・少女マリーゴールド

 しばらく付かず離れずで歩くと、幼女マリーは人気のない路地裏に入り込んだ。


 コスモスちゃんが風のように飛び出して、マリーの前に立ちはだかったのは一瞬のことだった。


「はへ……っ!? お、お姉ちゃん、何かご用なのですか~……?」

「我だ、イエロー。カオスドラゴンだ」


「ほへ……? え……えと、えとぉ……それ、何ごっこなのですかー?」

「人間に擬態するとは考えたな。だが隠さずともよい、人間どもの時代を終わらす算段が付いたぞ」


 何コイツ不穏なこと言ってるし……。

 もしかして俺、人類殲滅の片棒を担がされていたりしないよな……?


「えと、マリーは、マリーゴールドと言うですよー。イエローちゃんじゃないのです」

「コスモスちゃん、きっと人違いだよ。迷惑だからその辺で――」


「はわぁっっ?!!」


 仲裁に入ると、幼女は俺を見て素っ頓狂な声を上げた。


 ……まさか、カオスドラゴンで町を吹っ飛ばした罪状で、デッドオアアライブな指名手配書が町中のストリートに貼られていたとかそういうやつじゃないよね……?!


「ち、違うんですっ、あれはコスモスちゃんが勝手に……っ! お願いです通報しないで下さいっ、お願い助けて幼女様ーっっ!!」


「はわっはわわっ、ほ、ほわぁぁぁ……っっ」

「落ち着いて! お願い落ち着いて! オレ、イイヤツ、オマエ、ツウホウ、シナイ、オーケーッ!?」


「あ……っ、ぁぅ……」


 少女マリーはコスモスちゃんを盾にして隠れてしまった。

 なんでなのかよくわからないけれど、どうもこちらを怖がっているというわけではなさそうだけど……。


 なぜにこちらをそんなにガン見しておられますか、幼女様……?


「マリー、この男はニコラス。貴様とお友達になりたいそうだ」

「いやそれ通報案件じゃね!?」

「は、はひっ! はじめまひてっ、ま、マリーはマリーともうしますですよっ、ら、らっしゃい!!」


 ……らっしゃい?

 もしかしてだけどこの子、若い男なんかが苦手だったりするのだろうか?


 何やらメチャメチャにテンパっていて、そこが庇護欲を誘って超かわいらしい……。


「ほぅ、なるほどな……」

「何1人で納得してるし。どういうこと?」


「我の目から見ると我が主が極上のステーキに見えるように、イエロードラゴンの目からも特別な物に見えるのだろう、クククッ……ジュルリ……」


「ああなるほど、そういう――って怖っっ?!」


 いつか俺、コスモスちゃんに喰われるのでは……?

 うちのドラゴンは生粋のニートで高慢ちきでちょっとスケベで、おまけに人喰いという始末の悪さだった。


「お、おおおっ、お兄ちゃんっっ!」


 ところで目線をコスモスちゃんの顔に向けていると、何を思ったのかマリーが俺の目前に飛び込んできた。


 それから背伸びをして、よっぽど伝えたい自己主張があるのか手のひらを握り締めた。


「あ、あのっ、あのあのっ……よろしければあのっ、お……お爺ちゃんを紹介させて下さいなのですっ!!」

「え、お爺ちゃん……?」


「はいなのですっ! さ、こちらへ、こちらへ! お爺ちゃんが待ってるですよーっ!」

「クククッ……。マリーは貴様を家族に紹介したいそうだ」

「いや、でも、なんで……?」


「我が主が血滴る極上のステーキ肉だからだ」

「怖いからそれもう止めてっ!?」


 ともかくそういうことになったようで、俺は小さなマリーに手を引かれて町の奥へと引かれていった。


 しかし本当に彼女がイエロードラゴンだったとしたら、真実を知らない方がいいのではないだろうか……。

 考えなしに俺がこの子をテイムしたら、きっと彼女のお爺ちゃんが悲しむ。


「もうちょっとなのですよーっ、お兄ちゃんっ♪」

「あの、マリー……ちゃん?」


「はいなのですっ、なんでしょうかニコラスお兄ちゃんっ♪」

「あの……通報されかねないから、町中でお兄ちゃんはお願い止めて……?」

「うん、ニコラスご主人様と呼ぶがいい」


「余計なこと言うなよっ?!!」

「ニコラスご主人様~っ♪ えへへっ、なんだかこれ、嬉しくなる響きなのですっ♪」


 通行人たちが遠巻きに俺とマリーを見て、その場を早足で立ち去ってゆくのを見た……。

 通報……? 通報くる……?


 嫌だ、もう憲兵さんはお腹いっぱいでござる!!

 俺はマリーを急かして、お爺ちゃんの店へと駆けていった。



 ・



「あれ……お爺ちゃん、お出かけしてるみたいなのです。ちょっと、呼んでくるですねー、ニコラスご主人様♪」

「お爺ちゃんに全殺しにされるからご主人様呼びはお願い許して!!」


 お爺ちゃんの店は空っぽだった。

 だが世にも物珍しい品々が並ぶ、素人目でも煌びやかで立派な名店だった。


 マリーは店から駆けていって、後には俺とコスモスちゃんと静寂だけが残った。


 コスモスちゃんは――

 どうしてか店に入るなり元気がなくなっていた。


 どこか悲しげにマリーを見送ってから、一言も喋らなくなってしまった。


「どうかしたの?」

「友なのだ、あれは……我の……」


「忘れられて悲しい?」

「違う……」


 でも悲しそうだった。

 そんなコスモスちゃんを見ていると、とてもじゃないけど世界を滅ぼす竜には見えなかった。


 もっと綺麗な、純粋な何かに見えた。


「相談に乗るよ。どうしたの?」

「なんでもありはしない、黙れ、我が主……」


 俺たちはマリーの帰宅を待った。

 けれどもマリーはいつまで経っても、帰ってはこなかった……。


 コスモスちゃんはその理由に察しが付いているようだけれど、いくら聞いても答えてはくれなかった。

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