もいつか、さすがに店は持てないけれど自分の屋台を持って、ラーメンの美味さを世に知らしめたい。
1人でも多くの人間にラーメンの味を伝えて、ラー禁法がいかに下らない法律であるかを伝えたい。そう思った。
「マリー、まさかまだ帰ってないのか……? おーい、コスモスちゃーんっ!?」
屋内を歩き回ってもコスモスちゃんの姿はどこにもない。
段々、彼女にまで捨てられたのではないかと不安になってきた。
コスモスちゃんは生粋のニート気質で人をステーキ扱いする危険なカオスドラゴンだけれど、俺にとってはたった1人の仲間だ。
もし本当に捨てられていたら、凄く悲しい……。
でもその代わりに夜はあったかぐっすり安眠だ。
……それはそれで、やっぱりありなような気がしてきて、捨てられるのもまあいいかなと思う今日この頃だった。
「帰ったぞ、我が主」
「あ、お帰り……」
「どうした? 悪い夢でも見たか?」
「うっ、冷た……っ」
コスモスちゃんは背中にマリーのリュックサックを抱えていた。
買い物に出かけていたのだろうか……。
彼女の抱擁は室温よりもずっと冷たかった。
「質問いい……? それ、何……?」
「ラーメンの具材だ」
「えっ……でも、お金は……?」
「財布か。ほれ、返すぞ」
「……えっっ?!!」
知らんうちに奪われ、少しも悪びれずに返却された俺の金魚ちゃん型の財布には、もう小銭しか残っていなかった……。
俺は肉体的にはコスモスちゃんの身体に、精神的には消えた財産にダブルパンチで冷たくされていた……。
「お、おま……おまっ、な、なんてことを……っ」
「働く気はなかったが、無性にラーメンが食べたくてたまらなくなった。これで作れ」
コイツは、俺の貧乏神なのか……?
膝を突き、俺は頭を抱えてうずくまった……。
「我が主よ、金など後でどうとでもなる」
「こ、この……この駄竜め……。あのさっ、今どうにかなんなきゃ後がどうにもなんないことあると思うよ、俺っっ?!」
「我を信じろ、悪いようにはしない」
「コスモスちゃん……さすがに、これは……っ、これはないだろ……っ」
「あっ……。ま、待て、怒るなっ、勝手に金を使ったことは謝るから、我の話を最後まで聞けっ!」
「怒ってないよ、俺、全然怒ってないよ……っっ。納得のできる理由が、あるんだよね、コスモスちゃん……?」
「……すまん、ニコラス、それは言えない。だが……とにかくラーメンを作れっ、作ればじきにわかる!」
理由は言えないそうだ。
とにかくラーメンがなければコスモスちゃんは困るらしい。
「あ、もしかして……マリーにラーメンを食べさせてあげたかったの?」
「ぅ……知らん。ただ我が食いたくなっただけだ、我を忘れた薄情者は関係ない」
「ぁぁ……。なんか、ちょっとずつコスモスちゃんのことがわかってきた気がするよ。わかった、作ろうか!」
「うんっ、そうこなくてはなっ! 美味いのを作って、あの小娘の度肝を抜いてやれ、我が主よ!」
「任せてよ!」
店の厨房に直行した。
鶏ガラでスープを煮て、もう1つの鍋を並べてキャベツともやしを蒸していった。
野菜は煮るよりも蒸した方が味と栄養が外に流れ出さないと、ドジョウ髭の師匠に教わった。
さらに平行して小麦粉をこねて、力仕事になる製麺を進めていった。
「我の分は野菜抜きだぞ? もし入れたら、その美味そうな耳たぶを食いちぎってやるからな?」
「そう、だったら野菜大盛りにするね」
「ぐっ?! そうきたか……」
何度も地道に灰汁を取り続けてスープを完成させると、鶏ガラを取り出して、骨にわずかに残る肉を包丁でこそぎ落とした。
じゃないと、誰かさんの分のラーメンが素ラーメンになってしまうからだ。
「なんだ、その目は……?」
「いや、何も」
逆に言えばそれは、コスモスちゃんがマリーのためだけにこの具材を買ってきたってことだ。
素直にそう言えばいいのに、なんでヘソの曲がった頼み方ばかりするのだろう。
――俺がそういう目で見たら、気位の高いコスモスちゃんはそっぽを向いてしまった。
「麺はかんすいがないからラーメンもどきになるけど、まあそれはそれで乙なものかな」
「待て、肝心な物を忘れているぞ」
「え、何……? もう具材は残ってないみたいだけど……」
「ん……この味、やはり出汁が足りていない。おいニコラス、隠し味に手を煮ろ」
「いきなりムチャクチャ言うなよっ!? 俺は鶏ガラかっ!!」
「とにかくこのままでは味が足らん! 手でも足でも尻でもなんでもいいから煮ろっ! イエローのためだ! ぁ……っ」
最後に本音が漏れてしまって、コスモスちゃんは両手で口を押さえていた。
その姿がなんだか子供みたいに見えて、つい俺はやさしく微笑んでしまった。
「わかったよ、ぬるくなったスープにちょっと漬けるだけだよ」
「うん……わかれば別にいい……」
ドラゴンの好みは理解しがたいけど、冷めてきていたスープに手を突っ込んだ。
俺にはただの料理の冒涜としか思えないんだけど……。
ま、これでマリーが本当にドラゴンかどうかわかるのならば、合理性の方はある。
3分くらい漬けてから手を引っ込めると、ニコニコの笑顔のコスモスちゃんがおたまでスープを口に運んだ。
「お、おおっ、これだっ! この麻薬めいた味わい……はぁぁぁっ、な、なんて、危険な……はぁぁ……っ♪」
「俺には不味くなったように感じるけど……」
「文句を言うなら貴重なスープを飲むな!」
「そうは言うけどさ……。おっ……」
反論の代わりにコスモスちゃんのお腹が鳴っていた。
もう夕方だ。お昼も食べていないし、早めの夕飯にしたい。
早速夕飯にすることにして、俺は麺を茹でるためにお湯の準備を始めた。
けれども包丁で切りそろえた太麺を鍋の前に運ぶと、コスモスちゃんが割って入ってきた。
「おい待て。それは……イエローが帰ってからだ……」
「でもお腹が空いてるんでしょ? 先に食べてようよ」
「何を勝手に決め付けている! 腹など全く空いていないっ!」
「ふーん……。コスモスちゃん、意外とやさしいんだね」
「黙れ」
「見直したって言ってるのに、なんでそこでヘソを曲げるのさ」
「うるさい、カオスドラゴンにも都合があるのだ……!」
俺たちはそこで手を止めて、店の奥にある居間のソファに腰掛けてマリーの帰宅を待った。
コスモスちゃんはやはり何かを知っているみたいでどこか物悲しげだ。
俺たちはお腹を鳴らしながら、帰ってこない少女をぼんやりと寝転がって待ち続けた。
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