姫君の目覚め11

 迫りくる量産型クレアの大群。同じ顔が幾つも並び、自分に襲い掛かってくるという身の毛も育つ光景だ。

 しかしナージャはこれに怯まず、即座に対処を行う。


「ウガゥ!」


 即座に伸ばした手で、一番近くにいた量産型クレアの顔面を掴む。そのまま握力で顔を握り潰し、もう用なしだとばかりに蹴り飛ばす。クレアは吹っ飛ばされるどころか、その身体が真っ二つに折れた。

 次いで今も握り締めているクレアの顔面の『破片』を、背後に迫るクレアに向けて投げ付ける。

 人造人間であるクレア達の顔は頑丈な金属で出来ている。その破片もまた金属であり、勢いよく投げ付ければ速度次第では『弾丸』のように敵を撃ち抜く。勿論同じ金属で出来ている顔面を貫くのは、流石のナージャでも出来なかったが……クレアの目、高性能観測機器の表面に傷を与えるぐらいは可能だ。

 クレアシリーズに生身の目はないが、観測機器から得た情報がなければ『外』の景色を窺い知れないのは同じだ。言い換えれば、人間と同じように視界が塞がれば相手が見えないという事。

 破片により『目』が傷付くと、量産型クレアは一瞬動きを止めた。ナージャはこの隙を逃さない。即時に尻尾をそのクレアの足に絡めると、力いっぱいぶん投げる!

 投げられた量産型クレアは仲間の量産型クレアと激突。投げられた方もぶつかった方も、衝撃で腕や首がもげる。腕が取れた方はすぐに立ち上がったが、頭を失った方はジタバタと藻掻くだけの存在に成り果てた。

 仲間の無惨な最期を目の当たりにした量産型クレア達であるが、彼女達は止まらない。『製造』の過程で感情を消され、恐怖心などないのだから。

 無言のまま次のクレアが、ナージャの腕にしがみ付く。


「ガゥアッ!」


 ナージャは即座に腕を振り回し、しがみついたクレアを払う。量産型クレアは全力で拘束しようとするも、ナージャのパワーが圧倒的に上。耐えられなかった片腕が千切れ、支えを失った身体は吹っ飛ばされて下水道の壁に激突する。

 それでもまだ量産型クレアが顔を上げたものだから、ナージャは即座に尾の一撃を顔面に叩き込む。数少ない『生身』の入ったそこを潰されれば、さしもの人造人間ももう動かない。

 だが尻尾を振るう攻撃は、威力と同じぐらい隙も大きい。尻尾を振るという動作上腰も一緒に振らねばならず、威力の大きさ故の反動でバランスを崩す恐れがある。このため可能ならば両足を広げて腰を落とした、安定的な体勢で放たねばならないからだ。これでは機敏に動き回る事など出来やしない。

 相手が一体だけなら当てさえすれば問題ないが、多勢に無勢だと隙の大きさは致命的。ナージャも尻尾を振るった隙を突かれ、量産型クレアが足にしがみつくのを許してしまう。


「ヌガァアッ!」


 これに対しナージャは踏み付けで対抗。空いている方の足でクレアの背中を踏み潰す。

 バキバキと音を鳴らし、踏まれた量産型クレアの身体はへし折れる。されど人造人間である彼女達には痛みを感じる仕組みはなく、折られた部位より上は活動可能だ。ナージャが踏み付けた相手も、なんら変わらぬ力で足を拘束する。

 この隙に、新たな量産型クレアがナージャの尾を抱え込んだ。ナージャは尻尾を振り回し、不埒者を振り払う。だがやはり尻尾を振るために身動きが取れず、今度は別のクレアに腕を掴まれてしまう。

 腕に意識を向けた時、また尻尾を掴まれた。今度も尻尾を振るおうとするが、それは今ではないとナージャは判断。尾を振る動作は全身を用いた運動だ。腕を掴まれた状態では大きな力を出せず、振り解くまでいかない可能性がある。

 無駄な攻撃をしている余裕はない。腕に組み付いた量産型クレアの頭を空いている片手で掴み、ぐりんと回して捩じ切る。腕の自由を取り戻したら反撃を、と考えていたが、それよりも背中から新たなクレアが抱き着いてくる方が早い。


「グガ、ギ、ギィ……!」


 ナージャは歯軋りをし、次々と纏わり付くクレア達に苛立ちを露わにする。

 相手がただの人間なら、どれだけの数が集まろうとナージャは苦戦などしなかった。虫ケラほど小さくない人間達では、ナージャ一人に群がれる数などたかが知れている。そのたかが知れている数の人間など、例え全身に組み付いていたとしても一息で吹き飛ばせるのだ。

 しかし量産型クレア達は人間ほど弱くもない。ナージャが本気で挑めば簡単にその首を捩じ切れるが、されどその動きを阻む程度の力はあり、振り返ったり思考を切り替えたりした時の『隙』を突ける程度には素早い。このため一人倒している間に、

 量産型クレアの数は有限だ。されど何十という数がいれば、十分ナージャを押していける。ナージャがクレアの群れに飲み込まれるのは時間の問題だった。

 何より、此処にはナージャに匹敵する真のクレアが存在する。


「それだけ動きが鈍れば、私の攻撃も躱せないでしょう?」


 五人の量産型クレアがしがみついたナージャに、クレアは悠然と歩み寄ってきた。

 不味い、と思ったナージャであるがどうにも出来ない。迫ってきたクレアは大きく拳を振るい、ナージャの腹に打ち込む。

 今まで通りの威力ならば、大したダメージとはならない。

 だが、今までのクレアは本気でなかった。彼女はナージャの実力を推し測り、この時に備えて力を温存していた。

 その証とばかりに振り上げた拳――――その手首の付け根から、大量の蒸気が吹く。

 それはオリジナルのクレアだけが持つ特殊な兵装。手首に仕込んだ蒸気機関が作り出した蒸気で、拳を加速させて打撃力を高めるというものだ。量産型に搭載させていない理由は、一発使う度に蒸気生産のため燃料であるスチームコアを大量に消費し、強化した打撃力に耐えるための頑強な装甲が必要だから。量産型クレアの時点で生身の人間相手には無双出来るのだから、この高性能機能はハッキリ言って『無駄』でしかない。同じコストで量産型クレアを十体作る方が、運用上は圧倒的に良い成果を出す。

 つまるところこれはクレアの『趣味』であったが、その趣味はナージャ相手に有効だった。


「グボッ……!?」


 殴られて、ナージャが呻く。打撃の衝撃が吸収しきれず、内臓を揺さぶったからだ。

 その声をクレアは聞き逃さず、すかさず二発目の打撃を放つ。

 今度はナージャの顎を蒸気で加速した拳が打つ。ナージャといえども頭の中には脳が詰まっていて、それは身体の様々な動きの統制を担う器官だ。強い衝撃を受ければ働きが鈍り、全身の動きに問題が生じる。

 ナージャの身体も殴られた衝撃で、一瞬力が抜けてしまった。即座に体勢を立て直そうとするが、周りにいるクレア達が身体を拘束している。

 身動きが取れなくては、回避も防御も出来やしない。


「さぁ、耐久試験を始めようか! おっと卑怯だとは言わないでくれたまえ。人間というのは、この知性によって自然界を征服していったのだからね!」


 圧倒的優位を保った上で、クレアは幾度となく攻撃を放つ。

 回し蹴りが腹を打つ。拳が顎を殴り、膝を鳩尾に喰らわせてくる。ナージャがよろめけば、両手で一塊の『拳』を作り、これを振り下ろして頭を殴り付けた。

 これでもナージャが死なず、呻きはすれども身体に大きな傷も付かないと、クレアはますます笑う。クレアの目的は、人造人間よりも強いナージャの身体を調べ、更に強い人造人間を作る事。想定以上の生命力を前にして、クレアが喜びに浸るのは必然だろう。


「ははは! ……おっと、あまりやり過ぎて死んでも、それはそれで研究が出来なくなってしまう。このぐらいで良いかな?」


 夢中になって何分も攻撃していたクレアだったが、ふと我に返ったようにその手を止めた。

 人間ならば、とうに挽き肉になっているであろう猛攻。

 それを受けてもナージャは生きていたが、今やその身体はぐったりと力なく項垂れていた。瀕死の状態にしか見えない姿であり、一方的に嬲っていたクレアは勝利の喜びを露わにし、遠目に見ていたジョシュア達反政府組織の面々が絶望に染まる。


「いや、本当にやり過ぎてないかちょっと心配になったな。何分あまりにも君が強くて手加減出来なくてね」


 言い訳がましく語りながら、クレアはナージャの髪を掴む。そして強引に、力を失った頭を上向きにした。突き付けられた敗北に対し、ナージャが一体どんな表情を浮かべているのかを確かめるために。

 故にクレアは目の当たりにする。

 ナージャが、不敵に笑っているところを。


「……凄い! この状況でまだ笑う余裕があるとは! いや、それともちょっと脳にダメージが入り過ぎたかな?」


 クレアは肩を竦め、うっかりしていたと言わんばかり。

 ナージャはクレアが何を言っているか分からない。だが、仮に理解出来たなら……その通り、と答えた事だろう。

 クレアはやり過ぎた。

 何度も何度もナージャを殴った。大きな衝撃で脳が揺さぶられ、内臓もダメージが蓄積した。生命の危機を、本能的に覚えた。

 故に、悪くない刺激だった。

 数千年、いや、その遥か以前からナージャは惰眠を貪っていた。ここまで身体を動かしたのはそれこそだろうか。その数万年前に何故ここまで身体を動かしたかは覚えていないが、ともあれ以降は食っちゃ寝の自堕落生活だ。

 だからナージャの身体は鈍りに鈍っている。人間の戦士と時折戦ったところで、準備運動にもなりはしない。

 強敵クレアのお陰で、ようやく身体が暖まってきた。未だ全盛期には程遠いが……この程度の敵を相手取るならこれで十分。

 ここからが、本番だ。


「ふははは! いや、この顔は本心から笑ってるな! 素晴らしい、素晴らしい! まだ笑えるだけの余裕があるとは、驚きだ!」


 臆さぬナージャの姿に、クレアは高笑いを上げた。褒め称えるというよりも、いっそ滑稽に思っているであろう笑い方だ。

 ただしその笑いは、すぐに途切れる。口が引き攣り、上手く笑い声が出せなくなったがために。

 ようやくクレアは感じ取った事だろう。何か、『悪い』事が起きようとしていると。暢気に笑っている場合ではない。手加減なんてしている時ではない。されど今になって察したところでもう遅い。

 ナージャの紅く煌めく瞳が、クレアを睨み付ける。

 腹の中で、その瞳よりも激しい熱量を渦巻かせながら……

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