第5話文字通り地獄送りです

ヘル、タルタロス、黄泉の国。

つまるところの『地獄』だが、その呼ばれ方は、東洋と西洋、宗教間でも千差万別であり、そのイメージするところもヒトによって異なるに違いない。


 

『死後の刑罰場』と定義する宗派ならば、

一切の望みのない、ただ神の名において罰を永劫に与え続ける無窮の地として思い描くだろうし、『奈落』と定義する宗派では、その名の通り、死者の世界である冥府よりさらに下にある、光も音も届かぬ底なしの牢獄を頭に浮かべるだろう。



 では、僕は?


 

 生まれが日本で、育ちも日本。

 特定の主義主張を持たず、周囲の意見に巻くに流され終わった人生。


 『地獄』と言われても、幼稚園でお昼寝前に観せられた、アニメ『にほんむかしばなし』で描かれていたイメージしか持ち合わせず。神社みたいな和風の建物に閻魔大王がいて、地面も空も赤くて、火山口のようにそこら中から炎が燃え盛っている。


 そんな辺境を想像していたんだが、


 

「聞けぇ!!!!亡者どもぉ!!!!閻魔大王様方の御成だぁい!!!!」


「も、もう勘弁してください…

 自分のことを無条件で『お兄様』って慕ってくれる金髪幼女や、

 都合よく惚れて神様より自分を選んでくれる聖女様なんて諦めます…!!!

 社畜でもいいので、俺を元の世界に…」


「あぁん!!!つべこべ言わず、足を動かせボケカスがぁ!!!」


 

 目の前の光景は、まごうことなき地獄であった。


 

 春訪れを感じさせる暖かで心地よい陽の光…に代わって、地と肌を焼く焔が辺りを照らし、頭上には心落ち着かせるあの純白の綿雲…の代わりに、大きなギラギラした目を六つもつけた人間大のカラスが飛び交っている。

 そのカラスは発情期なのか、時折、金属を引っ掻いたような甲高い鳴き声を辺りに喚き散らし、頭蓋の奥を針でも刺すかのように痛めつけてくる。


 

 肌もそうだ。サウナにでも入っているかのような暑さと紫外線に、ヒリヒリと痛んで仕方がない。

 尚も辛いのは渇きの方で、喉が掠れて唾を飲み込むのに工夫が必要だった。



おまけに自分は下着一枚。

さらに右手には藁半紙一枚というチンケな格好。


 

「本当にチンケね。」


 

 歩けば、素足に石の破片が突き刺さり、止まれば『そこ!ぼさっとしてねぇで早く進め!』と後ろの看守から怒号の嵐が飛んでくる。


 後ろを見ると、夜勤明けの社畜のように虚な目をした半裸の人間がいつ果てるともしれない長い列を作っている。先ほど異議申し立てをしていた右隣のヒトも、『こんなはずじゃこんなはずじゃ』とか自分の世界に入ってしまい、反応がなくなってしまった。


 

一体どうしてこうなった。



「あんたが、代理状を手渡さなかったからよ。」

「手渡せなかったんだよ…」とさっきから喧しい女神の小言に心の中で答えてみる。



そう、始まりは、代理状を奪われたところから始まった。

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