姫君の宿敵11
ナージャは身体を熱くさせる。
熱源は尻尾。ヒートウィップを使いボロボロとなっているが、未だその表面は金属さえも溶解させる熱量を有していた。これを体液の循環で回収し、筋肉へと運ぶ。
体組織が持つ働きにより、熱は運動エネルギーへと変わる。ただしそのエネルギーをすぐには使わない。怪物少女と距離をある程度詰めるまで、今まで通りの力を維持する。
そして怪物少女が好む、三〜五メートル離れた立ち位置まで詰めた――――瞬間、溜め込んでいたエネルギーを開放する!
「ガアアッ!」
残りカスとはいえ、自分でも完璧にはコントロール出来ない莫大な力の一部。これを用いたナージャの身体は、一気に加速した! その速さは、これまで見せていた速さの数倍に達するほど。
唐突な、それでいて今までの比でない速さの突進に、怪物少女は驚きの顔を浮かべる事しか出来ず。ナージャの頭突きを胸部に受け、怪物少女は突き飛ばされる。
ナージャはすかさず怪物少女の上に覆い被さり、素早く四肢を封じる。両手で怪物少女の手を、両足で足を押さえ付けたのだ。四肢の力であればナージャは怪物少女を上回る。怪物少女がどれだけ暴れても、これを振り解く事は出来ない。
しかし怪物少女には髪がある。
手足よりも自由に動く髪が、ナージャに迫ってくる。ナージャはこの攻撃を視認していたが……動かない。
強力な打撃が、ナージャの脇腹を打つ。至近距離故に長さがある髪は最大の威力を出せないが、それでもナージャの表皮が波打ち、内臓の奥深くまで衝撃が伝わる。熱変換能力を用いても相殺しきれず、傷付いた体組織から溢れた血が口から出た。
だが、これに怪物少女が驚いたように呆けた表情を浮かべる。
当たると思っていなかったのだろう。先の攻撃は躱そうと思えば、間違いなく躱せた一撃だからだ。そしてナージャは、躱すつもりがなかったから攻撃を受けた。
目的は打撃からエネルギーを得る事。
打撃のエネルギーを変換する事で、自分が使える以上のパワーを得たのだ。先の怪物少女が、ナージャの火炎によって大幅なパワーアップを為したように。思惑通り大きく振り上げた拳には、これまでの戦いで繰り出していたものの軽く数倍の力が宿る。
「グガアアアッ!」
猛り狂った雄叫びを上げながら、ナージャは怪物少女の顔面を打つ!
怪物少女は殴られた反動で、大きく顔を背ける。口許から血を流し、殴られた場所が青く腫れていた。
しかし死ぬ事はおろか、怯んだ様子もない。
怪物少女の反撃は即座に行われた。腕のように纏められた髪による、強烈な打撃。それもナージャが今し方与えた運動エネルギーを上乗せされた状態で、ナージャは殴られた自分の顎から嫌な音が響いたのを感じ取る。
頭にも衝撃が伝わり、ナージャは吐き気にも似た不快感を覚えた。恐らくは(言葉としては知らないが)脳震盪を起こしている。されどナージャは退かない。それどころか不敵な笑みを浮かる始末。
何しろ殴られたという事は、その力を利用して更に大きな力で攻撃出来るのだから。
「ゴ、ォアアッ!」
ナージャの拳が怪物少女の腹を打つ。打撃の威力を処理しきれず、怪物少女は身体を折り曲げながら血反吐を吐く。
「キャァアーッ!」
怪物少女が髪でナージャの腹を殴る。ナージャも身体が大きく曲がり、その口から多量の血を吐く。
どちらも相手の攻撃エネルギーを利用しており、熱変換能力を上回るダメージにより身体が傷付く。その傷を作り出した運動エネルギーや熱を利用し、相手よりも強力な打撃を放つ……エスカレートする一方の殴り合いだ。
ナージャの目論見は、この殴り合いに勝つ事。
怪物少女の肉体はナージャと比べれば脆弱だ。髪を用いる事で互角以上に戦えるだけ。殴り合いに持ち込めば、勝率が高いと読んだからである。そして思い出した数千万年前の記憶にも、この状況に持ち込めば怪物少女に対し大きな有利が取れるとあった。
読みと記憶は正しく、少しずつ怪物少女の身体に深手が刻まれていく。ナージャの身体にも小さくない傷跡が幾つも出来ていたが、怪物少女のものと比べれば小さなもの。血塗れになりながら、ナージャは攻防を続けた。
――――違和感を覚えたのは、数十と打撃を繰り広げた頃。
「ガフッ……ギッ……!」
また髪による殴打を受け、口の中が血の味で満たされる。そのエネルギーを力に変えて、ナージャは怪物少女の顔面を打つ。
だが、手応えが軽い。
間違いなく顔面に一撃入っている。角度や位置も適切で、用いたエネルギーの大半が怪物少女の顔面に伝わった筈だ。ナージャの拳自体、自分の出した一撃の威力が大き過ぎて傷付き流血している。ナージャよりも脆弱な怪物少女であれば、更に大きなダメージが入るのが道理。
ところがどうした事か。怪物少女は殴られたにも拘らず、殆ど顔を動かさなかった。最初に殴った時は大きく背け、血まで吐いていたのに。
「キャアッ!」
それでいて怪物少女が繰り出す反撃は、前に放ったものより更に強力になっている。
間違いなく打撃のエネルギーは伝わっている。手応えからして間違いない。なのに怪物少女にダメージは伝わっていない。
何かがおかしい。
違和感を覚え、ナージャは周囲を見回す。この異変の元凶が、見える範囲にあるのではないかと予感して。殴る手は一切止めずに。
ナージャの予感は正しかった。
怪物少女は髪の一部を地面に突き刺していた。殴る度にその髪が痙攣するように揺れ動き、地面に振動が伝わっていく。振動の大きさはかなりのもので、遠方の地面が噴火するように盛り上がる。
どうやら怪物少女は殴られた衝撃の一部を髪から逃しているらしい。それも器用な事に、ダメージとなる『余剰分』だけを。
コイツらがそんな技を使うなんて記憶は、ナージャにはない。だが数千万年前の、古代の記憶がどれだけ『今』役立つというのか。怪物少女も生きていて、生きているのならば成長するのが自然。この戦いの中で新たな対処法を身に着けたのだろう。
これではダメージが通らない。それどころかナージャが一方的に傷を負う形になっている。有利な立ち回りの筈が、却って危機的状況に陥ってしまった。
「グ……ゥゥ……!」
離れるのは惜しいが、最早この肉弾戦に有利はない。仕切り直すためにも一旦離れようとするが、怪物少女はこれを許さない。
異変に気付いたナージャが距離を取る事は、容易に想像出来たのだろう。離れようとした瞬間、髪をナージャの手足に伸ばしてくる。至近距離かつ動きを予測された状態では回避など間に合わない。
伸びてきた髪はナージャの手足に巻き付く。髪での捕縛は既にナージャも学習しており、巻き付かれる寸前に手足を引いて拘束から逃れようとするが……髪の動きは巧みかつ素早い。何より多勢に無勢だ。
ナージャは髪を振り切れず、手足に巻き付かれてしまう。
「グ、ガアアッ!」
ならばとナージャは髪が巻き付いた腕を、大きく振るうように動かす。怪物少女を手許に手繰り寄せ、その勢いで殴ろうと考えていた。
しかし怪物少女の身体には、ナージャが殴った際のパワーが残っている。ナージャの引く動きに対抗すれば、逆にナージャを引き寄せてしまう。
前のめりになった体勢で踏ん張るも、これでは新たに迫る髪に対処出来ない。更に手足が縛られ、ナージャは身動きが取れなくなってしまった。縛り付けてくる運動エネルギーを熱に変換して抗うも、全身を縛られてはどうにも出来ず……ついに持ち上げられる。
ナージャは空を飛ぶための力を持たない。地面から浮かされた状態では、移動さえも儘ならなくなってしまう。暴れたところで髪が運動エネルギーを変換して無力化するため、まるでビクともしない。
身動きが取れない。攻撃が出来ない。立ち位置が優位に立った事で『油断』し過ぎたか――――後悔しても、この状況は変わらない。
「キキ……キキャキャキャキャ!」
そして怪物少女は笑う。自分の優位を噛み締めるように。
しかし勝ちを確信しても、ナージャ相手に油断はしない。ナージャを必要以上には近付けず、あくまでも髪により締め上げる。そして締め付けを長く、甚振るように行うつもりもない。時間を掛ければその分ナージャに反撃の猶予を与えると、聡明な頭脳を持つ彼女達は理解しているのだ。
生命力の強いナージャを死に至らしめるには、やはり首をへし折るのが最も簡単だ。
怪物少女は髪をナージャの首元に差し向ける。手も足も尻尾も出ないナージャは、迫る止めに歯向かう事すら出来ない。では前回のように体表面から噴出した水蒸気で脱出を図る事は? これも困難、というより不可能だとナージャは直感した。
ナージャの予感は正しい。怪物少女は縛り付ける髪の表面を鱗のように立たせ、ナージャの皮膚との間に『隙間』を作っている。もしもナージャが血液から水蒸気を生み出しても、大部分は隙間から逃げ出し、十分な圧を与えられない。これでは脱出する隙間など生まれず、単に全身が傷だらけになるだけ。
『最悪』の決断は本能的に避けたが、しかし何も行動しないのだから状況は好転しない。
ついに怪物少女の髪はナージャの首に触れ、しゅるりと巻き付く。そして骨が軋む強さで締め上げた。
――――ナージャがこの時を待っていたとも知らずに。
「カァッ」
ナージャは大きく口を開く。怪物少女に自らの喉奥を見せ付けるように。
正確には、その更に奥で輝く紅蓮を見せたいのだが。
ナージャ最大にして最強の技。しかしそれを見せられて、怪物少女は一瞬キョトンとしたように呆けていた。何しろ全盛期の力を取り戻した今のナージャの火炎放射でも効かない事は、ここまでの戦いで既に明らかとなってある。確かに肉弾戦によりダメージは蓄積しており、先程よりは効果が期待出来るが……苦し紛れの一撃にしか思えないだろう。
ナージャも、普通の火炎放射が効くとは思っていない。そう、『普通』の炎では殆ど効果はない筈だ。だから作戦を用いた。
髪により喉を締められる。この状況こそがナージャの作戦だ。
身体の奥底に溜め込んだ、莫大なエネルギー。それを体内で合成したガスに注ぎ込み、高温高圧の火炎へと変えて吐き出す……今までと何も変わらない炎。
そして炎は、何時ものように喉を通る。
だが、その喉は普段と異なる状態、髪により締められていた。絞められた分だけ喉は細くなる。呼吸すら儘ならない『穴』を通るためには相当の圧を掛けねばならず、そうすれば喉は炎の熱と圧力によりズタズタに破壊されるだろう。普通ならば自傷を恐れて躊躇うところだが……ナージャは迷わず、火を吐き出す。
圧縮された炎により、喉が焼けていく。処理し切れない熱が周りに伝わり、沸騰した血液により喉のあちこちが弾け飛ぶ。ナージャだから耐える事が出来ているが、普通の生物であれば即死しかねない傷だ。
されどお陰で、炎は今までよりも遥かに高圧で、高温の状態と化す。
ナージャの口から出た時炎は一筋の閃光のように密になりながら、怪物少女へと襲い掛かる!
「キキャ――――!?」
怪物少女は気付く。それが今までの炎とは全くの別物であると。だがナージャの身体を髪で縛り、ほんの三メートル程度しか離れていない今、回避も逃走も出来ない。
ナージャの口から吐き出された、一閃の炎が怪物少女の脳天を穿つ。怪物少女は自らの能力を全力で発動させたが……無駄な足掻きだ。ナージャ自身も耐えられない熱量を帯びたそれを、同格の怪物少女がどうにか出来る訳がないのだから。
吐き出した炎は怪物少女の肉を貫く。それでも足りぬとばかりにナージャは、自らの頭を大きく、頷くように振るい――――
怪物少女の身体を、熱線で真っ二つに焼き切ってしまうのだった。
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