第二章 忘却の竜

・堕ちた竜、略して駄竜

・堕ちた竜、略して駄竜


「クククッ……我をこんな場所に連れ込んでどうするつもりだ……?」

「いや、どうもこうもないというか……」


「照れずともよい。貴様も1匹の雄だったというだけのことよ。さ、まぐわおう」

「いやまぐわわねーよっ?!!」


 最強の竜、カオスドラゴンを味方にした俺の逆転人生がついに始まる!


 ドラゴンテイマーとして俺は冒険者ギルドで重宝され、この先お金に困ることも一生なくなる!


 女の子にもモテモテ!

 頼られる俺!

 やりがいのある仕事!

 バラ色の人生の始まり!


 そう思うじゃん……?


「ならばなぜこの宿を選んだ?」

「お金がないからに決まってるだろっ!」


 ところがうちのカオスドラゴンは生粋のニートだった。


 金のない俺は野宿かラブホかの2択を迫られ、一応コスモスちゃんは女の子みたいだし、野宿はかわいそうかなと宿泊を選んだらこの有様だった。


「またまた、ヒヒヒッ……。この美しい我に劣情をもよおしたのだろう? 我もこの姿は気に入っている。ああ、我、可憐なり……」


「かわいいのは認めるけど、ゾンビじゃん……」

「冷たくて気持ちいいかもしれんぞ?」


「それなんの話だよ……っ!?」


 とにかく金がない。

 金がないから食べ物がない。


 ラーメンを売って稼ごうにも材料がない。

 通報されることのない調理場がない。


 おまけにコスモスちゃんには労働という概念がない!


「我が主よ、そんな顔をするな……」

「コスモスちゃん……」


「そんなときは獣欲に身を任せるのも一興よ。さ、ちこうよれ、どこまでも共に堕落しよう」


 コスモスちゃんはその美しい黒上を扇情的にかき上げて、たった1つのダブルベッドに寝そべって青少年を手招いた。


 綺麗なのは認める。

 今日まで出会った女の子の中でコスモスちゃんは一番かわいい。


「我は嬉しかったのだ……。腐り果てたこの我の手を、強引に引いて宿に連れ込む男がこの世に存在したことが……」

「いや違うよ、あれはただ、恥ずかしい一心でつい引っ張ってただけで……」


「同じことだ。さ、ちこうよれ……他でもない我が主に褒美を授けよう……♪」


 そのあまりの匂い立つ美しさに吸い寄せられて1歩を踏み出した俺は、冷たいコスモスちゃんの肌をふと思い出して2歩、3歩と引き下がった。


「ねぇ、コスモスちゃん……やっぱり働くって選択肢は?」

「クククッ……笑止」


「いや、笑止って君さ……」


「我は世界を滅ぼす宿命を持つ竜カオスドラゴンであるぞ! なぜその我が、なぜちまちまと物を生み出さねばらん! 端から矛盾しておるわっ!」


「御託はいいから働けよっ!?」

「断る! 我は食べるのが専門だ、何があろうとも一生働かんっ!」


 急に気が遠くなってきた……。

 俺は暖炉の前にしゃがみ込んで、世の親御さんの苦労をもうじき18の若さで痛感した……。


 ダメだ、ダメだコイツ……。

 コスモスちゃんは生粋の無職だ……。


「はぁぁぁ……っ」

「そう落ち込むな。さあこっちにこい、貴様の理想の我が慰めてやるぞ……♪」


「体温無限に奪われそうだから遠慮するよ……」

「クククッ、女の子とくっつくのが恥ずかしいのか? よかろう……」


 コスモスちゃんはダブルベッドから飛び起きて、危険なその一角をうつむかせながらこちらに迫ってきた。


 それからさも当たり前のように、及び腰で逃げようとする俺にのしかかってきた。


「うっ、冷た……っ」

「ああ、温かい……」


「さ、寒い……っ、寒いってコスモスちゃん……っっ」

「我が主よ、貴様のぬくもりをもっと我によこすがよい……」


 長く美しい黒髪はサラサラで心地良く、それが肌に触れるだけでくすぐったい。


 呼吸というものを知らないコスモスちゃんの唇が迫ってきて、唇が冷たい吐息を吐き出すと俺の方は比喩抜きで震え上がった。


「暖炉に当たりなよっ!?」

「それでは味気ない……。ん……っ♪」


 その時何を思ったのか、冷気を吐く冷たい口が俺の頬をザラリと舌で撫でこそいだ。


「うっ……?!」


「はぁ……♪ 困ったぞ、困った……腹が、減ってきたぞ……。ちょっとだけ、齧ってもいいか……? ちょっとだけ、ちょっとだけだ……♪」


「よくねーよっ!?」

「お願い、ちょっとで我慢するから……せめて、頬肉だけ食わせておくれ……♪」


「死んでしまうわ、アホーッッ!!」


 俺はいずってコスモスちゃんの過激なスキンシップから逃げた。


 ズボンごとパンツを後ろから掴まれたときは、もう色んな意味で食われるかと半泣きになった。

 女って……女って怖い……。


「なんだつまらん……。せっかくこの可憐な身体を楽しめるかと思ったのに、根性なしめ」

「そういうのいいから一緒に働いてよっ!?」


「おお、そうだ。ならばこうしよう」

「代案……? うん、嫌な予感しかしないな……」


「うーん……あれはどこにやったかな……。ここでもない、そこでもない、むむむ……おおっ、あったぞっ!」

「何が? というより、そのバックどこから出したの……?」


 コスモスちゃんは見覚えのない黒皮のバックを持っていた。


 その中を彼女はまさぐり、やがて目当ての物を見つけだしたのか顔を上げて、何やら手のひらに収まるくらいの丸くて平たい変な物を掲げ上げた。



「でででっでっででーんっ、どらごんれーだぁ~!」



「何そのノリ……」

「ククク……聞いて驚け我が主よ。なんとこれは、竜を捜し出してくれるアーティファクト! ドラゴンレーダァ!」


「そのまんまの名前なのな……」

「とにかくここをポチッと押すとなっ、ほれ見よっ!」


 どらごんれーだぁーとやらを手渡された。

 それは平面の上を光の線がぐるぐる回っていて、星のような光が周期的に音と共に点滅していた。


「中央の十字が我が主のいる座標だ。このレーダーを頼って、光の場所に向かえばそこにドラゴンがいる」

「へー……」


「どうしても労働力が欲しいなら、我ではなく別の竜を従えよ。我が主の魔性のラーメンで、身も心も支配してやるといいぞ……」


「ねぇコスモスちゃん……コスモスちゃんって、本当に俺にテイムされてるんだよね……? なんか不安になってきた……」


「何を言う、こんなに貴様にぞっこんだというのに疑うとは失礼なやつよ! 我は貴様が大好きだ、今すぐ食べてしまいたい!」

「それ好きの意味が全然ちげーよぉっ?!!」


 その晩、俺は命の危険を感じながらダブルベッドに就寝すると、翌朝には凍えるような冷たさに飛び起きることになった。


 隣を見れば一角を持った美少女が顔を寄せて眠っていて、芯まで冷たいその身体が、俺から体温を永続的に奪い取っていた……。


「し……死ぬ……ぶぇくしょいっっ!!」

「ああ、我が主よ……。貴様のぬくもりは我が至福だ……もっと、もっと、ぬくもりを我によこせ……♪」


「殺す気か!!」


 ベッドから飛び起きて、俺は震えながら早朝の暖炉に火を入れていた……。

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