第三章 姫君の宿敵

姫君の宿敵01

 ナージャは夢を見た。とても、とても古い、自分が生まれる前の……遺伝子に刻まれた記憶の夢を。

 かつて、大気が熱く、大地が乾いていた時代。生き物の多くが海か水場の近くから離れられず、草木さえも陸地の奥深くに行けなかった世界。

 当時、乾いた大地は鱗を持つ生き物が支配していた。

 鱗のある生き物は一つではなく、幾つもの種がいて、それぞれが喰う喰われるの関係にあった。厳しい気候と激しい生存競争を生き延びた個体だけが子孫を残し、より環境に適した次世代同士が争う……闘争の時代だ。

 その争いの中で、一つの種が生まれた。

 優れた知能を持つ種だった。それなりに過酷な環境の中では、知能は大いに役立つ。普通ならば利用出来ない食べ物の食べ方を編み出したり、或いは効率的に食べ物を得られる場所や方法を学べる。また戦闘の中で、瞬間的に最適な立ち回りを行うにも知能が高い方が良い。

 多様な形質を持つ生物の中で、知能に優れる種は生存競争に勝ち抜き、大いに繁栄した。とはいえ、そうなるとやはり次世代は知能が高い生物同士の争いとなる。生物達は様々な『知能』を一層発展させつつ、知能以外の能力も進化させた。文明を持つ種も現れた事があった。

 特に栄えたのは、硬くとも重くて邪魔な鱗を軽くて柔軟な体毛にし、四足歩行から直立二足歩行の体勢へと変化させ、より格闘戦に優れた……今の時代で言えば『人間』によく似た姿になった種族だった。

 その中で、熱と運動を支配する一族が現れた。

 特殊な多糖類の働きにより、熱を力に変え、動きを活力に変える。この能力により身体機能では互角の存在を一方的に倒し、遥かに上回る強敵さえも葬り去った。当時は気候変動により巨大な森が幾つも生まれ、巨大で強大な生物種が数多く生まれていた。自分より大きな相手を倒せる力はかなり有利に働き、一族は大いに繁栄。

 そして熱と運動を支配する一族の時代が訪れた。

 一族は群れる事を好まず、文明も持たなかったが、自らの持つ力によりあらゆる環境に進出した。暑い場所ならば熱を力に変えて最強の捕食者となり、寒い場所も食べ物探しのために動き回るだけで克服出来たからだ。呼吸も然程必要としないため水中や山頂、地下深くに進出する者も多く、比喩でなく星のあらゆる場所に版図を広げた。

 繁栄が長く続けば、困難が訪れる時もある。隕石や火山噴火などによる気候変動だ。小惑星が放つ衝撃波やマグマの熱量は、惑星の環境を一変させる。舞い上がる粉塵により気温が低下したり、撒き散らされたガスにより水質や大気が汚染されたり……それにより生態系が破壊されて多くの生物が絶滅し、気候変化に耐えた種も食糧不足で滅びていく。しかし熱と運動を支配する一族は、熱を活力とする事で食べ物がなくとも生きていく事が出来た。幾度となく訪れた大量絶滅も、一族は休眠するだけで乗り越えられた。熱変換で用いた多糖類は細胞の劣化を抑える働きもあり、数万年単位の眠りも可能としたのだ。

 時折活動を休止する事はあっても、数万年の月日を経て復活し、またかつての栄華を取り戻す。幾億年とこれを繰り返し、何度だってこの星を支配する。一族の栄華は、この星に暮らすどんな種族よりも長く続いた。

 しかし、どれだけ栄えようとも、永遠はない。

 彼等にも終わりが訪れる。そう、『今』から数千万年前の大量絶滅が起きる寸前に現れた、『あの一族』によって。

 何が起きたのか。どのような戦いがあったのか。どうして負けたのか。あの一族とはどんな奴等なのか――――

 それを思い出せば『次の戦い』に役立つと、夢見るナージャの本能が確信している。

 されど、そう上手くはいかない。

 何故なら、その本能が感じ取った。あの一族が現代に蘇ったと。一族の宿敵が出てきたのだと。

 ならば寝ている場合ではない。奴が力を取り戻す前に、自分が寝ているところを見付からないうちに、目覚めて戦わなさればならないのだ。そうしなければ勝てないと、古の夢を見せている本能が確信している。

 身体の『覚醒』は不十分。本能の『記憶』も全て思い出すまで辿れていない。何もかもが足りていないが、しかし眠り続ける事は出来ない。

 ナージャは目覚める。

 本能に突き動かされるがまま、現代に目覚めた宿敵を討ち滅ぼすために……

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