第4話その覚悟はおかしいと思います

 ヒト間違いは悲劇である。

 いや、悲劇で済めばいい方で、間違える方も間違えられる方にとっても不運でしかないこの事象は、関わる人全てを恥ずかしめ、戸惑わせ、悲しい気分にさせてしまうに違いない。


 そう考えると、僕が経験した中で、最も悲劇だったのは、連続万引き犯との誤認逮捕ではなく、『就活の最終面接受験生と間違えられて、結果、その受験生も落としてしまった』春の事件ということになるのだが、


 「私ね、ずっと考えてたの。」

 「やっと女神になれたら、管理してた世界から出禁になって、それでもマナを奪い取られ続けて、創造主に訴えたら『自己責任乙』とつけ離され、挙げ句の果てに一文なしになって…」

 「なんで、私だけこんな目に遭わなきゃいけないんだって。ずっとずーーーーっと考えてたの。」

 「でも違ったの。私に覚悟が足りなかったのよ。」


「たかだ、三十五無量大数四千二不可思議三十六阿僧祇百二十三恒河沙四十四澗千五百溝の十乗と十五京三百億二十五万四千二十二の生命の犠牲で、キャリアが保たれるなら、私はその道を選ぶのよ!!!!」


それがついに、更新されそうだった。


…いや、待ってくれ。


 「俺を転生させるじゃダメなのか?」

 「ダメね。あんたじゃ、一歩も歩けないわ。」

 「スドー・シュンの真似をすれば。」

 「無理、着地刈りされておしまいよ。創造主の力をそのままぶち込んでも、平気な偉丈夫はこの世界層じゃスドー・シュンだけなのよ!」

 「そもそも、世界を破滅させたらキャリアが終わるんじゃ…」

 「はんっ!」


 女神は荒々しく鼻を鳴らすと、幾何学模様が部屋全体にまで広がり、振動が一層強くなり始めた。


 「個人としての最小単位、生命。その生命が生息する物理的空間が星。その星をひとまとまりにしたのが銀河。何千もの銀河で構成されるのを世界であり。その世界を最小単位にするのが世界層。」

 …なんだって?

 「世界層の数すら把握できてないのに、一個や二個世界を破壊してもバレやしないわ!」


 とにかく、いっぱいあるから大丈夫ってことか。


 …。


 いや、バレなきゃいいってわけじゃないでしょ。


 というか、あれだよな。

 これ俺のせいなのか?

 俺がお爺さんと似た名前をしてたせいで、世界が一個消えるのか?


 無言のまま考え込む、俺を見て何か誤解したのだろう。


 『そりゃねぇ。』と女神が泣き叫ぶように吠え始めた。


 「私だって、初めて作った世界だし、壊したくわないわよ!!!でもしょうがないじゃない!地獄にいるスドー・シュンを呼び戻そうにも、出禁になってるんだもん!!!!!!」


 ビシッという嫌な音に周囲を見てみると、白い壁も崩壊を始めていた。


 黒と赤の幾何学模様はその隙間から眼下の世界へ流れ落ちていっているようで、

白地のシャツに墨汁を一滴また一滴とこぼすように、じんわり広がっている。


 当然、下の世界の人たちも抵抗しているようで、時折幾何学模様が浄化されるように消える場所もある。が、それを上回るペースで闇が、女神の怨念が、眼下の世界を塗りつぶしていっていた。


 後五分もすれば終わるかもしれない。

 尊い命が消えていく。RIP。




 「しかし、出禁にしたのに、女神様の術式は排除できてないんですね。」

  沈黙に耐えきれず、僕はそんなことを口にした。


 今考えると、

 彼らの魂はどうなってしまうのかとか、転生先を失った自分はどうなるかとか

 聞くべきことはもっとあったと思うのだが、その時は間違いなくこの発言がベストであった。


 「そうね」と女神が体育座りで顔を伏せながら答えた。

 「『転生者を送り込む』権限はまだあるから…『転生』は術式の一つだからね…。ただ、地獄に『術式を行使する』権限はないから、スドー・シュンを呼び戻せないのよ…。」

 「なるほど…。」

 「呼び戻せさえすれば、魂替えの儀式であんたと入れ替えられるんだけどね…

  ん?でも、『転生者』が地獄に行けば『転生者』をサポートする名目で、術式行使ができる…?」

 「…ってことは?」


 そこからの女神は早かった。

 まず、彼女は弾かれたように体操座りから立ち上がると、柏手を一つ打ち、全てを元通りにしてしまった。

 音が鳴り止むかどうかの瞬間に、あれだけ広がっていた全ての幾何学模様が、逆再生されたかのように女神の杖に吸い込まれていったのである。


 そして、あっけに取られ固まったままの俺を足蹴にして、倒れたデスクを元に戻し、そこから何やら書類を作成すると、そのままの勢いで今度は青白い幾何学模様を床に描き始めた。


 一体何が始まるって言うんだ?


 「これからあんたを下の世界に送るわ」

  一通り描き終えたらしい幾何学模様の上に俺を立たせると、女神はそんなようなことを口にした。

 どうやら調子を取り戻したのか、どこか圧の強い声色になっており、左腕にあった傷はすでに完治したようで、純白のローブにも出会った当初の神々しさが戻っていた。


 「代理状よ。」

 ろくな反応も寄越さない俺にイラついたのか、一枚の紙が俺の顔へ荒っぽく突き出された。おそらく先ほどの書類だろう。


 「あんたにはこれから地獄を目指してもらうわ。」と女神。

 「そこに『女神キキョウに代わり、この者に貴殿が管理する地獄全領域への立ち入り及び監査を許可されたし。阻むことを禁ず。』って書いておいたから、途中で殺されることはないと思うわ。」

「…スドー・シュンじゃないのに?」

「『女神代理の地獄への立ち入り監査員』よ?自分達の世界を破滅一歩まで追い込んだ女神相手に喧嘩はしたくないでしょ。」


 どの口が言ってるんだか。


 「それ以降は?」

 「死ぬなり焼くなり好きにどうぞ。…ああ、この場合は 『好きにされて』が正しいかしら。 」


 横暴だ。

 拒否権はないのか、拒否権は。


 『誉だと思って欲しいわね』と女神は首を振ると、杖を振りかぶってこう言った。

 「三十五無量大数四千二不可思議三十六阿僧祇百二十三恒河沙四十四澗千五百溝の十乗と十五京三百億二十五万四千二十の生命のためよ、死んできなさい。」


 おい、待てよ。


 などと言っている場合ではなかった。

 にっこり笑顔のままの女神の一撃は、達人よろしく頭頂部を鮮やかに捉え、俺の意識は消失した。

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