第3話召喚者のクーリングオフはできません

 俺も初めて聞いたことなのだが、異世界転生とは『ストックとして所持している魂の中から選んだ人物を、対価を支払うことで召喚すること』を指すらしい。

 対価を支払うというと、ひどく人身売買なような印象を受ける。しかし、元の世界からすれば、黙って持っていかれるよりは、『埋め合わせ』してくれた方が助かるだろうし、そもそも『私が管理してる魂なんだから好きにさせてよ』とのことだった。


 だから、親の脛を齧っているだけでなんの社会的貢献もせず、実況動画を観るだけの生活をしている無職の二十代男性とかはちり紙一枚で召喚できるし、俺みたいな就業者だと、金貨一枚と交換ということとなるらしく、一億以上の世界を救ってきた、大英雄のスドーシュンには…


「私の財産全部パアァァよっ!!!!!!

 予備の五千六百億四千万三十二の魂と、この部屋にあった家財道具も全て一式全てね!!!」


 と説明の途中で耐えきれなくなったのか、女神は目元が崩れるのも気にせず膝を崩してワンワンと泣き始めた。


「…それはお辛いでしょう…」


 彼女を慰めるふりして周囲を見渡すと、確かにそうだった。

 この部屋には、椅子一脚と安っぽいデスクしかないのだ。

 曲がりなりにも、女神の部屋なのに。


「…おづらいわよ!やっっっっとあのアホみたいな世界をどうにかできる!って小躍りしながら召喚したのにぃぃ!あぁぁぁあぁ!もぉぉぉおおおお!」


 手をバタバタさせるたびに、僕の顔めがけて飛んでくる杖をどうにか避けつつ、女神を立たせると足元に広がる衛星写真のような世界が目に入ってきた。


 ちなみに、『アホみたいな世界』ってのは、『大英雄スドー・シュン』を送り込もうとした世界である。

 彼女曰く、住民全員が不老不死…というか時間を自由に操れて、本来女神たちが共同管理していた地獄魂の墓場の経営権を奪い取った挙句、自らの管理者である女神すら結界によって出禁にしてしまった『とんでも世界』とのことである。


 ちなみに、術式を行使するには膨大なマナ(エネルギー資源のようなもの?)が必要なんだが、管理者と世界が繋がっていることを利用して、女神のマナを自動で奪い取るシステムまで構築しているらしく、言うならば、『意見は許されないのに、金と労力だけ提供させられている奴隷状態なのよ!』と言うことらしい。


 よくわからないのだが、すごいのだろう。多分。


 「…って、女神様?」


 横を見ると、いつの間にか同業者めがみさまがいなくなっていた。

 どうやら俺が考え事をしていた間に何処か行ってしまったらしい。


 とりあえず上下左右見渡してみる。

 …いない。


 では後ろかと、振り返ってみると、女神はそこにいた。

 …が、様子がおかしい。


 顔には先ほどまでの悲痛な表情はない…のはいいんだが、何処か陰気な臭く、何やら小さくぶつくさ呟いてる。


 「どうしたんですか…?」

 「黙ってなさい。」


 よくよく見ると、捲り上げた左腕の上腕部から鮮血が流れていた。

 右腕に持った杖で突き刺したのだろうか。


「…緋色夜半の真っ赤な宴。真紅、紅、純連の炎…真理吉凶、皆灰塵と帰す…」

 言葉と連動しているのか、純白のローブが床に落ちた鮮血を吸い上げるように、赤く染め上がり、女神の口角も上がっていく。


「ᛚᚨᛐᚺᚢ…废墟…αιτία…خطيئة…धिक्कारना!!!!العالمية!!!!!!!

 永劫无烟の帳を開き、慚愧後悔后悔之理を示す…将一切烧成灰烬!!!!」


『よしっ!』という嬉しそうな声と共に、両手に掲げられた杖が眩く輝いた。

…一体何を?と聞くより前に、部屋の下から何かが突き上げてくる衝撃が襲う。


二度三度、断続的な衝撃が部屋全体を揺るがし、僕は立っていられなくなった。


本当に、彼女は何をしたんだ?


「無に帰すのよ!」

「…何…を?」


 彼女に部屋の揺れなど関係ないようだった。

 赤と黒の混じった幾何学文様を宙に浮かべながら、こちらに笑顔を向けると女神は叫ぶようにこういった。


「決まってるじゃない!あのクソッタレの世界をよ!」


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